8話 怪盗魔王、王から根こそぎ盗む
魔王討伐の旅に出る以前のことだ。
最初に聞いたときは驚いた。
ちょっとひと仕事しようかと、冒険者ギルドに足を運んだときのことだ。
「お待ちしていました、キース・アルドベルグさん。王国からのクエストです!」
ギルドの受付嬢から渡された書類には、登城する日時が書かれていて、国王の印が押されていた。
キースはただの盗賊だ。
国王にものを頼まれるような身分ではない。
それでも国王たっての頼みだということだから、キースは期日通りに登城した。
これが実は罠で、アルドベルグ盗賊団のみんなのように逮捕されるのかもしれない。
そんなことも思ったが、冒険者ギルドは大陸各国に太いパイプを持っている巨大な組織だ。
ひとりのちっぽけな盗賊でも、その職業を理由に逮捕したなんてことになれば、国際問題に発展する。
もちろん、だからといって盗賊がやりたい放題できるわけではない。
盗賊としての経験を活かしてギルドに貢献せよというだけのことであって、それ以外の略奪行為は認められていない。
だから本物の盗賊団は、ギルドに登録したりはしないのものだ。
ギルドに登録している盗賊というのは、たとえばキースのように仲間がいなくなった者。
あるいはギルドに庇護を求めるしかないほどの、大罪をやらかした者などに限られる。
その大罪にしても、殺人で指名手配されている者はギルドに登録することができない。
そういったルールを設けることで、冒険者ギルドはうまい具合に体裁を保っているというわけだ。
衛兵に身分証を見せたとき、ジロリと睨まれたのを覚えている。
“キース・アルドベルグ【盗賊】”と大きく書かれているのだ、本来城に登れるような身分ではない。
それなのにキースは謁見の間まで通された。
初めて会う旅の仲間たちと共に、絨毯にひざまずいていた。
「面を上げよ」
声に従って、顔を上げる。
王は玉座から降りて、ひとりひとりの顔を見て回った。
「やはり勇者に選ばれし者だ、良い面構えをしておる」――勇者ゲルム。
「戦士だな。素晴らしい体格だ。我が軍に欲しいところだ」――戦士ゾット。
「大変な魔力だ。そちはかなりの使い手になるであろう」――魔術士メラルダ。
「輝くような美しい顔をしておる。神に見守られし者の顔だ」――神官マリィ。
「そして貴様か、盗賊」――盗賊キース。
王は吐き捨てるように言った。
「占い師が何を考えているのかは知らんが、貴様は星を動かすそうだ。目つきが悪い奴だな。はっきり言って余は気に入らん。盗賊ふぜいが勇者の一行に参加するなどとは!」
そう言って、王笏を絨毯に突き立てた。
「だが占い師の受けた神託で、勇者とその仲間を決めるのが習わしだ。それを曲げてまで我を通そうとは思わん。せいぜい国のために身を挺せ」
それから王は、魔王征伐の暁に何を欲するかをパーティーに問うた。
ゲルム、ゾット、メラルダは金貨を。
マリィは救貧院への寄付を。
キースはアルドベルグ盗賊団の釈放を求めた。
王の眉がぴくりと動いた。
「我が国から拭った穢れを再びぶちまけろというわけか」
「なにとぞ……!」
キースは絨毯に額を擦り付けんばかりに深く頭を下げた。
「まあ良い。討伐の功労者に恩赦を与えるのもまた習わしだ。そちの言うとおりにしようではないか」
――その約束は、裏切られた。
………………。
…………。
……。
キースは城の裏庭にいた。
――【走査】。
王がいるのは談話室だ。
そこまでの経路がキースの脳裏に描かれる。
城の裏門には武装したふたりの衛兵が立っていた。
キースはすでに、牢屋で麻痺していた看守に触れている。
――【変装】。
手足の先から、ザワザワと何かが伝わってくる。
やがてそれは胸の中心にまで達した。
「………………」
顔を触ってみると、いつもの感触ではない。
キースはもはやキースの姿をしていなかった。
【確信の片眼鏡】は消えている。
【変装】状態で、相手をサーチするのは不可能らしい。
キースは堂々と衛兵の前に歩み出た。
「よう」
キースの姿に、衛兵のふたりは怪訝な顔をした。
「どうした看守、こんなところで何を……」
その瞬間、キースの身体が翻った。
ふたりの首に同時に手刀を叩き込み、昏倒させる。
これは盗賊時代から使えた技だ。
「じゃ、良い夢を……」
そうして再び【変装】――キースは倒した衛兵へと姿を変えた。
槍を拾い、さらに【解錠】――城の裏口が開かれる。
キースは絨毯を踏んで、堂々と城に入っていった。
【忍び足】を使う必要もない。
「静かなもんだ」
――【気配察知】。
曲がり角から誰かが近づいてくる。
キースは立ち止まった。
出てきたのはローブを羽織った美しい女だ。
キースは槍を立て、かかとを揃えて見せる。
「良い夜ね」
女は話しかけてきた。
「は。窓を見れば、さぞ美しい月が見えるかと」
「詩情のわかる衛兵がいたものね。名前は」
「キース・アルドベルグであります」
キースは臆することなく答えた。
「キースね、覚えておくわ」
そう言って、女は角を曲がって行ってしまった。
「覚えておくわ、か」
この城の中で、勇者パーティーの一員キース・アルドベルグの名を覚えている者が果たして何人いることだろう。
直接顔を合わせた国王ですら、怪しいものだ。
「………………」
【気配察知】で人がいないことを確認した部屋を、キースは次々と開けていった。
自分が知っている部屋は、そのままアレイラの【ゲート】で忍び込める場所だ。
またいつ城に用ができるかわからない。
準備はしておくものだ。
いくつもの会議室、広間、書斎……さまざまな部屋に寄り道しながら、キースは夜の城を練り歩く。
そうしてついに、3階の談話室に辿り着いた。
――【聴覚強化】。
「……しかし、あのうっとうしい盗賊を排除できたのは何よりだ。我らが勇者パーティーに盗賊など、虫唾が走る。城に登らせたときも、あんな不愉快なことは無かったわ」
「仰る通りです、陛下。勇者どもが旅の仲間を殺すのに躊躇するかという恐れはありましたが、その心配もなかったようで」
聞こえるのはふたりの男の話し声だ。
「ほう、どうしてそれがわかる? 本当は殺したことにして逃しておるかもしれんぞ」
「私のような者は、目を見ればその者が人を殺せるかどうかを見抜くことができます。神官を除けば、みなその素質を持った者どもでした。我が軍に欲しいほどですよ。それにたとえ逃したところで、自分が魔王を倒したなどと吹聴する盗賊を相手にする者がいるとも思えませぬ」
「確かに、それはそうだ」
王が笑い声を上げたとき、キースはドアを開けた。
「な、何者だ貴様!?」
雄々しい2本のツノに、片眼鏡。黒いマント。
キースの顔を姿を見た途端、ふたりは立ち上がった。
テーブルの上の瓶が倒れ、酒がこぼれて、絨毯にしたたり落ちる。
「これはこれは、王陛下に将軍閣下」
キースはマントをはためかせ、うやうやしく一礼する。
「衛兵! 衛兵はどこか!」
「衛兵とは、これのことでございますか?」
――【変装】。
キースの姿がゴキゴキと変化し、衛兵のひとりに変わる。
「それともこれですか?」
――【変装】。
「こんなのもいましたねえ」
――【変装】。
「ば、化け物め!!」
将軍は勇ましくも、剣を抜いて襲いかかってきた。
しかし酒が入っている上に、混乱状態にある一撃を、キースはあっさりとかわす。
――【疾盗】。
キースが将軍の横をすり抜けたとき、すでにその剣はキースの手元にあった。
「素晴らしい一振りだ。これは頂いておきましょう」
マントの内側に剣を差し込むと、キースはニヤリと笑った。
「ひっ!」
将軍は王を置いて、部屋から逃げだそうとする。
――【施錠】。
キースが念じると、部屋の鍵がひとりでに閉まる。
将軍は必死に扉を引いたり押したりするが開かない。
ハッと気づいて、サムターンに手をかけるがびくともしない。
「何者だ!? 何をする気だ!? 何が目的だ!?」
王は後ずさり、ソファにぶつかる。
「俺は“怪盗魔王”キース・アルドベルグ。陛下の大事なものを片っ端から頂くつもりです。目的は……復讐と言うと無粋かな?」
「アルドベルグ……まさかあの盗賊か……!?」
「まさか覚えていただいていたとは、まことに光栄至極」
窓の月光に、片眼鏡がきらめく。
「王陛下は【統治】【戦略】、将軍閣下は【指揮】【戦術】ねえ。その他諸々、良いスキルをお持ちだ。ステータスを見るに知性もなかなか悪くない」
「何の話をしているっ!?」
王が叫んだ。
将軍はまだ必死に扉と格闘している。
「陛下と閣下が今夜盗まれるものの話ですよ」
深夜の談話室で上がった2つの悲鳴は、誰にも聞かれることはなかった。
面白かった、続きが読みたい、という方!
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