77話 怪盗魔王、大聖堂に乗り込む
しん、と静まり帰った大聖堂の大広間。
そこで大きなテーブルを囲む聖職者たち。
ハンカチで脂汗を拭く者、空咳をする者、さかんに指を組み替える者――誰もが気が気でない。
他の誰でもない聖女によって、自分たちがしてきたことのすべてが暴かれようとしているのだ。
マリィは聖職者たちを見渡した。
キースが隣にいるのが、とても心強い。
マリィは口を開いた。
「【冷徹の冠】であなた方が何をしようとしたのか、私は知っています。しかし、それについて子細は申し上げません。私の友がすべてを解決してくれたからです」
ほうっ、と息をつく音がどこかから漏れた。
マリィを魔力タンクにする計画についても、聖職者たちの中でその責任の比重というものがある。
誰が失脚し、誰が生き残るのか、それがこの場で決まるのだ。
「もうひとつ。星に導かれた勇者の出生地を、各国の献金の多寡によって決めているということ。これについても、深く追及するつもりはありません。献金が正しい目的に使われるのであれば、政治家の目論みなど些事であると私は考えます」
また、誰かが胸をなで下ろす。
ここにいる誰であれ、叩けば埃が出る。
だが、そんな聖職者ひとりひとりの小さな罪よりも、暴露すべき大きな企みがあった。
大神官の言葉がよみがえる。
『平和にも善悪があるということです。我々はそれを見定めねばならない……』
マリィはたとえどんなことがあっても、この言葉を否定する。
確かに平和な世の中に、良からぬ企みが蠢くことはあるだろう。
しかしその平和を悪と断じ、戦乱を招くことは、決して許すことができなかった。
「私が弾劾するのは、あなた方が戦争の火種を巻き起こそうとしていることです!」
それを聞いて、聖職者たちがざわめいた。
ある者が声を上げる。
「聖女様! それはあまりにも……あまりにも……まるで教会を……あたかも愚弄するような……」
共和国議会の議長を兼任しているロストフ枢機卿は、でっぷりしたあごに流れる汗を拭きながら言った。
たかが小娘の言うこと、と唾棄できないのが彼らの辛いところだ。
聖女は教会の権威。
それを否定したとなれば、自分の立場は無いも同じだ。
だからこそ歯切れ悪くも、なんとか言葉をとどめようとする。
しかし、そんな言葉にマリィが臆するはずもない。
「あなた方は大きな勘違いをしています。私は教会ではなく、あなた方に話をしているのです。あなた方がどんな栄職に就いていらっしゃったとしても、それが教会そのものであるはずはありません。教会は神の家であって、あなた方の所有物ではないからです」
マリィはきっぱりと言い放った。
「私は大神官様の口から、はっきりと耳にしました。あなた方は、トリストラム王国とアシュトラン共和国で、内乱を起こそうと画策しています! けして見逃すことのできないことです!」
ロストフ枢機卿は、顔を真っ青にして言った。
「そんな……馬鹿なことを……そうだ! 証拠は? 証拠はどこにあるというのです!? 証拠がなければいくら聖女様とはいえ……!」
「証拠は私自身です」
「そんな、ただ人間が耳にしたというだけで、証拠になるはずが……!」
マリィは、そう口にした聖職者の目を、まっすぐに見据えた。
聖職者は、思わず目を逸らす。
「私をただの人間ではなく“聖女”としたのはあなた方です。私が信徒の皆さんに今言ったことを伝えれば、みな私の言葉を信じてくださるでしょう」
「聖女様、あなたはご自身が何を言っているのか、わかっておられない!!」
ロストフ枢機卿が声を上げる。
真っ白なテーブルクロスに、汗がしたたり落ちた。
「そんなことが民に……国々に知れたら……星導教会は終わりだ! 教会が滅べばどうなるか、そんなことは明白ではありませんか!!」
確かに彼の言うとおり、そんなことが公になれば星導教会は威信を失墜――瓦解することになる。
そうなれば聖職者たちが地位を失うのはともかくとして、そのしわ寄せは民草にまで及ぶだろう。
コールデン共和国と教会は、切っても切れない関係にある。
信徒たちの巡礼に伴う外貨獲得、他国からの多額の献金――この国を動かしている金は、そのほとんどが教会が生んだものだ。
それらが失われればコールデン共和国という国が滅ぶことになる。
「仰る通り、教会は滅ぶべきではありません。教会は信仰の灯であり、そこに籍を置く者は民に奉仕する義務があるからです」
「よ……よくわかっていらっしゃるではありませんか……ですからこのことは是非聖女様の胸に留めておいていただきたく……」
目を見開いて脂汗を流しながら、ロストフ枢機卿はなんとかマリィを説得しようとする。
しかし、そこで一歩前に出たのは――。
「今の話を全部俺が聞いてるってこと、忘れちゃいねえか?」
――魔王キースだった。
「聖女様の仰る通り、教会が戦争の裏工作をしてたなんてことが明るみに出ちゃ、おしまいだ」
「だ、誰が魔王の言葉など信じるものか!」
「キースさんの言葉が人々に伝わらないのなら、私が口を開くまでです!」
マリィはきっぱりと言い放った。
キースはニヤリと笑みを浮かべる。
「……ということだ。魔王と聖女様は、あんたたちが思ってるよりずっと仲が良いのさ」
「聖女様……お考え直しください……魔王は人類の不倶戴天の敵であり……」
「魔王キースは私の友です。それはどんなことがあろうと変わりません」
こうなると、もはや聖職者たちは口をつぐむ他ない。
「とは言え、俺もマリィと同じ意見だ。俺は星導教会もコールデン共和国も潰すつもりはない。あんたらには、まだまだやってもらうことがあるからな」
キースは、テーブルを力強く叩いた。
聖職者たちの肩がびくりとはねる。
「ひとつ、貴国と魔王国との戦争終結と和睦をただちに布告すること」
「……ただちに手配しよう。今や事実上の停戦状態だ。共和国議会には後で通せば良い」
青ざめた表情のロストフ枢機卿に、キースは軽く頷いた。
「ひとつ、魔王国を国家と認め、貴国との国交を樹立すること」
「それに関しては我々だけでは決められない……議会での承認が……」
ロストフ枢機卿の言葉を、今まで口をつぐんでいた教皇が遮った。
「この状況をひっくり返せるような議会は、我が国にはないはずだ」
「それは…………」
返す言葉を失い、汗を拭くロストフ枢機卿に、キースは言った。
「これは別に急ぎやしない。ゆっくりやってもらえればいいさ」
ロストフ枢機卿は目をつぶって深く息をついた。
キースは言葉を続ける。
「ひとつ、大神官の主導で行なわれていた、アシュトラン共和国、及びトリストラム王国への政治工作を速やかに停止すること」
「……約束しよう」
「魔王の目を甘く見ないことだ。少しでも妙な動きがあれば、いつでも俺たちはやるべき事をやる」
ロストフ枢機卿は眉間の皺を深くして、頷いた。
「ひとつ、国民へのより積極的な救貧活動。教会は教会の仕事をしろってことだ」
これはマリィによる提案だった。
星導教会の中心地であるコールデン共和国は、その教えとは裏腹に貧富の差が非常に激しい。
実際に街を歩いたマリィは、その現実を知っている。
「これに関しては、具体的にどれだけの金をかけて、どのような活動が為されたのかを随時報告してもらう。これも、小手先でごまかせるとは思わんことだ」
端々で小さな咳払いが起こる。
聖職者たちの視線の先にいるのは、奉仕活動を取り纏める聖職者だ。
とびきり豊かだった彼の懐が痛むのは、確実なことと思われた。
「頼むぜ、おっさん」
キースの言葉に、聖職者はぎこちない笑みで返した。
コールデン共和国への要求は、まだ続く。
「ひとつ、これは政治工作や救貧活動等に関わることだが、これらの約束が守られているかどうか、監視するための“目付役”を貴国に置かせてもらう。どういう形で誰を派遣するかは、追って知らせよう。そして次が最後だ」
キースはマリィに視線を送った。
マリィはそっと頷く。
それを確認すると、キースは再び聖職者たちを睥睨した。
「ひとつ、魔王国による聖女の“保護”を認めること」
「な…………!」
つまりは、マリィを魔王領に住まわせるということだ。
大広間にざわめきが広がった。
「そんな、めちゃくちゃな……!」
焦ったのはロストフ枢機卿だ。
聖女の存在感は、外交においてコールデン共和国を強く後押ししている。
その力が失われるとなれば、彼の構想している政治計画の多くが頓挫することになりかねない。
「そんなことをすれば……魔王、君自身も世界からの批難を免れないはずだ!!」
「魔王たちに神の教えを説きに行ったとでも言えばいい。【冷徹の冠】の件もあるが、はっきり言って俺はあんた方のことを爪の先ほども信用しちゃいないのさ。だからこその約定だ。少しでもおかしなことがあれば、そのときはあんた方にはこの国ごと滅んでもらう」
ロストフ枢機卿は、聖職者たちの顔を見渡した。
キースの言葉に言い返せる者は、誰もいない――。
それを見定めたロストフ枢機卿は、喉を震わせて咳き込み、返答した。
「……わかった……要求を呑もう」
「賢明な判断だ」
キースは手を広げて見せた。
「こういう場じゃ不適切な表現かもしれないが、あえて言わせてもらうとするならば……俺はあんた方の“玉”を握ってる状態だ。くれぐれもそれを忘れないことだ。ちょっとしたことで、つい手に力が入っちまうこともあるからな。しっかり頼んだぜ」
そう言って、キースはマリィに目をやる。
「これで、用は済んだ。帰ろうか」
「…………ええ」
あまりに突然に開かれたこの会談の中で、教会側は魔王に対して手も足も出なかった。
魔王が大神官を殺害したことは、なんらかの形で追及できるようにも思われる。
しかしその話が出れば、必然的に【冷徹の冠】の件を蒸し返すことになる。
教会側の人間としては、誰もが避けたい話題だ。
「………………」
キースとマリィはきびすを返して、大広間を出て行った。
聖職者たちの深いため息が、一斉に漏れた。
………………。
…………。
……。
「君はなんというか、こういう狡い手を思いつくタイプだとは思わなかったよ」
軍の行進の中、ふたりは再び輿の上に座を据えていた。
今回の作戦の立案者は、実はマリィだったのだ。
「それに、君自身が出張ることはなかったのに。魔王の策略ってことで済ませりゃ、もう少しきれいな身でいられた」
魔王と手を組んだ聖女より、魔王に拐かされた聖女の方が、よほどイメージは良いに違いない。
しかしマリィがいたからこそ、魔王の悪評はこれ以上広がらずに済んだのだ。
マリィは少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「……シスターだって、たまにはお出かけしたくなるものなんですよ」
何かを思い出すように、マリィは遠い雲を見上げる。
「それなら、いいんだ」
和やかに会話する魔王と聖女を見た者は、もはや聖女が慰み者になっているなどとは思わない。
キースはそんな民衆たちに、ぎこちなく手を振ったりしながら言った。
「しかしいいのか? その……俺が君を魔王城で“保護”するってことになったわけだけど。今更だけど、君が嫌なら無理にとは……」
「嫌なんてわけ、ありませんよ。【冷徹の冠】で動けずにいたときも、まったく記憶がないわけじゃないんです。皆さん、とても優しかったから……楽しみですよ、新生活!」
そう言いながら、マリィも人々に手を振る。
「君は強いな……」
キースは輿に揺られながら、穏やかに笑った。
………………。
…………。
……。
こうして、魔王国とコールデン共和国の国交は樹立された。
もはやコールデン共和国中枢は、キースの思うままに操ることができる。
彼らもそれをわかっているから、その腰の低さといったらなかった。
聖職者たちは、今まで人類の仇敵と言ってはばからなかった魔王を、演説や説教の合間にここぞとばかりに褒め称える。
特に共和国議会を代表するロストフ議長が、魔王と聖女との“成婚”を心から祝福したという報は、またたくまに大陸中を駆け巡った。
ついに教会は魔王の手に落ちました。
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
「さっさと更新しろ」
「ひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで、やや内角を狙いえぐり込むように書くべし」
そんなふうに思ってくださるあなた!
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