76話 怪盗魔王、再び聖都に降り立つ
「アレイラクォリエータ、何を勝手なことを!」
ディアナは紫色の瞳でアレイラを睨みつけた。
「えー、気を利かせたんじゃん! ほら、私ってできる女だから! ね、魔王様!」
「ああそうだな……でも今度からは、事前にちゃんと打ち合わせをしような……」
「はい、魔王様!」
アレイラの元気な返事にため息をつきながら、キースは立ち上がる。
「さて、どうしたもんかな。俺のイメージ……」
アレイラの【目玉】が轟かせた声は、聖都中を嘆きの海に叩き込んだ。
カリカリとツノを掻くキースに、ディアナが歩み寄る。
「そうですわね。魔王様は大神官を葬り、聖女を慰み者にしている、というのがコールデン共和国民の認識かと存じますわ」
「そいつはまさに……悪の大魔王だ」
キースは眉間を指でつまんだ。
黒いドレスに身を包んだマリィは、おとがいに指を当てて何かを考え込んでいる。
「君も考え事か」
「考え事……というか、これは提案なんですけれど」
マリィは顔を上げて、黒目がちな目をキースに向けて言った。
「どうでしょう。いっそのこと、本当に悪の大魔王になっちゃいます?」
………………。
…………。
……。
その頃、魔王国国境の前線基地。
将軍の任に就いていたギンロウは、停戦の報を聞いて感動をあらわにしていた。
「さすがは……さすがは、我らが魔王様! 遂に本懐を遂げられたということか!」
将軍補佐としてギンロウに随伴しているレネーは、ギンロウに頷いてみせた。
「そうですね。魔王様はコールデン共和国の象徴といえる聖女との婚姻を宣言したわけですから、これは事実上の和睦です」
レネーにもその覚悟があったとはいえ、けして血が見たいわけではない。
戦闘が始まる前に事態が終結したことに、心から安堵していた。
「その通りだ! よいか聞けい!」
司令室に集まった徒の長と、その部下たちを銀色の目で睨め回し、ギンロウは巨大な右手を天井に向けた。
「最小限の血で勝利を得るのは良い将だ……しかし」
大きく上げた手を、強く握りしめた。
ギギギ、と金属音が鳴り響いく。
「最も優れたる将は、一滴の血をも流さずに勝利を得るお方! すなわち、我らが魔王様だ! 深く心に刻め、我々は世界最高の将を戴く軍団であることを!」
司令室が、徒の歓声と拍手に湧いた。
ギンロウは深い満足とともに、振り上げた手を下ろした。
その様子を見て、レネーはわずかに桜色のくちびるをほころばせる。
大げさな物言いだが、ギンロウの言葉はもっともだ。
戦わずにして勝つことほど喜ばしいことはない。
死なない兵などいないのだから。
無血勝利の喜びを分かち合っている司令室。
――そこに突如、ディアナの声が響いた。
『……ギンロウ、聞こえるかしら。魔王様から新たな命令が下ったわ』
司令室がしんと静まり帰る。
「ふむ……」
ギンロウは、続くディアナの言葉に耳を傾けた。
………………。
…………。
……。
「なぜ誰も聖女様をお止めしなかったッ!!」
コールデン共和国聖都。
その中心にある大聖堂の大広間では、聖職者たちがつばを飛ばしながら言葉をぶつけ合っていた。
突然聖都上空に現われた、巨大な【目玉】がもたらした恐るべき報――魔王と聖女との婚約。
そんなものは戦争の勃発以上に、受け容れられるものではなかった。
「おかげでこんな……聖女様が魔王に簒奪されるとはッ……!!」
神に保証された権力の象徴として、聖女は存在する。
それが魔王の手に落ちたということは、星導教会そのものが魔王の手に落ちたことに他ならない。
「この中に責任者がいるはずだ……聖女様を監督すべきであった責任者が!!」
「それこそ、今は亡き大神官ではないか……死んだ者を追及することはできん……」
教皇の言葉に、飛び交う枢機卿たちの言葉が一瞬治まる。
そのときだ。
「会議中、失礼致します!」
大広間に入ってきたのは、息を切らせて走ってきたらしい助祭だった。
「どうした騒々しい」
「魔王軍が……魔王軍が今、聖都に向かってきております!!」
「ば、馬鹿なァッ!!」
ざわめきが高い天井に響いた。
「魔王は確かに停戦を宣言したはずだ!! 戦闘は……戦闘はどうなって……!?」
「それが、軍事的衝突は一切無く……」
「では聖騎士どもは何をやっておるのだッ!!」
枢機卿の言葉に、助祭は声を震わせながら答える。
「それが……魔王軍の中央に、いらっしゃるのです……聖女様が……そして魔王が!!」
大広間は騒然となった。
あり得ない、あってはならない、そんな意味の無い言葉が飛び交う。
今は誰もが席を立ち、一刻も早く逃げ出したい。
しかしそれをやってしまっては、自分の地位が危ぶまれる。
自分のいない会議で、その立場を保証してくれる者などいないからだ。
「では何にも邪魔されることなく、魔王軍はここへ突き進んで来るということか……!!」
聖女がいるとなれば、聖騎士たちも手出しをすることはできない。
逆に魔王はいつでも自分の意志で、聖都を灰燼に帰すことができる。
魔王がその気になれば、聖職者たちも無事では済まないだろう。
「【冷徹の冠】さえあれば……」
ひとりが呟く。
【冷徹の冠】で聖女の精神を凍りつかせ、魔力タンクとして活用する計画。
それは、ここにいる者たちの間では公然の秘密とも言えるものだった。
【冷徹の冠】は、聖女がいちど誘拐された際に失われている。
しかしそれさえあれば、霊脈の通うこの地で魔王に再び立ち向かうことができる。
大神官は敗北したが、それは信仰を忘れた慢心のためであると、会議では結論づけられていた。
………………。
…………。
……。
キースとマリィは、オークたちが担いだ大きな輿に、ふたり並んで座っていた。
民衆たちは魔王に怯えつつも、マリィの見せる快活な笑顔に胸をなで下ろしている。
魔王の慰み者になっているとか、魂を奪われたとか、そんな噂を吹き飛ばすように、マリィの声は【ヴォイス】に乗って街路に響き渡った。
『約束は果たされました。もう戦争に怯えることはありません。魔王キースはあなた方の友人です。私がそうであるように!』
誰かがおそるおそる拍手を始めると、やがてそれが街全体に広がった。
魔王とその徒たちの軍勢は、さながらパレードのように悠々と進んでいった。
「約束が果たせて良かったです。ありがとうございます、キースさん」
アレイラの【ヴォイス】が解除されると、マリィはすぐ隣のキースに言った。
キースは笑顔を浮かべて答える。
「すべて君がやったことだ。君自身が、誇るべきことだよ」
ふたりの視線は、お互いへの信頼に溢れていた。
「そろそろ到着みたいだぞ。マリィ、もうひと仕事だ」
「ええ。準備はできています」
パレードが大聖堂前の広場に到着すると、オークたちはキースたちの乗った輿をそっと石畳に下ろした。
キースは先に輿を降り、マリィをエスコートする。
大聖堂の入り口に立つ聖騎士たちは、状況を理解できずに立ち尽くすばかりだ。
マリィは明らかに、自分の意志でキースと行動を共にしている。
聖女の歩みを止める権限を持つものなど、この国にはいない――と、そういうことになっていた。
「悪いが、お偉方のところまで案内してくれないか?」
キースが尋ねると、聖騎士はぴんと背筋を伸ばして答えた。
「きょ、教皇猊下はただいま重大な会議を……」
「その重大な会議ってやつに混ぜてもらいたいのさ、と聖女様が仰ってる」
「………………!!」
この国で、マリィに逆らえる人間はいない。
頬に冷や汗を流す聖騎士に、マリィは微笑みかけた。
「よろしくお願いしますね」
「……は! 畏まりました!」
キースとマリィは、白い柱の並ぶ天井の高い廊下を抜け、聖騎士の後へ続いた。
聖騎士はひとりの助祭に声をかけ、案内役が入れ替わる。
助祭はキースのツノを見ると、びくりと肩を震わせた。
「別にとって食いやしないさ。聖女様が見張ってるから安心しな」
キースが白い歯を見せて笑うと、助祭はぎこちない笑みを返し、大広間へと案内した。
「聖女様のご到着です……それと魔王……様が……その……」
「そういうわけだ。俺たちふたりは、あんた方に話があって来た。まずはマリィからだ」
マリィはすうっと息を吸って、よく通る声で話を始めた。
「私は、あなた方を弾劾するためにここに来ました。私はあなた方のたくらみを知っています。そのすべてを詳らかにするつもりです」
大広間は、しんと静まり返っている。
ここで下手な発言をすれば、誰もが地位を失いかねない。
マリィが何をどこまで知っているかなど、誰にもわからないのだ。
「………………」
マリィは聖職者たちの沈黙を受け止め、新たな言葉を紡ぐ。
――コールデン共和国の、そして大陸の歴史を変えることになる言葉を。
さあ、ついに悪が暴かれます!
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
「さっさと更新しろ」
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