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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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75話 怪盗魔王、思いを伝える

「しかし、マリィの意識を取り戻しただけじゃなく、俺の記憶まで返してくれるとは」



 キースはアンリエットに爽やかな笑みを向けた。

 憤りのあまり拳を握りしめ、アンリエットは冷たい床に膝をつく。



「見た目よりずっと優しいんだな、バロン・アンリエット」

「“バロン”をつけないでって言ってるでしょうがァ……ッ!!」



 まぶたをヒクつかせながら、アンリエットは答える。

 アンナとオリヴィエのふたりは、互いに手を握り合っておろおろしていた。



「経緯はどうあれ、感謝はしなくちゃな」



 キースが肩をポンと叩くと、アンリエットはキースを鋭い目で見上げた。



「なんでもかんでも思い通りになると思わないことね……ッ!!」

「すべて思い通りになるとは思わないよ。あんたを見てればよくわかる」

「ぎぃいいいいいいいいい!!」



 アンリエットは頭から蒸気を噴き出しそうな勢いだ。



「もういいわッ!! アンナ、オリヴィエ、帰るわよッ!!」

「ご足労どうも」



 暗雲とともに【ゲート】が開いた。

 アンリエットは憎々しげに固い床に足を踏みならし、アンナとオリヴィエは幽霊のようにその後に続く。



「覚えていなさいッ!!」

「あんたのキャラはそうそう忘れられるもんじゃないよ」

「次は……次こそはこうはいかないンだからッ!!」



 アンリエットの言葉に、キースは両手を広げてみせた。



「なんだ、次があるのか。そのときはお茶ぐらい用意しないとな。待ってるよ」

「ングフイィッ!!」



 いばらの3姉妹が【ゲート】をくぐり、暗雲が消え去ると、キースはほっと息をついた。



「何はともあれ、一件落着か。後始末がちょいと大変だが」



 魔王軍は未だコールデン共和国軍と睨み合ったままだし、アシュトラン共和国にもキナ臭い動きがある。

 マリィがいなければ、自分がどんな存在になっていたのかを、キースはまじまじと見せつけられたかたちだ。



「しかし……よろしいのですか?」



 ディアナの言葉に、キースは振り向いた。



「いばらの3姉妹をあのまま帰してしまって。後顧の憂いは絶つべきかと存じますわ」

「なに、すぐに(・・・)戻ってくるさ」



 キースの言葉に、ディアナは首を傾げている。



「それよりもだ。アレイラ……その、マリィに何か服を用意してあげてくれないか」



 振り向きざまに、マリィの姿が目に入る。

 襟元が大きく破れた聖衣からは、深い胸の谷間が覗いている。

 腰の部分も裂けていて、下着の端が少し見えていた。


 わりと、目のやり場に困る。



「マリィ、君には本当に迷惑をかけた。その……そんな姿になってまで、というか、命がけで俺を説得してくれて……」

「………………!」



 マリィは今になって、自分のあられもない姿に気がついたらしい。

 慌てて胸元と腰を両手で隠した。



「いえ……友人として当然のことをしたまでです」



 マリィは頬を赤らめた。



「キースさんこそ、記憶を失ってまで私の心を取り戻してくださいました……どう感謝して良いものか……」

「わかったマリィ、まず服を……」

「そうだよマリィちゃん、お着替えしようよ! 素敵なのがあるから!」



 アレイラは、妙にうきうきした様子でマリィの手を取った。

 胸を隠している手を勢いよく取ったものだから、乳房がこぼれ落ちそうになる。

 キースは首の骨を痛めるくらい、素早く顔を逸らした。



「は……はい、よろしくお願いします……」



 マリィはアレイラに促されるまま、謁見の間を出て行った。



「………………」



 けなげという言葉では言い表せないくらい、マリィは強い意志を持っている。

 アレイラの手助けがあったとはいえ、人間としては単身で魔王城に乗り込んできたのだ。

 こんなことは、過去いちどもなかったことではないだろうか。


 そして怯える様子も見せず、魔王の闇に落ちたキースに、真正面から立ち向かってきた。

 命をかけて、キースの心を取り戻そうとしたのだ。

 アルドベルグ盗賊団は家族みたいなものだから別として、キースにとって本当に友人と呼べるのはマリィひとりかもしれない。



(彼女は本当に強く、優しい……つくづく良い友達を持ったもんだ)



 キースは謁見の間に残ったディアナに言った。



「国境の軍を撤退させてくれ。氷精の一件がある以上、追撃の心配はないだろう」



 かつて狂信者の混成軍が氷精によって壊滅させられたのは、コールデン共和国にとって記憶に新しいところだろう。

 魔王領に攻め込めば命はないということを、思い知っているはずだ。



「畏まりました」

「ディアナ」



 一礼して場を去ろうとするディアナに、キースは声をかけた。

 ディアナは足を止めて振り返る。



「結果はどうあれ、俺を守ろうとしてくれたことはわかってる。ありがとうな」

「……当然のことを、したまででございます」



 再び深く頭を垂れて、ディアナは謁見の間を出て行った。



「………………」



 ディアナは勇者であるマリィからキースを守ろうとして敗北した。

 そしてそこから、キースとマリィとの和解。

 正直、今回のディアナは良いとこなしだ。



(また、何かフォローしてやらないとな……)



 きっとマリィのことを思い出せないままでいたら、そんなことも思い浮かばなかっただろう。

 キースは改めて、自分のどれだけ大きな部分が、マリィの存在によって担われているかを意識した。




………………。

…………。

……。




 マリィはアレイラによって、漆黒のドレスに着替えさせられていた。

 裾を引きずるほど長い裾は、2体の魔導人形によって支えられている。



「キチキチキチ」

「キチチチチチ」



 可愛い帽子を被らされた魔導人形は、首をくるくる回して喜んでいる。



「あの……この服装はいったい……」

「魔王様との結婚だからね……これくらいお洒落しなくちゃ!」



 アレイラの言葉を聞いて、マリィは耳まで真っ赤にした。



「結婚!?」

「言ったじゃん! 魔王様とマリィちゃんが結婚したらみんなハッピーだって!」

「いえ……そういえばそうでしたけれど……それは時期尚早というか……なんというか……いえ、そんなことよりも」

「そんなことってひどーい!」



 アレイラはぷんすか怒りながらも、テキパキとマリィのドレスを整えている。



「聖都の人たちにこの事を……」



 キースの記憶が戻ったことで、戦争は阻止されたのだ。

 民に約束を残してきたマリィとしては、それが果たされたことを伝えなくてはならない。



「ふーん」



 そんなことを言っている間に、宝石を散りばめた黒いベールに、真珠のネックレスまで付けられた。



「さあ行くぞー!」

「キチキチキチ」

「キチチチチチ」

「あの、ちょっと……!」



 マリィはアレイラに引きずられるようにして、服飾室を出た。

 魔導人形は嬉しそうに飛び跳ねながら、ドレスの裾を持って後に続く。




………………。

…………。

……。




 エントランスに出ると、ディアナはちょうど通信室から帰ってきたところで、キースもそこにいた。



「マリィ、どうしたその格好は」

「これはけっこ……じゃなくてですね、なんというかアレイラさんが!」

「アレイラがまた何か先走ったな」



 アレイラは杖を掲げて屈伸しながら「結婚! 結婚!」とはしゃいでいる。



「まあ、その、なんだ……アレイラが言っていることはともかく、その、すまなかったな。また迷惑をかけたみたいで」

「いえ……その……こんな綺麗なドレスを着たのは私初めてで……ちょっと嬉しいというか……」

「それならその……良かったんだけど……」



 キースは天井に目をやって後ろ頭を掻いた。

 マリィはうつむいて顔を赤くしている。



「今回は……本当に助けられた。いや、今回もだ。君にはいつも……」

「友人として当然のことをしたまでです。それに、もとはといえば私の心を自由にするためにキースさんが骨折ってくださったんですから……」



 お互い照れながらも、伝えたいことはきちんと伝えたい。

 キースの知恵とマリィの勇気、その両方がなければなし得なかったことだからだ。



「それこそその……友人として当然のことだよ……本当にありがとう」

「こちらこそ……ありがとうございます」



 キースは天井を仰ぐのをやめ、マリィはつま先から目を上げる。

 ふたりの視線が、交差した。



「………………」



 ディアナは、ひとり静かにハンカチを噛んでいた。

 彼女にとっては複雑な状況だ。

 非常に――複雑だ。



「ディアナ、どうしたのハンカチなんか食べて! おなかすいたの?」



 もちろんアレイラは、そんな心境をおもんぱかる神経は持ち合わせていない。



「ち、違いますわ、これは感情のぶつけどころがないというか……ともかくなんでもなくってよ!」

「なんでもなかったらハンカチなんて食べないよー!」



 アレイラとディアナがぎゃーぎゃー言い合っているのを見て、マリィははっと口元に手を当てた。



「そうですキースさん! 戦争が終わったことを聖都の皆さんにお伝えしないと!」

「確かにそうだ……兵を引き上げさせただけで、そこの通達はまだだったな」

「あ、魔王様!」



 アレイラが杖を掲げた。

 そこには、いつも嵌まっているはずの巨大な目玉がない。



「それもう、やっときましたよ!」

「………………へ?」



 キースとマリィは、思わず顔を見合わせた。




………………。

…………。

……。




 コールデン共和国、聖都上空。

 そこには羽を生やした巨大な目玉が浮かび、街を影で覆っていた。



「人間どもに告ぐ……魔王様はその御慈悲により……この地への侵攻を思い留まられた……」



 低い声が、聖都中に轟く。

 魔王がただの気まぐれで、侵略を止めるはずがない。

 民たちは恐怖に震えながら、魔王の遣いの声を聞いていた。



「それに伴い……魔王様は聖女を娶ることをお決めになった……人間ども……祝福せよ……」



 それを聞いて、信徒たちは泣き崩れた。

 聖女の演説が、皆の心に思い出される。




『皆さんの最愛の友としてのお願いです。どうか心穏やかに、来たるべき時を待っていてください。私が、必ず、争いを食い止めてみせます』 




「聖女様は魔王の慰み者になってまで、約束を果たされたのだ……!!」

「そんなことも知らず、私たちは……私たちは……!!」



 信徒たちは声を上げて泣き叫び、その声はアレイラの【スカウト】によって、魔王城まで届いていた。




………………。

…………。

……。




 エントランスの壁の【プロジェクション】に、信徒たちが泣き叫ぶ図が映し出されている。



「ほら魔王様! みんな涙を流して祝福してくれてますよ!」



 魔王城では、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶアレイラ以外の、すべての者が絶句していた。

 キースはその場にしゃがみ込んで、頭を抱えた。




とうとう完全に記憶を取り戻しました!


「面白いぞ」

「続き読みたいぞ」

「さっさと更新しろ」

「ドラマーが気絶する勢いで書け」


そんなふうに思ってくださるあなた!


評価! ブクマ! 感想!


そのすべてが作者の強いモチベになっています!


いいぞ評価するぞ! という方は下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてください!

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表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] 良い展開ですね。 男女の中に友情は存在するか?と言う問題。 友情と愛情の境目の表現が実に上手い(^^)/ 最近のなろう小説とか、強キャラとかになって無双して、ちょっと簡単にハーレムとか、…
[一言] 漆黒ドレス姿をみんなに映し出されるだけかと思ったら、さらに先行ってたよw 漆黒ドレス姿だけでも、みんなが泣いて喜んだ(?)だろうに。 あとディアナ可愛いよ
[一言] 結婚の宣伝をされた!外堀を埋められたぞ!ある意味アレイラちゃん有能だぞ!...聖女の信者の雰囲気が全然祝福してる感じじゃないがな! ディアナさんはこのまま失恋ルート?
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