表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
73/86

73話 怪盗魔王、記憶の鍵を開く

「ディアナ、君はもう下がっていろ」



 キースは漆黒のマントを翻して玉座から降りた。

 ディアナは玉座の脇に下がり、アレイラは暗闇の中でハラハラしながら様子を見守っていた。

 マリィの真剣なまなざしを、キースは鋭い目で射返す。



「改めて聞こう。君の目的は何だ?」



 マリィは杖を握る手に力を込めて答えた。



「あなたを救うこと、そして戦争を止めることです」

「勇者というのはつくづく傲慢で、便利で、それ故に救い難い……」



 キースは小さなため息をついた。



「俺がなんらかの窮地に陥っていて、それを救おうというのか。俺自身、自覚しない何かから。いかにも神官の言いそうなことだ。信仰は窮地を偽造する。やれ神に背を背けているだ、やれこのままでは地獄に落ちるだのと。魔王がそんな世迷い言に耳を貸すと本気で思うのか?」

「私は神の道を説きに来たのではありません」



 マリィの言葉に、鋭いキースの目が、細められた。



「勇者、君は哀れだ。為政者にとって、勇者ほど都合の良い存在はいない。俺の首を取れば、この領土の膨大な鉱石が手に入り、魔王殺しの栄光は君の属する国にもたらされる。君を擁立した為政者は、その地位を盤石なものにする。聖女様なら尚更だ」



 冷え切った謁見の間に、キースの足音が響く。



「そこに君の意志など存在しない。やがて価値が無いと見做されれば、容赦なく消される。本当に便利な存在だよ。君が信じるかどうかは知らないが、俺もかつては勇者パーティーの一員だったんだ」



 キースは白い歯を見せて笑った。

 それは――マリィの記憶を有していた頃の快活な笑顔とはほど遠く、苦いものだった。



「そして俺は王の意志で殺された。人間キースは死に、どういう理由かはわからないが……魔王としての俺が現われた」



 マリィが魔王のマントを与え、そして死にかけたキースを癒やした。

 そのことは、もちろんキースの記憶からは消え去っている。



「今の俺は、勇者パーティーにいた頃よりずっと自由だ。自分の考え通りにことを進めることができる。勇者というのは所詮操り人形なんだよ。俺は別に殺人が趣味というわけじゃない。馬鹿らしい勇者なんかやめて大人しく帰るといい。どこへとでも逃げて、ひとりの神官として、静かに暮らせ」

「そういうわけにはいきません……それに、私は誰のためでもない、私自身のためにここに来たんです」



 暗い謁見の間、まるで別人になってしまったキース。

 怖くないといえば嘘になる。


 けれども、言わなくてはならないことだ。

 そのために、自分は来たのだから。

 マリィはよく通る声で、キースに言い放った。



「私は……あなたの友としてここに来ました! あなた自身を取り戻すために!」



 キースは、眉間に深い皺を作った。



「俺に……魔王に友などいない」



 キースはマリィに向けて手を広げた。

 マントの赤い宝玉が輝く。



 ――【衝撃波】。



 轟音が広い部屋に響き渡り、マリィのすぐ側を見えない波動が突き抜けた。

 背後の壁がえぐれ、硬い破片を散らす。



「まだ世迷い言を吐き続けるなら、次は当てる」



 マリィの頬に、汗が流れる。



「魔王に友がいないと言うのなら、私がなります……かつてのように!」

「かつて……? 友情とは、とどのつまり相互理解のことだろう。勇者ごときに俺の何が理解できる。そもそもお前は本当に友情を見たことがあるのか」



 キースの手のひらは、変わらずマリィに向けられている。

 いつでも殺せるということだ。



「人間の本質は、利用、裏切り、抑圧、憎悪……これらの醜い混合体だ。どこに友情が生まれる余地がある?」

「友情はあります……私たちに」

「俺は何も感じないが」



 せせら笑うキースに向かって、マリィは一歩踏み出した。



「キースさん。どうして今あなたは、私と対話しているのですか?」



 キースの笑みが消えた。

 マリィの黒目がちの瞳が、キースを見据えた。



「私はひとりきりの勇者です。あなたは今すぐ私を殺すことができる。さっきだって、ディアナさんを止めなければ、私は死んでいました」



 マリィは、さらに一歩を踏み出す。

 大丈夫だ、目の前の人は私の話を聞いてくれている。

 それならまだ活路はある。

 そう信じて。



「私に自分の考えを説き、帰るよう説得し、今の攻撃も外してみせました。何故ですか?」



 小さな足音が、いやに大きく響く。

 ディアナもアレイラも、マリィの言葉に聞き入っていた。



「愛があるからです。相互理解を超えた慈しみが、キースさんの心に根付いているからです。そこではもはや、魔王も勇者も、盗賊も神官も関係ありません」

「世迷い言を吐くなと言ったはずだ」

「それでもあなたは私を殺さない」



 とうとう、マリィはキースの目の前に来た。

 鼻先に触れんばかりの距離に、開かれた手のひらがある。

 キースがその気になれば、一瞬でマリィの顔は吹き飛ぶことだろう。

 マリィは言った。



「もしあなたの心が冷たい氷に閉ざされてしまったのなら、私は何度でもそれを溶かしてみせます。それが私の愛です」



 マリィの心の氷を溶かすために、キースがどれだけ骨を折り、胸を苛んだことか。

 彼女には知る由もないことだ。

 しかしマリィはキースに対して、同じ事をすると宣言した。

 互いに知らないはずのこの繋がりは、キースの心にわずかな渦を巻き起こした。


 キースの心に現われたのは、不安だ。

 不安は苦しみに、苦しみは怒りに変わる。



「……俺はお前を殺さないと、そう言ったな。その通りにしてやろうじゃないか。君を生きて帰そう。だが」



 キースは開いた手のひらを握りしめた。



「君には俺を“殺した”者たちと、同じ苦しみを味わってもらう。そのあとにまた、友情やら愛やらの話を聞かせてもらいたいものだ……口にできるものならな」



 怪盗は、見えるものすべてを盗むことができる。

 怪盗は、持てるすべてを人に与えることができる。

 そういう職業(ジョブ)だ。


 キースはマリィのすべてを奪うべく、すぐそこにあるマリィののど元に指を当てた。




 ――マリィは動かない。




 ただまっすぐな視線をキースに向けるだけだ。

 必ずキースは元のキースに戻ると、心から信じ切っていた。


 そのためなら何をされようと、もう恐れない。

 キースがマリィからスキルとステータスを奪おうとしたその瞬間、ディアナとの戦闘で破けていた胸元が、はらりと開いた。



「………………!」



 そこにあったのは、鎖骨から胸にかけての大きな傷痕だった。

 ディアナとの戦闘で受けたものではない、ずっと古い傷痕だ。



「それは…………」



 初めて、キースの表情に狼狽が生まれた。

 マリィにはなんのことだかわからない。


 キースはマリィの胸の傷痕を指でなぞった。

 マリィは、きゅっと目をつぶる。


 何かはわからない。

 けれども今、確実にキースの中で何かが起こっている。

 それだけははっきりしていた。



「それは、君の傷じゃない……」



 キースの凍えきった心の空白に、何か熱いものが流れ込んでくる。

 記憶の残滓が、茫漠とした暗闇を照らす。



「それは……俺の傷だ」



 キースの胸の中で、記憶の鍵が開いた。

 傷にまつわる思い出が、急流となってキースの胸になだれ込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
[一言] 「キース、あんたちょっとクドいよ。」
[一言] なるほど、おっぱいは正義だったか
[一言] がんばれキース!あともう少し!マリィさんがカッコ良すぎ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ