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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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71話 マリィ、怪盗魔王に会う

 コールデン共和国、聖都にそびえ立つ大聖堂。

 その広間では、もはや会議とは呼べないほどの、口角泡を飛ばす激論が繰り広げられていた。


「エンリコ枢機卿、聖騎士に魔王の追撃を命令したのはそなたではないか! それを今更無関係だなどと!」

「事実無関係だ! 実際に魔王を焚きつけたのは魔王領への侵攻! そこに私は関わっていない!」

「それは詭弁というものだ! 兵が集まらなければ侵攻もなかったはずではないか!」

「実際に集まった兵たちに命令を下した者がこの中にいる! 第一、ルミード枢機卿、そなたは聖騎士に位階を授ける責任者ではないか!」

「それがいったい何の関係が!? 命令を下したのは私ではない!」



 外の広場では、避難民たちの「魔王を殺せ」の大合唱が響き渡っている。

 そんな中、枢機卿たちは、魔王の怒りを買った侵攻の責任を必死で押しつけ合っていた。


 この会議の結果如何では、その後の政治的進退が大きく変わるのだ。

 激しい罵り合いが、高い天井にこだまする。



「諸賢はひとまず落ち着くべきだ。この状況を治めることができるのは最早聖女様おひとりではないか。至急、聖女様を補佐する新たな大神官を決める必要がある」

「それならば、自然な話、私ということになるだろう。聖女様がお住まいの修道院運営は私の管轄だ」

「そんな安直な決め方があって良いはずがなかろう! 現に前大神官は修道院を運営してはいなかった!」

「それにせよ、強い関わりを持っていたことは確かだ!」

「聖女様がいらっしゃったからこそ、彼は修道院にいたわけであって……!」



 責任の押し付け合いは、大神官任命の話にまで発展した。

 侃々諤々の議論は、もはや収束の糸口が見えない。

 ましてや戦争の終結についてなど、誰の口からも発せられなかった。



 そこへ――。



「会議中、失礼致します!」



 助祭が長い礼服の裾を蹴りながら、大慌てで広間に入ってきた。

 長い廊下を走ってきたものと見えて、ひどく息を切らしている。



「大変なことに……!」



 ぜいぜいと呼吸を整えながら、助祭は言った。



「聖女様は、いまおひとりで演説をなさっています!!」

「そんな……そんな馬鹿なことが……!!」



 聖女の言葉は、聖職者の補佐があって初めて伝えられる。

 これは彼らの共通認識だった。

 そうでなくては、聖女を政治的にコントロールすることができない。



 しかし、それが破られたのだ。



「それは、現時点で許されることではない! 民たちは今きわめて敏感になっている状況だ! 下手をすれば聖女様の放つ光を見失いかねない!」



 聖女の権威が失墜するかもしれない、ということだ。

 彼らはそれをいちばん恐れていた。


 せっかく“発見”した聖女だ。

 彼女には、どこまでも聖女でいてもらわなければ困る。



「今すぐやめさせろ!!」



 もはや聖女に対する敬意も何もあったものではない。



「不可能です! 大広場は民で溢れかえっていて、演説台には聖騎士さえ近づくことはできません……!!」

「なんということだ……!」



 枢機卿のひとりがテーブルを叩いた。

 もはや事態は、完全に彼らの手の届かないところにあった。




………………。

…………。

……。




 広場で声を上げているのは、前線から逃げてきた避難民たちだ。

 お互いに押し合いへし合いしながら、大聖堂に向かって叫んでいる。

 そこへ、美しい声が響き渡った。



『みなさん、どうか落ち着いてください……』



 アレイラの魔法【ヴォイス】に乗った、マリィの声だ。

 演説台に登ったマリィを見て、民衆たちは歓喜の声を上げた。



「聖女様だ! 聖女様が戻られた!」

「俺たちのために帰って来られたんだ!」



 マリィが聖都に戻ったことは、未だ民衆には伝えられていなかった。

 彼らにとってマリィの登場は、まさに奇跡だ。



『どうか心を落ち着かせて、私の話を聞いてください……』



 マリィは、ゆっくりと深呼吸をして、民衆の声が収まるのを待った。

 静かになった大広場に、マリィの声が響いた。



『みなさんは、必ず私が救います。ですから、今から言うことをどうか心に留めておいてください』



 初めて見るほどの多くの民衆に向けて、マリィは語りかける。



『私は星に導かれた勇者のひとりです。私はその役目を果たします。必ず魔王の脅威を取り除きます』



 わあっと大歓声が上がった。

 しかしそれもすぐに静まる。

 みな、聖女の言葉をひとことたりとも聞き逃したくない。



「………………」



 マリィの吐く息は震えていた。

 これから言うことこそが、最も重要なのだ。

 マリィは口を開いた。




『魔王、キース・アルドベルグは私の友です……』




 このひとことに、民衆はざわめいた。

 民衆が知っているのは、聖女が魔王に誘拐されたということだけだ。



 しかしマリィは続けた。



『友だからこそ、私は彼を止める義務があります。どうか信じてください。私はあなた方も、亜人種(デミヒューマン)も、それを束ねる魔王も、すべてを救います。だからどうか、誰も憎まず、恐れず、待っていてください』



 これがただの政治家なら、石を投げられたかもしれない。

 民衆の敵である魔王を、救おうなどと言うのだ。


 しかし彼らには、聖女に対する悪意などはみじんも起こらなかった。

 それだけ、マリィの言葉には深い真心がこもっていた。




『皆さんの最愛の友としてのお願いです。どうか心穏やかに、来たるべき時を待っていてください。私が、必ず、争いを食い止めてみせます』




 マリィが深く頭を下げると、大歓声が起こった。

 誰もが声を張り上げた。



「神に遣わされたお方だ!」

「聖女様に神のご加護がありますように!」

「どうか我らをお救いください!」



 マリィは民衆に背を向けて、演説台から降りた。

 演説台の後ろは、外からは死角になっている。

 そこに【ヴォイス】を発動させていたアレイラが控えていた。



「マリィ、えらく大口叩くじゃない!」



 アレイラは笑いながら、マリィの背中を叩いた。

 思わず咳き込みながら、マリィは答える。



「……私は、キースさんのこと信じてますから。さあ、行きましょう。魔王城へ」

「そういう度胸のあるところ、嫌いじゃないよ!」



 アレイラは呪文を詠唱し【ゲート】を開いた。



「もういちど言うけど、魔王様は魔法でマリィのこと完全に忘れてるからね! 下手なこと言うと酷い目に遭うかもよ!」



 修道院の食堂で、最初にそれを聞いたときは驚いた――しかし。



「わかっています。たとえ何があろうと、私はキースさんを説得するつもりです」



 覚悟はもう決まっている。

 マリィはアレイラの背中に続いて【ゲート】をくぐった。




 ――その先は、魔王城謁見の間だ。




 冷たく暗い空間に、マリィは足を踏み入れた。



「ただいま戻りました!」



 アレイラの元気な声は、広い空間に響き渡った。


 かつてマリィは勇者パーティーのひとりとして、先代魔王を倒すためにここにやってきた。

 そのときと同じ空気が、今流れている。


 冷ややかで、ぴりぴりと肌を刺すような。

 それは王座に深く腰かけた、魔王キース・アルドベルグから吹き下ろす冷気だった。

 その傍らには、召喚士(サモナー)ディアナが控えている。



「ちょっとあなた、どういうつもり!?」



 マリィの姿を見たディアナが、声を上げた。



「どうもこうも、こんな感じよ!」



 アレイラはキースに報告した。



「見てください魔王様! 聖都でいっちばん偉い聖女様を連れてきました! これって聖都の破壊工作成功したってことでいいですよね!?」



 そう言って、またマリィの背中を叩く。

 マリィはよろめきながら、王座の前に出た。



「……星導教会の神官か」



 キースは、まるで出会ったばかりの頃のような、冷たい目をしていた。

 やはり、マリィについての記憶を失っているのだ。



(でも、それだけでこんな別人みたいに……)



 マリィは自分がキースにどれだけ大きな影響を与えていたのか、まるで知らずにいる。



「キースさん……!」



 マリィが見上げると、氷のような視線が降ってきた。




「君は誰だ?」




 アレイラから聞かされてはいたことだ。

 キースはマリィに関する記憶をすべて失っている。


 それでも、この言葉はショックだった。

 自分の姿を見れば、何か思い出してくれるかもしれない――そんな淡い期待があったのだ。


 それが、打ち砕かれた。



「本当に……本当に私のことを忘れてしまったんですね……」

「俺は名を尋ねたはずだ。謁見の間において、君にはその問いに答える義務がある」



 身も心も、魔王に染まりきっている。

 それを見てマリィの心は痛んだが、それでも顔を上げて答えた。



「私は星に導かれた勇者パーティーのひとり、神官マリィ・コンラッドです」

「なるほど、勇者か」



 キースは口の端を上げて、にやりと笑った。



「新たな勇者の誕生としてはずいぶん早いな。アレイラ、どういうつもりで彼女を連れてきた?」

「はい! 結婚なので!」



 アレイラの言葉を聞いて、キースは眉間をつまんだ。



「……相変わらず君の言うことはよくわからん。ともかくマリィ・コンラッド、お前はたったひとりで俺の首を取りに来たわけだ」



 顔から手を離したときのその表情は、まさに先代魔王を重ねたようだった。



 悪意と殺意。

 拒絶と憎悪。



 こちらの心臓をわしづかみにするような、おぞましいオーラを放っている。



「………………」



 しかしマリィはそれに臆せず、もう一歩前に進み出た。



「いいえ、違います!」



 キースの闇に染まった目を、真っ直ぐに見つめる。



「あなたを……救いに来ました」



 そこでマリィは気づいた。

 自分を囲う、無数の気配。



 ――獣の臭い。



 闇の中を蠢く気配の中心にいるのは、召喚士(サモナー)ディアナ。

 カツン、と大きく靴音が鳴った。



「魔王様を救う、ですって?」



 ディアナは嘲るような声で言った。



「魔王様は至高の方。絶対のお方。世界の最高峰にいるお方が、いったい誰に救われるというのかしら。救うのは常に魔王様。滅ぼすのは常に魔王様。その逆はありえなくてよ」

「だからさっきから私が言ってるじゃん! 結婚なんだって! それで全部解決!」



 アレイラがわめくと、ディアナは柳眉を逆立てた。



「お黙りなさい……アレイラクォリエータ」



 グルルルルル――と、獣の呻きが謁見の間に響いた。

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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] カオスな謁見の場と暗躍故に乱れる世界情勢の場に置いてかれた不憫なエラーダ
[一言] 麦茶キメて続き待ってますよっと
[一言] アレイラの空気読まなさすぎ感が凍りつきそうなこの場面を和やかにしてますね
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