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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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66話 怪盗魔王、いばらの3姉妹に会う

 マリィの面倒がみられるよう、宿屋にはジョセフを残してきた。


 キースとディアナは、アレイラの案内で、森の奥深くへと入っていく。

 村から30分ほど歩いたところにあったのは、壁が紅色に塗られた家だった。

 

 大きさとしては、ちょっとした別荘、という風情。

 家の脇には白い柵があって、よく手入れされた色とりどりの花が咲き誇っている。


「ここです……」


 アレイラは心細そうに、胸元に杖を抱いていた。

 ここがいばらの三姉妹の住処なのだ。


「村の人たちの話じゃ、親切な人たちらしいじゃないか。何も人を取って食うような相手じゃないんだろう?」

「それはそうですけれど……でも、くれぐれもお気をつけて……」

「わかった、油断はしないさ」


 心配そうなアレイラにそう答えて、キースは小さな階段を昇る。

 3輪の薔薇が重なり合った形の、ドアノッカーを叩いた。

 そうして自分の名を名乗ろうとした瞬間――まるでずっと玄関で待っていたかのようにドアが開いた。



 ――ふたつの声は、きれいに重なって響いた。



「「ようこそ、キース・アルドベルグ様、ディアナ様、アレイラクォリエータ様」」




 ドアの向こうにいたのは、赤いドレスを着たふたりの女だ。

 美しいその顔は、それぞれ縦に割った仮面で隠されていた。


「アンナとオリヴィエ、いばらの三姉妹のふたりです……」


 アレイラが、こそっと耳打ちする。


 キースたちこのふたりの女に、家の中へ迎え入れられた。

 小さなエントランスの壁には、薔薇のアレンジメントが飾られている。

 どれも生花だが、奇妙なほどにみずみずしい。


 アンナとオリヴィエに続いて、キースたち3人は奥へと進んだ。

 廊下を抜けると、大きなビスケットのような丸い扉があった。

 アンナがノックする。



「「お姉さま、お客様を連れて参りましたわ」」



 ふたりが声を揃えて言うと、部屋の中から声が返ってきた。




「どーうぞ、お入りになって!」




 アンナが扉を開くと、薔薇と紅茶の混じり合った甘い香りがむわりと鼻腔を撫でた。




「ようこそ♪ キース・アルドベルグちゃんとそのお友達ね。大歓迎するわ!」




 テーブルの向こうで両手を広げている“お姉さま”――。

 濃紅のビロードのスーツに身を包んだ、息を呑むほどのその美形。

 自ら輝くような桃色の髪に、長い睫毛に縁取られた青い瞳、薔薇のように微笑む赤いくちびる。


「紅茶の温度もちょうど良い、ぴったりのタイミングねぇ……」


 そう言って、()は目を細めた。




 ――今のは間違いなく、男の声だ。




 見たこともないほどの美形だが、華奢な体つきもよく見れば男だった。


「あんたが……バロン・アンリエットか?」


 思わずキースが尋ねると、男は自分の胸に指先を当てて、口を尖らせた。



「“あんた”なんて、ご挨拶じゃなぁい? ここはいばらの三姉妹のサロンなのよ。もっと紳士なところ見せて欲しいわぁ……それに」



 テーブルを横切って、キースのすぐ目の前に立った。

 キースより頭半分は背が高い。



「自分で名乗るのは良いんだけれど、人に“バロン”って呼ばれるのあんまり好きじゃないのよねぇ。気軽にアンリエットって呼んでちょうだい……あと覚えておいてあげてね。左に仮面をしているのがアンナ、右に仮面をしているのがオリヴィエ。間違えちゃダメよ」



 アンナとオリヴィエはふわりと一礼する。

 美しい目を細めて、アンリエットはキースを見下ろした。


「それにしても、やっぱり可愛い顔ねえ……」


 そう言って、中指でキースのあごを撫で上げる。

 キースは思わず仰け反った。

 美形の顔が、鼻先まで近づいてくる。




「ちょっと泥臭くて、ワイルドでセクシー、“盗賊”の顔って嫌いじゃないわ……」




 ここでカツンッと鳴ったのは、ディアナの靴音だ。


「お初にお目にかかります。魔王様麾下四天王がひとり、ディアナと申しますわ」


 ディアナは優雅にスカートをつまんで、頭を垂れた。


「失礼ながら、魔王様は“怪盗”であらせられます。そこはお間違えなきよう」


 ディアナは血のように赤いくちびるで弧を描いたが、紫色の目は笑っていない。

 それを見て、アンリエットは白い歯を見せて微笑んだ。



「あら! そうだったわね! 怪盗様だったわね! こーれは失礼!」



 アンリエットはその場でくるりとターンして、キースの腰を抱いた。

 再び美しい顔が、視界いっぱいに近づく。

 薔薇のように赤いくちびるが、キースの頬をちゅっと突いた。



「なっ!」

「“なっ”ですって! うふふ、怪盗魔王のキースちゃん♪ そうね、確かに盗賊っていうには少しビターかもしれないわね」



 妖しく輝くような笑顔を浮かべる。




「生き方が変われば、顔も変わってくる。私の好みだからOKよ。ビターセクシー♪」




 アンリエットはくちびるを舐めて、ディアナを見下ろした。

 ディアナは顔を真っ青にして、こぶしを震わせている。



「ま、まま魔王様に、キ、キキキキスを……」

「ちょーっとお子様には早いご挨拶だったかしら? 過激に見えちゃった? ごめんね、私たちふたり揃ってセクシーだから♪」



 アンリエットは高い鼻を、キースの鼻先にツンと当てた。

 オリヴィエとアンナがクスクスと笑い合う。

 ディアナは目を見開きながらも、大きく深呼吸をした。



「おそれながら、四天王に……」

「四天王に年齢の概念はないのよね」



 アンリエットはディアナの言葉を即座に継いで、その口を閉じさせた。


「歳を重ねることのセクシュアリティがあなたたちにはないってことね……そして」


 青い瞳が、部屋の隅で小さくなっているアレイラに注がれる。



「お久しぶりね、アレイラちゃん♪ どうしたの、すっかり人見知りになっちゃって。まるで怖い目(・・・)にでも遭ったみたい……」

「それは……そんな……」

「肩の力を抜いてリラックスして。ここは私たちいばらの三姉妹のサロンなんだから」



 そう言いつつアンリエットの手は、相変わらずキースの腰を抱いている。

 キースは鳥肌が立ちっぱなしだ。

 ディアナはひたいに青筋を立てている。



 ――しかし。



 これからマリィについてお願いをする相手なのだ。

 無碍にできる相手ではない。


「あらあら、お話が楽しくってすっかり立ち話になっちゃったわねぇ! さあ、座って座って! 紅茶が冷めちゃうわ!」

「その前に……俺はお願いがあってここに来たんだ……」


 胸に思い浮かぶのは、宿屋のベッドで茫洋としたまなざしを天井へ向けているマリィだ。

 想起するたびに、胸が痛くなる。

 一刻も、一刻も早く助けたい。


 キースが要件を言い出そうとすると、くちびるに白く長い指が押し当てられた。




「まずはティータイム。無粋はやぁよ」




 妙な迫力に押されて、キースは言われたとおりに席に着いた。

 ディアナ、アレイラもそれに並ぶ。

 あまりに焦れて手のひらに汗が浮かぶが、ここは我慢しなくてはいけないところらしい。


 アンリエットはその場で再びターンすると、窓際に飾られた薔薇の花弁を千切り取って、ふっと息を吹きかけた。

 花弁はテーブルの上を舞って、ティーカップに3枚ずつ落とされる。

 そうして優雅にイスに座ると、アンナとオリヴィエがそれに続いた。




「……マリィちゃん、きれいな子ねぇ。まあ私には及ばないけれど」




 キースは思わず目を見開く。

 要件を切り出す前に、アンリエットはマリィについて語り始めた。




「でも真面目すぎるのよね。もっと肩の力を抜くべきだったわよねえ。だから【冷徹の冠】なんて被せられちゃって」




 【冷徹の冠】のことまで知っている。

 キースは思わずゴクリとツバを飲んだ。


 アンナとオリヴィエはクスクスと笑い合う。

 薔薇の花びらの浮いた紅茶をひとくち飲んで、アンリエットは続けた。




「でも、すっきりしたわよね? 気持ち良かったわよね? 大神官爆殺♪」

「………………!」




 聖都での死闘――そのことすらも、この“魔女”は知っている。


 アンリエットは、薔薇と紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込んで、とろりとした表情を見せた。




「アルドベルグ盗賊団にいた頃には、とてもできなかったはずよ……今なら気に入った女のために殺人だって楽しめる」

「それは……!」

「違うと言うの?」



 細められた青い目が、鋭くキースを射貫いた。 



「助けてって悲鳴を上げてる大神官に、あなた言ったわ。“いやだね。悪いが俺は神様じゃない”。セクシーな殺人にぴったりの言葉じゃない。そうよね、あなたは盗賊だものね。神様じゃない……あらやだ、私ったら!」



 アンリエットはわざとらしく、両手を口に当てた。



「怪盗魔王様よね、とてもとても偉いのよね。だから人殺しも気軽に出来ちゃう。キメ台詞を添えてね。“そろそろお祈りの時間じゃないのか?”、きゃーセクシー、しびれちゃうー♪」



 口に当てていた手を、今度は頬に当てて、うねうねと身体をうごめかせる。


「………………」


 この男はすべてを知っている。

 キースはアンリエットのステータスを読み取ろうとした。


 どんなスキルによって自分の行動が見抜かれているのか。

 また、ただ者ではない目の前の男について、少しでも情報が欲しかった。



 ――しかし。



「………………!」



 アンリエットのステータスは、まるで靄がかかったように像を結ばない。



「あらやだ。趣味の悪いアクセサリーだと思ったら【確信の片眼鏡】? オホホホホやーだーもーうー♪」



 のど元に手を当てて、アンリエットは笑った。



「いくら私がセクシーだからって、のぞきはダメよ、お茶目さん」



 キースのこめかみに汗が流れる。

 この男には何をしても、必ず上手を取られる――そう確信させられた。



「……すまなかった」



 キースは潔く頭を下げた。



「あーら素直ね。マリィちゃんのことがそんなに大事なのね」

「そうだ……俺の恩人だ」



 マリィには、あらゆる場面で助けられた。

 彼女がいなければ、キースはもう生きてはいない。



「恩人ねえ……」



 とたんにアンリエットは、つまらなそうな顔をして、テーブルの薔薇の花びらを千切った。



「そういう言い方、あんまりセクシーじゃないわね。まあいいわ……」



 オリヴィエとアンナは、ひそひそと何かを話し合って笑っている。

 アンリエットは、千切り取った花びらを、赤い舌の上に乗せた。



「もうピンと来てるだろうけれど、あなたたちが私たちを頼って来た理由はわかってる。マリィちゃんの氷の心を溶かしたいのよね」



 思った通り、見抜かれていた。

 キースは深く頷く。



「できるわよ」



 相変わらずつまらなそうな顔をして、アンリエットは言った。



「ただし条件つき。まあ、当たり前よね。そうよね。そう。そうなのよ。条件つき。大事なところよね」

「魔王様……」


 アレイラが、細い声で口を出す。


「油断しちゃだめです……いばらの三姉妹は必ず対価を……」

「当たり前じゃない。きっちり頂くものは頂くわ。そうよね。そうじゃないと。何にしようかしら。そうね……」



 つまらなそうな表情が、だんだんと妖しい笑みへと変化していく。

 アンリエットは立ち上がって、キースのイスの後ろへと回った。

 キースの首を抱き、耳元にくちびるを近づける。



「ひとつだけ頂くわ。ここにあるもの(・・・・・・・)を……」



 アンリエットは、キースのこめかみを、トンと突いた。




「あなたの中にある“マリィ・コンラッドにまつわるすべての記憶”。それを対価に、あなたの願いを叶えてあげる……」




 鼻にかかったアンリエットの吐息は、濃い薔薇の香りがした。

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表紙
― 新着の感想 ―
[気になる点] とんでもない条件にどんな答えを出すのか? この条件を飲んだとしても、救われないよ。。救われた方が [一言] キースに恋心とかないんかな?ないんだろうなぁ マリィはどうなんだろう キー…
2020/04/11 21:36 退会済み
管理
[一言] あまり面白い展開では無いなあ(`・ω・´)
[良い点] うーん。奪われても奪い返すのかな?怪盗だし
感想一覧
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