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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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62話 レネー、【冷徹の冠】を手にする

 キースの命令を受け、ギンロウは車輪を回しながら北方へと向かっていた。


 ギンロウは溶けかけた雪を削りながら、氷精の里が見える丘で車輪を止めた。

 車輪の跡には、雪の下の泥が抉り出されている。

 ところどころ溶けかかった雪の合間には、つぼみをつけた花さえ見えていた。


 一応雪は降ってはいるが、これ以上温暖化が進めば、氷精はとても生きてはいけないだろう。

 現段階で、全滅している可能性すらある。


 ギンロウは車輪を収納し、氷精の里まで届く大音声を轟かせた。




「約束を果たしに来たッ!!」




 まばらな雪の中でしばらく待っていると、里の方向から数人の氷精たちがやって来るのが見えた。

 みな、杖を突きながら、ゆっくりと向かってくる。

 8人だ。


 氷精たちはギンロウの顔が見える距離で歩みを止めた。


「貴様は……魔王の遣いの……」


 いちばん老いた氷精が言った。

 先代魔王の時代にギンロウを追い込んだ者のひとりだ。

 氷精たちはみな、前に会ったレネー以上に衰弱していた。


「再びまみえたな。我は魔王様麾下四天王がひとり、剣士(サーベルマン)ギンロウ」


 氷精たちは杖にすがりながらも、ギンロウを警戒している。 

 ギンロウは【冷徹の冠】を、氷精たちに向けて掲げた。


「魔王様の、そして我自身の約束を果たしに来た」


 【冷徹の冠】を見て、氷精たちはどよめいた。


「レネーの話は本当だったのか……」

「まさか実在していようとは……」

「なんということだ……」


 老いた氷精は、足の力が抜けたように、杖にすがる。

 雪の合間に見える、ほころんだ花のつぼみを見て呟いた。


「……レネーには、あの子にはかわいそうなことをした」


 ギンロウは、その言葉を聞き逃さなかった。


「どういうことだ」


 ギンロウが問うと、老いた氷精は力なく顔を上げた。


「レネーは……我々の断りもなく“取引”をしたのだ……その罪により追放した……」

「愚かなことをしたな」


 老いた氷精を見下ろして、ギンロウは問うた。


「どこへ追放した?」

「里から追い出しただけだ、行く先などわからん……」


 ギンロウは拳を握りしめる。


 レネーは当てもなく、どこまでも歩いていくような女ではない。

 かといって、未練がましく里の近くでうずくまるなどということはしないだろう。


 レネーは計算高い女だ。

 いるとすれば、自分の命を最大限に引き延ばせる場所――。


「ダンジョン……」


 ギンロウは呟くと、両腕を広げて車輪を発生させた。


「魔王様の命により、貴様らは救われた。だがもしレネーの身に何かあれば、そのときは……覚悟をしておけ」


 ギンロウはそう言葉を残すと、車輪で雪と泥を巻き上げながら、遺跡のダンジョンへと向かった。

 何もない雪原を走り抜けて、氷の柱の並ぶ遺跡で車輪を止めた。


 車輪を収納し、ダンジョンの奥へと入っていく。

 ギンロウに逆らうような魔物はいない。

 奥へ行くほど、温度は下がっていく。


「………………」


 ダンジョンの最奥部に、入口の崩れている部屋があった。

 人ひとり通れる隙間はあったが、ギンロウには小さすぎる。


 ギンロウは瓦礫の山が崩れないように気を付けながら、岩をどけて道を作った。

 中から凍てつくような冷気が漏れ出てきた。


 キースが“熱”を奪った部屋だ。

 レネーがいるとすれば、ここしかないとギンロウは確信していた。


 中は、ギンロウの思った以上に大きな空間だった。

 巨大なフロストドラゴンの死骸が横たわっている。

 その奥だ――。


 美しい氷像の前で、レネーは静かに眠っていた。


「………………」


 氷の女神像とレネーは、瓜二つだった。

 女神は何もない手元に目を注ぎ、レネーは凍り付いた床に丸まっている。


「………………」


 ギンロウはドラゴンの首に祈りを捧げ、横切った。

 そして、レネーの肩にそっと触れた。


「…………ん」


 長いまつ毛に縁取られたまぶたが、ゆっくりと開いた。


「あなたは……」

「約束を果たしに来た」


 レネーはゆっくりと身体を起こす。

 彼女もまた、他の氷精たち以上に衰弱していた。

 ギンロウの手にある【冷徹の冠】を見ると、レネーは弱々しい笑みを浮かべた。


「本当に……来たのですね……」


 レネーはそう言うと、視線を移した。



 ――予感がなかったわけではない。



 レネーの視線の先にあるのは、崩れた岩で建てられた墓だ。

 中には屍人(グール)として倒された、冒険者たちが眠っている。


「あれは……魔王様がなさったのでしょう?」

「魔王様は慈悲深いお方だ」


 ギンロウはレネーを、水銀のような目でまっすぐに見た。


「里を追い出されたと聞いた」


 ギンロウはレネーの前でしゃがんだ。


「覚悟はしていました……」


 レネーは色の失われたくちびるに、薄い笑みを湛えて言った。


「彼らからすれば……妥当な判断なのでしょうから……」


 心の底から沸き上がったのは、深い充足感だった。

 レネーは一族の怒りを買ってまで、魔王の足元に縋りついた。

 それがもとで、里からも追い出された。


 それが――間違いではなかった。

 ギンロウは帰ってきたのだ。

 約束の【冷徹の冠】を持って。


「………………」


 レネーの小さな白い手に、【冷徹の冠】が手渡された。


「これが、お前の求めた救いだ。お前の手で、為すべきことを為せ」


 レネーは力を振り絞って、ゆっくりと立ち上がる。

 美しい意匠の施された【冷徹の冠】を、感慨深く眺めた。


 里を去る前に浴びせられた罵声。

 『裏切者』『恥を知れ』。

 レネーは、そんな言葉を黙って耐えた。


 追放され、ひとり、雪の溶けかけた道を歩いた。

 一歩進むごとに、力が失われていくのを感じながら。


 そしてダンジョンの寂しい床。

 孤独の底――。


 ときには、自分を追放した里の連中に恨みが湧くこともあった。

 何も知らないくせに――何をしようともしていないくせに。

 そんなことを思う自分に、レネーはひとり恥じ入った。


 そのすべてが、いま報われようとしている。

 氷精の一族を、救うことができる。

 自分を追放した長老たちを含めた、すべての者たちを。


(私は何も間違っていなかった……何ひとつ……)


 レネーは震える手で、氷の女神像が差し出した手に、【冷徹の冠】を収めた。



 ――その瞬間、氷の女神像が眩い光を放った。



 白い光線の束が、レネーの身体を貫いた。

 大霊脈からのエネルギーが収束した冷気は、瞬く間に衰弱したレネーを回復させた。

 力を取り戻した足は、凍りついた床を、樹皮で編まれたサンダルでしっかりと踏みしめている。


 レネーは、うるんだアクアマリンの瞳で、ギンロウを見上げた。


「あのときあなたを逃したのは……正解でしたね」

「確かに借りは返した」


 白い光線は、ダンジョンの外へ向かってほとばしる。

 おそらく、もう外にも届いていることだろう。


 レネーはその光を満足げに眺め、再びギンロウと向かいあった。

 ギンロウが言った。


「ひとつ尋ねたい。自分を追放した者どもを救うことに戸惑いはなかったのか?」


 その言葉に、レネーは澄まして答えた。


「ええ、すべては覚悟の上でしたから。思惑通りに事が進んだ……それだけです」

「……お前は、いつか剣を握ると良い」


 ギンロウの身体は、光の束を映して輝いている。

 レネーは色を取り戻したくちびるを開いた。




「レネー……レネー・メルティアです」




 凍りついた部屋に自分の声が反響するのを、レネーは感じた。


「………………」


 ギンロウはレネーを見下ろして言った。


「あのときは、名乗るほどの者ではないと聞いたが」



 ギンロウの水銀のような目を見つめて、レネーは答える。



「仰る通り、春には溶けてしまう、雪のような名です。ですから、早く忘れてしまってください」

「その名、胸に刻んだ。生涯忘れることはあるまい」



 それを聞いて、レネーは目を細めて微笑んだ。




………………。

…………。

……。




 氷の女神像の台座。

 そこには、こう彫られていた。




『アリーネ・メルティアに捧ぐ』




 現代では誰ひとり読み解くことのできない文字で、今もしっかりと刻まれている。




………………。

…………。

……。




 ダンジョンを出ると、先ほどの氷精たちが外で待っていた。

 もはや彼らの手に杖はない。

 レネーと同じように、すっかり回復していた。


「一体……一体何が目的でこのようなことを……」


 老いた氷精が尋ねると、ギンロウは一喝した。




「これが魔王様のご意思である!!」

「………………」



 老いた氷精がこうべを深く垂れると、他の氷精たちもそれに倣った。

 ギンロウの後ろを歩いていくレネーに、氷精のひとりが声をかける。


「レネー、どこへ行くつもりだ!?」


 レネーは振り向いて答えた。




「魔王は約束を果たしました。私は、私の為すべきことを為すだけです」




 遺跡には吹雪が舞い、雪はもうすっかり深くなっていた。

 その雪を踏みしめながら、ギンロウは歩いていく。

 レネーは小走りに、その後へと続いた。




みんなの努力が報われました。


「面白いぞ」

「続き読みたいぞ」

「さっさと更新しろ」

「火金更新? ……書け」


そんなふうに思ってくださるあなた!


評価! ブクマ! 感想!


そのすべてが作者の強いモチベになっています!


いいぞ評価するぞ! という方は下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてください!

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表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] ギンロウ大活躍! 魔王様の忠臣にして最強の剣士 優しくて強いしカッコいいですよね
[一言] 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ! やります!僕が更新します! そんな感じで一つ宜しく(・∀・)
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