6話 怪盗魔王、スキルを盗むテスト
黒いゲートが開き、ディアナはその中へ入っていく。
キースも、そのあとに続いた。
ゲートの向こうは魔法の松明に照らされた、どこまでも続く細長い部屋だった。
「ここですわ。魔王様の装備保管庫」
両方の壁際にガラスケースが並んでいて、中には様々なアイテムが白い光に照らされている。
「【服従の腕輪】……これは怪盗の装備ではありませんわね……【天を渡る王冠】……これもそれらしくないですわ……」
ディアナはぶつぶつ言いながら、ガラスケースを見て回る。
キースはその後に続きながら、ずらりと並ぶ珍品に、思わず盗賊の本能が動き出しそうになる。
その気配を察してか、ディアナが言った。
「もちろんお好みのものがございましたらお使いください。これはすべて魔王様の所有物なのですから」
「そうは言っても、どれにどんな効果があるのか……」
「魔王様。怪盗には【鑑定眼】のスキルがあるはずですわ」
スキルを使うには、ただ念じればいい。
必要なのは、自分がそのスキルを持っているという知識だ。
キースは試しに、ガラスケースの中にある、黒いランプを見つめて念じてみた。
――【鑑定眼】。
すると、ランプの下に緑色の文字が光った。
【闇夜のランプ】……昼を夜に変える。効果時間は注がれた魔力量による。
「……この文字は、ディアナには見えていないんだよな」
「ええ、魔王様だけに見えるスキルです」
「なるほど……こいつは使える」
キースは【鑑定眼】を使って、ひとつひとつのアイテムを見て回った。
しばらくふたりでケースを見て回るうちに、キースはあるアイテムを発見した。
【確信の片眼鏡】……見た相手のステータス、装備品と所持アイテムを読み取る。使い込むほど見えるものは増える。
「………………!」
キースの脳裏に、何かが閃いた。
識別の鏡を見たとき、浮かび上がった文字を思い出す。
【怪盗:魔王】……魔の眷属を支配し、目にしたものすべてを盗むことができる。
「……やはりこれしかない」
キースはケースから【確信の片眼鏡】を取り出した
「なるほど、これでございますか。戦闘の補助としては非常に役立つものですわ」
「俺にとっちゃ“非常に役立つ”以上のものだぜ……これひとつあれば充分だ」
そう言って【識別の片眼鏡】をガラスケースから取り出して、目にかけた。
そしてディアナを見ると、
【召喚士】
【召喚】【使役】【秘書】【ゲート(魔王城)】【催眠】【職業知識】……ずらりと並ぶスキル。
そして型破りなステータスが続く。
キースはそれらを目にした。
怪盗魔王は目にしたものすべてを盗むことができる。
「ディアナ。ちょっと君で試したいことがある」
「なんでございましょう……あっ」
キースがディアナの白い頬に触れると、たちまちそこに朱が差した。
「魔王様……」
ディアナはかすれるような声で呟くと、長い睫毛を伏せた。
「誰も見ている者はございません。いえ、誰が見ていようと、わたくしは魔王様のもの……」
そう言ってディアナは、キースの手にするりと細い指を滑らせた。
「何を試されるのでございましょう。楽しみですわ……」
あどけない顔立ちに似合わない指の動き、幼い声に宿る妖艶な声。
キースはさすがにどきりとした。
「いや、あの、そういうことじゃなくてな、試したいのはもっとプラトニックな……」
「プラトニックでもカーナルでも構いませんわ。お好きになさってくださいませ……」
ディアナはキースの手の甲をすりすりと撫で回す。
頬ずりが、柔らかい感触を伝えてくる。
そこからキースは【確信の片眼鏡】で見えるもの――“スキル”を抜き取った。
「じゃあ、そろそろ手を離してくれないか」
「はい……わかりましたわ……」
手が自由になると、キースはディアナの頬からそっと手を離す。
「お次はどうなさいますの……?」
細められた紫色の瞳は、色っぽい艶を帯びている。
何か勘違いをされているらしい。
キースはゴホンとひとつ咳をした。
「それじゃあディアナ、好きな魔獣を一匹、召喚してくれないか?」
「魔獣!? 魔獣を使いますの!?」
ディアナは一瞬、目を丸くした。
しかしそれも、すぐにとろけきった表情に変わった。
「魔王様って素敵なことを思いつく方ですのね……よろしいですわ、とっておきの魔獣を召喚致しますわ……」
ディアナは虚空に向かって手のひらを広げた。
「さあお出でなさい……わたくしのとっておき……」
目をつぶってじっと待っていたが、魔獣も出てこなければゲートも開かない。
「あれっ、そんなはずはっ! あ、魔王様! もう少々、もう少々お待ちいただければっ!」
「いや、もう充分だ。いじわるして済まなかった」
キースはもういちどディアナの頬に軽く触れた。
スキルをディアナのもとへ還す。
「………………!」
すると地面に紫色のゲートが開き、魔獣が姿を現わそうとした。
「あ、ディアナ! ストップストップ! 魔獣は実験だ! 出さなくていい!」
ディアナが手のひらを閉じると、魔獣はズブズブとゲートの中に戻っていった。
ぬらぬらと濡れた触手が蠢く姿は、忘れることにする。
「今のはいったいどういう……」
ディアナはキースの目をみて、ハッと気づいた。
目を細めて笑みを浮かべる。
「さすがは魔王様、素晴らしいお考えですわ。確かに魔王様にはその装備がひとつあれば、他に何も必要ありませんわね」
紫色の瞳は、さっきのとろけたようなものとは違い、鋭い知性の光を宿していた。
「よし、装備も決まったことだし、食堂に戻ろう」
キースが戻ると、アレイラが言った。
「素敵な片眼鏡! すごくお似合いですよ!」
「お、ありがとう」
アレイラの下にステータスが映し出される。
(スリーサイズまで見えるのか、何のための機能だよ。上から98……98!? そりゃすごいはずだよ、いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。それでも98……うーん、98!)
キースは首を振って煩悩を振り払う。
食後のティータイムが始まった。
ギンロウは巨大な指でスプーンをつまみ、紅茶に砂糖を溶かしている。
ミルクを入れてかき混ぜると、カップの端で水滴を落とし、ソーサーの上に静かにスプーンを置いた。
「魔王様」
キースはギンロウに目を向ける。
「魔王様は力を必要とする望みを、おそらくお持ちかと存じます。それを叶えるにあたって、まずはご自身の能力を存分に試されるというのは如何でしょう」
ギンロウの言葉に、98という数字が頭から吹っ飛んだ。
「それは……確かに良い考えだ」
キースはミルクティーをひとくち飲んで言った。
「俺には目的がある。俺が今ここにいるのも、その目的があったからだ」
もはや王の恩赦など必要ない。
四天王を見渡すと、誰もが視線を返してきた。
みな命令を待っている。
魔王の下す命令をだ。
キースは、その場で宣言した。
「俺の家族、アルドベルグ盗賊団を、トリストラム王国の牢獄から解放する!」