表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
55/86

55話 謎の美女、聖都に入る

 コールデン共和国の街道を、1頭の美しい馬が駆けていた。

 星を引き伸ばしたような銀色のたてがみは、人々を振り向かせずにはいられない。


 その馬を駆るのは、白いローブを着たひとりの女。

 女は聖都の検問所に辿りつくと、馬を降りた。


「通行証を」


 衛兵の言葉に、女は胸元からペンダントを取り出して見せた。

 大聖堂の関係者しか身につけることを許されないものだ。

 汚れたローブとペンダントから、衛兵はすぐに女が教会の冒険者であることを察した。


「……失礼いたしました」


 頭を下げる衛兵に、女は話しかけた。


「わたくしの仲間がどこにいるかはご存じですか?」

「おそらく……クリムト通りの西にある冒険宿にいらっしゃるかと」

「ありがとうございます、それでは」

「あ、ちょっと!」


 ひらりと馬に飛び乗ろうとした女を、衛兵は慌てて制した。


「聖都での騎乗は禁止されています! 条例をお忘れで?」

「……失礼」


 女はあぶみから足を下ろした。


「旅が長かったものですから……」


 緑色の美しい瞳を見て、衛兵は少しどきりとする。

 軽く会釈をして、女は手綱を引き聖都へと入っていった。


 街の外からでも見える巨大な大聖堂が目を引くが、やはり聖都にも人々の暮らしがある。

 活気のある市場があり、住宅地では家から家へ紐が渡され、洗濯物が干してあったりする。


 女は人々に道を聞きながら、クリムト通りの西へと向かっていった。

 冒険宿は、思ったよりも広い酒場のようなところだった。


 女はそこで馬の手綱を手放した。

 馬はじっとして、その場を動かない。


「なあ、俺の言ったとおり、教会付きの冒険者になって正解だっただろう!?」


 男の大声が宿に響く。


「ちょいとお行儀良くすることを心得てりゃあ、これだけの報奨金がもらえるんだ、しばらくは遊んで暮らせる!」


 男は主人に、酒の追加を頼んだ。

 英雄の名を冠した、一級品の酒だ。

 それを白いローブの一団は、安いエールでも飲むかのようにあおった。


「しかし口減らし(・・・・)をしたのは正解だったな!」

「しっ、声が大きい……」


 ひとりがたしなめるが、男は平気で喋り続ける。


「誰が聞くってんだ? ここは俺たちの貸し切りだ。奴らが地獄で聞き耳立ててるとでも?」

「大声で話せることじゃないでしょう……」


 女もそう言ったが、酔っ払った男は聞く耳を持たない。


「どうせ死んでも文句が出るような連中じゃなかった。分け前は多い方がいいって言ったのは誰だったかな? 忘れちまったが……」


 男はまたぐいっと酒をあおる。

 そのとき男はようやく気づいた――酒場の入り口に立つひとつの影。


「おい、誰だそこで話を聞いてやがるのは!」


 テーブルを囲んでいた8人が、ざっと立ち上がった。


「……ゆっくりと入ってこい……お前はいったい何者だ?」

「さあ、誰でしょうね……」


 小さなスイングドアを開けて、女は冒険宿に入った。


「お、お前は……!!」


 女の緑色の瞳を見て、冒険者たちは後ずさった。


「なんで……どうしてお前が生きて……」


 その瞬間、女の指先から白い冷気が噴出した。

 冷気は蛇のようにのたくりながら、酒場を舞い、冒険者たちの足に巻き付く。

 その足は瞬く間に、木の幹のように凍りついた。


「お前……いったい何を……!!」

「秘宝はどこにある?」


 女は冷たい声で男に問うた。


「秘宝……【冷徹の冠】のことか!? あれは大神官に引き渡したッ!!」

「つまらない嘘はつかないでね……?」


 足を固めている氷が、ピシピシと音を立てながら腰まで上ってくる。


「嘘じゃねえッ!! 本当だッ!! 大神官に引き渡したッ!! ちゃんと会ったんだッ!!」

「その大神官はどこにいるの……?」

「修道院か大聖堂だろッ!! それ以上は何も知らねえッ!! 何も知らねえんだッ!!」

「そう……」


 女はきびすを返した。

 冒険者たちの凍りついた足は、溶ける様子がない。


「ねえっ! ちょっと待ってよ!」


 ひとりの女が、必死な声で呼びかけた。


「私は助けてよウィジカ! あなたを辱めて殺したのは私じゃないでしょう!?」


 ウィジカと呼ばれた女は、ゆっくりと振り返った。


「リックたちを殺したことは謝るわ! けれどもあなたを殺したのは私じゃない!!」


 ウィジカは、そこにいるひとりひとりの目を見た。

 そこにいるすべての人間が、自分の犯した罪に怯えていた。


「少し記憶が曖昧なのよ……だから教えて欲しいの。この中の、誰が、私に、何をしたのか……」


 女は残らず、すべてを喋った。

 男たちが寄ってたかって、口にも出せないことをして、ウィジカを殺したことを。

 ウィジカは氷よりも冷たい目をして、その言葉を聞いていた。


「て、てめえも笑って見てやがったじゃねえか!!」


 男のひとりがわめきちらす。


「でも、直接手を出したのは私じゃないわ! あなたたちでしょ! 私に罪はないわよね? ね、ウィジカ……」


 ウィジカは店内を見渡した。

 足を凍りつかせた冒険者たちの他には、カウンターで怯えている店主がひとり。


「ね、私は許してくれるわよね? ね?」


 足を凍りつかせたまま、両手を出して必死に懇願する女を、ウィジカは緑色の瞳で冷たく見据えた。




「……なるほど」




 女が立ち去ってからしばらくして、冒険宿の店主は息を切らして衛兵の詰所まで走った。

 衛兵が冒険宿に辿りつくと、8人の男女が首から下を氷づけにされて立っていた。


「いったい何が……おい、お前たち……生きているのか……!?」

「ア……ア……ア……」


 女が、紫色のくちびるを開いて声を出す。

 衛兵が叫んだ。


「店主、湯を沸かして持ってこい!!」


 何度も湯を沸かし、少しずつ、少しずつ氷を溶かして、まず女がひとり氷のいましめから解放された。


「大丈夫か!? いったい何があった!?」

「ア……ア……ア……」


 女は短い声を発するばかりで、何の反応も示さない。

 まるで人間として大事な“何か”をすっかり奪われて(・・・・)しまったかのように。


 残った7人の氷を溶かしても、反応は同じだった。

 衛兵は応援を呼び、8人は凍傷の治療のために病院に搬送された。


「………………」


 馬を連れたウィジカは、街の人々に道を聞きながら、修道院へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ