54話 マリィ、大神官と対決する②
マリィは大神官の私室で立ち尽くしていた。
大神官はソファーに深く座り、副官はその傍らに静かに立っていた。
静かな声で、大神官は言った。
「トリストラム王国とアシュトラン共和国は、いま手を携えようとしています。その中心にいるのは誰でしょうか? 誰でも知っている存在です。魔王ですよ、聖女様。仲間の力をすべて盗み去られた、あなたの敵である魔王なのです」
「………………」
大神官は、キースのことを何も知らない。
何も知らない相手を、ただその立場故に敵と断ずるその姿勢に、マリィは嫌悪感を覚えた。
勇者パーティーの神官として、魔王討伐に向かったあのときのマリィとは、もう違う。
「星導教会は、勇者パーティーを選出する占星術師を抱えています。勇者パーティーは大陸中から選ばれる。あなたもそのひとりですね、聖女様。つまり教会は魔王討伐のための、人が持つ大きな力のひとつなのです。聖女様はトリストラム王国のご出身でしたね?」
「はい……でも今の話にどんな繋がりが……」
「強い繋がりがあるのですよ」
大神官は言葉を続けた。
「勇者パーティーを輩出した国は、魔王討伐の暁に大きな利益を得ます。勇者パーティーがそれぞれどの国に所属していたかで、鉱山の採掘権などが分配されるからです。いわば勇者パーティーは金の卵だ。そして大陸各国はそれを産んだニワトリです。彼らは口々に叫ぶ。金の卵を産んだのは自分なのだと」
そう言って、大神官は小さく手のひらを広げて見せた。
人間の欲深さにはすっかりお手上げだ、とでもいうふうに。
「ですから、ニワトリたちは金の卵を自分の物にするためには手段を選びません。そのためには争いさえ引き起こすでしょう。それを止める責任を、我々星導教会は負っているのです。では、どのようにしてか。おわかりになりますか?」
「それは……私たちは祈りによってでしか……」
マリィの言葉を、大神官は遮った。
「我々の祈りは、為すべき事をすべて為したあとの感謝であるべきです。その前に、我々はまず他者の祈りを聞く必要があるのですよ」
大神官は微笑んだ。
「献金という形でね」
しかしその笑みを形作る皺には、深い影が差している。
「教会により多くの献金を納めた国が、勇者パーティーひとりひとりの所有権を得るのです」
所有権――マリィは、その黒目がちな目を見開いた。
「勇者ゲルムと戦士ゾットは、本来アシュトラン……当時は帝国でしたな、その出身でした。しかしトリストラム王国が教会へ熱心な寄進を行なった結果、我々は彼らをトリストラム王国出身者として扱うことにしました。勇者パーティーが誰であるかを発表する前に、彼らをトリストラム王国に移住させ、市民権を与えたわけです」
「あなた方は……教会は勇者パーティーを物のように売り買いしていたということですか!? そんな……!」
大神官は、あくまで穏やかな表情を崩さない。
「まず信仰があり、それに伴った救いがある……その関係とどのような違いがあるというのですか?」
「救いだけを求める信仰を信仰とは呼びません! 神を信じることは無私を貫くことではありませんか!」
マリィが叫ぶと、大神官はその目を見て言った。
「あなたは天国に行きたいとは思わないと?」
「それは、神様がお決めになることです。私自身が願うことではありません……!」
それを聞いて、大神官は目尻に皺を刻んで笑った。
「聖女様として、ふさわしい言葉ですね。仰る通り信仰とは本来そうあるべきだ……ですが」
静かに首を振って、言った。
「国も民も、あなたのように純粋ではいられないのですよ。必ず結果を欲しがる……それが死後のことであってもね」
大神官は言葉を続けた。
「魔術師メラルダはラデン公国の寄進があったので、出生通りにしました。聖女様、あなたがトリストラム王国民であり続けたようにです。さて、いちばん手が掛かったのは盗賊キースですね。彼は盗賊ですから、どこにも市民権はない」
「それの何がいけないのです? 市民権を持たない民は数多くいます」
そういった人々を救うのも、教会の役目だ。
しかし大神官はゆっくりと首を振った。
「しかし献金から判断すれば、トリストラム王国民とするのがもっともふさわしかった……」
後ろ暗いことなど何ひとつないかのように、大神官の表情は、相変わらず穏やかだった。
「ですから一計を案じました。盗品を扱う商人のもとに間諜を送り込み、盗賊キースの人相を検めさせました。そして盗賊団にトリストラム王国の騎士団を送り込ませ、盗賊キースひとりをわざと逃したのです」
大神官は、まるで物語でも聞かせるように、優しい声で話す。
「彼らの住処はトリストラム王国辺境にありましたから、盗賊キースはトリストラム王国の冒険者ギルドに身を寄せざるを得ない……こうして彼はトリストラム王国の市民権を得たわけです。我々もなかなかの苦労をしているでしょう?」
マリィは拳を握りしめた。
自分の信じる神の家――星導教会がここまでおぞましいことに手を染めていたとは。
そして、そんなことはつゆほども知らず、仲間たちと旅をした自分にも鳥肌が立った。
陰謀のために仲間を奪われたキースにも、星導教会の一員としてマリィは接していたのだ。
何も知らず――知ろうともせず。
それが何よりも悔しかった。
「人をお金で自由にしようとするなんて……教会がしていいことではありません!」
旅の中、キースが見せたわずかな笑顔が、マリィの脳裏に浮かんだ。
その彼の後ろで、莫大な金と黒い思惑が蠢いていたのだ。
「……それに国の寄進というのも、元はといえば人々が納めた税金によって支払われているものでしょう? 自分の意志を伴わない献金は、もはや献金とは呼べません……それは搾取です!」
「国々の内でどのように金が動くかまでを、教会がコントロールすることはできませんよ」
「それは欺瞞でしょう!?」
マリィは涙が出そうになるのを必死でこらえた。
「どうして人々の心からの献金で満足ができないのです……」
声が震える。
「その心が足りないからですよ。神の威光を心から感じるには、民の目はあまりに曇っている。悲しいことですが……話を続けましょう」
大神官は、ソファーに浅く座り直した。
「このように、勇者パーティーが存在することで、教会に多くの献金がもたらされ、神のために活かすことができるというわけです。しかし、魔王を倒すという目的が国々から失われてしまうとどうなるでしょう?」
大神官は、優しい教師が生徒に質問を投げるときのように、首を傾げてみせた。
「その仕組みは崩壊してしまう。教会が窮乏すれば、人々は信仰を失います。教会は神に倣って、わずかでも輝き続ける必要があるのです」
「……お金の輝きが、どうして神の輝きに並ぶことがあるでしょう!?」
マリィの言葉に、大神官は静かに首を振る。
「金というものは、人のもつ力のひとつです。人々は教会に力を捧げるのです。そしてそれは信仰によって清められる……献金によって地方の教会が修繕され、救貧院が建てられ、貧しい人々に食事が与えられる。人の作り得る輝きとしては、充分と言えないにせよ、精一杯のことではありませんか」
その言葉に、マリィは言い返せない。
勇者パーティーに選ばれる前、マリィは救貧院で働いていたのだ。
「献金と魔王討伐は、切っても切れない深い繋がりがあるということが、これでおわかりになったでしょう。魔王は神の、人間の、不倶戴天の敵であり続けなければならない。魔王を仲立ちにして、トリストラム王国とアシュトラン共和国が手を結ぶことなど、あってはならないのです」
すべてが――裏切られてゆく。
「教会が……平和を否定するのですか……?」
マリィが震える声でそう言うと、大神官はテーブルの上で再び指を組んだ。
そして、壁の向こうまで見通すような、遠い目をして言った。
「平和にも善悪があるということです。我々はそれを見定めねばならない……」
「その善悪を教会が決めると言うのですか……それは傲慢です!」
大神官は、涙のたまったマリィの目を、再び見つめる。
「どうやら言葉をもって、あなたを操るのは難しいようですね……」
マリィは、背後に副官の気配を感じた――。
マリィの運命やいかに。
「面白いぞ」
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