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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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52話 謎の美女、国境に現われる

コールデン共和国と魔王領の国境には、急流のカーソン川が流れている。

この大きな川が堀の役割を果たし、魔物の侵入を防いでいる。

魔王領の岸には水に棲む魔物がいるため、舟で渡ることはできない。


そこに1本だけ、橋が架かっている。


大きな石造りの支柱の上に、木製のアーチ状の橋板がいくつも渡されていて、緊急時にはいつでも橋を落とせる仕組みになっている。

多くの犠牲を出しながら造られたこの橋は、聖人の名をとってセルバンテス橋と名づけられた。


ここでは、魔王領の側にもコールデン共和国の駐屯所が設けられている。

魔物の来襲をいち早く知り、橋に入る前に撃退するためだ。


ある日の夕方、衛兵たちは、駐屯所の中でカード遊びをしていた。

さすがに任務中に酒を飲むことはできないから、楽しみというとこれくらいしかない。


「ようし、俺の勝ちだ! 銀貨50は頂きだぜ!」


 衛兵のひとりが、テーブルに積まれた貨幣をざらりと集めた。


「おい誰だよラデン銀貨を混ぜやがった奴は」


 ラデン公の顔が彫られた銀貨を、衛兵がピンと弾いた。

 手持ちをすっかり巻き上げられてしまった、別の衛兵が頭を抱える。


「クソッ、やられちまった! 明日から休暇だってのに酒場に行く金もありゃしねえ!」

「それじゃあ、家で楽しむこったな」

「楽しむっつったって俺はあんたと違って独身だぜ?」

「じゃあひとりで楽しめ」


 駐屯所に笑い声が広がる。

 男のひとりが、笑いながらふと窓の外を見た。

 遠くに白い影が見える。


「おい、何か来るぞ……」


 男たちは顔つきを変えて、一斉に立ち上がると、そろって窓の外を覗き込む。


「魔物か? ここ最近は滅多に見なくなったってのに……」

「いや、それにしちゃ様子がおかしい」


 男たちは槍を取って外に出た。

 白い影が近づくにつれ、それが人のかたちをしていることがわかってきた。

 何かを引きずっている。


「止まれ!!」


 隊長が叫ぶと、人影は歩みを止めた。


「………………」


 魔王領の奥から現われる人影。

 ただ事ではない。

 人に化けて目を欺く魔物も存在する。


 男たちは、ゆっくりと白い影に向かって行った。

 距離が徐々に近づくにつれ、それが白いローブを着た女であることがわかった。


「おい、あのローブ……!」


 男のひとりが小さな声を上げた。

 ついこの間、教会へと帰っていった冒険者たちと同じローブだ。

 隊長が部下を待たせて、ひとり女に近づいていった。


 女は、大きな棺を引きずっている。


「失礼ですが、フードを外していただけますか?」

「ええ……」


 女は、細い指でフードを払った。

 長い黒髪が、さらりとこぼれ落ちる。


「………………」


 冒険者に化粧をするような余裕はないはずだ。

 それでも朱を差したような赤いくちびる、長い睫毛、印象的な緑色の瞳をもった美しい女だった。

 しかし頬は青ざめていて、なすったような泥の汚れがある。


「………………」


 女は深い胸元から、ペンダントを取り出して見せた。


「これで……おわかりになるかしら?」


 間違いない、星導教会の大聖堂の関係者だけが身につけることを許される紋章だ。

 隊長はとっさに姿勢を正した。


「失礼を致しました! まさか、おひとりで戻ってこられる方がいらっしゃるとは……」

「ひとりではありませんわ……」


 女は美しい眉に悲しみを湛えて、自分の引きずってきた棺を見下ろした。


「仲間とはぐれてしまって、こうして旅を続けて参りました。失った仲間はたくさんあります。けれども、たとえひとりでも国に返してあげたかったのです」


 ところどころが裂けたボロボロのローブに、その旅の過酷さが思われた。


「……駐屯所にお入りください。お食事を用意いたします。棺は私が引き受けましょう」


 隊長が手を差し伸べると、女は頭を下げた。


「彼は、わたくしが国まで届けてあげたいのです」

「……わかりました」


 女はふらつきながらも、重そうな棺を引きずっていく。

 隊長はハラハラしながら、その様子を見守った。


「教会のお方だ、パンとスープを温めろ!」


 部下たちは中に入ると、暖炉の上にパンと小さなスープ鍋を置いた。

 隊長は女を駐屯所に案内し、暖かい側のイスに座らせた。


「まずは水だけでも」

「ありがとうございます……」


 女は細いのどを鳴らして、大きなコップ一杯の水を飲み干した。

 長い旅の中にあって、そのくちびるが濡れたようなつやをもっているのが、隊長には少し不思議に思われた。


「顔をお拭きください」


 隊長は濡らした布を女に手渡す。

 女は顔についた泥を拭い、首元を拭いた。

 一瞬、深い谷間がのぞく。


 隊長は生唾を飲んだが、女の視線に気づくと、慌てて視線を窓の外へ逸らした。


「スープとパンが温まりました、召し上がってください!」


 部下が笑顔を浮かべて、女の前に食事を並べる。

 こんなに美しい女を目にするのは、ずいぶん久しぶりのことだ。

 いや、ひょっとすると初めてかもしれない。


「ありがとうございます……」


 女は神への祈りを捧げ、パンをスープに浸して、小さな口へと運んだ。

 飢えた者の食事とは思えない、美しい所作に、衛兵たちは惚れ惚れとした。


「あの……わたくしの仲間がどちらへ向かったのかはご存じでしょうか?」


 女が訪ねると、隊長は答えた。


「ペンネ村を経由して、聖都へ向かうとお聞きしました」

「何人が通りましたか?」

「8名です」


 隊長が言うと、女は悲しげにうつむいた。


「ずいぶんと……減ってしまったのですね」

「しかしあなたは生きている」

「……そうですね」


 女ははかなげな笑みを浮かべた。


「神に感謝しなければ、なりませんね」


 隊長は深く頷いた。


「ベッドが空いております。むさ苦しいところですが、2、3日はお休みになった方がよろしいかと」


 女が食事を終えると、温かいコーヒーが振る舞われた。

 衛兵たちも、イスに座って一緒にコーヒーを飲む。

 女の美しい顔が気になって、ちらちらと目を向けるのだが、隊長の目もあるから、何を言うということもない。

 ただ同じテーブルを囲んでいるだけでも、心の保養になった。


「ここには馬車もあります。聖都に伝令も出しましょう。安心してお休みください」

「なんとお礼を言ったら良いか」

「礼など無用ですよ。兵たちも喜んでおりますから、あなたが来られて……」


 女っ気のないこの駐屯所で、と続けようかと思ったが、なんだか品のないような気がして、隊長は言葉を換えた。


「信仰を……取り戻せると」


 隊長がそう言うと、女は小さく笑った。


「わたくしは一介の冒険者に過ぎませんわ。そんなありがたいものではございません」

「それでも教会の方だ。心から歓迎いたしますよ。今部下たちがベッドを用意しております。ゆっくりとお休みください」

「ありがとうございます」


 女はコーヒーを飲み干すと、衛兵にいざなわれて奥のベッドへと向かった。


「思わぬ来客もあったもんですね、隊長」

「ああ、失礼のないようにな。美人だからって手を出すなよ。下手すりゃ火刑だ」

「冗談! 私はこう見えて紳士なんですよ」

「どうだかな」


 疲れ果てた女冒険者は、今頃深い眠りに入っていることだろう。

 その寝顔を想像すると、どうにも落ち着かない気分になる。


「俺も修行不足だな……」

「どうしたんです?」

「なんでもないよ。俺たちもそろそろ寝よう」




 その次の朝、隊長は女が目覚めるのを待っていたが、なかなか起きてこない。

 心配になってベッドを見に行くと、女の姿はなかった。




「………………?」




 もしやと思い、軒の下を見に行くと、そこに安置されていたはずの棺も消えていた。



 棺を引きずって旅をしてきたひとりの美女――。

 昨日のことが、まるですべて夢であったかのように、隊長には思われた。

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