5話 怪盗魔王、四天王とディナー
「魔王様」
アレイラクォリエータが赤い瞳をキースに向けた。
「すごく失礼なことかもしれないんですけど、ひたいに触っても良いですか?」
「それは、別に構わないけど……アレイラ……えーと」
「アレイラで大丈夫です! では!」
アレイラは立ち上がって、キースのひたいに手を当てた。
美人にひたいを触れられて、それだけでなんだかドキドキする。
紫のドレスの、大きく開いた胸の谷間がすぐ真下にある。
キースはそれを見て――罪深いことにマリィのことを思い出した。
長いローブに隠れてわかりづらいけれども、マリィもなかなかのものを持っている。
(マリィは今、俺のいないパーティーの中で何を考えているんだろう)
そんなことを考えていると、アレイラの杖に埋め込まれた目玉が赤く光った。
「ああ、やっぱり! 顔色がお悪いと思ったら! 魔王様、ひじょうに血液不足です! 何かあったんですか!?」
アレイラは目を丸くして言った。
「うん、俺言ったよね。血が足りないのよ。肉体的な意味で」
キースは青い顔で答えた。
「畏れながら魔王さま。血液不足には肉がいちばんかと。それも赤身や心臓を食すことをおすすめ致します!」
ギンロウの声が広間に響いた。
「そうだな、じゃあ食事をお願いしようかな」
「畏まりました」
四天王全員が立ち上がり、ディアナが指をパチンと鳴らした。
すると床に黒々としたゲートが開き、ズズズズズ――と執事服を着た白髪の男が姿を現わした。
「ディアナ様、どういったご用件でございましょう」
「ジョセフ、今すぐ魔王様のお食事をご用意なさい。魔王様は元人間で、いま血液が不足なさっておいでです。それに相応したものをご用意するように」
「は、畏まりました。ではデメキン草のサラダ、デミドラゴンの胆汁のスープ、ヒトクイウオの素揚げ、魚人の生き血のアイス、ゴブリンの心臓の刺身、人面ザクロ、といったあたりで如何でしょうか」
どう聞いても、えげつない料理のオンパレードだ。
これが魔族の普通の食事なのだろうか。
「如何ですか、魔王さま」
「う、うん。あまり食べ慣れないものだけど……それがいいってなら、頂くよ」
キースが言うと、ジョセフは深々と頭を下げた。
「では四天王の皆さまにはイカとタコとサニーレタス、カプレーゼのオードブル、水牛のクリームスープ、イワシのガーリックソテー、柚のシャーベット、ビーフステーキ、最後にナガンの実のコンポート、といったあたりでよろしいでしょうか」
「それで構わないわ」
「いやいやいやちょっと待って。なんでみんなは普通に豪華なご飯食べる感じなの?」
「豪華……?」
ディアナは首を捻った。
「魔王様にご用意するものと比べれば、犬の餌のようなものですわ」
「俺もそっち食べたい! 犬の餌でいい!」
そう言うと、ギンロウは頭を垂れた。
「美食をしりぞけ、部下と同じものを口にし戦意高揚を図るとは、まさに将の鑑かと存じます……」
なんだか誤解されているらしい。
「ギンロウの申す通りですわ。魔王様にお仕えすることを、心より嬉しく存じます。ジョセフ、魔王様の仰った通りになさい」
「畏まりました、ではそのように」
ゲテモノを食べずに済んだらしい。
「では、ジョセフが食堂へご案内致しますので、わたくしたちはこれで失礼を致しますわ」
「あれ、お前たちは、一緒に食べないのか?」
キースが尋ねた。
「そんな……畏れ多いことでございます」
「あのさ、どうせなら、みんな一緒に食べないか?」
四天王に聞きたいことが、キースには山ほどある。
食事はそういう話をするのに良い機会だ。
「魔王様と……ご一緒にですか……?」
きょとんとした目でディアナはキースを見つめた。
「イヤなら別にいいんだけど……」
キースがそう言うと、紫色の目がぱあっと輝いた。
「魔王様と一緒にお食事なんて……こんな名誉はありませんわ! 是非、ご一緒させてくださいまし!」
胸元で指を組んで、喜びに身をよじるディアナ。
「やった! 魔王様とお食事! こんなの初めて!」
飛び跳ねんばかりのアレイラ。
「ありがたき幸せ……!」
巨体を曲げて、深く頭を垂れるギンロウ。
「………………」
ギンロウの横で同じように頭を下げるが、もうひとつ感情の読めないヴィクトル。
四天王はそれぞれの反応を見せた。
「では、そのようにご用意致しましょう。しばしのお待ちを」
そう言って、ジョセフは煙のようにかき消える。
キースたちはディアナの作ったゲートで食堂に通された。
柔らかい椅子に座り、巨大なテーブルを囲んで、メイドが用意した食前酒を飲みながらしばらく待つことになった。
天井にはきらびやかなシャンデリアが輝いている。
魔族だからといって、一概に闇を好むということではないらしい。
「あの執事とかメイドは人間……じゃないよな?」
「ええ、ゴーレムですわ」
グラスを置き、葡萄酒を注いだあの白い手が、まさか泥でできているだなんて想像もつかないことだった。
当然のことかもしれないが召喚士としてのディアナの腕は一流だ。
「お待たせ致しました」
ジョセフの声を合図に、メイドたちが料理を運んでくる。
こうして魔王と四天王が食事会が始まった。
「こんな僻地で、よくこれだけの食材が揃うものだな……高級料理に詳しいわけじゃないが、王国の壮行会よりも豪華かもしれないぞこれは」
「人間どもの粗食と一緒にしてもらっては困りますわ。ねえ、アレイラ」
「そうなんです!」
話によると、アレイラは一度行った場所にワープする魔法が使えるらしい。
その能力を使って、各国から新鮮な食材や家畜を集めているとのことだった。
「いつも手下を連れていくんです。でもいま魔王様が召し上がった魚は、私が釣ったんですよ!」
アレイラは大きな胸を張って言った。
「ありがとう、すごく美味しかったよ」
「そうおっしゃっていただけて嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべて、アレイラは答えた。
「それはそうと、こんな部屋、前に宝箱を探し回ったときはなかったぞ」
「当然ですわ。魔王城のほとんどの部屋は、わたくしの【ゲート】を通らなければ入れません。もちろん、魔王様の魔石の力を使えば……」
そこでディアナの食事の手が止まった。
「魔王様……マントの魔石が……!」
「ああ、これは勇者にとられたんだよ」
それを聞いて、ディアナはスプーンを握りしめた。
銀のスプーンは小さな白い指によって、メリメリとねじ曲げられる。
「あの人間ども……畏れ多くも魔王様の魔石を……!」
本当のところは、キースが戦闘中に盗んだのをゲルムに奪われたというのが正しい。
でもそれはちょっと言い出しづらかった。
「魔石って、そんなに大事なものなのか」
「もちろんですわ。魔王城の部屋の行き来にも必要ですし、魔王様の振るわれる力の半分は魔石から供給されるのです」
(ということは今の俺の強さは、あの魔王の半分くらいってことか。またあいつらが襲ってきたら、ひとたまりもないな)
キースが考えていると、まるでそれを読み取ったようにディアナは続けた。
「でもご安心くださいませ。先ほど【識別の鏡】に映った魔王様のお姿を拝見いたしましたが、元人間の魔王様には、最上級の職業による強化がございます。魔王様は今のままでも、戦い方によっては先代に匹敵するか、それ以上の力をお持ちのはずです」
キースの新しい職業【怪盗】――そのすごさはアルドベルグ盗賊団のみんなから何度も聞かされた。
あらゆるものに変装し、どんな場所にでも入り込み、あらゆる扉を開け、盗めぬものは何ひとつない。
出会ったこともない職業の話をしているのだから眉唾ものだ。
それでもそんなふうに噂されるような力を、いま手にしているというのは、どうも実感が湧かなかった。
「魔王様、お食事の後に装備保管庫をご覧になるのは如何でございましょう。元人間としての職業を持つ魔王様には、それに見合った装備があるとよろしいかと」
「装備か……」
キースが今まで装備してきたものといえば、古いナイフに、パチンコ――。
魔王城に眠る装備を想像すると、キースはちょっとワクワクしてきた。