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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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43話 怪盗魔王、ダンジョンに潜る

 怪盗がダンジョンで道に迷うことはない。

 スキル【走査】で把握したマップは、罠を含めて確実に記憶される。

 キースはゆったりと暗い廊下を進んでいった。


「ダンジョンの探索も久しぶりだなあ……」


 地面は、溶けた氷のために水浸しだ。

 そしてかなりの数の罠が仕掛けてある。

 宝箱を探るためにずいぶんと無駄道を歩いてみたが、放置された宝箱はすでにカラだった。


 そのときキースは、大きな足音が近づいてきていることに気がついた。

 振り向くと、体長3メートルほどの巨大なイノシシがキースを見下ろしている。




 グルルルルルルルゥ……




 フロストボア――凍りついた牙での突進攻撃を得意とする、高レベルの魔物だ。

 しかしキースは身構えない。

 盗みまくったスキルで強化されたキースにとってもはや敵ではない、というのが理由ではない。


「よーし、おいでおいで」


 フロストボアはゆっくりとキースに近づくと、大きな頭を下げた。

 キースは凍りついたフロストボアの頭をわしわし撫でてやった。




 ゴロロロロロロロロォ……




 フロストボアは甘えたような声を出す。

 魔物がキースを襲うはずはないのだ。

 キースは魔王なのだから。


 魔王領のダンジョンは、当然ながらすべて魔王の支配下にある。

 未知の罠などを除けば、キースが危険に晒されることなどあり得なかった。




 ――本来であれば。




「………………!」


 曲がり角から突然現われた白い影。

 キースを見つけた途端、ダガーを振りかざして襲いかかってきた。


 振り返ったキースは、迷わず床の一部を足で踏んだ。

 石畳のひとつが、わずかに凹む。

 そのままさっと後ずさると、罠が発動――屍人(グール)は壁から飛び出した槍で串刺しになった。




「うぉ……おおおおおう……」




 白い服を着た男は、全身を串刺しにされたままうめいていた。

 半開きの口からは黒い血を流し、瞳は濁りきっている。

 しかし寒さのために、身体は腐敗していなかった。


 最初の【走査】で男を察知できなかったのは、それ(・・)が魂を持たない移動体だからだ。

 つまり――屍人(グール)


「ここに来た冒険者どもは、ずいぶんと礼儀を知らないらしいな……」


 ダンジョンのような瘴気の滞りやすい場所では、遺体を放置すると屍人(グール)と化してしまう。

 普通はそれを避けるために、魔物や罠にやられた遺体は、ダンジョンから運び出す。

 それが無理な状況なら、聖水を垂らしたり、神官が祈りを捧げたりして弔うことになっている。


 聖水もなし、神官もいないとなれば、可哀想だが頸椎を破壊することで屍人(グール)化を防ぐことができる。

 それさえしなかったということは、死んだ仲間がダンジョンをさまようことに、なんのためらいもない連中だったということだ。


「ロクな仲間と巡り会えなければ、こういうことになるんだな……」


 キースは魔王討伐の旅を思い出す。

 酷い仲間ばかりだったが、マリィだけは違った。

 自分が死んだら、きっと神官であるマリィが弔ってくれていたのだろう。




「うぉおおおう……お……」




 ズズッ――と槍の罠がもとに戻ると、屍人(グール)は床に崩れ落ちた。

 しかし、まだその動きを止めてはいない。

 床を這いつくばりながら、キースへと向かってくる。


「悪く思うなよ……」


 キースは屍人(グール)の手からダガーを盗むと、その頸椎に突き刺した。

 屍人(グール)の息の根を止めるには、こうするか、炎で焼き清めるしかない。




「おお……おおおおう……」




 目を上げると、曲がり角から続々と屍人(グール)が集まってきていた。

 それを見てフロストボアが唸る。

 キースはその鼻の頭を撫でて言った。


「大人しくしてていいぞ。ここは怪盗魔王様に任せろ」


 魔王の魔法【衝撃波】を使うと、ダンジョンが崩落する可能性がある。

 メラルダから盗んだ【ファイア】を使えば、遺体の身元を調べるのが難しくなる。 

 残された手段は――。


「久しぶりに盗賊らしく戦うか……!」


 キースは盗んだダガーを逆手に握って、屍人(グール)の群れの中に躍り出た。

 槍の罠を利用して2体を串刺しに、続いて来た3体には、天井から放たれる毒矢の罠を使った。


 屍人(グール)に毒は効かないし、攻撃でひるませることもできない。

 しかしほんの一瞬、動きを止めることくらいなら可能だ。




 ――その一瞬は、キースにとって充分な時間だった。




 キースはマントをひるがえしながら、舞うようにして3体の屍人(グール)の頸椎を突き刺した。

 その3体が崩れ落ちるのと、槍の罠が解除されるのが同時。

 死体の手からナイフを奪い、キースは串刺しになった2体の屍人(グール)にダガーとナイフを投擲――その首を貫いた。




「うおお……ううう……」




 計5体の屍人(グール)が、どす黒い血を流しながら冷たい石畳に倒れ伏す。


「これでようやく天国に行けるな……どんな人生を送ってきたのかは知らないが」


 キースは屍人(グール)たちの服を調べ始めた。

 みなそろって、同じ白い服を着ている。

 前を開くと、金色のペンダントが出てきた。


 ――マリィが身につけていたのと、同じものだ。


 しかし、全員が神官というふうには見えない。


「……となると、教会の人間か」


 キースはすり寄ってきたフロストボアの喉を撫でながら呟いた。


「妙な話だな。こんなところに何の用があって来たんだ……」


 他には、これといった特徴のあるものは出てこなかった。

 キースはペンダントをひとつポケットに入れると、短いお祈りをしてから立ち上がった。


「とにかく、先を見てみないことには何もわからないな」


 目的は、北方の温暖化の原因を調べることだ。

 教会のもくろみに関しては、ひとまず保留にしておく。


 キースはフロストボアをつれて、あちこちでカラの宝箱を目にしながら、ダンジョンを巡り歩いた。

 あまり大きなダンジョンではないし、魔物はキースに攻撃をしかけてこないので、罠にさえ注意していればなんということはない。

 しばらく進むうちに、キースはとうとうダンジョンの最深部に辿り着いた。


「さっきの屍人(グール)のこともある。何が出てくるかわからないから、お前はここにいろ」




 グルルルルルルルゥ……




 フロストボアは不満そうに唸りながらも、キースの命令に従う。

 キースは大きな門扉が開きっぱなしになっている、最奥部の部屋へと入っていった。



「………………!」



 まず目に入ったのは、横たわっている巨大なフロストドラゴンの死骸だ。

 その身体を覆っているはずの氷は、すっかり溶けきっている。

 普通の冒険者であれば、ドラゴン討伐の証として持ち帰る、目玉やツノはそのままだ。


「ということは、こいつらの目的はドラゴンを倒すことでもなかったわけか……」


 周囲には、例の白い服を着た男たちの遺体が散乱していた。


「………………」


 ドラゴンを倒して得られるのは、どんなアイテムよりも得がたい名誉だ。

 しかし教会にとっては、あまり必要のないものなのかもしれない。

 教会には名誉を超える権威がある。


「なら目的はその先か……」


 フロストドラゴンのあぎとからは、どういうことか、未だに冷気が吹き出し続けている。




 ――その冷気の先にあるのは、巨大な氷の彫像だった。




 氷の溶けきったこのダンジョンの中で、この彫像だけが形を留めている。

 何かを捧げ持つようなその手の先には、しかし何も載せられてはいない。


「あそこに何かがあったってわけだ。教会の目的はおそらくそれで……」


 キースがそう呟いたとき。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……




 突如ダンジョンが揺れ始め、天井から泥水が一斉にしたたり落ちてきた。

 振り返ると、冷気を吹き出し続けていたフロストドラゴンの死骸が、むっくりと起き上がるところだった。

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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] キースが本当にめちゃくちゃ優しくて好きです。マリィを助けて!
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