40話 マリィ、聖都に着く
反乱軍のリーダーは、アシュトラン共和国議会副議長の座に納まっていた。
議長はもちろん軍を率いるアルツファイト将軍だ。
ふたりは6頭立ての馬車に揺られていた。
「本当なら、国を留守にはしたくないのだがな」
アルツファイトはため息をついた。
「アシュトランはまだ混乱のただ中だ。商人は不安から貴金属を買いあさっておる。いずれ物価にも影響が出るだろう……」
かつての帝国議会議員でもあったアルツファイトは、政治の素人ではない。
しかし共和国のトップとして辣腕を振るえるかというと、自身でも不安は尽きなかった。
「国政を軌道に乗せるまでが革命だ。皇帝の首を落とせばそれで済むという話ではない」
「仰る通りかと。しかしそもそも戦乱ゆえにクーデターが必要だったわけですから、その始末はつける必要があります」
「だからこそ、国を放っておいて、こうして長旅をしておるわけだ」
アルツファイトは自嘲気味に言った。
今も戦争は続き、民や将兵が血を流している。
一刻も早く、3か国と講話を結ぶ必要があった。
馬車の向かう先はトリストラム王国。
その王都で、大戦に関わった4か国の首脳会談が開かれることになっている。
到着するまでの数週間、ふたりは大いに議論を交わし、会談に向けての作戦を練った。
そしてトリストラム王国迎賓館スレート離宮における、首脳会談当日。
集まったのはトリストラム王国から、国王とゴルドリューフ辺境伯。
ラデン公国からは、元首ラデン公と首相。
コールデン共和国からは、ロストフ議長と副議長。
そしてアシュトラン共和国のアルツファイト議長と副議長。
会議室のテーブルを囲むのは、そうそうたる顔ぶれだ。
「まずひとつ申し上げたい」
会談が始まって、最初に口を開いたのはアルツファイトだった。
「アシュトランは未だ継戦能力を保持している」
「軍事政権の長ならそう仰るでしょうな」
ラデン公は会談に集った長の中で、ひとり輝くように若かった。
場にそぐわないほど整った顔に、涼しい笑みを浮かべている。
しかしアルツファイトは構わずに続けた。
「軍事に関わる者であれば、誰でも知っていることだ。現にカレブの会戦以降、我々の戦闘に敗北はない」
トリストラム王国の実質的代表者であるゴルドリューフ辺境伯は、それを聞いて苦い顔をした。
カレブの会戦の勝利は、魔王国の助けなしにはあり得なかったからだ。
すべての国の元首が、それを知っている。
「しかし我々は、皆さんと講話を結びたい。我々共和国議会には、これ以上戦争を続ける理由がないからだ」
アルツファイトは、アシュトランという言葉を出さなかった。
「領土拡張に取り憑かれていた帝国議会を、我々は廃した。全大陸共通の敵ともいえる帝国に勝利したのは、我々共和国議会だ。ひとつの闘争に、勝利した! それが我々だ!」
アルツファイトの声が、会議室に朗々と響き渡る。
「これは皆さんと、我々の勝利だ。ゆえに、敗北した亡霊の遺志に引きずられて、これ以上戦争を続けるのは不毛だと我々共和国議会は考える」
「それは詭弁というものだろう」
再び口を挟んだのはラデン公だ。
優雅に金色の前髪を払い、言葉を続けた。
「あなた方は、アシュトランだ。昔も今も、変わらず。首がすげ代わったにせよ、歴史からは逃れられないのではないか?」
アルツファイトも負けずに言い返す。
「それこそ詭弁だ。国の胴体とは国土であり、国民だ。アシュトランが帝政を敷いていた以上、国民に罪はない。帝国を倒した我々も同様に考えてもらいたい。先ほど申し上げた通り、我々は亡霊の後始末をしたいのだ」
ラデン公はそれを聞くと、睫毛の長い目を細めて微笑んだ。
「なるほど、亡霊の後始末。となれば、戦争勃発から現在までのアシュトランの動きはすべて帝国議会によるものであり、共和国議会は無関係だと、そう言いたいわけだ。そうなるとだ」
もったいぶった様子でテーブルの上に指を組み、ラデン公は言った。
「当然、戦争によって帝国が得た領地、ベニグセン、グラット、ハブニール、トルデンは返して頂くことになる。その一方で、我々が得た土地は当然我々の物だ。ライベン、グニリート、クシュトル、これらの土地は、あなた方が言う亡霊から我々が勝ち取った物だからだ」
「我々の領地についても、同じようにして頂く」
連合国としてうまく流れに乗ったのは、コールデン共和国のロストフ議長。
顔の浅黒いでっぷりと肥え太ったこの男は、ひとことそう言うと、二重あごに生やした髭を撫でた。
「………………」
これは予想できた事態だった。
連合国の得た領地は連合国の物。
そしてアシュトランが得た領地は、返還する――。
アシュトランは戦争の苦みだけを味わうことになる。
しかしアシュトランの“降伏”というかたちになり、領地割譲や賠償金の支払いが発生するよりはずっとマシだといえる。
各国がそれを主張せず、あくまで“講話”というかたちで話を進めているのは、やはりどの国も戦争によって疲弊しているからだ。
戦争から利益を得ている者はもちろん存在するが、ここにいる人間はみな、戦争から逃れたかった。
「連合国の皆さんが仰ることは了承しよう」
アルツファイトは言った。
ここは、トリストラム王国が口を挟める状況ではない。
そもそもアシュトラン帝国とトリストラム王国との戦端が開いたきっかけは、トリストラム王国の一方的な条約破棄にあるからだ。
それに開戦直後の講和なので、領土のやりとりはほとんど発生しない。
アシュトラン側はかつての帝国議会と共和国議会の絶対的な断絶を主張しているので、条約破棄に突っ込まれることがないというのが、トリストラム王国にとってはありがたいともいえる状況だった。
「では皆さん。以上の条件で、講和条約を結ぶということでよろしいか」
アルツファイトの言葉を、ラデン公国、トリストラム王国は了承した。
しかしここで、コールデン共和国のロストフ議長が、太い喉を震わせて声を上げる。
「講和とは話が早すぎる。我々は、戦争の次に問題としていることがある」
この瞬間を待っていたばかりという様子で、ロストフ議長は鼻息荒く言った。
「それはアシュトラン共和国と、トリストラム王国の両国が、魔王の領地を国家として承認したことだ!」
来たな――とアルツファイトは思った。
コールデン共和国は、教会の中枢である“聖都”を置いている宗教国家だ。
人類の不倶戴天の敵である魔王の排斥は、教会の主張するところでもある。
勇者パーティーの“神官”も、必ず教会から輩出されていた。
「“停戦”に関しては、我々の望むところでもある。しかし魔王を擁立する国家と手を結ぶことは、できかねる」
最初に魔王領を国家として認めたのはトリストラム王国だ。
これ以上何か突っ込まれる前に、ゴルドリューフ辺境伯としては一線を引いておきたい。
と、そこで、トリストラム王国国王が口を出した。
「あのね、余はね、みんなで仲良くするのがいいと……」
「ウォホン!!」
ゴルドリューフ辺境伯は、国王の世迷い言を打ち消すように大きな咳払いをした。
国王の急変は諸国に知られつつあることだが、ここで余計なことを言われれば、発言権を失いかねない。
間を開けずに、ゴルドリューフ辺境伯は言った。
「しかし現実問題として、魔王が我々人間の領地を侵犯しているという事実はない。敵対行動を見せない相手とは、当然共存できる。これは当然のことではないか」
その言葉に、ロストフ議長は丸い拳でテーブルを叩いて答える。
「であれば、勇者パーティーが叩き潰されたことには、どう説明をつけるおつもりだ! 勇者パーティーには教会の派遣した神官も含まれている」
「しかし神官マリィ・コンラッドは無事に帰国している。教会は魔王に傷ひとつ付けられていないはずだ」
魔王にあらゆる力を盗まれた勇者パーティーの中で、神官マリィだけが無事だった。
これはトリストラム王国、アシュトラン共和国両国にとっては幸運といえた。
しかし、ロストフ議長の追及は止まらない。
「教会が派遣した者が追い返されたのだ。神の導きに従って通るべき道をふさがれた。である以上、いま現在、魔王は明らかに神を信じる者の敵だ。もちろん過去も、そしてこれからも。そして、もうひとつ申し上げたいことがある」
ロストフ議長は、笑みを浮かべた。
「マリィ・コンラッドはもはやただの神官ではない。教会は彼女を“聖女”として認めている」
聖女は、勇者パーティーを除けば、魔王に対抗するためのいわば象徴とされている。
教会の歴史において、存命の者を聖女として認めたのは初めてのことだった。
大陸の2か国が魔王と手を結んだということが、それだけ大きなできごとだったということだ。
「勇者パーティーが事実上存在しない今、彼女こそが魔王に対する唯一の力だ。コールデン共和国としても、その考えに賛同している」
「しかし魔王が人類に手を出して来ない以上、こちら側としても……」
「こちら側?」
アルツファイトの言葉を、ロストフ議長は眉をひそめて遮った。
「いち早く魔王に屈したあなた方が、人類の“こちら側”にいるとは、我々としては容認出来ない発言だ。あなた方は“あちら側”に行ってしまわれた。悲しむべきことに」
アルツファイトがいかに踏ん張ったとはいえ、アシュトラン共和国は実質的な敗戦国だ。
そしてトリストラム王国は、連合国との条約破棄、及び魔王国を真っ先に認めたことで発言権をほぼ失っている。
今や会談の主導権は、高みの見物のラデン公国と、聖都を擁するコールデン共和国に握られつつあった。
――その一方。
マリィは教皇の命により、コールデン共和国にある聖都に召還されていた。
魔王領を別にすれば、マリィは海外に出るのは初めてだ。
それも教会の総本山ともいえる聖都に呼ばれるとは、思いもしなかった。
自分の背負った、聖女という肩書きが重く感じる。
確かに今のマリィは常人とは桁違いの魔力の最大値を持っているが、それはキースからの贈り物だ。
そして聖女とは、その魔王に真っ向から対立するひとつの象徴――。
マリィの心は複雑だった。
聖女となることで人が救えるなら、それ以上望むことはない。
しかし、事がそう単純に進むとは、どうしても思えなかった。
「お待ちしておりました、聖女様」
神官に手を取られて、マリィは馬車を降りた。
「さあ、礼拝堂に参りましょう」
真っ白に輝く大聖堂。
大きな柱と柱の間にほどこされた、神の救いを描く緻密な彫刻。
そして見上げれば首が痛くなるほどの、高いいくつもの塔。
マリィの頭に浮かんだのは、不思議なことに魔王城だった。
色や意匠は決定的に違えど、このふたつはどこか似ている――。
「ではお入り下さい」
神官に導かれて、上手から礼拝堂に入った。
マリィが姿を見せると、信徒たちにざわめきが広がった。
「聖女様! 聖女様がとうとうここにいらっしゃった!」
「生きた聖女様にお会いできた……なんという幸運……なんという恩寵!」
ざわめきの中、壮年の大神官が、にこやかにマリィを迎えた。
「ようこそおいで下さいました、聖女様。聖都へようこそ」
大神官は深く頭を下げる。
マリィも慌てて、同じようにした。
「長旅大変お疲れでしょうが、まずは皆にご尊顔を拝見する機会を与えてやってください」
「………………」
マリィは説教台の傍らに立ち、信徒たちと向かい合う。
目を輝かせて自分を見つめる人々を見て、マリィは思わず立ちすくむ。
しかし――。
(私が姿を見せるだけで、救われる人がいるのなら……)
そう思い直し、マリィは信徒たちに向けて、精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
さまざまな思惑が渦まきます。
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
「さっさと更新しろ」
「呼吸せずにで書け」
そんなふうに思ってくださるあなた!
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