4話 怪盗魔王、四天王を従える
(なんか知らんがやっちまった……)
キースは呆然と、復活した四天王を眺めていた。
(盗賊ひとり……いや、今は怪盗か。でも相手は四天王だ、そんなの関係なく一瞬でブチ殺される。いや、下手すりゃ拷問の末に……)
勇者パーティー全員で、しかもスキをついて襲いかかって、ギリギリで勝てた相手が4人。
勝負になるはずがない。
絶望したキースをよそに、四天王はそれぞれの反応を見せていた。
「何故……生きている……?」
全身が滑らかな銀色に覆われた、人間ではあり得ないほどの大男が、低く響く声で呟いた。
「溶かされてない、なんで? なんで?」
紫のドレスを着た美女は、目玉の嵌め込まれた杖を抱いてキョロキョロと辺りを見渡している。
「………………」
帽子を被り、ボロボロのロングコートを着た背の高い男は、黙って自分の手のひらを見つめている。
「考えられないことですけれど……これはやはり……」
黒いワンピースを着た美少女が呟くと、4人の目がキースに注がれた。
「魔王様の御前ですわ!」
美少女のその言葉とともに、4人は一斉に台座から飛び降りた。
戸惑うキースの前に並び、膝をつく。
「召喚士ディアナ」
美少女の髪は銀色に輝き、赤い絨毯に流れ落ちている。
「剣士ギンロウ!」
金属のように煌めく巨躯は、粉々になった水晶の光を映して輝いている。
「銃士ヴィクトル……」
黒い帽子と黒いコートは、暗がりの中で、なお深い闇を湛えている。
「黒魔導士アレイラクォリエータ!」
薄い紫のドレスは、明るい声とは対照的な、なまめかしい肢体をあらわにしている。
「……御前に参上仕りました」
召喚士を名乗った少女が最後にそう言うと、残りの3人も深く頭を下げた。
やはり【識別の鏡】が示したとおり、キースは魔王として四天王に認められた――らしい。
(死なずに済んだ……のか?)
キースはかしずく四天王に気圧されながらも言った。
「よ……よろしく……とりあえず頭を上げてくれ」
戸惑いを隠せないキースがそう言うと、四天王はざっと一斉に顔を上げた。
「あなたは……いや、あなた様は……!」
召喚士ディアナの紫色の瞳が、驚きに見開かれる。
「そりゃ驚くわな。そうだよ。俺は勇者パーティーのひとりだ……でも、かたきを討ちたいってなら……楽に殺してくれ」
キースが言うと、ディアナは慌てて頭を深く下げた。
「滅相もございません! その雄々しきツノ! そして御身を包む漆黒のマント! あなた様こそが、次なる我らが主人、魔王様であらせられます!」
「俺が前の魔王を殺したことは気にしないのか?」
「失礼ながら、些細なこと……と言えば嘘になりますが……しかしかたきなどとは誠に畏れ多いことでございます!」
四天王は、再び深々と頭を下げる。
(助かった……のか……?)
キースがほっとしかけたとき――。
「しかしそれ以上に、気になる点がひとつございます」
銀色の巨躯から、低い声が広間に響き渡った。
剣士ギンロウだ。
「失礼を致します、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
(そうだよな、召喚士……ディアナだったか。あいつひとりの意志ですべてが決まるわけじゃないはずだ……)
キースは固い声で言った。
「何が聞きたい……?」
「失礼ながら、魔王様。あなた様は何故我々を溶かして新たな四天王を鋳造せずに、再び蘇らせたのでしょう?」
(溶かす……?)
事情が飲み込めないキースに、四天王が言葉を投げかける。
「私たち負けたってことは、やっぱり失敗作なわけですから……」
黒魔道士アレイラクォリエータの言葉を、銃士ヴィクトルが継いだ。
「失敗作は魔力の塊に還すのが、今までの魔王様の為されてきたこと……」
(いやいや、そんなやり方知らねーよ)
キースからすれば、自暴自棄になって適当なことを叫んだ瞬間、四天王が蘇ったというだけのことだ。
「何故、我々は生かされたのでございましょうっ!?」
ディアナが顔を上げて、目をまっすぐにキースに向けた。
吸い込まれそうになるような、紫色の瞳だ。
キースは思わず顔を背けた。
「その、なんだ。お前たちにもう一度チャンスをやろうと思ったんだよ。一度失敗したことで、学んだこともあるだろう」
適当なことを言ってごまかしたつもりだった。
しかし目を下ろしてみると、ディアナの紫色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれていた。
「なんという……なんという慈悲深きお言葉……」
「魔王様……ありがとうございます……もう死んじゃうって……思ってました……」
アレイラクォリエータの赤い瞳からも涙が溢れ出て、鼻まで垂れている。
「このご恩、全身全霊をもってお返しする所存……!」
響き渡るギンロウの低音。
「……右に同じ」
ヴィクトルは小さく呟いた。
「さあ、魔王様。わたくしどもに最初のご命令を」
ディアナが言った。
キースはしばらく考える。
「そうだな……」
誰かに命令を下したことなど、いちどもない。
とりあえず何かを答えようとしたとき、少し足もとがふらついた。
貧血気味だ。
マリィのヒールで傷はふさがったが、流れた血はもとには戻らない。
「いかがなさいました魔王様!?」
ディアナが駆け寄ってきた。
「いや、なんでもない。少し血が足りないだけだ」
キースがそう答えると、ディアナの紫色の瞳が、幼い顔には不釣り合いな、妖しい光を見せた。
ディアナが振り返ると、3人が立ち上がる。
「魔王様は血を欲しておられる!」
ギンロウは、拳を手のひらに叩きつけた。
「………………」
ヴィクトルが袖を振るうと、2丁拳銃が袖から飛び出す。
「ねえ、久しぶりに町襲う? 襲っちゃう?」
アレイラクォリエータは目を輝かせてとんでもないことを言い出した。
「どれだけの血が流れれば、魔王様のお心が満たされるのかしら」
ディアナは再びキースの目を見て、血のように赤いくちびるを舐める。
「いやいやいや、そういう魔王の敢闘精神発揮してるんじゃなくて、体内の血が足りないんだよ物理的に」
キースがそう言うと、四天王は揃ってきょとんとした顔をした。
「……あら、そうですの。失礼を致しました。わたくしどもはてっきり。うふふふふふふ」
「えへへへへへへ!」
「んぐははははは!」
「………………」
ヴィクトルを除いた四天王の笑い声が、広間にこだまする。
「……ははっ」
二重の意味でめまいがしてきた。
魔族と人間のコミュニケーションは、なかなかに難しいものがあるらしい。