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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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36話 ヴィクトル、クーデターを成功させる

 キースは、頬に残った涙を袖で拭った。

 赤くなった目や鼻をマリィに見られているのだろうけれど、もう気にしても仕方がないことだ。

 キースの“人間”は、ずいぶんマリィに甘えてしまった。


「外でずいぶん待たせて、すまなかったな」

「いえ、私が頑固だっただけです」


 濡れてぴったりと身体に張りついた白いローブは、マリィの豊かな胸や、くびれた腰の形をあらわにしている。

 正直、かなり目によろしくない。

 いやいや、このままでは風邪をひいてしまう。


「………………」


 キースは、濡れたマリィの肩に触れた。


「!」



 ズズズズズズ



 ローブに染み込んだ雨が、キースの手に集まってくる。

 マリィのローブはすっかり乾いて、ふわりと広がった。


「君のローブの“水分”を盗ませてもらった……」


 キースの手のひらの上で、水晶球のように丸まった水の塊を、マリィは目を丸くして眺めた。


「すごい……なんでもできるんですね……」

「なんでもってわけじゃないさ。できることは限られてる……俺にできるのは盗むことだけ」


 キースは水の塊を、窓の外に捨てた。


「怪盗魔王だからな」

「自分の力を卑下して、けれどもやるべきことは必ずやりきる……一緒に旅した頃と、キースさんは変わってませんね」

「君の意地っ張りも変わってないよ」

「私……意地っ張りですか?」


 不安げに問い返したマリィに、キースは答えた。


「このマントをくれたときの意地っ張りと、雨の中じっと立っていた意地っ張りはおんなじだ。それが君の優しさだよ」

「そんなふうに言われると、なんだかむずがゆいです」


 ふたりして、少し笑った。

 アレイラたちの楽しげな歌声が、砦まで聞こえてくる。

 アルドベルグ盗賊団の歌だ。


「変わることと変わらないこと、どちらも大切だと思います。でも……」


 ふたりの目が、再びお互いの瞳を映す。




「その変わらないところを好きでいる人が、大勢いることを、忘れないでくださいね……」




 キースは頷いた。


「少し、君の手を見せてくれないか?」

「? はい……」


 マリィがおずおずと差し出した、滑らかな白い手を、キースはそっと握った。


「魔力が切れて、できることがないと言っていたな」

「ええ、だからここに来られました」

「………………」




 ふたりの手が、仄かな緑色に光った。




「キースさん……いま何を?」

「ちょっとしたお礼だよ」


 マリィは不思議そうに自分の手のひらを見つめて、それから顔を上げた。


「よくわかりませんけれど、何かを頂いたんですか、私?」

「そのうちわかるさ」


 キョトンとしたマリィに、キースは微笑みかけた。


「そろそろ天幕に戻った方がいい。魔王の砦に行ったきり帰ってこないなんて、みんな心配するだろう」

「それも、そうですね……わかりました」


 去り際に、マリィは言った。


「また必ず会いましょうね、キースさん」

「ああ、必ず……」


 再び雨の中、マリィがンボーンのしっぽを降りていくのを、キースは窓からじっと眺めていた。


「彼女なら、きっと力を正しく使ってくれる……」


 マリィの後ろ姿が見えなくなると、キースはディアナの待っている寝室に向かった。

 今の胸のぬくもりを抱いたまま、眠りの中に落ちてしまいたい――そんな気分だった。




………………。

…………。

……。




 アシュトラン帝国皇帝の居城、エルドスターク城。

 その第16軍団会議室に、男たちが集まっていた。


「計画の漏洩を避けるため、揃えた人数はごく少数だ……すべてはあんたにかかっていると言っていい!」


 11人の視線が、ひとりの男に集まる――ヴィクトルだ。

 ヴィクトルは机の上に足を上げ、イスを傾けて座っていた。


「聞いているのか!?」

「聞いている……」


 ヴィクトルはテーブルから足を下ろして立ち上がった。


「………………!」


 部屋の床をぎしり、ぎしりと鳴らしながら、ゆっくりとリーダーのもとに歩いていく。

 一同は息を呑む。

 まだこの男のことは、ほとんど何もわかっていないに等しい。


 ――ただ、恐ろしく強い男だということ。


 知っているのは、それだけだ。


「………………」


 ヴィクトルは、リーダーの肩を両手でぽんと叩いた。


「人間は……何か大きな行動を起こす際、神経が緊張し、情動が激しくなるということを聞いた……」


 大きな両手が、ぐにぐにと不器用にリーダーの肩を揉んだ。


「これが人間の神経をほぐす手段だろう……俺は学んだ」

「???」


 ヴィクトルは2度目のアシュトラン帝国侵入にあたり、ディアナによって数時間に及ぶ人間講座を受けたのだ。

 緊張した人間とのコミュニケーション“肩揉み”も、そこで学んだのだった。


「リラックスしろ、俺たちが負けることはない……あの玉座から俺が皇帝を引きずり下ろす……」


 ヴィクトルが背中をぱぁんと叩くと、リーダーは痛みに顔をしかめつつも、少し笑った。


「魔族からマッサージを受けた人間は、大陸広しといえども俺くらいのものだろう……よし、やってやろうじゃないか!」


 リーダーが立ち上がると、残りの10人も一斉に立ち上がった。


「よし、時間だ!」


 リーダーは会議室の扉を、音を立てて開いた。

 ヴィクトルと11人の男たちは、床を踏みしめて部屋を出る。

 国を救うか命を落とすか――ふたつにひとつの戦いだ。


 8人の男たちは、城の各所に散る。

 彼らがときの声を上げれば、すべてが始まる。


 3人の男たちは、まっすぐ将軍の執務室へ向かった。

 そしてヴィクトルは、まっすぐ謁見の間を目指す。



「何者だ貴様ッ!!」



 スキル【気配察知】を持った近衛兵が闊歩する城内で、【隠密】や【紛れ込み】は通用しない。


「………………」


 ヴィクトルは、ただ黙って立っている。


「であえ! であえ! 侵入者だ!!」


 近衛兵たちは続々と集まってきて、ヴィクトルを囲んだ。

 

「確保しろ!」


 ヴィクトルは、近衛兵たちの槍で地面に押さえつけられた。

 黒い帽子が廊下を転がる。


 ――まだ時間ではない。


 近衛兵は続々と集まってくる。

 そのひとりが言った。


「こ……この男は……!!」


 槍を持つ手が震えている。


「あのときの魔王の使者だ! 俺を撃った、魔王の使者だ!!」


 その瞬間、どこかでときの声が上がった。

 最初は数人の声――しかし計画を知っている者にそれが届くと、轟きはたちまち城中に広がった。


「なんだ、何が起こっている!?」

「時間だ……」

「………………!?」


 ヴィクトルは押さえつける近衛兵たちを弾き飛ばして立ち上がった。


「こ……殺せぇええええッ!!」


 ヴィクトルが両手を伸ばす。




 ジャカッ




 袖から飛び出した2丁拳銃が、ヴィクトルの手に握られた。




 ――革命(クーデター)の始まりだ。




 槍を構えて突進しようとした近衛兵の胸元を、弾丸が撃ち抜く。

 ヨロイを貫通し、剣を砕き、槍を折って、轟音が廊下に轟いた。


「……ヒール」


 ヴィクトルが呟くと、弾丸が緑色に溶け、昏倒した近衛兵たちの傷がふさがっていった。


「………………」


 銃を袖にしまい、帽子を拾い上げる。

 ゆったりと埃を払い、かぶり直すと、再び2丁拳銃が飛び出した。

 弾丸は、すでに装填されている。


 廊下の角から、新たな声が聞こえてくる。

 ヴィクトルは、そちらに向かいゆっくりと歩いていった。




………………。

…………。

……。




 ときの声が城中に轟いている。


「きっ、貴様らの仕業か!!」

「その通りです、将軍閣下」


 ふたりの仲間を連れたリーダーは、執務室で将軍と対峙していた。


「もう止めることはできません」

「何が目的……いや、聞くまでもあるまいな……」

「目的は将軍と同じであります!」


 リーダーは言った。


「アシュトランの平和! 我々が求めるものはそれ以外にありません!」


 仲間がそれに続く。


「この度の2正面作戦は、確実にアシュトランを破滅に導くものです!」

「将軍閣下、あなたもわかっておいでのはず! このままでは我が国は歴史の泥にうずもれるしかない!」


 将軍は深く眉根を寄せた。


 現政権は、戦争に酔っている。

 ただ広がっていく、領土に酔っている。


 しかし領土の拡張は、そのまま前線の拡大に繋がる。

 軍は、もうもたないところまで来ていた。




「閣下、アシュトランの敵は魔王ではありません……その中心にいる男です……!」




 リーダーが言い放つと、将軍は唸った。


「貴様ら……魔王の力を借りたな……!?」

「非常時です……手段は選びません……!!」


 人類の不倶戴天の敵であったはずの魔王。

 それが今やトリストラム王国と和平を結び、アシュトランのクーデターにまで手を貸している。

 確実に――人間の領域を侵し始めている。


 将軍の冷や汗が、テーブルに落ちた。


 皇帝はいずれ廃すべき――これは何度も考えたことだ。

 しかし、その手段がどうしてもみつからない。

 何かを掴もうと必死になっていたそこに垂らされた、一筋の縄。


 しかしその縄は――闇でどす黒く染まっている。


「………………」


 リーダーは1歩前に進み出た。


「閣下、ご決断を……!」

「わかった……」


 将軍は立ち上がった。


「私は……何をすればいい?」

「まず、クーデターの成功を宣言していただきたい。原稿は用意してあります!」


 ひとりの男が、テーブルに羊皮紙(スクロール)を広げた。



 皇帝を廃したこと。

 アシュトランが共和制に移行すること。

 将軍が議長に就任すること――。



「……しかし、皇帝が玉座にいる状態でこんなことを口にしても、ただの戯れ言ではないか!!」

「そうでもない……」


 扉を開いたのはヴィクトルだ。


「成功……したのか……!?」

「ああ……」


 ヴィクトルは肩に担いでいた“荷物”を、部屋に転がした。


「余を……余をどうするつもりだ……悪魔め……悪魔の手先めぇ……ッ!!」


 皇帝は床に尻をつけたまま、壁際まで後ずさった。


「悪魔ではない、魔王様だ……」

「知るかッ!! あ、そ、そこにいるのは将軍かッ! こやつは余に無礼を働いた不届き者だ、今すぐ兵を集め……」

「申し訳ないが、グリムト皇帝陛下……いや、グリムト……」


 将軍は冷たい目で、男を見下ろした。


「貴様はもはや皇帝ではない……ごてごてと着飾った……ただの男だ」

「おのれ、おのれ裏切ったなぁああああああああああああ!! 許さんぞぉおおおおおおおお!!」


 男のひとりが、皇帝に猿ぐつわを噛ませた。


「ぐううっ! ぐううっ!」


 もうひとりの男は魔術師だ。

 男はその場で拡声魔法【ヴォイス】を発動させた。

 仄かな青い光が、将軍の胸元で光った。


「では将軍閣下、お言葉を……」


 将軍は、軽く咳払いをした。




『私は将軍アルツファイトだ。城の全将兵に告ぐ。皇帝は我が手に落ちた。ただちに戦闘を中止せよ。繰り返す。私は将軍アルツファイト。皇帝は我が手に落ちた……』




 その直後、最初とは比べものにならない、ときの声が上がった。

 剣戟の音が止み、城中に喝采が広がる。


「やったな……」

「ああ……ついにやった……!」

「………………」



 “帝国”アシュトランは、この日をもって終わりを迎えた。

 新しく造り直される国がどのような歴史を刻むのか、それはまだ誰も知らない。




ヴィクトルがとうとう任務完了です。


「面白いぞ」

「続き読みたいぞ」

「さっさと更新しろ」

「ピザ食ってないで書け」


そんなふうに思ってくださるあなた!


評価! ブクマ! 感想!


そのすべてが作者の強いモチベになっています!


いいぞ評価するぞ! という方は下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 〜だということをまだ誰も知らないみたいな表現の仕方を使いすぎて陳腐に感じます
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