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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
32/86

32話 マリィ、戦場へ

 時はすでに夕方を過ぎている。


 火矢で燃え上がるカレブの町で、盾と盾とが音を立ててぶつかり合い、その隙間に鋭い槍の応酬が繰り広げられていた。

 住民たちは町の南側に避難させているが、そこがいつまで安全かは保証できない。



「退くな! 退くな! 弾き返せ!」



 少しずつ退却を強いられる、軍のいちばん最後――しんがりの部隊を率いる隊長が叫ぶ。



「生きて帰した味方は! 必ず態勢を整えて戻ってくる! ここで俺たちが食い止めればだ! 気合入れろ!!」

「「「おう!!」」」



 若い新兵たちの声が返ってくる。


 家々の燃え上がる炎が両軍を照らすが、日が沈めば戦闘続行は不可能になる。


 それまでにいかに敵の侵入を阻めるか――それがこの部隊の勝負だった。


 槍に突かれた仲間の死体を押しのけて、革の盾を構え、槍を突き出す。

 もう声は枯れ、足にも力が入らない。

 それでも隊長の檄に吠え返し、盾を叩き返し、槍を突く――。


 そしてとうとう、夜が来た。




 ガンガンガンガンガン




 戦の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。

 兵たちは足をもつれさせながら、前線から退いていく。


 両軍は協定通りに一定の距離をとり、その日の戦は終わりを告げた。


 1度の戦で、町の3分の1が占拠された。

 負け戦だが、よく耐えたほうだとも言えた。

 しかし戦況は絶望的だ。


 新兵のひとりは、兜を脱ぎ、地面に座り込んで、桶に汲まれた水が回ってくるのをじっと待っている。

 あの凄まじい戦をくぐり抜けて、自分がいま生きているという事実が不思議でならない――そういう目をして、燃え上がる家々を眺めていた。


 水が回ってくると、我に返ったようにガブガブと飲んだ。

 生きている実感が痛いのどにしみ込んでくる。


 死んだ仲間のことが思われた。


「お前、怖いか?」

「いや、怖くない」

「だよな」


 戦の直前、そんな会話を交わした初対面の相手だった。

 彼は隣にいたが、胸を槍に突かれて死んだ。


 先に後退して体力を少しでも回復させた部隊は、消火活動に駆り出されている。

 消火といっても、水をかけるようなことはしない。

 丸太をぶつけて家を破壊し、延焼を防ぐのだ。


 大きな宿屋が倒れると、夜空に火の粉が舞い上がった。


 水を飲み終え、ぼんやりとその光景を眺めていた新兵は、隊長に声をかけられた。


「調子はどうだ?」

「は、問題ありません」


 新兵が答えると、隊長はぽんとその頭を叩いた。


「肩を切ってる。今は麻痺してるかもしれんが、そのうち痛んでくる。化膿する前に教会へ行け」

「了解しました!」

「ゆっくりしてこい」




………………。

…………。

……。




 街の中心にある教会は、野戦病院となっていた。

 普段はオルガンの音が響き渡る礼拝堂に、負傷兵のうめきがこだまする。


「いてえ……いてえよお……」

「ぐうっ……うううっ……」

「気を確かに持ってください……必ず良くなりますからね!」


 神官がファストヒールをかけると、ほのかに傷口が緑色に光る。

 通常のヒールで完全回復させないのは、あまりに多い負傷兵を相手に、魔力を温存させるためだ。

 ファストヒールで化膿を防ぎ、あとは包帯を巻いて自然治癒に任せるしかない。


「うぐぅぅ……」


 脇腹を槍でえぐられた兵が、血に濡れた手で神官の裾にしがみついた。


「あんた、聖女様なんだろう!? だったらヒールを使ってくれよ! この痛みどうにかしてくれよ!!」

「………」


 聖女と呼ばれた神官は、うつむいて言った。




「みなさんの怪我を治す魔力には限界があります……今はファストヒールが精いっぱいです……」




 勇者パーティーの中で、ただひとり無事に王都へ辿り着いた神官。

 力を盗むという奇怪な能力を持った魔王から、無事に聖なる力を守り切った彼女――マリィ。

 彼女は今や聖女として祭り上げられていた。


 ひとりだけ無事だったということは、下手をすれば裏切り者扱いをされてもおかしくはない。

 マリィの名を聖女にまで高めたのは、彼女を擁する教会の巧みなイメージ戦略だ。


 ――ではなぜ聖女が必要とされているのか。


 それはこの戦争の発端ともなった、トリストラム王国の魔王国独立保証に関係がある。




「王は魔王に魂を売ったのか!?」


「魔王と手を組むなんて許せるわけがない!」




 当然、こうした声はいくらでも出てきた。

 その中で最大の勢力を持っているのが、神官マリィを擁する教会だった。




「力を守りきった聖女こそが、魔王に対抗する最後の力である」




 この宣言は、国民に熱狂的に受け容れられた。

 今、こうして最前線の野戦病院で働いているのも、そのイメージ戦略の一環だ。


「………………」


 しかしマリィは最前線にあって、つくづく自分の力不足を実感していた。

 神官ひとりができることには、どうしたって限界がある。


「何が聖女さまだ……クソッ……こんな俺ひとりの……痛みも……どうにもできねえんじゃねえか……!」


 ひとりがうめくと、今度は別の男が言った。


「勇者パーティーでひとり無事だったってのもよお! 魔王にチチのひとつも揉ませたんじゃねえのか!?」

「そんな……っ!!」


 キースに“お目こぼし”をもらって、無事に帰ったのは事実だ。

 それを思い起こすたびに、マリィは悔しさと、キースの優しさを思う心がないまぜになって、自分の感情がよくわからなくなる。

 しかし今は、そんな想いに浸っている状況ではない。


「マリィ!」


 婦長に呼ばれて、マリィは顔を上げた。


「天幕に続々負傷者が来てる。魔力のあるヒーラーが足りてないわ、早く出てちょうだい」

「わかりましたっ!」


 去り際に、婦長はマリィに囁いた。


「あんな馬鹿を気にしちゃいけないわよ。あんたは神に仕える立派な“神官”なんだから」


 聖女、と言われなかったことに、マリィは心から感謝した。


 教会を出ると、カンテラに照らされた天幕に負傷者の山だ。

 魔術看護師が行き交う中、マリィはひたいに汗を流しながら必死で治療を続けた。


 そうして夜が明ける頃――。




 ズゥン――ズゥン――




 最初は、働き過ぎで足もとがふらついたのかと思った。

 しかし揺れるカンテラを見て、そして音を耳で聞いて――それが錯覚でないとわかった。


 負傷兵たちがざわめく。

 地響きは徐々に大きくなっていく。


「お、おいなんだ……?」

「こりゃあ、地震じゃねえぜ!」

「………………!」


 マリィも、彼らも、まだ知らない。

 この地響きが、絶望的な戦況をひっくり返す救世主になるということを――。

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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] とても楽しく読ませていただいてます。ふと思ったのは、盗んだスキルはどういう扱いになるのか、龍から取ったスキルは魔王に悪影響は出てないのか、あと国としては、国名、国旗や国歌も必要になると思うん…
[一言] 戦争の描写がリアルですごいです 次回が楽しみです
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