28話 ヴィクトル、皇帝に暗殺者を届ける
「わたくしは少し魔王様とお話がありますから、ちゃんとお言いつけ通りにするのよ」
「……わかった」
魔王側に、アシュトラン帝国に行ったことがある者は誰もいないので、アレイラの【ゲート】は使えない。
暗殺者たちを送り届けるには、使者が必要だ。
キースは帝国への使者として、ヴィクトルを指名した。
四天王の中でいちばんマトモかも――という勘からの判断だ。
「しかし、ヒツギというものが何かわからんな。おいお前」
「は、はいッ!」
ヴィクトルが言うと、暗殺者エラーダはぴんと背筋を正した。
その傍らには、オオカミに乗せられてアヘアへ言っているアビゲイルがいる。
木箱に入れられたゼルキンの遺体は、アレイラの修復魔法で人間の形を取り戻していた。
しかし死の直前の、恐怖に満ちた表情はそのままだ。
「ヒツギとはなんだ?」
「はい、あの、人間が入るサイズの木箱といえばよろしいでしょうか……」
「お前、作れるか?」
エラーダは冷や汗を流しながら答えた。
「申し訳ございません……大工仕事の経験がなく、そのような作業は……」
「そうか……」
ヴィクトルはゼルキンの入った木箱と、アビゲイルを乗せたオオカミを置いて歩き出した。
後についてくるよう命令されているエラーダは、おっかなびっくりヴィクトルの後についていった。
ヴィクトルが向かったのは砦だ。
「よう! ヴィクトルの兄ちゃん! 相変わらず辛気くせえ顔してるな!」
出迎えたのは親分だった。
「可愛い姉ちゃんを連れてるじゃねえか! どうした?」
「俺が捕まえた。大工頭に用があって来た……」
「捕まえた? まあいいや、ちょっと待ってな」
親分が大工頭を連れてくると、ヴィクトルは言った。
「ヒツギとやらが必要になった……」
それを聞くと、今までにこやかだった親分の顔に、影が差した。
「あいつも魔王になったんだ、いつまでも“殺さず”を通すわけにはいかねえってことか」
親分は遠くを見るような目をした。
「できるだけ殺すな、と言われている……」
「キースならそう言うだろうな……言うことを聞いてやってくんな」
「当然だ……」
親分はヴィクトルの肩をポンと叩くと、砦の奥に引っ込んでいった。
「で、俺に用だって?」
大工頭に、ヴィクトルは答えた。
「ヒツギが必要になった。3つだ」
(私が数に入れられている!)
エラーダの脳裏に、肉片と化したゼルキンと、発狂した軍団長の姿が浮かぶ。
(おそらく楽には死ねまい……覚悟はしていたが……)
あそこまで異常な死は、覚悟の外にあるものだ。
エラーダが震えていると、ヴィクトルが振り返った。
「魔王様は仰った。魔王様はお前たちが天国とやらに行くことを望んでいる……だから安心しろ」
死の宣告に、エラーダの頭は真っ白になる。
「棺か。材料が余ってるからパパッと作ってやるよ。ちょいと待ってな」
ヴィクトルは、砦の外にあるベンチに座って、棺ができあがるのを眺めていた。
その横で、エラーダは固まったように立ち尽くしている。
「……ひとつ、尋ねたい」
エラーダは思い切って言った。
「私は……どのようにして、死ぬのだ」
ヴィクトルは、しばらく考えて答えた。
「どうだろうな……」
エラーダの顔や身体を眺めながら、ヴィクトルは答えた。
「まあ、すぐには死ねんだろう……」
「………………ッ!!」
エラーダは健康そうだし、人間の寿命を考えれば、まだまだ生きるはずだ。
ヴィクトルはそういうつもりで答えたのだが、そんなことがエラーダに伝わるはずもない。
「そうか……すぐには死ねんか……」
エラーダは震えるこぶしを握りしめた。
(魔族の拷問……早々に気が狂うのを願うしかないのか……)
「できたぜ、ヴィクトルの兄ちゃん。簡単なモンだけどよ、これで天国に行けねえってことはねえだろうさ」
「充分だ、礼を言う……」
「これくらい朝飯前ってモンよ。この釘でフタしてやってくれ。カナヅチ使うよな?」
「いや、必要ない……」
大工頭はヴィクトルに釘を握らせて、砦に戻っていった。
ヴィクトルは、ゼルキンの遺体と、腹を膨らませて笑っているアビゲイルを棺に入れた。
「えへっ、えへっ、あびぃ、あっあっ、あヒャッ……」
フタをして、釘を素手でズブズブと押し込む。
エラーダは、見ているしかない。
「おい、お前」
「は、はいッ!!」
「お前もヒツギに入れ」
「………………ッ!」
生きたまま棺に入れられる――おそらくは火刑だ。
恐るべき死だが、軍団長よりは遥かにマシと言えるのではないだろうか。
「お前はトムライによってカードになると魔王様は仰っていた。だから入れ」
魔族独特の言い回しだろうか。
その意味するところはわからない。
エラーダは棺の中に横たわった。
「………………」
本当に死人になった気分だ。
このまま楽に死ねたら――とエラーダは願う。
その上に、フタが置かれた。
ヴィクトルは3つの棺をいちどに担いで、荷車に乗せた。
荷車は、ディアナが召喚した2頭のオオカミに繋がれている。
御者台に乗ったヴィクトルは、軽く手綱を引いた。
「行ってらっしゃーい!」
見送りに出てきたのはアレイラだ。
「死骸にかけた修復魔法は3日しかもたないから、3日以内に辿り着いてねー!」
――旅は片道2週間を要した。
………………。
…………。
……。
「貴様! 何者だ!」
検閲を無視して門に入ろうとしたヴィクトルの荷車を、槍を持った衛兵が止めた。
荷車を引く巨大なオオカミに、衛兵たちは息を呑む。
「魔王様からの遣いだ。届け物がある」
それを聞いて、衛兵は真っ青になった。
「す……少し待て……!」
衛兵はすぐさま城に馬を走らせ、皇帝に事の次第を告げた。
皇帝は真っ青になった。
暗殺は失敗だ――使者を追い返すわけにはいかない。
それに届け物というものも気になる。
なんらかの献上品であれば、こちらも出方を考えねばならない。
「……よし、通せ」
その報せは、すぐにヴィクトルに伝えられた。
「城までの道がわからん……案内しろ……」
「……言うことを聞いてやれ」
衛兵の馬に先導されて、ヴィクトルは城へとやってきた。
御者台から降りると、3つの棺を担いで城へと登った。
衛兵や近衛兵たちは、目を丸くしてヴィクトルを見た。
ボロボロの黒いコートに、黒い帽子。
担がれた3つの棺――まさに死神の姿だ。
「皇帝が謁見をお許しになった。その……荷物は置いていけ」
「これは皇帝へ届けるように命じられている……」
ヴィクトルは近衛兵の言うことを頑として聞かない。
仕方なく、そのまま通すことになった。
「……よく来たな、魔王の使者よ」
青くなった表情を隠すように、皇帝は努めて威厳ある声でヴィクトルに呼びかけた。
もちろんヴィクトルは膝をつくこともなければ、頭を下げることもしない。
ドカァン
ヴィクトルは背負ってきた3つの棺を放り出した。
そうして、フタをバリバリと剥がしていく。
ひとつは、アレイラの修復魔法が解けて肉塊と化したゼルキンだ。
すっかり腐り果てて、すさまじい臭いを放っている。
もうひとつは、完全に正気を失ったアビゲイル。
「えへっ、えへっ、私の、あがぢゃん……ウヒヒヒヒ」
卵から供給される栄養で顔をつやつやさせたアビゲイルは、巨大なイモムシのような生物に頬ずりをしている。
そして最後に、エラーダの棺。
「そうだ……エサをやるのを忘れていた……」
ヴィクトルはぼそりと呟いた。
糞尿にまみれたエラーダは、痩せ細った腕を棺から伸ばした。
「み……み……水……」
あまりに凄惨な光景に、皇帝も、近衛兵たちも、ただ息を呑むことしかできない。
中には吐き気に耐えきれず、退室する者もいた。
そこで、ヴィクトルは言い放つ。
「これが、魔王様の答えだ……」
これはもう、どう聞いても脅迫でしかない。
「こ、こここここ、こいつを殺せぇッ!!!」
皇帝の命令に、近衛兵たちは我に返ったように槍を構え、ヴィクトルに襲いかかった。
「……確かに“カード”は渡したぞ」
ヴィクトルが腕を伸ばす。
――袖から飛び出す2丁拳銃。
それが衛兵たちに向かって火を吹いた。
謁見の間に轟音が響く。
物音を聞いて駆けつけた衛兵にも、弾丸は容赦なく叩き込まれる。
槍は折れ、ヨロイには穴があき、カブトを吹き飛ばされ――近衛兵たちは寸暇を待たず全滅した。
最後に残ったのは、皇帝ひとりだ。
「お、おおお前は、余を殺しに来たのかぁッ!!」
「安心しろ。敵は可能な限り生かせと命令されている――【ヒール】」
近衛兵たちに撃ち込まれた弾丸は、溶けて緑色の液体となった。
数多の弾痕が、たちまち塞がっていく。
「しばらく経てば、目を覚ますだろう。だが、俺を追う者がいればそいつは殺す。そして俺はお前を殺しに戻る……」
「……わかった! 誰にも追わせん!!」
皇帝は、青白い頬に脂汗を浮かべている。
今、最強の銃士を前にして、自分を守る者はひとりもいないのだ。
「魔王様からの“カード”、受け取ったな?」
「確かに……受け取った……」
肉塊と化した暗殺者。
正気を失った暗殺者。
餓死寸前の暗殺者――。
3つの恐怖は、確実に皇帝のもとへと届けられた。
「用はこれだけだ……」
ひとりきりの皇帝に背を向けて、ヴィクトルは靴音を鳴らしながら謁見の間を出た。
ヴィクトルはこの場で、誰ひとり殺してはいない。
しかしその後ろ姿は、紛れもなく死神だ。
「任務完了……」
キースの思惑とはまったく逆のかたちで、“魔王の意志”は皇帝へと届けられた。
もう2度と、帝国から暗殺者が差し向けられることはないだろう――。
キースの思いは皇帝に無事届いたのでしょうか?
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
「さっさと更新しろ」
「睡眠取っていいもん書け」
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