27話 怪盗魔王、命の大切さを教える
「城に侵入者が現われましたわ」
キースはアルドベルグ盗賊団のみんなと、オオカミに乗ってひとっ走りしてきたところだった。
「……ついにそういう奴らが現われ始めたか」
徒の砦建築もかなり進んでいる現在、魔王城まで辿り着けるとすれば相当の手練れだ。
「どこの手のものか……なんて、そういう連中は喋らないんだろうな」
訓練された暗殺者は、どんな拷問を受けようとも、情報を漏らすことは決してないという。
キースのスキル【統治】がもたらす知識だ。
しかしディアナはすらすらと話し始めた。
「アシュトラン帝国第13軍団に所属する、アビゲイル、ゼルキン、エラーダという名の3人ですわ。皇帝の勅命によって魔王様のお命を狙ったとのことです。アシュトラン帝国から魔王城へ至るルートは新たに開拓したとのことで、先ほど地図を描かせましたわ」
「待て待て待て、えらい素直な連中だな」
キースはオオカミから飛び降りた。
「ともかく、そいつらと会って話がしたい」
「3人のうちゼルキンはアレイラクォリエータが殺害しました。残りのふたりは、無傷で捕らえております」
不殺を貫くアルドベルグ盗賊団にいた身としては、複雑な気分だ。
やたらと人間を殺したがるアレイラと遭遇したのは、運が悪いと思って諦めてもらう他ない。
こちらを殺す気でやってきた3人のうちふたりを捕らえられたなら、むしろ褒めるべき状況だろう。
「ふたりを捕らえたのは?」
「わたくしとヴィクトルですわ」
「よくやった。そのふたりと話がしたい。俺は謁見の間で待っている」
こういうときのための謁見の間だ。
相手の目に、魔王の威光をしっかりと刻みつけなければならない。
そうでないとこの先、刺客はいくらでも送られてくるだろう。
「畏まりました」
キースは、おどろおどろしい形をした、黒い玉座に腰をかけた。
かつて倒した、あの魔王が座っていた場所――不思議な感覚だ。
(俺もやがて殺される日が来るんだろうか……)
アシュトラン帝国が、明確にキースの命を狙ってきた。
先の情勢を考えるにあたって、魔王国とトリストラム王国の提携は、それだけ邪魔だということなのだろう。
「………………」
おそらく、命を狙われる機会はこれからいくらでもやってくる。
魔王として君臨するとはそういうことだ。
(しかし今、アシュトラン帝国と事を構えるのは賢い選択じゃないぞ……)
キースのスキル【戦略】が頭脳を回転させる。
(魔王国の軍備はまだ充分に整っていない。かといって連合国に近づくのもダメだ。庇護を求める形になりかねない)
そんなことを考えながらしばらく待っていると、
「魔王様、捕虜を連れて参りました」
扉の向こうから、ディアナの声が響いてきた。
「よし、入れ」
扉が開かれると、ディアナとヴィクトルがふたりの女を連れて入ってきた。
「………………」
ひとりは、恐怖に目を見開いて、黙って震えながら入ってきた。
よっぽど怖いものを見たのだろう。
――というかおそらく、現在進行形で見続けている。
「えひっ、えひっ、あびぃ……えへへへへへ……あびぃ、あっ、あっ……」
もうひとりがヤバい。
何があったのかはわからないが、もはや歩ける状態ではないらしく、オオカミに乗せられて入ってきた。
腹を大きく膨らませて白目をむき、エヘエヘと笑いながら、ときどきビクンビクンと痙攣している。
そのひとりをのぞき、全員が膝をついた。
「ディアナ」
「はい、魔王様」
「彼女はね、無傷とは言わない」
ディアナはきょとんとした目で、キースを見上げた。
「傷はつけていませんわ……アルテーミアが卵を産むためにあけたお腹の穴は、もう塞がっていますし」
卵産み付けられてるのかよあの娘――。
「なんというか、命も大事だけど、精神もいちおう大事にしていこうな……」
「畏まりましたわ、魔王様」
ディアナは再び頭を下げた。
まあ、やってしまったものは仕方がない。
キースは無事捕らえられたひとりに尋ねた。
「まず君の名前を聞こう」
キースの言葉を聞いて、女は弾かれたように首を上げた。
「え、エラーダと申します! 皇帝陛下の命により参上し……ひ、卑劣にも……魔王陛下のお、お命を……」
すっかり怯えきったエラーダは、暗殺者としての矜持を完全に失っていた。
「俺の命をとりに来たわけだ」
「お……おそれながらぁっ……そうでありまずっ……」
震えながら、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「なんでもじまず……なんでもじまず……おうぢにかえじでぐだざいっ……」
鼻水を垂らしながら、エラーダは言った。
自分の命を狙ってきた相手とはいえ、キースはさすがに気の毒になってきた。
もうひとりの女は、その数百倍気の毒だが。
「約束しよう。君たちふたりは生きて返す」
それを聞いて、エラーダは震えながらぽかんと口を開いた。
キースは情に流されたわけではない。
これは最初から決めていたことだ。
「この俺が、君たちを生かし、そして帝国まで送り届ける。それが何を意味するかはわかるな?」
「は、はひっ!!」
あくまで貴国と事を構えるつもりはない――彼女たちは、そう書かれた生きた手紙だった。
「ではディアナ、ここに四天王を集めてくれ。少し話したいことがある。そこのふたりは下がらせてくれ。無論、逃げないように」
自力で逃げ帰った、ではキースの“手紙”の意味がなくなる。
「畏まりました。ではエラーダ、この子についていきなさい」
「わ、わがりまじだっ!」
笑いながら痙攣するアビゲイルを乗せて、オオカミは謁見の間の扉へ向かう。
エラーダも、距離を置きながらおそるおそるその後について、外へ出ていった。
「では少々のお待ちを」
ディアナはそう言って、魔王城の中だけで使える【ゲート】の中に消えていった。
キースは深いため息をつく。
「もう楽にしていいぞ」
「……はっ」
ヴィクトルは、ゆっくりと立ち上がった。
ボロボロの黒いコートに、黒い帽子。
何を考えているかわからない表情。
しかし、唯一マトモな状態で捕虜を捕ったのはこの男だ。
「ヴィクトル。最近は、四天王の中でお前がいちばんマトモなんじゃないかと思えてきたよ」
「……お褒めの言葉、恐縮の至り」
そんなことを言いながら、少しも恐縮している様子はない。
(とにかく四天王には、人間の考えというものを学んでもらわなきゃいけない。盗賊団のみんなとの交流があるから、下地はできているはずだ。今回は良い機会だと思おう)
「お待たせ致しましたわ」
ディアナは、アレイラとギンロウを連れて【ゲート】から出てきた。
四天王が揃って、玉座の前にひざまずく。
「……四天王、御前に参上致しました」
ディアナの言葉を合図に、四天王は深く頭を下げた。
「よし、面を上げてくれ。お前たちに話したいことがある」
「はっ」
四天王は顔を上げた。
「これは戦争時を除く場合の、敵の取り扱いについての話だ。特にアレイラ、君はよく聞くんだぞ」
「はーい!」
人をひとり殺したばかりとは思えない、明るい返事がかえってくる。
キースは指を組んで言った。
「お前たちほどの実力があれば、大抵の敵は無傷で捕獲できるはずだ。今後は可能な限り、それを徹底してもらいたい」
「……畏れながら」
声を上げたのはギンロウだった。
「こちらを刺す覚悟がある者は、当然刺される覚悟を持った者……そのように対峙するのが、武人への敬意かと」
生粋の戦士であるギンロウからすれば、戦って死んだ敵より、生きて捕らえられた者に哀れみを感じるのかもしれない。
しかし――そこで、こちらの意見を曲げるわけにはいかない。
「ではギンロウ、ひとつ聞くぞ。武人としてのお前の矜持と、魔王の覇道。優先すべきはどっちだ?」
「………………!」
ドゴォン!
轟音が、謁見の間に響いた。
――ギンロウがひたいを床に叩きつけた音だ。
「魔王様の深いお考えを知らず! 蒙昧故の我が言! ご下命賜れば! 直ちにこの命を差し出し! お許しを乞う次第でございます!」
腹の底からのギンロウの声は、謁見の間の空気を震わせた。
「……いや、わかってくれればいいんだ。命までは取らないよ。顔を上げてくれ」
ギンロウは鏡のように光る銀色の顔を、キースに向けた。
「魔王様の深いご慈悲、心より深く感謝致します!」
(ギンロウも、頭の回転は速いんだけど、やっぱりどっかぶっ飛んでるんだよなあ……)
キースは話を続けることにした。
「つまり、敵は可能な限り生かしてやってほしいんだ。敵の死は新たな敵意を招く」
四天王は深く頷いた。
「更に捕虜は大事なカードになる。これも覚えておいてほしい。これから大陸の各国と渡り合うためのカードだ。わかったかアレイラ」
「はい! 人間はカードですね! わかりました!」
赤い瞳をキラキラさせて、アレイラは答えた。
理解できているのか、非常に怪しい。
彼女に関しては、ある程度あきらめが必要なのかもしれない。
「そしてもうひとつ。仕方なく殺してしまった場合には、遺体をきちんと弔ってやらなければならない」
「とむらって、ですか?」
四天王の中でいちばん知識を持っているはずの、ディアナが首をかしげた。
「弔う、ということがわからないのか?」
「恥ずかしながら、書物から知識としては学んでおります。死骸に土をかけたり燃やしたりする人間たちの習慣……ということでよろしかったかと存じます」
ディアナは言った。
「死骸から発生する臭気や毒気を防ぐための習慣かと。この魔王様の領地においては、人間の死骸は魔物が食べ尽くしますので、そういったものは必要はないのではと思っておりましたが……」
ディアナの言葉も、間違ってはいないのだろう。
しかし、人間の望む答えとはかけ離れたものだ。
「人間はな、死後の安らぎというものを信じているんだ」
キースは諭すように言った。
「ほとんどの人間は、死後丁寧に弔ってもらうことで、天国に行けると信じている。それが敵によるものでも、同じことだ」
それを聞いて、ディアナは紫色の瞳をぱっと開いた。
「そういうことでございましたのね。敵方の死骸を弔うということは、その幸福を望む意思表明になる……ひいては、やむを得ず殺したのだということに」
ディアナの理解は早い。
残りの3人もそうだとありがたいのだが――。
「そういうことだ。だからゼルキンという男の死体もちゃんと棺に入れて……」
そこで、非常に嫌な予感がした。
「アレイラ、死体はどこへやった?」
「汚いからメイドに片付けさせました! たぶんすぐ魔物のエサになると思います!」
「今すぐ回収するんだ! 今すぐ!」
ディアナは【ゲート】から執事ジョセフを召喚し、メイドにゼルキンの死体を回収するように命じさせた。
メイドは大きな木箱を持って、謁見の間に現われた。
「死体をお持ちしました」
大量の肉片の中から手足が飛び出ていて、白目を剥いた頭がポンと乗せてあった。
「うげ……」
今夜は絶対良い夢は見られない――そうキースは確信した。





