23話 怪盗魔王、龍をペットにする
グォオオオオオオオオオオオオオン……
地響きはますます大きくなる。
足もとがぐらつきそうになる。
キースはもう一度、龍を“見つめ直した”。
「おい、龍! 今ラクにしてやるからな!」
キースはマントを翻して、巨大な龍の身体を駆け上った。
怪盗としての反射神経、絶妙なバランス感覚が、大きく震える巨体の上で自由に動き回ることを可能にしていた。
長城を思わせる尻尾から、どこまでも続く山のような背中へ。
キースは走り、跳んだ。
無数ともいえる龍のスキルが【確信の片眼鏡】に流れてくる。
そのひとつを、キースは捉えた。
キースは一軒の家ほどの巨大な頭に辿りつくと、手のひらを黒い岩肌にあて――。
「………………!」
――ひとつのスキルを盗み取った。
ンボオオオオオオオオオオオン……?
巨大な地響きが治まった。
それと同時に、
ボ……ボ……ボエエエエエエエエエエェ!
巨大なあぎとから、大量の鉱物が吐き出される。
まるで輝く滝のようだ。
ディアナとアレイラ、ドワーフの長老は、ぽかんとした表情でそれを見上げている。
やがて鉱物が尽きると、龍はすっきりした顔であくびをした。
ンボオオオオオオオオオン……
「ようやくラクになったな」
キースは龍の巨大な頭から手を離し、マントをはためかせて飛び降りた。
「魔王様、これは一体……?」
「すべてはこいつのスキルが原因だったんだよ。アレイラ、背中から突き出た結晶を抜いてやれ。おそらく痛みの原因はそれだ」
「了解しました!」
アレイラは重力魔法【グラヴィティ】を発動させ、紫色の結晶のひとつひとつを抜いていく。
それがズボリと抜けて、ズシンと地面に落ちるたびに、龍は心地良さそうな声を上げた。
ンンンンボオオオオオオオン……
「スキル……と言いますと?」
「【暴食】だ」
スキル【暴食】――目に映るものすべてを食い尽くすよう宿主に働きかけるスキル。
自ら発動を中止することはできない、一種の呪いのようなものだった。
「なるほど、それで身体に結晶体ができて苦しむほどに、鉱石を食べていたんですのね」
「このスキルがあるから、こいつは世界中を荒らし回らざるを得なかったんだろうな。龍の伝説も、今日をもっておしまいだ」
苦しみを取り除いてくれたのがキースだと気づいたのだろう、龍はその巨大な頭部でキースに頬ずりをした。
思わず倒れそうになる。
「魔王様、龍は魔王様に深く感謝し、恭順の意を示しておりますわ」
「……でかいペットができちまったわけだ。名前をつけてやらないとな」
ンボオオオオオオオオオオン……
「よし、今日からお前はンボーンだ」
「そんな安直……い、いえ……魔王様のペットにふさわしい名かと存じますわ」
「今なら、こいつに言うことを聞かせることはできるか?」
キースが尋ねると、ディアナは頷いた。
「ええ、簡単なものでしたら人語を解すようですわ」
「そうか、じゃあディアナ、アレイラ、こいつの背中に乗ってみようぜ!」
3人揃って、尻尾から巨大な岩肌を登った。
頂上まで来ると、遠くにドワーフの家々がある。
落ち着いて見ると、なかなか良い眺めだ。
「高ーい!!」
アレイラは杖を振り回してはしゃいでいる。
その様子を眺めながら、キースは言った。
「しかしこれだけデカいペットを飼うとなると、エサはどうする? 輸入分を計算に入れても、常備軍を養うので精一杯だぞ」
「ご心配には及びませんわ」
風に銀色の髪をはためかせながら、ディアナは答えた。
「龍――ンボーンは鉱石動物です。岩でも泥でも、なんでも食糧にしてしまいますの」
エサが安くつくどころか、何も用意せずに済む。
こんなに飼いやすいペットはない。
「思うに【暴食】は、口にするものの種類を定めていたのでしょうね。ちなみにフンは農耕に適した土壌にもなりますわ」
「それは都合がいいな。さすがに輸入が不要になることはないだろうが」
キースの中で、スキル【統治】が働く。
「食糧自給率は少しでも上げておきたい。いつまでもトリストラム王国の平穏を頼りにするわけにはいかないからな」
「仰る通りかと存じますわ」
「よし、じゃあこのまま帰るとするか。ンボーン! 右向け右だ!」
ンボオオオオオオオオオオン……
元気な鳴き声とともに、ンボーンは魔王城へ向かって首を伸ばす。
「魔王様! このたびは誠に、感謝の言葉もございませぬ! これでわしらも仕事に戻ることができますじゃ!」
長老の言葉に、キースは手を振って答えた。
ンボーンの動作は緩慢だが、その巨体故に移動速度はなかなかのものだ。
景色と風を楽しんでいる間に、あっという間に魔王城へとたどり着いた。
「な、なんだこいつぁ! 山が動いてやがる!!」
親分を先頭に、砦からぞろぞろ出てくる盗賊団のみんなが、豆粒のように小さく見える。
「新しい仲間だーっ! 仲良くしてやってくれーっ!」
キースが叫ぶと、ンボーンもそれに呼応して、大きな鳴き声を上げた。
――3週間後。
トリストラム王国の使者は、占星術師が見抜いた重大事件を知らせるべく、魔王城へと馬を走らせていた。
使者は、魔王から与えられた【魔獣の襟巻き】をつけているので、魔物に襲われることはない。
「魔王様! 私はトリストラム王国からの使いでございます!」
魔王城の外のテーブルで、盗賊団のみんなと紅茶を飲んでいるところに、使者は現われた。
使者は馬を降りると、キースのテーブルの脇にひざまずいた。
「我が国の占星術師が、魔王国領内において龍が復活したことを確認致しました! 詳しくは書状に目を通していただければ!」
「龍ってのはあれのことかい?」
「あれ……と言いますと?」
キースが指さした岩山を、使者はまじまじと見つめた。
「おーい、ンボーン!」
ンボオオオオオオオオオオン……
巨大な樽から紅茶を飲んでいたンボーンは、巨大な身を揺すって嬉しそうに返事をした。
「ひ、ひいっ!!」
「王に伝えてくれ。世界の危機は魔王の素敵なペットになりましたってな」
使者はその場で腰を抜かして、しばらく立てなかった。





