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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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22話 怪盗魔王、龍の復活を目撃する

 魔王が城に現われ、あっという間に条約が締結された、あの一件以来。

 副王ゴルドリューフ辺境伯は、書類仕事に忙殺されていた。

 明日には、王の妹君であるエメリアによる、魔王国公認の演説も控えている。


 演説者にエメリアを選んだのは、民のショックをわずかでも和らげるためだ。

 辺境伯の大音声は、ときに民を沸き立たせるが、こういう発表には向いていない。


 今夜も辺境伯は執務室で、大臣から渡された羊皮紙(スクロール)の山にサインを書き殴る。

 しかし書かれた内容に関しては、目を皿のようにして確認する。

 老眼にはなんともつらい作業だった。


「ゴルドリューフ辺境伯! 至急お伝えしたいことが!」

「なんだ、騒々しい」


 王に何かを伝えてももはや意味がないので、最近はあらゆる連絡が辺境伯のもとへやってくる。

 伝令は息を整えて言った。




「占星術師が読み取ったところによると……“龍”が目覚めたとのことです!」




 まったく予想だにしない報告に、辺境伯はしばし唖然とした。


「…………“龍”だと? 今になって何故!?」


 龍――1500年前に勇者に封印されるまで、大陸中を蝕み、幾多の国を滅ぼしたと伝えられている。

 伝説の巨獣――生ける災害だ。


「ただでも大陸は戦争の真っ只中にあるのだ……それを今度は龍とは……」


 次から次へと難題が押し寄せる。

 辺境伯は頭を抱えた。


「場所は……場所はわかるのか……?」

「はい、厳密には分かりかねますが、魔王国領であることは間違いないそうです!」

「独立を認めた途端にこれか……」


 魔王が龍に対処できないとなれば、トリストラム王国からも援軍を送らざるを得ない。

 しかし焼け石に水だということはわかりきっている。

 せめて魔王国領で暴れるだけ暴れて、そこに留まっていてくれれば――。


「……至急、魔王国へ使者の準備をせよ。すぐに書状を作る」

「は、畏まりました!」


 伝令が執務室を出て行くと、辺境伯はひとつため息をついた。

 それから軽く自分の頬を叩くと、新しい羊皮紙(スクロール)を出し、手紙を書き始めた。




………………。

…………。

……。




「ドワーフの産出する鉱物がこれだけ重要性を帯びたとなれば、視察の必要があるかと存じますわ」


 昼食後のティータイムに、ディアナが言った。


「魔王様がお姿を見せるだけで、生産性の向上が見込めますし、問題点があればそれを炙り出すこともできるかと」

「なるほど、やることが一国の主らしくなってきたな」


 キースはアレイラとディアナを連れていくことにした。

 アレイラの【ゲート】は移動手段として必須だし、ディアナはこういうときに便利なスキル【秘書】を持っている。


「じゃあ、早速準備しますねー!」


 アレイラは呪文を詠唱し、【ゲート】を開いた。

 雷光の走る黒い塊をくぐる。

 その向こうは、ドワーフの村だ。


 しっかりした石造りの家々が、等間隔で並んでいる。

 石工技術に優れたドワーフの村は、魔王国領の中では魔王城の次に近代的だ。


「………………ん?」


 しかし村に着くなり、違和感を覚えた。


「やけに静かだな……」


 いつもは鉱山のほうからツルハシを振るう賑やかな音が響いてくるのだが、今日はその音も聞こえない。


「とりあえず、長老の家をのぞいてみるか」


 キースはミニチュアの城とも言っていい、長老の家のノッカーを叩いた。


「はい、開いてますよ。どうぞ」


 キースが小さな扉を開くと、長老の息子は揺り椅子から飛び上がった。

 毎日ツルハシを握って固くなったその手に握られていたのは……バラ模様のキルトと針と糸だった。


「ときには休憩も必要だとは思うが……しかし休むなら鉱山に休憩所があるだろう。それに何故編み物を……結構進んでるっぽいし」

「ということは、まだ使いの者は魔王城に到着しておらぬということらしいですのう……」


 そう言った長老は、指編みでマフラーを作っていた。


「魔王様、実は重大な問題が発生しておりますのじゃ……!」

「とりあえず編み物の手を止めような」

「これは失敬! ともかく、百聞は一見にしかず、まずは鉱山をご案内致します」


 長老は毛糸玉を置いて、キースたちを鉱山へと連れていった。

 ドワーフの鉱山は、峻険な岩山に穿たれた洞窟がいくつも並んでいる――はずなのだが。


「おい長老、場所を間違えちゃいないか? この山には、洞窟がどこにもないじゃないか」

「そうなのです。それが問題なのですじゃ……ある日突然現われたこの山が坑道を塞ぎ、まったく作業ができなくなってしまいましたのじゃ」


 何がなんだかわからない。

 しかしこれはよろしくない事態だ。


 鉱石が採れなければ、魔王軍の武装が整わない。

 これも理由のひとつだが、最大の問題は、トリストラム王国への輸出が不可能になるということだ。


 そうなれば食糧の輸入が不可能になる。

 常備軍を養うには、食糧問題は急務だった。


「山が突然……どういうことだ?」


 キースが首を捻っていると、


「なるほど、これは驚きですわ……」


 声を上げたのはディアナだった。


「失礼、わたくしが説明致しますわ。まず第一に、これはただの山ではありません」


 そう言ってディアナは、黒い岩肌を触った。

 岩の所々から、紫色の大きな結晶が飛び出している。


「あの結晶を掘ることはできないのか?」

「試してはみたのですが、ツルハシを突き立てると地震が起こるので作業ができませんのじゃ。何かの祟りかと、みな恐れております」

「それは、当然のことかと存じますわ」


 ディアナは言った。


「これは一個の生物ですもの」

「嘘だろ……これが……!?」


 見上げれば首が痛くなるような、城ひとつ分はありそうな巨大な山。

 これが一個の生物だとは――にわかには信じがたい事実だ。


「そうです。わたくしも見たのは初めてですが、これは“龍”に相違ありませんわ」

「“龍”ですと……!?」


 長老はへなへなとその場にへたりこんだ。


「もう終わりじゃ……すべてが食い尽くされる……」


 そう言って、長老はひげもじゃの顔を両手で覆った。


「“龍”ねえ。親分から話を聞かされたことはあるが、おとぎ話かと思ってたよ。世界中を喰らい尽くすとか」

「そのとおりですわ。今は目覚めたばかりで動きが鈍いですが、やがて完全に覚醒すれば……世界中を暴れ回り、蹂躙することでしょう」

「止める方法はあるのか?」

「それは……」


 ディアナは一瞬言いあぐねたが、意を決したように言った。


「非常に……非常に不快な事実ではありますが……勇者の力だけが龍に対抗し得るものとされています。爾来、龍を封印してきたのは勇者どもなのです……」

「なるほど、そいつは困ったな」


 勇者であるゲルムの実力は、すっかり町の人レベルになっている。

 かといって、ゲルムにスキルとステータスを返すのはマズい。

 そうなれば、また歯向かってくることはわかりきっている。


「ディアナは召喚士(サモナー)だよな、手懐けることは……」

「お許しください。わたくしの力では、それはできかねることでございます」


 ディアナは深く頭を下げた。


「なら覚醒する前に殺すことはできないのか? アレイラの魔法には、かなり破壊力の高いものがあったはずだ」

「失礼ながら、それも難しいかと……」

「魔王様! 龍とタッグを組んで世界を滅ぼして回るってのはどうでしょう! きっと楽しいですよ!」


 アレイラは、巨大な山を見て目を輝かせている。


「そいつはやめておこう。組むと言っても、召喚士(サモナー)の言うことも聞かないやつじゃどうしようもない」


 城に残っているギンロウとヴィクトルも、どちらかといえば対人戦闘に特化している。

 龍を相手にどうこうさせるのは難しいだろう。


(となると、俺がどうにかしなきゃいけないわけか……)


 キースはおとがいに指を当てて龍を見上げた。

 じっくり見つめると、確かにただの山ではない。


 【確信の片眼鏡】が、桁違いのステータスを伝えてくる。

 ひとつの生物としては、異常な数値だ。


「参ったな……」


 キースがそう呟いた瞬間、轟音とともに巨大な地震が起こった。

 山が蠢く。

 その向こうの岩が崩れ落ちる。

 そして――ビリビリと大気を震わす咆哮。




グォオオオオオオオオオオオオオン……




 洞穴から、ツノの生えた巨大な頭部が顔を出す。

 大きな尾が岩肌にぶつかり、粉塵を撒き散らす。

 巨大な山が、ずしりと動いた。


「覚醒が近いですわ……!」

「……ディアナ、奴はいま何を考えてる?」


 召喚士(サモナー)のスキル【共感】は、動物の心を読むことができる。

 龍とて、その例外ではないはずだ。

 キースの言葉を聞いて、ディアナはツノが生えた巨大な頭部を見上げた。


「これは……どういうことですの!?」


 ディアナは目を見開いた。


「何がわかった?」

「直訳致します……食べたい……食べたい……食べたくない……食べたくない……痛い……苦しい……」


 とても世界の破壊者とは思えない、欲望と苦痛の入り交じった、相反する感情。

 それがこの巨大な龍を支配している――。


「………………」


 この事実が示すひとつの可能性を、キースは見出した。




「試してみる価値はあるか……」




 キースの片眼鏡が光った。

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