19話 怪盗魔王、戦場で盗みまくる
トリストラム王国は不干渉を貫いているが、現在この大陸は戦争の真っ只中にある。
一方は東の国アシュトラン帝国。
もう一方はラデン公国とコールデン共和国の連合軍だ。
8つに分かれた連合軍のうち1隊は、帝国軍が到着する前に、大胆にも急流ルビア川を渡河し戦列を整えた。
騎馬と輜重のいくつかを失ったが、帝国領内で守備側に回れたのは快挙だ。
川を渡るという危険な賭けに出るとは思わなかった帝国軍は、自国領であるにもかかわらず、攻撃側に回されてしまった。
後の世に言うロフテンコウスの会戦だ。
この戦争の中でいえば、特別大きな戦いというわけではなかったこの会戦。
しかしそれが人々の心に強く刻みつけられたのは、そこに異常な要素が加わったからだ。
それは――魔王の介入。
にらみ合う両軍の間に突如現われたのは、
ツノを生やしたマントの男、
銀色に輝く身体を持つ大男、
ボロボロの黒いコートに身を包んだ男、
黒いワンピースを着た幼い少女、
紫のドレスを着た、禍々しい杖を持つ美女。
この5人が、この会戦の戦局を大きく変えてしまった。
「聞けぇえええええええいッ!!」
大男の大音声が、平原に響き渡った。
「魔王様は貴様らの“力”を欲しておられる!! 両軍どちらであろうと構わぬ!! 自ら身を献げようという者は、速やかに名乗り出よ!!」
両軍から返ってきたのはざわめきだ。
(そりゃそうだよなあ……)
キースは後ろ頭をかいた。
ギンロウに一応言わせてはみたものの、はいわかりましたと出てくる奴がいるはずもない。
身を献げるという意味も、よくわからないだろうし。
しかしギンロウの声は、開戦への合図として機能したらしい。
今のところ、魔王は国を隔てず、人間すべての敵だ。
それを押し潰すことができるなら、一石二鳥というものだ。
「放てぇえええええええい!!」
両軍の指揮官が叫んだ。
太鼓の音が響き渡る。
それを合図に発射された矢は、キースたちを飛び越えて両軍に突き刺さった。
さすがに矢の向く先を突然キースたちに向けるほど、軍というものは柔軟ではない。
戦いの順序というものは、始まる前に殆ど決められているのだ。
矢の斉射が終わり、再び太鼓の音が轟いた。
帝国軍からだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
帝国軍の歩兵たちは、叫びながら駆け出した。
連合軍は身を低くして盾を構え、槍を突き出して防御の構えを取っている。
その両者がぶつかり、刺し合い、押し合う、それが戦争だ。
しかし今回は――その中心に怪盗魔王とその配下がいた。
それが、全てを狂わせた。
「ぬうらああああっ!!」
迫ってきた帝国軍を、ギンロウが弾き飛ばす。
キースはマントをたなびかせ、空に舞い上がった兵たちからスキルとステータスを盗んでいく。
「………………」
ヴィクトルが2丁拳銃で次々と兵に向けて弾丸を撃ち込んだ。
しかしただの弾丸ではない。
弾丸はヨロイにべとりと粘着し、繋がった鋼線でキースのもとへとまとめて引き寄せられる。
もちろん兵たちのステータスとスキルはキースのものだ。
キースの周りから意識のある兵がいなくなると、ディアナが魔獣を召喚した。
「さあおいでなさいっ!」
巨大なオオカミが周囲に散り、兵たちを威嚇する。
兵はまるで牧羊犬に追い立てられた羊のように、キースのもとへと集まった。
そうして片っ端からスキルとステータスを盗まれる。
前線の兵士はこの異常事態に気づいているのだが、後続の兵士にどんどん前に押し出される。
「止まれぇっ! 止まってくれぇっ!」
「そう怖がるなよ。戦死するよりずっとマシなはずだぜ」
キースは片っ端から手のひらで兵士に触れ、すべてを盗む。
「アレイラ!」
「了解ですっ! 大地よ従え――【グラヴィティ】」
アレイラの杖に嵌め込まれた目から稲妻が走ると、兵たちはまるでおもちゃのように空中へと投げ出された。
兵が次々と組み合わされ、できあがったのは人間らせん階段だ。
キースは兵のひとりひとりに触れながら、らせん階段を駆け上がっていく。
――その兵すべてのスキルとステータスは、もうキースのものだ。
くさび形の陣形を取っていた帝国軍は、総崩れとなった。
「退却ーッ! 退却ーッ!」
指揮官の声が軍勢に響き渡り、実際に退却が始まるまでにはかなりの時間を要する。
それまでに、前線のあらかたの兵士はキースにスキルとステータスを盗まれてしまっていた。
「追撃なさいますか、魔王様」
「いや、今日はこんなもんで良いだろう。あまり盗みすぎても整理に困る」
もちろん盗んだスキルはすべて把握している。
しかしそれには、それなりに“知力”のリソースを使うのだ。
その知力も、盗んだステータスからかなり補填しているのだが。
「お疲れさまです、魔王様。では、そろそろ帰還致しましょう。アレイラ」
「はいはーい!」
「その前に、オークの村に寄って行こう。あとドワーフとゴブリンだ」
「畏まりましたー!」
今日盗んだステータスとスキルは、歩兵からの物だ。
歩兵から盗んだ物は、歩兵に分け与えるのがいちばん効率が良い。
最近は、それぞれの種族がどの兵科に向いているか、というのがだいぶわかってきた。
オーク:歩兵
ドワーフ:歩兵
ゴブリン:散兵
エルフ:弓兵
コボルド:騎兵
などなど。
魔術師は、各種族からポロポロと輩出される。
魔術部隊は自然と種族混成の部隊となる。
(オークとゴブリンは“知力”をもうちょっと強化する必要があるな)
最近は、スキル【統治】【戦術】が忙しい。
アレイラが作った【ゲート】をくぐると、オークの村に出た。
独特の臭いが鼻をつく。
ディアナはハンカチを取り出して鼻を覆った。
オークには水浴びの習慣がないし、トイレを作ることもない。
強い種族ゆえに、臭いを隠す必要がないのだ。
(これもまあ、知力の向上でどうにかなるのかな)
キースたちが村に現われたことを知ったオークが、ドタドタと集まってきた。
「魔王様、来る。俺たち、歓迎」
「まずは君からだ。少し頭を下げてくれ」
このひときわ大きいオークが、ここの長ということになっている。
キースはオークの頭に手をかざすと、勇者や軍から盗んできた、スキルとステータスを流し込んだ。
手のひらが緑色に輝き、それを見たオークたちは思わず後ずさる。
(まずは【突撃】【刺突】あたりか、【統率】……はすでに持っているな。そして肝心な“知力”)
オークのスキルとステータスを整理すると、手のひらの輝きは治まった。
「もういいぞ」
オークの長は頭を上げた。
「あの……魔王様。お伺いしたのですが、いったい何をなさったのでしょうか? ……んんんんぐ???」
長は、自分の口から出た言葉に驚いている。
「魔王様……これは一体……?」
「君に“知力”を授けた」
「………………!」
辺りを見回すと、まるきり景色が違う。
そこには、今まではなかった情報の海があり、頭の中でそれが整理されるのがわかる。
仲間を見れば、そのひとりひとりの個性が即座に記憶される。
世界を覆っていた膜が、するりと1枚取り払われた。
オークの長が感じたのは、そんな衝撃だ。
――世界が、変わった。
「過分なお力を頂き……まこと感謝のしようもございませぬ……」
自分の口から流れ出る言葉に、オークの長は改めて驚く。
情報を取り入れ、そして表現する――それらがあまりに滑らかに、あまりに自由に処理される。
オークの長は、一瞬にして生物としての進化を遂げたのだ。
「このご恩は、必ずお返し致す所存でございます!」
「その言葉、ありがたく受け取っておくよ。じゃあ、みんなを順番に並ばせてくれ」
「畏まりました……!」
オークの長は未だ愚鈍の泥の中にいる、仲間を並ばせた。
今日この日から、一族のすべてが変わる。
そんな予感に胸を震わせながら。
 





