18話 勇者パーティー、すべてを失う
今ではすっかり抜け殻となった、トリストラム王国軍の将軍リンゼル。
“雷公”と呼ばれる彼の将校時代には、もうひとつのあだ名があった。
それは――“不動のリンゼル”
「なんで燃えないのよコイツはぁあああああああ!!」
メラルダの炎は、キースの身体を真正面から襲った。
にもかかわらず、キースは平然と、そよ風を受けるように業火を浴びている。
「さあ、どうしてかな?」
キースは炎の中で笑った。
――【不動】。
将軍から根こそぎ盗みとったスキルのひとつ。
ダメージを完全にゼロにできるスキルだ。
発動中はその場から一歩も動けないというデメリットがある。
しかし遠隔攻撃をしかけてくる魔術師を相手取るのには、かなり有効だ。
むろん、メラルダはそんなことを知るよしもない。
必死になってファイアを放ち続けている。
「どう……して……よ……」
メラルダの杖が煙を吐いた。
とうとう魔力が尽きたのだ。
「……こんの手品野郎ッ!!」
斧を振り上げて襲いかかってきたのは、戦士ゾット。
鍛え上げられた筋力を刃に乗せた一撃は、岩をも砕く。
それが振り下ろされた瞬間、キースが動いた。
――【疾盗】。
盗賊時代からおなじみのスキルだ。
気がつけば、ゾットの斧はキースの手の中にあった。
「な…………!?」
瞠目するゾットをよそに、キースは盗んだ斧をくるりと回す。
「やっぱり業物だな、悪くはない。俺は古びたナイフしか持ってなかったもんだが……」
もちろん、魔王城の宝物庫に眠る武器と比べれば見劣りはする。
キースがマントを開くと、斧は吸い込まれるようにその闇の中に消えた。
ゾットはその様子を唖然とした様子で見つめていた。
キースの【疾盗】は、戦闘中に敵のアイテムを盗むスキル。
攻撃中の武器を盗むなんてことは、できなかったはずだ。
ゾットの頬に汗が流れる。
しかし盗賊如きが――という意識が、ゾットの思考を曇らせた。
「俺を本気で怒らせたらしいな……」
たくましい筋肉が、さらに膨れ上がる。
「肉弾戦で血祭りに上げてやるぜ……1本残らず歯をへし折ってやる……」
ゾットは拳ダコのある固いこぶしを握りしめた。
キースがただの盗賊だと、ゾットはまだそう思っている。
徒手空拳の相手に、盗賊が盗める物など何も無い――そう信じていた。
「オラァッ!!」
拳が風を切ってキースに襲いかかる。
魔物の骨をも砕く一撃だ。
人間がこれを受けてはただでは済まない。
――しかし、キースはもはや人間ではなかった。
ピタリ
巨大な拳を、キースは指1本で受け止めた。
「な、何を……が……ううっ……!!」
キースが盗んだのは“慣性”と“筋力”。
それは、なおも盗み続けられていた。
「が……ぐぅ……何が……がっあああああ……!!」
鍛え上げられた筋肉がしぼんでいく。
キースの指先から必死に拳を引き剥がそうとするが、それも叶わず力が吸い取られていく。
「ああ……俺の……俺の筋肉が……!!」
力だけが取り柄のゾットから、その全てが盗まれていく。
「嘘だ……こんなの……嘘だ……」
「ずいぶん痩せたな、ゾット」
キースは盗んだ筋力を指先に集中させ――ゾットのひたいをピンと弾いた。
「がっはあああああああ!!」
細く痩せおとろえたゾットは、その一撃で吹き飛ばされて、岩に頭を突っ込んで気絶した。
「ゾットさん……!」
マリィが慌ててゾットにヒールをかける。
積極的に攻撃を仕掛けないキースが相手では、神官のできることは限られている。
キースは、次はメラルダに目を向けた。
「さっきのファイアはずいぶん涼しかったな。宿屋でもあれくらい涼しければ良かったんだが……背中が焼けただれてずいぶん苦しかったよ」
ゆっくりと、魔力を使い果たしたメラルダに歩を進めていく。
「た、助けてゲルム……! 助けてッ!」
しかしゲルムは剣を構えたまま動けない。
キースの攻略法がまったく思いつかないのだ。
下手にメラルダを助けようとしたら、こっちもやられる。
「メラルダ……かたきは取るからよ……」
ゲルムは冷や汗を流しながら言った。
「……だそうだ」
キースは、メラルダの杖の頭を掴んだ。
「ひっ!!」
メラルダは必死に杖にすがりつく。
それがいけなかった。
「ひぎっ……いい……いぎいいいいいい……」
ドクン、ドクン、と何かが杖に吸い込まれ、キースの手のひらへと飲み込まれていく。
「な……な……何をしてるのよおッ……」
「君の“最大魔力量”を盗ませてもらってる」
「そ……んな……」
最大魔力量は魔術師の命綱だ。
これがゼロになれば、魔術師はただの人と変わらない。
「やめてぇっ! やめてぇっ!!」
「俺が宿屋でそう言ったら、君は俺を焼くのをやめたのか?」
「あやまるからぁッ! あやまるからぁッ!」
ドクッ……と最後の1滴まで抜き取られた。
「が…………」
メラルダはとうとう気をうしなった。
キースはメラルダの杖を、地面に放り投げた。
「あとはお前だけになったな、ゲルム」
再び風が吹いて、キースのマントがひるがえる。
「怪盗魔王の攻略法は見つかったか?」
「お前が魔王になったってのは良くわかった……だがな……」
ゲルムの剣が白く輝いた。
「この伝説の剣フラグナムは、魔王殺しの剣だ!」
ゲルムは叫んだ。
「いいか! 俺は勇者だ! 天敵を前にしてるってこと忘れんじゃねえぞ!!」
ゲルムは剣を振りかぶり、キース目がけて荒れ地を駆け抜ける。
「くらいやがれーっ!!」
――【疾盗】。
ゲルムの剣は、キースにひらりとかわされた。
盗賊から怪盗魔王にジョブチェンジしたことで、キースのスピードは格段に向上していた。
「な……何をしやがった……何を盗みやがった……!」
伝説の剣フラグナムは、未だゲルムの手の中にある。
「まさか、売り払わずに大事に持ってくれていたとはね。お守りかな? おかげで手間が省けたよ」
キースが人差し指と中指でつまんでいたのは、赤い宝玉だった。
魔王討伐のあの日、ゲルムを助けるために盗んだ、魔王の力の源。
それを、キースは今、魔王のマントに嵌め込んだ。
「………………!」
ぶわっと熱いものが、キースの身体中を駆け巡る。
身体の芯から、力がみなぎってくる。
「これが魔王の真の力か……なるほど、たいしたもんだ」
「ば、化け物がぁあああああああ!!」
再び剣を振りかぶったゲルムに、キースは手のひらをかざした。
「【衝撃波】……」
あの日、ゲルムを守るために、キースが防いだ魔王の一撃。
それがとうとうこの日、ゲルムを襲った。
マリィのシールド魔法では、とても間に合う距離ではない。
「ぐはああああああっ!!」
吹っ飛ばされたゲルムは、背後から岩に叩きつけられて気を失った。
伝説の剣フラグナムが、荒れ地に突き刺さる。
「あれには……触らないほうが良さそうだな。親分にでもあげよう」
キースは振り返った。
その先にいるのは――神官マリィだ。
「キ、キースさん……」
マリィは杖を抱いて、すっかり怯えている。
それでもキースに向ける目は、決して敵意に染まってはいなかった。
「仲間同士でこんなことは……もう……」
「安心してくれ。なにも殺すわけじゃないさ。君に手を出すこともない。これで終わりだ」
キースは気絶した3人を順々に回り、残った全てのスキルとステータスを盗んで回った。
ゲルム:【統率】【聖なる力】【勇猛】……。
ゾット:【底力】【筋力強化】【覇気】……。
メラルダ:【魅了】【不意打ち】【気付け】……。
「魔王様っ!!」
ディアナとアレイラが走り寄ってきた。
後からギンロウとヴィクトルがゆっくりとやってくる。
「とうとう……とうとう悲願が叶いましたわ……勇者討伐、さすがは魔王様でございますっ!」
ディアナは紫色の瞳を輝かせて言った。
「これで魔王様は至高の覇者。お仕えできること、まことに光栄に存じます」
ギンロウは銀色の身体を折って言った。
「………………」
ヴィクトルは、相変わらず何を考えているのかわからない。
「で、魔王様っ」
はしゃいだ様子で、アレイラが言った。
「こいつら、トドメ刺さなくていいんです? 私的には勇者が苦しんで死ぬところ見たいなーって思うんですけれど!」
「いや、その必要はない」
キースは答えた。
「勇者パーティーとしての奴らは、死んだ」
そう言って、指をパチリと鳴らした。
メラルダから盗んだスキル――【気付け】。
3人は、同時に目を覚ました。
「………………」
みな、HPは満タンだ。
しかしその数値は、もはやレベル1の町の人と変わらない。
「く……く……クソッ!」
ゲルムは立ち上がって、伝説の剣フラグナムを抜こうとした。
しかしいくら力を入れても、剣はびくともしない。
それだけの力が、もうゲルムには無いのだ。
「そんな……今までの努力が……全部……全部……」
「王からの報奨が残ってるだろう。これからは地道に生きるんだな」
「くぅっ……ううっ……ううう……っ!」
3人は涙をぼろぼろと流した。
もう勇者パーティーでもなんでもない。
ただの子悪党が、揃って泣いていた。
「なあ、キース……友達だろう? 俺の力返してくれよ……」
ゲルムはふらふらとキースに近寄ってきた。
「宿屋でのことは謝る……お前を殺そうとしたのは悪かった……!」
それを聞いて、目を見開いたのはマリィだった。
「殺そうとしたって……どういう……」
「そうだよっ! 俺たちはキースを殺そうとした! 王の命令だから仕方なかったんだ……!」
「………………」
マリィの、杖を持つ手が震えている。
「キースさん……そんなことがあったなんて……私……」
「君には、知られたくなかったな」
かつての仲間と戦うことが、マリィに与えたショックは大きいはずだ。
しかしキースは魔王。
魔王を敵に回すのは、勇者パーティーとしてはとても自然なことだ。
あの夜の場合は違う。
あれは、人間に対する人間の裏切りだ。
マリィには、そんな汚い事実を知らずにいてほしかった。
「謝るよぉ……だから力を返してくれよぉっ……!」
しつこくすがりつこうとするゲルムの首元に、鋭い刃が伸びた。
ギンロウの身体から飛び出したものだ。
「ひいっ!」
「その力でどうする? また魔王様に刃向かう気か?」
「それは……うううっ」
「勇も義もなき者に、力は必要なし」
ゲルムはその場でへなへなと座り込んだ。
「アレイラ、【ゲート】を頼む。城の前にでも送ってやれ。このまま返すと魔物のエサだろうからな」
「了解しましたっ!」
アレイラが呪文を詠唱すると、雷光と共に黒い【ゲート】が出現する。
「さあ、さっさと行かないと【ゲート】が閉じますわよ」
「クソッ! クソックソックソッ! なんでこんな……なんで……」
ゲルムは立ち上がり、悪態をつきながらもゲートに吸い込まれていく。
痩せ細ったゾットは、呆けた顔で何も言わずにゲルムに続いた。
現実を受け容れられないメラルダは、ぶつぶつと何かを呟きながら杖を引きずる。
「マリィ」
キースは最後に声をかけた。
「もう魔王討伐なんかやめにして、幸せに暮らすんだ」
「………………」
ふたりは、しばらくの間目を合わせた。
仲間を全滅させられたマリィ。
その仲間が、キースを裏切り、殺そうとしたことを聞かされたマリィ。
――とても、頭の整理がつく状態ではないはずだ。
「はい……」
それでも、仲間の命を取らずに返す、キースの優しさはちゃんとわかっている。
マリィはぺこりと頭を下げて【ゲート】に吸い込まれていった。
「スッキリしましたね魔王様っ!」
アレイラはキースの腕に抱きついた。
「あの勇者の目、見ました? 子犬ですよ子犬! 蹴り殺したら、きっといい声で鳴きましたよ!」
「そうかもしれないな」
「不敬ですわよアレイラ!」
ディアナはキースにしがみつくアレイラを引き剥がそうとする。
「なによ、ディアナだって、魔王様にお姫様抱っこされてたくせに!」
「お姫様抱っこ? わけのわからないことを言うものではなくてよ!」
酔っ払ったときの記憶は、ディアナの頭からすっぽり抜け落ちている。
「じゃあ帰ろうか、ひと休みしたい気分だ……」
復讐は果たした。
もう何も言うことはない。
あとはマリィの幸せを願う――それくらいのことだ。
「さあ帰ろう。俺たちの魔王城へ。帰ったらみんなでお茶でも飲もう」
「畏まりました。そのように手配致しますわ」
怪盗魔王と四天王。
5つの影は、瘴気の向こう、黒く影の差す魔王城へと消えていった。
おかげさまでハイファンタジー日刊ランキング8位にまでおどりでました!
みなさんの応援のおかげです!
ふかーく感謝しています!!
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
「さっさと更新しろ」
「スタバでシャレオツに書け」
そんなふうに思ってくださるあなた!
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