17話 勇者パーティー、再び魔王城へ
魔王城に着くなり、砦が必要だと言い出したのは親分だった。
「城から見ると、あそこの岩場から続く道がずっと死角になってやがる。お前が勇者パーティーにいた頃も、あそこから攻め入ったんじゃないのか」
「よくわかったな」
親分の言うとおり、死角になるあの道をキースが見つけ、城に入ったのだった。
「伊達にアルドベルグ盗賊団の頭領やってるわけじゃねえよ。ま、いちどヘマしちまったがな。次はそうはいかねえ!」
結果、親分の提案により、魔王城に至るその先の崖に、砦を建てることになった。
設計したのは、盗賊団と息が合ってすっかり仲良くなったドワーフと、盗賊団の大工頭だ。
「石の塔は絶対に必要だ。魔法や火矢を受けても、視界が保てる」
「居住区は木造がいいだろう。石造りの寝床は寒さがこたえるからな」
そう、盗賊団は魔王城ではなく砦に住むことになった。
提案者はもちろん親分だ。
盗賊団をひとつの組織として維持するには、自分たちのアジトをきちんと構えることだと親分は知っている。
これは魔王と盗賊団の協力関係を形にしたものだと言っていい。
石の切り出しと加工は、ドワーフの得意とするところだ。
そして木組みのアジトを作るのは、盗賊団の十八番。
みな盗賊団の歌をうたいながら作業に精を出す。
そのうちに、ドワーフたちもすっかり歌を覚えてしまった。
暗い夜道は気をつけな 俺たちゃこの目を光らせて
おたくのお宝狙ってる 震えて歩きな曲がり道
馬車に乗ったら安心か そうはいかねえ夜の闇
命以外はひっぱがす 俺たちゃアルドベルグ盗賊団
盗賊団が丸太を大鋸で挽き、小柄なドワーフが大きな石塊を塔へと運ぶ。
ドワーフがセメントを塗り、盗賊団が釘を打つ。
このひと月の間、作業は順調に進んでいた。
「おい、なんか妙な連中がいやがるぜ」
塔の上の方でドワーフのひとりが言った。
「ありゃあ、人間だ!」
親分はそれを聞いて、魔王城へと飛んでいった。
「おいキース!……は、確かエルフの里だかに行ってるんだったか! ディアナの嬢ちゃんはいるか!?」
「どうなさいましたの、騒々しい」
たまたま散歩に出ようとしていたらしいディアナが、エントランスから出てきた。
「こっちに人間が向かって来てるらしい! こんなヘンピな所に来る人間っつったらあいつらしかいねえ!」
「勇者どもが……!」
陶器のような白い顔が、にわかに青ざめた。
「わたくしとヴィクトルが……迎え撃つしかないようですわね……」
相手はいちど負けた相手だ。
前回と違い、ふたりがかりで勝負するとしても、勝算は読めない。
ディアナは血のように赤いくちびるを噛んだとき、魔王城の前に黒い塊――【ゲート】が開いた。
「……魔王様っ!!」
【ゲート】から現われたキースに、ディアナは危うく抱きつくところだった。
「どうしたディアナ、血相変えて」
「勇者どもが……勇者どもがこの魔王城に向かっております……!」
アレイラとギンロウが目を見開いた。
勇者パーティーが来るのはわかっていたことだ。
魔王の復活は必ず占術師を通じて王国に伝わる。
――キースをその手にかけようとした勇者が、再びキースを殺しにやってくる。
「ヴィクトルを呼びましょう……魔王様と我ら四天王が総出でかかればおそらく……!」
「いや……」
ディアナの言葉を、キースは制した。
「俺ひとりでやる。俺の因縁だ」
自分の手のひらを見つめながら、言った。
「でも魔王様! わたくしたちは魔王さまをお守りするためにいるんですよ!」
アレイラも必死だ。
四天王は、本来であれば溶かされて魔力の塊にされていたはずの身だ。
キースはただ仕えるべき相手であるだけではなく、命の恩人だった。
「このときのための、我らでございます。魔王様」
ギンロウは静かに言ったが、銀色の拳は震えるほど強く握り込まれていた。
「いいかみんな。これは命令だ……」
キースは言った。
「俺を見守っていてくれ」
その言葉に、ディアナは尖った爪を手に食い込ませる。
「畏まりました……仰せのままに……」
「すまないな、わがままを言って」
キースはディアナの頭をぽんと叩いた。
「………………」
裏切られ、斬られ、炎で焼かれ――そしてアルドベルグ盗賊団解放の約束を握りつぶされた。
忘れようはずもないことだ。
借りはこの手で返さなければならない。
「ディアナ、盗賊団とドワーフのみんなを魔王城に避難させてくれ。ここで迎え撃つ」
キースはマントを翻して、遠い岩場を睨んだ。
………………。
…………。
……。
「なんで……こんなに……魔物が襲ってくるのよ……」
魔王城へと向かう勇者パーティー。
そのひとり、魔術師メラルダは、ぜいぜいと息をつきながらひとりごちた。
「知るかよ……新しい魔王の罠かなんかだろ……」
勇者ゲルムが吐き捨てるように言う。
キースの斥候が、実は勇者パーティーに大きく貢献していた、などとは死んでも考えたくない。
奴はお荷物だった。
だから殺してせいせいしたのだ。
「でもよ……そろそろ着くみたいだぜ……」
ひたいの汗を拭って、戦士ゾットが言った。
瘴気の向こうに、黒々とした魔王城の影が見える。
「また魔王をぶっ殺せるな……そうすりゃまた王から報奨だ……こいつは実際悪い仕事じゃねえぜ……なあマリィ……」
「私は……使命を果たすだけです……」
神官マリィは冷たく答えた。
「そうかよ……チッ」
勇者パーティーは、前回よりも明らかに疲弊している。
それでも、魔王を倒せるだけの力は充分に残っていた。
――それが、前回の魔王であれば。
とうとう魔王城に到着した、そこに立ちはだかる黒い影。
忘れはしないその顔に、勇者パーティーは目を見はった。
「……キース!!」
「久しぶりだな……」
渦を巻く2本のツノ。
風にはためく黒いマントに、片眼鏡。
それを除けば、あの宿屋で殺したはずの盗賊キースだった。
「てめえ生きて……いや……なんだそのツノ……ここに……どういう……!?」
驚きのあまり、ゲルムの問いは言葉をなさない。
「どうもこうも、いろいろとあってね。今の俺は怪盗魔王、お前が殺しに来た男だ」
事態が飲み込めない勇者パーティー。
しかし――やるべきことは決まっている。
勇者ゲルムは伝説の剣フラグナムを抜き、戦士ゾットは斧を構え、魔術師メラルダは杖を掲げ、神官マリィは――。
「……キースさん! どうして!?」
「すまないなマリィ。こうなった以上は、やるべきことをやるだけだ」
「そんな……仲間同士で……!」
マリィは、ゲルムたちがキースを殺そうとしたことを知らない。
今でも仲間だと思ってくれていることに、キースは少しホッとした。
「………………」
しかし、残りの3人はそうではない。
あのとき宿で向けてきたとき以上の、明確な殺意に燃え上がっている。
「で、やるのか。やらないのか」
キースの言葉に、最初に激昂したのはメラルダだった。
「この死に損ないっ! 今度こそ黒コゲにしてあの世に送ってあげるわ!」
メラルダはファイアを唱え、杖から放たれた炎が、渦を巻いてキースに迫る。
――戦闘開始。





