13話 怪盗魔王、エルフと夜を過ごす
「王様! 王様はどこにおられる!?」
深夜、家臣たちは王が寝室にいないのを知って、城中を探し回った。
とうとう見つけたのが3階の談話室だ。
王は将軍とともに眠りこけていた。
「王様、至急お伝えしたいことが!」
「ん……余に何か用?」
むにゃむにゃと目をこすりながら、王はソファーから身体を起こした。
テーブルの上に酒がこぼれているところを見ると、すっかり泥酔しているらしい。
いつもの王らしからぬことだ。
「申し上げます! 城に賊が侵入した模様です! 牢が破られたうえに、宝物庫の品々がひとつ残らず奪われております!」
王は、しばらくぼんやりと考えてから言った。
「それ、余はとても良くないことだと思う」
「……は、それはその……仰る通りでございます」
いつもの冴え冴えと閃くような叡智が、今の王からはまったく感じられない。
酒のせいだとしても、さすがに様子がおかしい。
しかし、そんなことを問いただすわけにはいかない。
家臣は続けた。
「……して、如何致しましょう? 手配書を出すにも賊の顔を見た者はひとりもおりませぬ故、下手に民衆に知らせればいたずらに権威の失墜を招くことにもなりかねませぬ」
「余はその……なんだ……とってもよくないと思う……だよね、将軍」
王が肩を揺さぶると、将軍はゆっくり目を開けた。
「どうしたの? 王様?」
「なんか、ぞくってのがきて、いっぱい悪いことしたんだって」
「私思うんだけど……それ、よくないと思う」
「余もそう思う」
そこに、もうひとりの家臣が現われた。
「ここにいらっしゃいましたか! 申し上げます! 占術師が魔王の復活を探知致しました!」
それを聞いて、王と将軍は身を寄せ合った。
「なにそれ怖い」
「魔王とか超怖い」
「………………」
将軍も、明らかに様子がおかしい。
“雷公”と呼ばれた智将の面影は、完全に消え失せていた。
それでも、家臣は話を続けるしかない。
「殆ど期間をおかず、魔王が復活したことは爾来例のないことでございます。民衆には伏せるべきでございましょう。明日の魔王討伐大祭後に、密かに勇者どもを再び魔王城に向かわせるべきかと存じますが、如何致しましょう?」
「勇者つおい?」
「……は?」
「あのね、勇者ってつおい?」
ひげをこねくり回しながら、王は言った。
家臣の頬に汗が流れる。
「それは……いちど魔王を討伐した者どもでございます故、実力は保証できるものかと存じます……」
「魔王よりつおい?」
「やはりいちど討伐した実績がございます。ご安心してよろしいかと……」
王はかなり長い時間、天井を見つめながら何かを考えていた。
家臣たちは、それをじっと見守っている。
「……じゃあ勇者が魔王やっつけるといいよね、将軍」
「うん、それすごくかしこいと思う」
「………………では、そのように」
かくして王の下命により、勇者たちは再び魔王城を目指すこととなった。
王と将軍が“怪盗魔王”によって“知性”を盗まれたということなど、誰も知るよしはない。
………………。
…………。
……。
エルフは狩猟採集民族だ。
出された夕食は、イノシシ肉とナッツのスープだった。
それに乾燥させたハーブが添えられていて、好みに応じて揉んで振りかけるということになっている。
味付けは薄めなのが、エルフの好みらしい。
歯ごたえのある肉に、ナッツの香ばしいかおりが食欲をそそる。
「………………」
丸太のイスに座って食事をしている傍らで、数人のエルフが片膝をついている。
いつでも魔王の命令を聞けるように待機しているのだ。
スープは美味しいのだが、食卓には重苦しい空気が流れている。
「こういう味付けはいいやな! こってりしたモンばかりじゃ身体によくないなんて言うしな!」
「そうだよ親分、せっかくだ、たっぷり頂きましょうや!」
盗賊団のみんなは気分を盛り上げようとあれこれ言うのだが、沈んだ空気はいかんともしがたい。
「あの、君たちは食事はしないのか?」
キースが尋ねると、控えているエルフは顔を青くして答えた。
「わたくしどもは、後ほど頂きますので、どうぞ、お気遣い召されぬよう……」
一緒に食べよう、とは言いづらいほど萎縮している。
(さすがにこれは問題だな……)
食事が終わると、ハーブティーが出された。
摘み立てのハーブを煮出したものらしく、透き通るような甘い香りに、目が冴えるような心地がする。
「君たちはもうさがっていい」
とうとうキースは言った。
「ですが、わたくしどもは魔王様の命令を聞くためにここに……」
「その命令だよ。ちょっと内緒話をしたいんでね」
「畏まりました……では、失礼致します」
ガチガチに緊張しているエルフたちが部屋からいなくなって、ようやく部屋に風が通るようになった気がした。
といってもエルフの建物は、そもそも風通しの良い構造をしている。
あとで聞いてみたところ、新鮮なマナを部屋に通すためとのことだった。
マナとはエルフ特有の概念で、魔力とはまた違うらしい。
「ディアナ。生け贄を取らずに、エルフを兵士に仕立てるわけにはいかないのか?」
――王と将軍から奪ったスキル【統治】と【指揮】が、少しうずいた。
ディアナはティーカップを置いて答える。
「純粋に士気の問題と言ってよろしいかと存じますわ。魔王様が恐怖で支配しているエルフよりも、本能的に人間を襲おうとする魔物の方が、攻撃力も粘り強さも勝っているということです」
「なるほど……」
やはり、今の支配体制をどうにかするのが先決らしい。
かといって「生け贄を取るのをやめる」とだけ宣言しても何の解決にもならないだろう。
やはり戦う存在は必要だし、生け贄の代わりに兵を取るならば、結局は同じことだからだ。
喜んで戦う兵士を集めるには、魔王に対する意識を変えるしかない。
恐怖だけを抱いてもいけないし、当然舐められてもいけない。
(これはなかなか難問だぞ……)
【統治】と【指揮】は、今のところ何も答えてはくれない。
そのうちに夜が更けてきた。
「そろそろ休もうか」
「畏まりました。エルフを呼びますわ」
ディアナが手を叩くと、やはり耳を澄ましていたのだろう、エルフが即座に駆けつけてきた。
「床の用意をしなさい」
「畏まりました」
アルドベルグ盗賊団、ディアナとアレイラ、そしてキースはひとり。
それぞれ家の中の寝床が与えられた。
エルフのベッドは草の匂いがする。
横になって眠ろうとすると、ふと気配がした。
「失礼致します……」
エルフはみな、美しい容姿をしている。
しかし部屋に入ってきた彼女は、その中でもひときわ美しかった。
金色の髪は窓からの月光に照らされて、まるで女神を見ているようだった。
「魔王様のお夜とぎの幸運に与りました、フィオーレと申します。どうぞよろしくお願い致します……」
少女は必死に震えを隠そうとしている。
(なるほど、これも一種の生け贄ってわけだ)
キースはなんでもないというふうを装って答えた。
「この家にはまだベッドが余ってる。そっちで眠るといい」
「わたくしでは……お役に立てないということでございましょうか……」
生きては帰れないと思っているのかもしれない。
少女の頬から、真珠のような涙がこぼれ落ちる。
その様子ですら、神秘的だった。
しかし女の子を泣かしたまま放ってはおけない。
「君は魅力的だが、こう見えて女には不自由してないんだ。それだけの話さ」
ディアナもアレイラも、キースが頼めば答えてくれるだろうから、まあ嘘ではない。
「そこのベッドで寝てくれ。俺が眠るまで話につき合ってくれれば、充分満足だ」
「畏まりました。それではそのように致します……」
するすると夜具にもぐり込む音が聞こえる。
それを聞いているだけで、キースはなんだかドキドキしてきた。
あの美しい少女を、こっちへ来いのひとことで好き勝手にできる。
(いかんいかん、平常心、平常心)
そこでキースが思い浮かべたのは、マリィだった。
今頃彼女はどこで何をしているのだろう。
トリストラム王国にいるのは違いないが――。
あんまりマリィのことばかり考えていても寂しくなってくるので、キースはフィオーレに話しかけた。
「ここ、誰かの家だろう? 住人はどこで寝てるんだ?」
「お気遣い、まことに痛み入ります。ここの者は広場に床を取っております故」
「外で寝てるってことか? 風邪引いたりしないのか」
馬鹿なことを聞いているという自覚はある。
けれども、口からでてしまった言葉はどうしようもない。
「ご心配には及びません。広場はマナの通り道ですから、みな健やかに眠っております」
エルフにしかわからない事情があるらしい。
しかし家に寝床がある以上、不便を強いているには違いない。
「もしもの話をしていいか?」
キースは尋ねた。
「ええ、どのような話でもお答え致します」
「もし仮にさ、魔王がいなくなったら君たちはどうする?」
「それは……おそらく、里は全滅するかと存じます」
フィオーレは答えた。
「魔王様がいなくなられたら、我々を狙う奴隷商人の数はもっと増えるでしょう。そうなれば……」
(なるほど、ただただ魔王を怖がってるってだけじゃなくて、その恩恵も受けているのか)
その辺りに、魔王とエルフたちの関係を見直す糸口があるのかもしれないとキースは思った。
「……俺はただ、君たちと仲良くしたいと思ってるよ」
「それは……まことに、ありがたき幸せでございます」
フィオーレとしばらく話しているうちに、やがてキースは草の匂いがする穏やかな夜に沈んでいった。





