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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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12話 怪盗魔王、エルフの里へ

 食事ですっかり腹を満たしたみんなは、2階のフカフカのベッドでぐっすりと眠った。

 やがて夜が明け、揃って軽い朝食を済ませると“天幕”の外に出た。


「行ってらっしゃいませ、魔王様」


 ジョセフは一礼して、煙のように消えた。

 外に出ると、ズズズズズ――と“天幕”が地面に沈んでいく。

 盗賊団のみんなは、驚きの声を上げた。

 後に残ったのは、何の変哲もない大地だ。


「皆様、すっかり元気になられたようですわね」


 ディアナの昨日ダウンした記憶は、どこかにへ飛んでいったようだ。


「そうだな。本当にありがとう、ディアナ」


 キースは心の底から、ディアナに礼を言った。

 たっぷりと食べて、たっぷりと眠る――みんなにしてやれなかったことが、やっと叶ったのだ。


「四天王のひとりとして、当然の働きをしたまでのことでございます」


 ディアナは深く一礼した。


「アレイラ、君にもだ。本当にありがとう。君がいなければ、ひとり残らずみんなが揃うことはなかったかもしれない」


 アレイラは赤い瞳をきらきらさせて答える。


「お礼なんてとんでもないですよ魔王様! あれからみんなにジョークってのをいっぱい教えてもらったので、私も嬉しいです! 人間は気持ち良く皆殺しにする以外にも価値があるんですね!」

「お、おう……」


 アレイラはかなり怪しいところだが、それでもふたりとアルドベルグ盗賊団との交流は、思ったよりずっとスムーズに進んでくれている。


「それは良かったな。また俺にも聞かせてくれ」

「もちろん! とびっきりのやつを!」


 アレイラは、魔族とは思えないような、きらびやかな笑顔を見せた。

 それに比べると、ディアナは本当にクールだ。


「魔王様、ここでアレイラの【ゲート】を魔王城に繋ぐことはできますが、ひとつ提案がございます」


 ディアナが言った。


「このままフェンリルたちで移動し、我らが(ともがら)を見て回るというのは如何でしょう?」

「ともがら?」

「人間が呼ぶところの亜人種(デミヒューマン)ですわ」


 亜人種(デミヒューマン)とは、ドワーフ、カジート、コボルドといった、人間以外の知性を持った種族を指す。

 魔王の手下ということで知られていて、住んでいる地域も魔王城に近い。

 彼らはみな一様に、人間と関係を持ちたがらない。

 だから人間の立ち寄らない魔王城に近くに居を構えるのかもしれない。


「それは面白そうな話だな」


 キースは亜人種(デミヒューマン)に会ったことがないので、純粋に興味があった。


「では、そのように」


 再びフェンリルたちを召喚したディアナは、キースに言った。


「ここから最も近いのは、エルフの里ですわ」


 エルフといえば、特に人間を嫌っていることで有名だ。

 それも当然の話で、容貌の美しいエルフたちは、奴隷商人たちの格好の獲物として、頻繁にさらわれるからだ。

 キースも元盗賊だから、そういう話はよく知っている。

 もちろんアルドベルグ盗賊団が人身売買などに手を出すことは決してないのだが。


「エルフの里が人間を受け容れるのか?」

「エルフは我らが(ともがら)……魔王様とそのご家族を退けるなどということは、あり得ないことでございますわ」


 キースは魔王になったけれど元人間だし、盗賊団のみんなは完全に人間だ。

 ディアナの言うように、あっさり受け容れてもらえるのだろか。


(まあ、ダメならダメで仕方ないと思っておこう)


 キースは再び、ディアナの後ろにまたがって、腰をつかんだ。


「きゃうんっ! では出発致しましょう……」


 人里を走り、草原に出て、群れはひた走る。

 途中、昼食休憩をとって、再び出発。


 山林に身を投じて、ようやくオオカミの群れはスピードを落とした。

 木々の間を抜けるうちに、空が藍色に染まり始める。

 もう夕方だ。


「魔王様」


 胸元で、ディアナが言った。


「我らが(ともがら)に、ひとことお声を」

「……そうだな。アレイラ、何もするなよ」


 杖を振り上げようとしていたアレイラを、キースは制した。




 ――【気配察知】。




 囲まれている。相手は樹上。数は24人。

 【確信の片眼鏡】が、その装備を伝えてくる。

 ディアナがフェンリルの毛並みをさらりと撫でると、オオカミの群れは止まった。


(こういうのは、親分が適任なんだけどな……)


 そんなことを思いながら、キースは大声を上げた。



「弓を収めてもらおう!」



 ざわっ、と頭上で無数の声が走る。

 やがてひとつの返答があった。

 若い男の声だ。



「我らが里に人間を通すことは出来ぬ! 大人しく立ち去れ!」



 予想していた言葉だ。

 キースはフェンリルに乗ったまま大声を出した。



「貴様らは! この俺が! 人間に見えるのか!?」



 キースは頭のツノに注意を向けさせるために、両手を広げて見せた。



「見えるのであれば好きにするが良い! だがそのときは覚悟せよ!」



 ざわめきが大きくなる。

 そのとき、森の奥から鋭い女の声が響いた。



「弓を収めて、直ちに木から下りるのです!」



 腐葉土に柔らかく着地する音が、次々と響いた。

 現われたのは、弓を持った、若い男に若い女。

 エルフは長命な上に、老いが容貌に変化を与えないのだ。



「……大変な失礼を致しました、魔王様」



 前に進み出て一礼したのは、輝くような髪をした、美しい女だった。

 人間との違いといえば、耳がぴんと横に張り出していることくらいだ。


「ですが……畏れながら……魔王様がじきじきに里にいらっしゃったということは……その……」


 女は、努めて焦りを隠そうとしているように見える。


「生け贄は……もう半年は先と仰っていたはずでございます……」

「……イケニエ?」


 胸元のディアナに問いかけると、彼女は振り向いて答えた。


「ええ、魔物の数を増やすには生け贄が必要ですの。我らが(ともがら)は、それを定期的に提供してくれているのですわ」


 エルフの女を見ると、密かにくちびるを噛み、何かに耐えているように見えた。


「その通りでございます……魔王様のお役に立てることは、我らの至上の喜びでございます故……」


 少し震えながら、そう答える。

 けして恐怖からの震えだけではないと見て取れた。


「……いや、今回はそういう用事じゃないんだ」


 キースは言った。


「実は俺たちは旅の途中だ。ひと晩泊めてもらいたい。願いはそれだけだ」


 その言葉で、女の顔は絶望の淵から蘇ったように輝いた。


「そうで……そうでございましたか! 畏まりました! できる限りのおもてなしをさせていただきます!」


 キースたちがフェンリルから降りると、ディアナが指をパチリと鳴らした。

 オオカミたちの姿は、煙のようにかき消える。


「では、ご案内致します」


 森の奥へとすすみ、重ねられた枝葉をかき分けると、急に視界が大きく開けた。

 広場にはたくさんの小屋があり、それが遠くまで規則正しく並んでいる。

 庭には花が咲き乱れ、その傍でカゴを編んでいる者、弓の手入れをしている者、こよりを巻いた木の切れ端で遊ぶ子供たち――。


 彼らは一斉に手を止めて、キースたちを見た。

 それから唯一動いたのが親たちで、急いで子供を抱え上げて小屋の中に入った。

 あとの者は、ただ恐怖に目を見開いて、魔王一行の姿を眺めている。


 魔王を前にして“逃げる”という行為がいかに無意味であるのかを、よく知っているのだ。

 子供を隠した親たちは、ただ本能に従ったに過ぎない。


「みな、よく聞きなさい!」


 女はよく通る声で言った。


「魔王様は、この村での休息を望んでおられます! 今宵、生け贄は必要ありません!」


 その声を聞いたエルフたちは、一様にホッとした様子を見せた。

 しかし彼らの表情には、未だ緊張の色が拭い切れてはいない。

 魔王がどれほど恐れられているのかを、キースはまざまざと見せつけられた。


(ここまで恐れられているとは……まあそりゃ、生け贄取ってるんだもんな……)


 ディアナの言う(ともがら)を恐怖で治めることは、キースの望むところではない。

 これはどうにかしないといけない問題だ。


「キース。おめぇ、本当に、べらぼうに偉くなっちまったらしいな」


 親分が小声で言った。


「らしいな。いま実感してるところだよ……」


 キースはため息まじりに、そう答えた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >カジート もしかしてそれは『The Elder Scrolls』シリーズ固有のものなのでは? それとも固有作品によらない一般名称なのだろうか。 検索してみても、そのシリーズ以外は分か…
[気になる点] これまでの話から察するに、アルドベルグ盗賊団は義賊と認識してます。
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