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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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11話 怪盗魔王、盗賊団と食べ放題

 ジョセフが扉を開くと、大きな食堂に並べられたテーブル、その上にずらりと並んだ料理が目に飛び込んできた。

 盗賊団のみんなは、驚きの余りに嘆息している。


 チキンの照り焼き、メカジキの香草焼きに、海草のサラダ――。


 固いパンとスープだけで、長い時間を過ごしてきたのだ。

 キースが見る以上に、これらの料理は輝いて見えることだろう。


「これ全部食べていいの!?」


 リュカが尋ねてきたので、キースは頭を撫でてやった。

 みんな並べられた白い皿を取って、料理を山盛りに載せていく。


「このお肉美味しい! 生焼けだけど!」

「それはローストビーフといって、そういう食べ物なのですわ」


 同い年くらいに思えるからか、リュカはすっかりディアナに懐いている。


「姉ちゃん、良い食いっぷりじゃねえか!」

「良い魔法を使うにはたっぷり食べなきゃね!」


 アレイラは荒くれ連中の中心にすっかり馴染んでいた。


「そこのあなた、もっと肉を食べなさい肉を!」

「充分頂いてまさぁ、あねさん」

「盗賊団の癖に取り方が上品すぎるのよ、私が盛りつけてあげる」


 そう言って、アレイラは新しい皿に肉の山を築き上げる。


「これだけ食べれば一人前よ!」

「そんなに食ったら、腹がやぶけちまう!」

「情けないわね!」


 そんな横で、親分はウェイターの運んでくるシャンパンを、ざっと3杯まとめて取り上げて、一気に飲み干す。


「こんなちっこいグラスじゃ飲んだ気がしねえぜ! 上等のシャンパンは最高に美味いが、いくら飲んでも酔わねえからキリがねえなあ!」


 その言葉にディアナがピクリと反応した。


「まあ、団長様はお酒にお強いんですのね」

「強いなんてもんじゃねえ、うわばみさあ!」


 盗賊団のひとりがはやし立てる。

 親分はまんざらでもない顔で、ひげについた酒を袖で拭った。


「………………」


 ディアナが虚空に手のひらをかざすと、絨毯に紫色のゲートが開き、ズズズズズ――と大きなタルが現われた。


「わたくしも、お酒には目がないんですの。これは最上級のぶどう酒ですわ。ジョセフ、“大きめ”のゴブレットをふたつ」

「……かしこまりました」


 用意されたのは、カラッポでも5キロはありそうな巨大な銀のゴブレットだった。

 もはや取っ手つきのツボと言った方がいい。

 それがふたつ、ディアナと親分に手渡される。


「ほう、これくらいなら飲み応えがあるってもんだ」


 親分がニヤリと笑うと、ディアナも美しい微笑みを返す。

 ふたりがゴブレットを差し出し、ジョセフがそこにひしゃくでぶどう酒を注ぐ。


「まずは乾杯といきましょう」

「おう、じゃあまずは“怪盗魔王”に乾杯だ!」

「魔王様に……乾杯!」


 ディアナと親分は、巨大なゴブレットをゴツリと突き合わせた。

 そうして、息継ぎもせずに中身を一気に飲み干す。

 周囲からヒュウヒュウと歓声が上がった。


「いい飲みっぷりだ嬢ちゃん!」

「親分さんも、なかなか豪快ですわね」


 すぐに次のぶどう酒が注がれる。


「では次は?」

「当然、アルドベルグ盗賊団に乾杯だ!」

「よろしくてよ。では、アルドベルグ盗賊団に乾杯」

「乾杯!」


 そう言ってまた、ふたりとも一気にぶどう酒をあおった。

 いつの間にか親分とディアナを中心に、輪を描くようにみんなが集まっている。

 ふたり同時にぶどう酒が飲み干されると、歓声はいっそう大きくなった。


「大丈夫かい、嬢ちゃん? 意地張ってぶっ倒れるのは賢い女のすることじゃねえぜ」


 もともと赤ら顔の団長も、さすがに耳が赤くなっている。


「そちらこそ。組織の長としての面目が潰れる前に、一歩引くことを、わたくし怯懦とは思いませんことよ」


 ディアナの、いつもは陶器のように白い頬にも、頬紅のような朱が差していた。 

 そして再び次のぶどう酒が注がれる。


「いけいけディアナー!」


 すでにシャンパンで酔っ払ったアレイラは、盗賊団のひとりと肩を組んではやし立てている。


(大丈夫かよ……)


 最初、キースは魔族のディアナよりも、どちらかというと親分の方を心配していた。

 しかし、魔族だからといって酒に強いわけではないのは、アレイラを見ていればわかる。

 そうなるとやっぱり、どちらも心配だ。


「なあ、親分、ディアナ、あんまり飲み過ぎは……」

「何言ってんだ、ちょいと親交を深めてるだけじゃねえか!」

「魔王様。ご心配、心から感謝致しますわ。しかし魔王様のご家族とちょっとした余興を楽しむお許しを頂けると、わたくし大変嬉しゅう存じます」


 ふたりからそう言われると、やめろとは言いづらい。


「まあ、ほどほどにな……」

「ありがとう存じます、魔王様」


 ディアナはキースに深く一礼すると、再び親分と対峙する。


「じゃあ次は俺たちの友情に乾杯だ」

「かまいませんわ。では“友情”に」

「「乾杯!!」」


 ガツン!


 そうして次々とぶどう酒が飲み干されていく。

 ディアナの小さな身体の、どこにあれだけの酒が入っていくのか、キースには不思議で仕方がない。

 そうしてとうとう、来るときが来た。

 盗賊団のみんなに、どよめきが広がる。


「ううっぷ……もう……ひと……勝負……」


 ぐるりと目を回して、絨毯にひっくり返ったのは親分だった。

 その瞬間、わあっと歓声が上がった。


「ヒュウ! やりやがったぜ嬢ちゃん!」


 結局どちらが勝とうと楽しいのだ。

 キースは親分を引き起こして水を飲ませる。


「まったく、いい歳して無茶すんなよ。相手は魔族だぞ」

「うぃーっく……うっぷ……こいつぁ……負け……か……」

「やったー! ディアナが勝ったー!」


 アレイラはディアナの手首を握って、高く掲げた。

 ディアナはすましてハンカチで口元を拭い、ゴブレットをジョセフに差し出す。

 ジョセフはそれを、うやうやしく受け取った。


「すげえぞ嬢ちゃん! 親分に飲み勝った!」

「なんてこった、こりゃ人間じゃねえ!」

「仰る通り、人間ではございませんことよ……それでは失礼」


 華麗に立ち去ろうとしたディアナは、親分がひっくり返したゴブレットを踏み、スカートを広げて盛大にすっ転んだ。


「おいおい大丈夫かディアナ」

「お恥ずかしいところをお見せ致しましたわ……」


 起き上がろうとすると、かくんと膝が折れて尻餅をついた。


「あら……?」 


 ディアナは不思議そうに、スカートに包まれた自分の足を見つめている。


「お前もしっかり酔っ払ってんじゃねえか!」


 キースは慌ててディアナにも水を飲ませた。

 結局、壁際に並んでいるソファーに、ふたりとも寝かせることになった。

 親分の身体は子分2人が持ち上げ、ディアナはキースが抱き上げた。


「んふふふ……お嬢様抱っこですわ……」


 ディアナは目をつぶって、心地よさそうに丸まっている。


(意外とこいつにもスキがあるんだな……)


 そんなことを思いながら、ソファーにそっと寝かせた。


「やっと気楽に食事が楽しめる……」


 それから、盗賊団のみんなにアレイラを交えて、わいわいやりながら、豪華な料理に舌つづみを打った。


「魔王様、これも美味しいですよ! あーんしてあげます、あーん!」


 クリームチーズとキャビアの乗ったクラッカーを、キースはアレイラの手から直接食べた。

 ディアナがいるところでこんなことをすれば、きっとアレイラに怒り狂うことだろう。


「んん、美味しいな。ぶどう酒に合う味だ」

「じゃあ、あのゴブレットにたっぷり汲んで来ましょうか?」

「そりゃ勘弁だ。普通のグラスで頼む」

「かしこまりましたー!」


 アレイラもディアナほど飲んだわけではないが、それなりに酔っている。

 そうしてしばらく食事を楽しんでいると、ソファーに寝ていたはずの親分がやってきた。


「おいおい、もうちょっと寝てた方がいいんじゃないのか?」

「でぇじょうぶでぇじょうぶ! 良い酒はちょいと横になりゃ抜けるのさ」


 そう言って、親分はキースの肩を叩いた。


「すっかり大物になっちまったな、キース……」


 親分は言った。


「まあ飯でも食いながら、ちょいとばかし真面目な話をさせてくれねぇか」


 親分は白い皿にローストビーフを盛りつけながら言った。


「はっきり言うとだな……もうお前は、アルドベルグ盗賊団の“一員”ってガラじゃねえ」


 突然の言葉に、キースはざっと血の気が引くような気がした。


「そんなこと……」


 ずっと自分はアルドベルグ盗賊団だった。

 生まれてからずっとだ。

 それが、親分からこんなことを言い渡されるなんて、夢にも思わなかった。


「なんだよ急に……寂しいこと言わないでくれよ親分……」

「勘違いするなよ、家族じゃねえって言ってるわけじゃないんだ。何者になろうと、俺たちは死ぬまで家族だ」


 親分はトングを置くと、キースの肩に大きな手を乗せる。


「だがな、お前は怪盗になって、魔王になって、あんなすげえ嬢ちゃんまで従えてる。アルドベルグ盗賊団の懐に収まらねえほど、お前はデカくなっちまったてことさ。だからな……」


 キースの肩を軽く揺さぶりながら言った。


「俺たちで手を組まねえか。アルドベルグ盗賊団と、“怪盗魔王”キース。俺たちで、同盟を組むんだ。いいか、お前はこの先、必ずデカいことをやらかす。俺にはわかる。そのとき、アルドベルグ盗賊団が、お前の手足となって動く。俺たちがどこまでできるかはわからねえが……」


 親分はキースの肩を抱いた。


「なんたって、家族だ。できることはあるだろうさ」


 魔王になって四天王を従え、怪盗になって全てを盗む――どうしたってキースは昔の“盗賊”ではない。

 それでも繋がりを絶たずに、家族でいようとする親分の気持ちが、キースには痛いほどわかった。

 久しぶりに心に染み込んだ温かさに、胸の奥が熱くなる。

 キースは思わず涙が出そうになるのを、ぐっとこらえた。


「そうだ、俺たちは家族だ……そうして俺は“怪盗魔王”だ……同盟を組もう。それがいちばんいい考えだ……」

「辛気くせぇ顔をして言うもんじゃねえぜ!」


 親分はキースの背中を痛いほど叩いた。


「よろしくな、“怪盗魔王”!」

「……ああ、よろしくだ。アルドベルグ盗賊団団長!」


 キースも負けじと、親分の背中を叩き返した。

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