今の若者を囲むゲーム
連載物の更新ほったらかして雑記。
近頃ゲーム界隈が楽しくなくなってしまったように感じる。
厳密にいえばこの感想は語弊を招くのだが、まぁ間違えでもないので使わせてもらう。
私がゲームを初めて触ったのは20年ほど前。両親ともにゲームが好きだった私の家庭ではファミリーコンピューターやスーパーファミコン、ニンテンドー64などがあり、よく遊んだものだ。両親はそれぞれ違うジャンルのゲームが好きだったのでよくそれぞれとゲームをした。とても楽しかったのを覚えている。
そんな私がネットゲームに初めて触ったのは14年前。あまりゲーム名を出すのは良くないのかもしれないが「RED STONE」というゲームだった。今でもサービスは続けられているらしい。個人的な事情で中学校を転校したが、その転校先でできた友達に誘われたので始めた。
据え置き型ゲーム機でリリースされるゲームからするとごちゃごちゃしたUIに、煩雑なクエスト、グラフィックもそこまでよくない。それなのに、お互いの家に居ながらゲームができることが楽しく、続けたものだ。
そこからはトントンとゲームにのめり込んでいった。その頃は無料オンラインゲームの全盛期、良ゲーもあれば糞ゲーと呼ばれるものもたくさんあった。家族共用で使うPCのスペックが許す限りのゲームに手を出した。いい作品ばかりではないが、糞ゲーと呼ばれてもリリースをする。そんなゲーム業界はとても賑わっていたのかもしれない。
しかし、そのゲーム業界もあるものの普及で幕を閉じる。そう、「スマートフォン」だ。
小型ゲーム機にも劣らないその性能は屋外でコミュニケーションをとりながらのゲームを可能にした。
そしてなりより手軽。PCを用意する必要もなければ、ゲーム機を用意する必要もない。これが新しいゲーム機の形態になることは誰しもが想像に難くなかっただろう。
これによっていろいろなゲームが開発されたが、逆にPCでプレイされてきたゲームはめっきりプレイされなくなってしまった。プレイされなくなったことで資金繰りが難しくなった開発が行ったのは「課金ありきのゲームバランス」だ。最初こそ皆飛びついた。「このアイテムが当たればゲームで強くなれる!」そう思って。確かにそれで資金調達はできたのだが、それが何度も続けばユーザーは疲れてくる。「どうせまた課金しないとあの敵倒せないんだろ?」「また課金かよ…」というように。
ユーザー離れが止まらなくなったタイトルは軒並みサービス停止。今でも残っているゲームは相当な苦労を強いられているだろう。
そして今。どのゲームも売りは大抵決まっている。
「可愛らしいorかっこいいキャラクターの絵で売る」「やり込み要素と呼ばれる単純な作業」「課金に誘導するようなゲームスタイル」このようなものばかりだ。
別に悪いとは言わない。これで売れているのだから間違ってはいないのだろう。家庭用ゲーム機でのゲームも似たようなことが言える。
「綺麗なグラフィック」「爽快感が得られるような進行」「有名脚本家によるストーリー」別に何も悪くない。グラフィックの進化は望ましいことだし、ゲームに爽快感を求めるのもいい。凝ったストーリーを楽しむのもいいだろう。もちろんこれはヒット作全部に共通することではない。
ただ、どちらにも言えるのが「同じような作品になってきてしまっている」ということだ。昔のような多様性はどこに行ってしまったのか。凡人の私が何を言ったところでゲーム業界は変わらないし、時間も巻き戻らなければ、共感する人間も少なく、最終的にネット老人の戯言だと捉えられるだろう。
ただ悲しいのだ。これがゲームだと思ってしまっている今の若い人を取り巻く現状が。たくさんのゲームに手を出すわけでもなく、色々なジャンルに手を出すわけでもなく(違うように見えても上記のような特徴が共通している)、ただスマートフォンでのゲームを黙々とやっていることが。
悪くはない。悪くはないのだ。それで経済が回っているし、それに伴うイラストレーターや声優の仕事もあるのだから。ただたくさんのゲームを知らないまま「ゲーム」という視野が固まってきてしまっているのが悲しいのだ。
言われた人間は思うだろう「勝手に思っていればいい」「何言ってんだこいつ」「老人は昔話ばかりする」。
まさにその通り。もう過ぎ去ったことだ。ただ今のゲームでは味わうことができないあの楽しさを、あの高揚感を、ゲームが好きだと言ってる人ですら知らないなんていうのは悲しいと思ったのだ。
今の時代、昔のゲームを手に入れることは難しくない。通販で買えるし、人口はいないかもしれないが色々なプラットフォームで昔のゲームがプレイできる環境が整っている。PCの性能も昔に比べて段違いに高い。ゲームが好きだと言っている若者には、もっといろいろなゲームに触れてほしい。グラフィックが綺麗じゃなくても非常に作り込まれたゲームが存在する。爽快感がなくても、苦痛を強いられるゲームでも楽しいものはあるのだと知ってほしいのだ。
文章にしてみるとまぁ見事に懐古厨の老人だ。これでも20代なのだが…。
だがそれでも、今のゲームができる世代が不憫だ。周りに様々な顔を持っているゲームがないことがどんなに悲しいことか。
取り留めない終わりになるが、ただの雑記だ。何の得にもならない。ただ若い人が今のゲームだけしか知らないことが悲しくなったのだ。
知らないということは幸せなのかもしれない。ただ、知っている人間からするととてもむなしく感じてしまうのだ。