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異世界でチート狩り始めます  作者: 灰色猫
第1章 襲撃の勇者編
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08 海と笑顔

 海。青い海。

 工学が発展していないおかげか、汚染が見られない透き通った色をした水。

 水平線の先まで広がり、世界の広さを示してくれる海。

 それは陽の光を受けキラキラと輝く。

 そんな海を、高台からカナメとメリアは見下ろしていた。


「……………………すごい」


 そう呟くメリアの表情はどこか儚げだ。

 同時に美しくもあった。心に受けた感動が、カナメにも伝わってくる。

 遠く、遠くまでその視線が伸びていく。

 いかな観察スキルといえどその表情の奥にある心情まで推し量る事は出来ない。

 けれど、この少女とこの時間を共有出来ている事、それ自体が素晴らしいものに感じられた。


「どうだ、なかなかいい景色だろ?」


「はい、これは王都からでは見れない……美しい光景、得難い経験です」


 ゆっくり、ゆっくりと流れていく時間。

 波のざわめきに耳を傾ける至福の時。

 全てを忘れさせてくれる程、広大な景色。

 ここにいる時だけは、カナメ自身も辛い事を忘れていられた。

 我ながら良いデートスポットを選んだものだ。


「ありがとうございます、カナメさん」


「え、何が?」


「貴方のおかげで私は自分の選んだ道を疑わずにすみそうです。美しいものがあると、カナメさんが教えてくれましたから」


「俺は、そんな……」


「いいえ、貴方がそれを感じさせてくれたのです。だって、貴方はあの八百屋さん以降も様々な人に声をかけられていた。そして、その誰もが笑っていた」


 それは、そんなに特別な事ではない。

 ただの交友関係、仕事を通して得た関係だ。だから当然のもの。誰かに羨ましがってもらえるほど上等なものじゃない。

 カナメではなく、カナメという役柄に対しての報酬だ。そう当人が捉えていた。


「言ったろ、褒められるのには慣れてないんだ。勘弁してくれ。…………それで、この街はどうだ?」


 恥ずかしさでつい話題を切り替えてしまう。


「良い街です。皆さん仲が良くて、でもどこか落ち着いた雰囲気がある。私は好きですよ」


「仲がいいというか、バカ騒ぎしてるだけだけどね」


「ふふ、いいではないですか。ええ、きっとこういう空間を守るために私は────いえ、何でもありません。街の案内ありがとうございました」


「え、ああ。これで十分なのか?」


「はい、私が見据えるべきものはちゃんと分かりましたから。それに今日で終わりではありませんし、楽しみは取っておかないと」


 覚悟のような、そんな感情が見て取れた。けれどその奥にあるものまでは観察スキルをもってしても解析は出来なかった。

 そしてそれは弱点でもある。

 カナメの観察スキルは見たものの実態を暴き立てるものだ。そしてそれはその世界の常識、理論に依存する。つまり感情という曖昧なものは対象外なのだ。

 だから結局のところ対人スキルは元のクソザコのままなのだった。


「そういやメリアはいつ王都に戻るんだ? プチ旅行的な感じ?」


「七日ほど滞在した後に戻る予定です。もっとも自由に動けるのはあと数日ですが」


 仕事で、という事なのだろうか。とカナメは想像する。

 父親の話しか参考資料はないが出張というやつだろう。

 現実では高校生。この世界では冒険者兼手伝いのカナメとは縁のないものだ。なんとなく大変だな、くらいの感想しか抱けない。


「そういえば、一つ聞きたい事があったのですが」


「ん、俺に分かる事なら何でも答えるよ」


 と言ってもカナメもこの世界に来てまだ数ヶ月だ。知っている事などたかが知れているのだが。


「では遠慮なく。この辺りに、異世界からの召喚者はいますか? もしくはそんな噂は聞きますか?」


 ────────ドクン。

 心臓が、跳ねた。

 自分がその召喚者だからだろうか。なぜそんな事を問うのか、頭の中が疑問符で埋まる。

 問い方からしてカナメがそうだとは気づいていないだろうが。


「な、なんで召喚者を探してるんだ?」


「……………………あ、いえ。王都では話題になっているのです。知っての通り我が国には王女専属の騎士──勇者がいます。しかし第五王女にはそれもおらず……他の戦力も充実してるとは言えません。それは国家間の勢力争いで圧倒的に不利な状況です。だから政府も野良の召喚者を探してスカウトしている……そ、それを見つければ報酬が出るので!!」


「そういう事か。まあ、確かに噂に聞く限りじゃ結構な報酬の額だった。一攫千金とはこの事だろうよ」


 勇者。

 それが指すのは、王国が直々に召喚した者。

 メリアが説明した通り、王女達の専属騎士として仕える最大戦力の事だ。

 準備された召喚のため能力も高く、最初から地位も環境も整っている言わば勝ち組だ。

 カナメの知る裏側的な話までしてしまうと、そういった正式な召喚者はチートスキルも自身で選ぶ事が出来る。さらには王国側が所有している上級武装も与えられるため装備も最初から充実する。

 誰もが夢見る異世界転生。それが勇者である。


 それに対してカナメは所謂野良の召喚者だ。

 こちらの世界。王国の意思によらない召喚。

 神の勝手な都合────もとい意思で転移をさせられた者だ。そのスキル、能力構成に関しては知っての通り。

 カナメを例に出せば分かる通り融通は利かない。


「でも、何でそんな必死になって探してるんだろうな。必要ならまた召喚すればいいのに」


 カナメは噂に聞いた程度だが、王国側の召喚は条件さえ整えば難易度はそこまで高くないらしい。勇者程の力は得られないだろうが、数は揃えられるはずだ。

 なら、いくらでも召喚すればいいと思ってしまうのだが。


「それは無理なのです」


「え…………?」


「…………これも王都では有名な話なのですが、神は唐突にゲートを閉じたのです。だからどの国ももう異世界から勇者を召喚する事は出来ません。つまり、今所属している勇者がその国の最大戦力なのです」


「────────は」


 それは、カナメにとっても衝撃的な言葉だった。

 異世界へのゲートが閉じた? これ以上は召喚出来ない?

 それはつまりこちらだけではなく現実への道も閉じたという事か。


(いや、別に未練があるわけじゃない。今さら戻りたいとも思わない。でも、あの時のアイツは…………)


 思い出すのは神だか悪魔だか知らないがカナメをこの世界に送り出した張本人。

 どういう経緯で、何を基準に転生を決めているのかは知らない。けど、意図せずあの空間に迷い込んだカナメをこの世界に送ってくれたのだ。

 善か悪かで言えば前者と感じたが。

 それがなんだ……ゲートを閉じた? いったいどういう事なんだ?

 すでに異世界に来ているカナメにとっては何の問題もないが、少し気にはなる。


「何か、心当たりがありますか?」


「いや、本当になんでもないんだ。国の事まで考えているなんて凄いと思っただけだ」


「……………………そうですか。国民ですもの、国の未来について考えるのは当然です。なにか気づいた事があったら教えてくださいね」


「あ、ああ。もちろん」


 ズキリと胸が痛むのはカナメ自身が召喚者だからか。

 とはいえ彼自身の心情からすれば名乗り出る程の事ではない、と思ってしまうのも仕方ない。

 なにせ、カナメにはチートスキルなどない。見るだけ、理解するだけの観察スキルしかないのだから。


「すいません。つまらない話をしましたね。せっかく綺麗な景色を見せてくださったのに、申し訳ありません」


「いや、こちらこそ申し訳ない。何か分かったらすぐ伝えるよ」


「ええ、ありがとうございます。この街で出会ったのが貴方で良かった。この海の景色はきっと忘れません」


「そんな、大袈裟だ…………」


「大袈裟なんかじゃないですよ。だって私、海を見たのはこれが初めてですから。この自分が小さく感じるほどの広大さ、陽の光で輝く美しさは私の心に残り続けるでしょう」


「初めて……そうか、確かにずっと王都──内陸部で暮らしてれば海を見る機会なんてないか。なら、ここにいる間は好きなだけ見ていきなよ。ぼーっと眺めてるだけでも色んな事を忘れて楽だったりもするからさ」


 遠くを、綺麗な景色を見るというのは精神的に効果があるに違いない。そんな事を思ったほどだ。


「はい、そうさせてもらいます。改めて感謝を、カナメさん。────ありがとう」


 そう、彼女は微笑んだ。

 その笑みはなんだか、仮面ではない本当の笑みに見えた。

 実際のところは分からない。

 けれどその穏やかさが、纏う優しい雰囲気が、そう感じさせたのだ。

 思わず、心を奪われる程度には。


 ────────ああ。

 綺麗なもの。尊いものを見た時人の心は救われる。

 それは、やっぱり本当なのだろう。


 だから。だからだ。

 本当に今日は慣れない事をしてばかりだ。

 ヒーローみたいに助けに行ってみたり、その女の子とこうして遊んだり。

 だから仕方ないだろう。その空気にあてられて、また一つ慣れない事をしたって。

 だから────。


「良かったら、君を手伝わせてくれないか? 何が目的で、何の仕事をしているのかも知らない。けど、力になれる事があると思うんだ!!」


 ────そんな事を言っても、仕方のない事だろう?

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