16 運命の始まり
黒煙が晴れる。
炎はまだ残っているが、爆発直後程の酷さはない。
草原は焼け果て焦土と化している。ジリジリと肌を焼くような熱さが残ったままの状態で、戦場に誰かが立っていた。
正確に言えば二人。
その前には何重にも張られた魔法障壁が展開されている。
それがボロボロと崩壊していき、大魔力へと還元される。
そこにいたのは。
「え…………なんで?」
その言葉を発したのはカナメだった。
彼は最後の一手を誤った。炎神の加護は使用者の意識が飛んでもギリギリ発動を完了した。炎が渦巻き、カナメを焼き尽くさんと襲いかかった。
当然、カナメの力では炎神の加護の剛炎を防ぐ事は出来ない。
なにせ防げないからこそ、カナメは発動させない事に重きを置いて作戦を立てたのだから。
しかし、彼は立っている。
ならその原因は彼以外のところにある。
つまり────魔力障壁を展開した主。風で靡く銀髪…すなわちメリアだった。
間一髪でカナメの元へ舞い降りた彼女は、即座に防御魔法を展開。爆炎から彼を守ったのだ。
それほどまでの魔力行使。メリアが只者ではないという事がわかる。
また、カナメは彼女に助けられたのだった。
しかし獄炎石の爆発、そしてカナメの拳をくらった勇者は違う。
もはや彼は人の形を保ってはいなかった。それは焼け焦げた屍に過ぎなかった。
炎神の加護は暴発に近かった。おそらく余波を受けたのだろう。
同情はしない。ただ、少しだけ憐れに思った。
ともかく危機は去った。エレノアの街を壊滅させた勇者は撃破されたのだ。
緊張感が切れたカナメは尻餅をつき、目に前で儚げに佇むメリアを見つめる。
風でフードは捲れ、美しい銀髪が露わになっている。
その立ち姿はこの戦場跡にあっても優雅で、こんな時なのに思わず見惚れてしまった。
彼女はカナメを見て、フッと微笑む。
「間に合って良かった。ギルドの皆さんには反対されましたが、来たのは間違いではなかったようです。だって……貴方を救えた」
観察スキルでなくとも分かる。それは心からの言葉だった。
カナメの生存を本当に喜んでくれている。この場面に際しても、あの時と同じ思いやりに満ちた少女だった。
少年は少女を見上げて。
少女は少年に手を差し伸べて。
そうして二人は言葉を交わす。
「まさか、本当に勇者を倒してしまうとは思ってもいませんでした。あの時、私は自分を犠牲にする事が最善だと本気で思っていましたから」
「だろうね。正直、この結果になったのも奇跡だと思ってるよ。どこかで何かの歯車が噛み合ってなければそこで終わってた。それこそ、君が来てくれなかったら……」
その時はカナメもまたあの屍と同じ末路を迎えていただろう。
もちろんあの時──獄炎石入りの鞄を投げつけた後は覚悟を決めていたが、生き残った今となっては死の恐怖が身を苛むばかりだ。
でも、それでいいと思ったのだ……彼女を助けると決めたあの時は。
「改めて聞いてもいいですか。私一人が犠牲になればこんな危険を冒すことはなかったのに、どうして貴方はこんな無茶をしたんですか?」
「……………………さあ、なんでかな。立場ってのもあるけど、きっと俺は後悔したくなかったんじゃないかな。あとは君を────」
その先の言葉は飲み込んだ。まだ具体的になってない気持ちを伝える事ほど馬鹿らしい事もあるまい。
結局は勇者との戦いで語った事が全てなのだろう。
理不尽へ対する怒り。それがカナメを突き動かした。それが結果的に彼女を守る事にも繋がった、そう思う事にしよう。
カナメはカナメの役割を果たしただけなのだと。
「俺としてはむしろ君に質問したいな。昨日はあえて深く聞かなかったけど……君は何者だ?」
それこそ、きっと今回の一件の真相だ。
メリア曰く今回の襲撃は彼女を狙ったものらしい。
確かにメリアは不思議な少女だった。
海を知らず、世間を知らず、不可解な魔力行使を行い、そしてこの事態だ。何かあるとは思っていた。
彼女が狙われる理由はなんだ?
その問いに、メリアは一度黙る。
それでもカナメと視線を合わせた事で頷いてくれた。
どうやら、カナメは彼女の信頼を勝ち取る事には成功したらしい。それだけでも命を張ったかいはあったというものだ。
メリアはカナメに向き合うと、真剣な表情で口を開いた。
「認識阻害の魔法がかかっているので気づかなくても仕方ありませんね。では告白しましょう。私は──私こそがこの国の第五王女……アルメリア・ヴァーミリアです」
その台詞と同時に眩い光が彼女を包み、そして弾けた。
メリアの見た目は何も変わっていない。おそらく、認識阻害魔法とやらを解いてくれたのだろう。
瞬間、カナメに電流走る。
記憶が呼び覚まされる。
あの時の彼女の反応、そして狙われているという意味。ヴァーミリア王国第五王女だというのなら全てに納得がいく。
けれど。けれどだ。
メリアは……アルメリア・ヴァーミリアは一つ勘違いをしていた。
そう、カナメは────。
「いや、せっかく正体を明かして魔法を解除してくれたところ申し訳ない。俺、そもそも王女様がどういう見た目なのか知らないや」
てへ、と可愛らしく首を傾げてみせるカナメ。
それに対し。
「そ、そんな国民がいますか!?」
割と真面目にショックを受けるメリアだった。
けれど仕方ない。王族の顔を知るほどカナメはこの世界の事を知らない。これまではただ生きる事で精一杯だったのだから。
けど、知っていこうと思った。
知らずに唇の端が釣り上がる。頰が緩んでいく。
「知らないよ。だって俺、この国に来たばかりなんだ。だから教えてほしい。この国の事、君の事、そしてこれからの事を」
「貴方は────」
命を狙われた無力な王女と、チートを持たない召喚者。
中途半端な二人の、不器用な邂逅だった。