15 勇者狩り
クローラの効果が切れる。
闇が晴れ、景色が元に戻った。
そこにあったのは地面に突き立つ無数の矢。そして、血だまりに蹲る勇者の姿だった。
矢が突き刺さり真っ赤に染まった服。
明らかに致命傷だ。
だが油断はしない。最後まで気は抜かない。
距離を取り、短剣を構える。
「俺たちの勝ちだ。どこかの勇者」
「………………………………」
勇者は声を発しない。
「一つ、聞きたい事がある。お前の狙いはなんだ? なんでこんな街を狙った?」
勇者は何も答えない。
「なんで、なんで、こんな酷い事が出来た……?」
それにピクリと反応を示した。
蹲ったまま、視線だけをカナメに向ける。憎しみと怒り、そんな感情が見て取れる。
突き刺さるような殺意。
しかしそんなものは無視する。
煽るように、優位を示すように冷静な表情を保ち続ける。
「酷い事、だと? 自国のために敵を倒すのはそんなにいけない事か? 勇者が悪者を倒す、それは普通の事だろうよ。カッコよく、最大火力で、見せびらかすように、圧倒する。それが俺たち召喚者だろうが!!」
「そうだな……俺もそう思ってた」
異世界に召喚されて、チート能力で無双する。
自分を呼んだ国のため、ヒロインのため、颯爽と敵を倒していく。
別格の力を見せつけて現地の人を驚かせて、自分は何でもないとばかりに平然としている。
そんな異世界生活を夢見ていた。
きっと、目の前にいる勇者はそれに該当する存在だ。きっと、カナメの知らないところで様々な、この侵攻も正当に思えるような物語があったのだろう。
この男は実際に勇者で、誰かにとっての主人公なのだろう。
本来なら憧れる存在そのもののはずだ。
「けど、それは違ってた」
「何が、だよ……!! せっかくの二度目の生だ、異世界なんだ。この力で無双する事の何がいけねえ」
血反吐を吐きながら叫ぶ勇者。
自分は間違っていない。それを確信している表情。だからこんな目にあって、それを問うてくるカナメが気に入らないのだろう。
お前は、異世界チート無双を否定するのかと。
「きっと、間違ってはないんだろう。けどさ、知らなかったんだよ。いや分かるわけないんだ、漫画やアニメで見てる分には視点が違うし、実際お前みたいに勇者の立場で召喚されてたら俺もそうなってたと思う」
その台詞に、勇者の男はハッとする。
「そう、か。お前も────」
「でも知っちまったんだ。奇しくも、お前やここ数日の出来事のせいで……チートを向けられる側には、どんな絶望があるのかって事を!!」
圧倒的な力に蹂躙されて、その力を見せつけられて、相手は平然としている。あっさりと目的を達してしまう。
それがどんなに悔しくて、恐ろしくて、無慈悲かという事を……知ってしまった。
モブ。村人A。そんな端役の気持ちを理解してしまったのだ。
「だから抗うよ。俺のスキルはチート未満の欠陥品だ。それでも、もうチート無双は肯定出来ない」
「知る、かよ。お前の事情なんて俺には関係ない。俺は、俺の好きなようにやる!!」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる勇者。
カナメの目が光る。観察スキルが彼の状態を分析する。
────生命力枯渇。魔力精製速度はスキル使用には追いつかない。近接戦闘力も皆無。結論、距離を取るだけで終わる。
────予測的中率、九十九パーセント。
簡単だ。敵は満身創痍。数歩下がるだけで決着がつく、そういう分析結果だ。
フラフラと身体は揺れているし、目の焦点も合ってない。魔法の一つでも使った瞬間息絶えそうだ。
けれど、光は失ってない。
だからカナメも彼に向き合った。短剣を構えそれに相対する。
そう、他の誰が油断しても同じ召喚者であるカナメは気を抜かない。
なぜなら知っているからだ。
おそらくこの世界の誰も知らない、きっと勇者本人も知らない隠しスキルを持っているだろうから。
(絶対に来る。だから俺が前線に来たんだ)
こういう逆境を超えるための力。不可能を可能にするスキル。
すなわち────主人公補正。
あり得ない力の覚醒を促し、一発逆転の策を思いつく。それが来るなら、間違いなく今だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
勇者が吼える。
無かったはずの体力を絞り出し、空っぽの魔力を何処かから補充する。
カナメの目は見抜いた。体内の魔力ではなく、空気中の大魔力を取り込んでいる。
大魔力は無限のリソースだ。それが扱えるならどんな大魔法も扱える。
召喚者のチートスキル、風神炎神の加護がどんな力を発揮するか分かったもんじゃない。
だから、カナメは隙を与えなかった。
「────ふっ!!」
手元の短剣を、勇者に向かって投擲したのだ。
彼の目が見開かれる。ギリっと歯ぎしりをするほどに。
カナメの行動の意味を察したからだ。
ゴウッ、と勇者の周りで風が渦巻く。
それは風神の加護だ。自動迎撃術式であるソレは、勇者が敵性のある攻撃だと感じた瞬間にオートで発動される。
風の槍が形成される。
カナメはそれを狙ったのだ。
風神の加護さえ発動させればそれ以外の脅威が自分を襲う事はないのだから。そして何より、この急襲を避けるほどの体力はないはずだ。
カナメはさらに、追撃のために手を後ろに回して────。
「ま、まだだ……!! 剣……いや、お前は、敵だ……!!」
勇者の目が輝く。
取り込んだ大魔力が、発動直前の風神の加護をアップデートする。
短剣を弾け飛ばし、さらに風の槍が複数生まれる。その矛先は確認するまでもない。
(やっぱり来た。この土壇場で……自分に対する攻撃の範囲を拡張したのか)
飛び道具だけではない。カナメ自身も、勇者に対する攻撃と解釈したのだ。
言うなれば強引な認識の変革だ。
しかも風の槍はより圧縮され、より破壊力を増していた。
それをくらえば────。
「おそらく、終わりだっただろうよ」
読んでいた。
絶対に来ると思っていたからこそ、奥の手を用意していたのだ。
カナメが後ろに回して手に取ったのは、武器ではなく冒険用の鞄だ。
それを、勇者に向かって投げつけた。
「ムダだ、そんな牽制で俺が躊躇するとでも!? ソレもお前もどっちも貫いてやる……!!」
当然、拡張された勇者の意識の前では鞄だろうと関係ない。
風の砲弾がそれに撃ち込まれる。
轟ッ、という音と共に直撃し────。
瞬間、爆発が起きた。
ゴァァァァァァッッッッという強烈な爆発音。
それに伴う熱と風圧が二人を直撃する。
まさしく灼熱の嵐。破壊が周囲一帯を席巻する。
カナメが投げつけた鞄の中に入っていたのは獄炎石。
衝撃によって起爆する魔力を帯びた鉱石だ。この世界では爆弾として利用されている物質だ。
体積によって威力は変わるが、カナメが鞄に積めたのは街に落ちたあの巨石を方法次第では破壊出来る量だ。
爆風は周囲に吹き荒れ、破壊の衝撃が草原を駆け抜ける。
熱波は外壁まで届き、ヴルムやポーラといったギルドのメンバーへ打ち付ける。
肌を焼くような熱さ。
獄炎石は衝撃を与えられた方向へ爆風が強くなる。
直撃を受けたのは敵勇者だ。黒い爆炎でその姿は視認出来ない。
しかし他方向も爆風を完全に消し切る事は出来ない。カナメは身体中を真っ赤にしながら地面を転がっていた。
息をするたびに喉が焼けそうになる。痛みは限界を超え、麻痺していた。
「ぜえ、ぜえ、どうだ……流石に死んだろ……」
これもまた認識外からの攻撃。効果は絶大だ。
だが。
黒煙の中から現れる、人影。ユラユラとおぼつかない足取りで、だが確実に向かってくる。
それはもちろん勇者ユーゴだった。
身体のほとんどは爆炎に焼かれ炭になっている。黒く、そして崩れている部分もあった。
しかし死んでない。
目にはまだ、光がある──!!
「ああ、そうだった。主人公ってのは最後まで立ってなくちゃな」
ジワリと額に汗が滲む。
カナメも身体を無理矢理動かして立ち上がる。しっかりと大地を踏みしめ、対峙する。
「コ…………ス。おま、は……絶対に……」
「そうかよ。けどこっちも引けなくてな。悪いが打ち倒させてもらうぜ、勇者」
勇者が、動く。
吼える────。
「コ、ロ、スウウウウウウウウウウウウウウ!!」
瞬間、カナメも地面を蹴っていた。
引くことも、避けるつもりもなかった。
ただその右の拳を握る。何のチートも魔法も宿っていないただの拳を。
勇者の腕はゆっくりと上がり、カナメを指し示した。
そこで、カナメが懐に踏み込んだ。
大きく振りかぶる。クロスカウンターのように交差する二人。
(お前の最後の弱点、それはラグだ。相手を視認し、手で照準を合わせ、魔力を練り、発動する。だから発動まで一秒ほどの隙がある)
ユーゴの基本スタイルは風神の加護での防御、炎神の加護での遠距離砲撃だ。
おまけに風神の加護は絶対防御。本来であれば多少の隙などは気にもならないレベルなのだろう。
だが、ここまで接近すれば話は別だ。
その隙は、決定的な致命傷になる────!!
「────お前の最強、完全に見切った」
重心も崩れている。勢いもない。それでも、拳を振り抜いた。
顔面に直撃し、衝撃が拳に伝わる。
その一撃を受けた勇者は今度こそ意識を失い、後ろに倒れた。
今度こそ本当の勝利。
拳をだらりと下げながら、フッと笑みを浮かべるカナメ。
だが。
「…………え」
カナメの眼前で、魔方陣が形成され炎が渦巻いた。
おそらく勇者の意識が失われる事によるラグで発動が遅れたのだ。
つまり、炎神の加護は完成している。
(……………………あ、やべ死んだ)
轟ッ、という音と共に灼熱の嵐がカナメとその周囲を飲み込んだ。