13 君かそれ以外か
それは思いがけない、けれど待ち望んだ再会だった。
時間が止まったかのような感覚。
カナメは情けなく尻もちをついているし、メリアはそれを驚きの表情で見下ろしている。
差し伸べられる手。それを間髪入れず取る。
怪しむ理由もなければ信じない理由もない。彼女の手であればカナメはいつでもノータイムで取る事だろう。
恋は盲目とは良く言ったものだ。
もはや彼女を信じる事にカナメは躊躇がない。
「メリア、君は────」
「カナメさん、良かった生きていて……!!」
夢中といった具合にカナメに抱きつくメリア。
安心した。本当に安心した。
カナメもまた手を彼女に回そうとしたが、そこは出来ないのがビビリなカナメクオリティだ。
ああ、でも本当に泣きたいくらいだった。
想像してしまったのだ、彼女が壊れる瞬間を。命を落とし、肉体が朽ちる瞬間を。
けれど彼女はここにいる。メリアという少女は、確かにここに存在しているのだ。
「良かった、ちくしょう本当に良かった……!!」
「カナメさん? どうしたのですか、そんな泣きそうな顔で……」
そう言われても仕方ないとされる程には滅茶苦茶な顔をしていた。泣きたいのと嬉しいのでどんな表情が出ているのか自分でも分からない。
けれどどうしようもない。
慣れない事だと、似合わない事だと分かっている。けど感情というのは時に体を勝手に動かす。それが今だというだけだ。
しかし、彼女の身体の温かさを感じた事で我に返った。
恥ずかしさが噴出し、バッと距離を取る。
「ご、ごめん。なんか勝手に盛り上がっちゃったな……」
「いえ、いいのです。気持ちは同じですから。貴方が生きていて本当に良かった」
「そっちも、無事で良かった……でも本当によく助かったな。あんな衝撃があったのに」
「魔法による防御がギリギリ間に合いまして」
「そっか……やっぱすげえな」
「そんな事は……それで、カナメさんは何を?」
「ああ、俺は────」
カナメは目を覚ましてからここまでの事をメリアに話した。
その度に悲痛な表情を浮かべるメリア。こんな状況とはいえ、他人のために心を痛める事が出来るのはやはり彼女が優しいからだろう。
だが、こうしている今も王国軍の騎士達はチート召喚者に蹂躙されている。
どうにか対策をしたい所だが、白旗はまだか? ヴルムは何をやっている?
カナメの視線の先に気づいたのか、メリアが口を挟む。
「残念ですが、白旗を上げてもあの敵はおそらく止まりません。こちらを殺戮し尽くすまで、彼は止まらないでしょう」
「それは──どういう事? 貴方は何を知っているの?」
そうメリアに問うたのはポーラだ。
彼女とて大切なものを奪われたのだ。その答えを、理由を知りたいのは当然だ。
だから、その言葉に怒気が混ざってしまっても、それは仕方のないことだろう。
それは殺意と言っても過言ではない。カナメは間を取り持とうと口を開きかけたが、メリアはそれを片手で制した。
「何を知っているかと問われれば、何も知りません。ですが、どうすればいいかは分かります。いえ、言い方を変えましょうか……この事態の終息方法は分かります」
「────!?」
あんなにも絶望的な状況なのに、為すすべもない程の逆境なのに、それをどうにか出来る?
彼女が普通の女の子でない事はカナメも察しがついていたが、それ程か?
彼女は、いったい────。
「事情は伏せさせていただきますが、あの敵の狙いはおそらく私です」
「────はい?」
「ですので、方法は一つ。私が、彼の前に立ちます」
それはあまりに突拍子がなく、脈絡がなく、そして認め得ぬ宣言だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……それはどういう類の冗談だ? メリアが狙われていて、だからあのチート野郎の前に出るって? それは────笑えないぞ」
だが、視線の先のメリアは決意の表情のまま変わらない。
あれは本気。本気で自分が犠牲になる事で他を守ろうとしている。
確信があるのだろう。それは勇気でも、無謀でもなく事実なのだと。
実際、理解は出来る。
こんな辺境の街を襲った所で本来メリットなんてほとんどない。せいぜいが輸出量に影響が出る程度だ。
にも関わらずあそこまで大規模な攻撃を行った理由が──特別な理由があるはずだ。
そこにメリアが何らかの形で関わっているのであれば、敵の眼前に姿を晒す事は効果があるだろう。
「ちょっと待ってくれよ、まず事情を話してくれ。そうすれば他の案も出てくるかもしれない、俺だけじゃなくて、ポーラとかヴルムとかギルドの奴らの知恵を駆使すれば────」
そう、それらしい事をまくし立てるが、メリアは優しく微笑むだけだ。
話すつもりはなく、それでどうにか出来るはずがないと。
手に汗が滲む。
先程までとはまた違う緊張感。
このまま行かせてはいけないという思いと、場を収めるには彼女の犠牲が必要だという事実がぶつかり合う。
そんなカナメを見かねてか、ポーラが口を挟む。
「私には貴女の真意までは分からないけど、本当にそれで解決するの? 貴女が敵に殺されて、それでもアイツが侵攻を続ける可能性だってある。あの勇者が止まる確信はあるの?」
「いいえ、残念ながら確信はありません」
そう、キッパリと言い切った。
「なら────」
「ですが、可能性は高い。どのみち待っているだけでは全員殺されるだけなのです。それなら少しでも生存者が多い可能性を取るべきです。これは、単純な確率と数の問題です」
それは、やはり間違った意見ではなかった。
不確実とはいえ事情と理由があるのなら、それは現状のカナメ達の中では最善の一手だろう。
たった一人の犠牲で、この先起こるであろう惨劇が回避出来る。それはきっと正しい行動だ。
それで死ぬ人間の数が減るのなら。
それで守られる笑顔があるのなら。
それでこの地獄が終わるのなら。
きっと、それが正解なんだろう。
「やるなら早いほうがいい。私は行きます。カナメさん、改めてありがとうございます。そして────さよなら」
そう言うと、メリアは身を翻した。
ああ────もう手の届かない所まで行ってしまう。
共に過ごした時は多くはない。半日ほど一緒にいたくらいだ。けれど、カナメは彼女に助けられたのだ。そして今もメリアはカナメを助けようとしてくれている。
命も救われた。心もきっと救われた。
彼女は気づいていないだろうが、カナメはメリアに二度救われていたのだ。
そして、これは三度目。
なら、自分は────。
ふっ、と唇が歪んだ。
分かっていた、どうせこういう事になるんだって事は。
あの時王国軍騎士を助けるためにバリスタを使った時には分かっていた。こういう時のために彼はあそこへ行ったのだから。
他の誰にも分からなくても、カナメの眼はあの敵の全てを分析するのだから。
死地へ赴こうとするメリアの手を、カナメが掴む。
ポーラは驚きに表情で。メリアは困惑した様子で。それぞれカナメへと振り向く。
「カナメさん? 何のつもりですか?」
メリアの表情は厳しくなる。自分の覚悟を踏みにじられたと感じたからか、すぐにでも詰めてきそうな気迫だ。
彼のためにメリアはあえて強くも当たるだろう。彼女は、優しいから。
だが、対するカナメはいたって冷静だった。
「メリア、君が死にに行く必要はない」
「な、何を言っているのですか!? 私が原因なのです、私が行けば解決するんです。なら、それ以外ないではないですか!!」
叫ぶメリア。それでもカナメの表情は崩れない。
「解決はしない。だって、それじゃあ君が犠牲になる」
「そ────それは仕方のない事でしょう!? 私一人で事が解決するならそれが最高の結末ではないですか。それとも、カナメさんは大勢の犠牲が出てもいいというのですか!?」
「そんなわけないだろ。これ以上死人なんて出したくない。死んだらそれまで、やり直しなんて出来ないんだから」
「なら────」
「けど、だからってメリアを犠牲には出来ない」
おそらく、メリア一人を犠牲にするのが一番早くて一番確実な選択肢なのだろう。
けれど、その先のカナメの人生には絶対に影がさす。後悔が身を苛む。
きっとカナメはそれに耐えられない。
だから、この決断は自分のため。
誰のためでもなく、自分の気持ちを楽にするため。
そういう事なら。そういう事にすれば、カナメは何でも決断出来る。
「貴方は────」
「君は一つの可能性を捨てている。そう、一つだけこの状況を解決する方法が────誰の犠牲も出さない方法があるんだ。メリアの方法じゃ、他の全てが救われても君が救われない」
「ですが、解決するにはそれしか……!!」
そんな彼女の心の悲鳴を前に、カナメは宣言する。
「だから、俺が君を助ける。────アイツを倒して」
今度こそ、メリアとポーラの目が見開かれる。
あり得ない、信じられないといった風な視線を向ける。
けどカナメは不敵な笑みを浮かべるのみ。
これは無謀でも勇気でもない。奇しくもメリアと同じ、観察スキルが導き出した事実だ。
「数の問題だって言うのなら、これ以上は誰も死なせない。ここで俺が────あの勇者を撃破する」