プロローグ
「ソイツの使う魔法はフレアだけ。使用前に尻尾を振る予備動作が入るからよく見てくれ。あとそこ、毒付きの罠が仕掛けられてるから注意しろ」
そんな指示がパーティに飛ぶ。
群れをなす小人のような獣人──ポックルが手に持った杖を振ると、炎が射出される。
それを躱す三人の男女。
事前に忠告があった通り、尻尾の動きを見て軌道を読んだのだ。
そのまま腰の剣を抜き、反撃。連携の取れた攻撃がポックル達を凪いでいく。断末魔と共に次々と倒れていく獣人達。
見た目は小動物のようだが、実際は農作物を盗み、金品を奪い、時には人を襲う危ない存在だ。厄介極まりない奴ら、という事である。
その討伐依頼が出るのは当然の事だろう。
「だいたい倒したはずだけど……カナメ、他に罠は仕掛けられてないか?」
そんな確認が、一人の男から支持を出していた少年に飛ぶ。
少年は周囲を見渡すと、コクリと頷く。
「ああ、トラップとかはない。危険度は一旦ゼロだ」
その言葉を受けて、男は心から安堵したように息を吐く。
アイコンタクトが回され、全員の気が緩む。
「アンタがそう言うんならそうなんでしょうね。ま、私達もこれで安心だからいいわ」
「厳しく当たるなよ。カナメの観察スキルの精度は知ってるだろ? アイツが危険は無いって言うならないよ」
「…………ま、そうね。観察スキル、あと分析しか取り柄ないものね」
「……………………悪かったな」
カナメ、と呼ばれた少年は複雑そうな表情で応える。
事実、彼の助言で助かっているところはあるので他のメンバーも強くは言えないのであった。
そう、例えカナメが戦闘に────命を懸けたやり取りに一切参加していなくとも。
「それに、弓で牽制とかはしてくれてるしな。そんな事でも敵の意識が逸れるなら願ったりだ」
「…………全く、リーダーはカナメに甘いのよ」
四人のパーティのうち半分はカナメを敵視していた。
その理由は後方から偉そうに指示を出しているだけだからか、それとも──。
「ポックルの目的討伐数まではあと少しだ。ちょっと休憩したら奥に行こう」
「オッケー」
「ああ、分かった」
大樹の麓で一行は腰を落ち着かせる。
それぞれ水分や携帯食料を口にし、休息に努める。命の危険がある以上、集中力の低下は恐れなければならない。
例えそれが前衛であっても、後衛であっても。敵が強くとも弱くとも。
けれど、軽く交わされる雑談にカナメは混ざらない。一人だけ少し離れた所に座り、その様子を伺うのみだ。
けれどそれは、彼にとって自然な事……慣れたことだった。
笑い声や笑顔。冗談に軽口。親しい間柄だからこそできるノリ。
そういったものから一歩離れた所で観察するだけ。
膝を抱え、死んだような目でそれを眺める。そこに感情は無い。
羨ましいでも、混ざりたいでもない。ただ無感情にそういうものとして処理する。
フッと自嘲的な笑みさえ浮かんでしまう。
何もかも、あの日が悪い。そんな文句を脳内で思う。
結局は同じだ。
現実にいようが異世界に来ようが、カナメの立ち位置に変化は生まれなかった。それだけの話だ。
異世界。
異なる世界。
そう、あの日。この世界に送り込まれた運命の日。全てが反転した一瞬。あのめちゃくちゃな異世界召喚は今でも思い出せる。
あれは、そう三ヶ月ほど前の事。
本来輝かしいはずの異世界召喚。それがどうしてここまで落ちぶれたのか。
今思えばそれはカナメにとっての転換点。そして、当時の彼にとっては、夢の続きだ────。