第七話 反転(1)
マコト→フルーリナ→イヴ→マコト 視点
第七話 反転(1)
結局、俺はあの戦いの後にすぐに病院へと運ばれた。命に別状は無いようだが、暫くの安静を言い渡された。
「悪いな、リヒト。お前もケガしてるのに」
「いいんだよマコト。僕は入院せずに済んだからね」
リヒトは肩を負傷したらしく、その肩には包帯がぐるぐると巻かれている。こいつは入院するほどではなかったが、完治するのは俺の退院よりもずっと後だろう。それでもこうして手土産を持って見舞いに来てくれているのだからいいやつだ。
「そういえばイヴは?俺が入院してから見てないが?」
「イヴなら落ち込んでたわよ。私のせいでマコトがーって。今日にでも呼んであげるから、来たら慰めてあげなさい」
「どうしてイヴが落ち込むんだ……?」
「はぁ~これだからマコトは……」
フルーリナは大きくため息をつく。
「これだからマコトは……」
リヒトまで大きくため息をついた。何か変なことを言っただろうか?
「とにかく、イヴは落ち込んでるだろうから、心配ないぞって顔して励ましてあげなさいよね!!」
「あ、ああ……そうする」
そういってフルーリナとリヒトは病室を後にする。きっと明日も来てくれるのだろう。
「マコトって一回女心ってやつをちゃんと勉強した方がいいわよね」
「そうだね。女心というか、それ以前の問題な気もするけど」
私たちは愚痴を吐きながら病院の廊下を歩く。
「ねぇ、今日もやるの?その肩で?」
「ああ、もちろん。肩に支障が出ない範囲でね」
リヒトはこのところ毎日魔術の訓練をしている。リヒトのことだから、先の戦いで思うところがきっとあったのでしょう。
「熱心ね~そんなの一朝一夕で身につくものでもないでしょうに」
「だからこそ毎日やることに意味があるのさ。千里の道も一歩から、まずは一歩踏み出さないとね」
「そうね。でも無理だけはしないでよ?」
「それはもちろん!」
リヒトは笑顔で返す。でも、その表情はどこか思い詰めていた。
「……ねぇ、リヒト。一人で抱え込まなくていいのよ。誰かに頼るのも、立派な努力よ」
リヒトは一瞬だけ驚いて、そしてまた笑った。
「はは、フル嬢は流石だな。正直に言うとね、僕はね、やっぱり今のままじゃだめだと思うんだ」
リヒトはどこか悲しそうに、そして安らいだように話す。その目はどこか遠くの北極星を眺めているようだった。
「僕はね、ゆくゆくはこの国の人たちを守っていきたいと思っているんだ」
「だけどね、今のままじゃ、友人すら守れない。キミやイヴたちを守れない。僕は弱い。それが先の戦いで身に染みてさ」
「だから……力が欲しい。少なくともキミやイヴをこの手で守れるだけの力がさ」
彼はか細い声で、力強く語る。これは本心なのだと、心の底からの願いなのだと分かった。
「そうね、確かに今のままだと不安よね」
「うっ……言ってくれるね」
「だから、私も手伝ってあげる」
できることならば、彼の背中を押してあげたい。彼の真摯な心は、確かに私を動かした。
「えっ……?」
「だから、訓練に付き合ってあげるし、守りたい人がいるなら、一緒に戦ってあげる。そもそも、私もイヴも、ただ守られるだけのお姫様じゃないわよ」
「そっか……ありがとう」
彼は――今度こそ、少しだけ心の底から――安らいだように笑った。
フルーリナに言われて病室の前まで来てしまったけど、やっぱり入りづらい。こんなことになってしまった手前、何と言えばいいのだろう。思考がぐるぐると回るが答えは一向に見えない。
「どうしよう……」
「おい、さっきからそこにいるのは分かってるんだ。……別に怒ってないから入ってくれ」
「あっ、うん……」
ずっと病室の前にいたの、バレてたんだ……恥ずかしい。恥ずかしくて、顔が赤くなる。元々申し訳ない気持ちで一杯なのに、こんなに恥ずかしい思いをしたらまともに目も合わせられない。
「……別にお前のせいじゃない」
そんな私を見かねたマコトは優しくそう言ってくれる。
「でも、私がちゃんと反応できていれば、あんなことには……」
「できない仮定を立てるな、イヴ。あの攻撃をやり過ごすには、あれしかなかっただけだ」
「でも、私を庇わなければ、マコトは……」
「庇わなかったら、お前は今頃死んでいたぞ。結果こうして二人生きているんだ。良かったじゃないか」
マコトは私を気遣ってそう言ってくれている。事実、マコトの判断は正しかったのかもしれない。マコトが動いてくれなかったら、きっと私は死んでいただろう。
「でも、私も助ける意味なんてないよ……」
「どうしてだ?」
「それは……私が人形だから」
誰にも言ってこなかった秘密。誰にも言えなかった秘密。でも、マコトには話しておくべきだろう。マコトなら、話しても大丈夫だろう。そう思えた。
「人形……そういえばそんなことも言ってたな。どういう意味だ?」
「私はね、秩序派の研究者たちによって作られた人工生命体なの」
マコトは驚いたように目を丸くしている。無理もない。普通の人間の当たり前の反応だ。
「私は8年前に研究者たちによって創られた。その後一通りの知識と、戦闘技術を学ばされた。私は、あの自動人形みたいに優秀な兵士として期待されて創り出されたの」
「そうか……」
マコトは返す言葉に困っているようだった。失望されただろうか。
「だから、出来るのは人間の真似事だけ。人間らしくしようとしているけど、やっぱり分からないことだらけで」
「……結局私はただの人形なの」
正直な告白。もしこれでマコトに嫌われたのなら、それは仕方のないこと。
「……」
マコトは暫く黙った後に私を見つけた。
「そんなことはない」
「……えっ?」
マコトは真っ直ぐに私を見つめる。
「俺は、イヴを人形だと思った事はない。それに、イヴは俺よりもずっと人間らしいよ。そう思ってる」
マコトの優しい声は、じんわりと私の心を温める。
「でも、私は人工生命体で……!!」
「そうだとしても、お前の大切に思ってる人間は沢山いる。リヒトやフルーリナだってそうだろう。だから、そんなこと言うんじゃない」
マコトは真っ直ぐに私の目を見て言った。その言葉だけで、彼が私を受け入れてくれただけで、救われた気がした。
「……うん、ありがとう」
「……他の奴らは知ってるのか?」
「リヒトしか知らないよ。元々誰にも言うなって言われてるからね。だからマコトも……」
「分かった。秘密を守るのは得意だ」
「ありがとう」
私は彼の表情を見てホッとしながら病室を出た。
「……」
廊下を歩いているとふと気づく。どうしてだろう。どうして、マコトのことを考えるだけでこんなにも胸が苦しく、でも温かくなるのだろう。怪我については一件落着したはずなのに。
「……フルーリナに相談した方がいいかな?」
そんな事を考えながら、病院を出た。
俺の病室に、また誰か入ってくる。ご丁寧に扉をしっかり閉めてから、俺に挨拶した。
「……琥珀か」
「おっ、君からそう呼ばれるのは懐かしいな。ご丁寧に監視除けの結界までどうも」
琥珀と呼ばれた男はベッドわきの椅子へと腰掛ける。世間話はいらない。早速本題へと入る。
「それで、どういうことか説明してもらおうか」
「あー……うん、完全に僕の連絡不足です。ごめんなさい……」
琥珀は本当に反省したように俺に謝る。だがそんなことで俺の怒りが収まるはずもない。
「というか、今まで何してたんだ?」
「その件についてヒガンバナから一日中怒られてたよ……だからもう許して……」
ヒガンバナか、懐かしい名前を聞いた。彼女は怒らせると怖いから、コイツも身に染みただろう。
「彼女ったらずっと正座させられた状態で説教だからね……」
「そうか。俺の現状については知ってるのか?」
「そこは流石に誤魔化しました。うん。知られたら殺されるよ……」
実際に殺された人間は見たことがないが、割とあり得ることだからその判断は正しい。まぁ、その件についてはヒガンバナが全て代弁してくれただろうから俺は何も言うまい。
「まぁ、それならいい」
「でもケガに関しては流石に君の責任でもあると思うよ。彼女は君を十分に信頼している。もう監視対象でもないし、これ以上彼女の機嫌をとる必要はないんだ」
それは分かっている。現に秩序派のごく一部と俺らしか知りえない彼女自身の秘密を彼女の口から話してくれた。
「別に、必要だと思ったからやっただけだ」
「本当かなぁ、もしかして情でも移ったかい?」
「口を慎め。誰に口を利いてると思ってる」
「可愛い生徒かな?」
「はぁ……茶化すな」
「茶化してないよ。ところで君、もし彼女を殺せと言われたら、殺すのかい?」
どうしてそんな質問をするのか。答えは一つしかないだろうに。
「当然だ。それが任務なら」
「任務なら……ねぇ。ちょっとは同情とかないの?」
「同情する必要がどこにある。彼女はただの人形だろう。まぁ人間でも変わらないけどな」
「ふーん。流石、羅刹の一族と呼ばれるだけあるねぇ」
「なんだそれ。そんなの初めて聞いたぞ」
「嘘だろ?!確かに教科書には載ってないけど、僕は授業中にちゃんと話しました~。ちゃんと授業も聞いてくださ~い」
「はいはい、分かりましたよ。ジナン先生」
「よろしい。マコト・クロイツ。いや、黒崎家当主の息子、黒崎道くん」