第六話 嵐のような戦い
リヒト→イヴ→フルーリナ→イヴ の順で視点が変わります。
第六話 嵐のような戦い
「水の精霊よ!水の槍にて穿て!」
「丁巳這空!」
炎の蛇と水の槍がぶつかり合う。炎が勝り、水は蒸発して、炎の蛇が僕たちを襲う。
「結界展開!」
飛んでくる炎の蛇を、僕たちは結界でやっとのこと受け止める。
「これが……『黒崎家』の陰陽師……!!」
フル嬢も実力の差をハッキリと感じたようだ。目の前の相手は間違いなく強敵だと。
「それにしても……」
目の前の巫女は黒い手袋をはめ、腰には刀が2本差さっている。学園では見慣れない形の剣だ。
「ああ、あれカタナって言うんだよね。初めて見たよ」
「あなた、刀も扱うのね」
「ええ、巫女の嗜みの一つですから」
相手は不敵な笑みを浮かべる。まだ力の半分も出していないと言う顔だ。事実これまで単純な魔術の撃ち合いが続いたが、全て威力は巫女が優っていた。クラスで一番の精霊術の使い手であるフル嬢の水の魔術でさえも、この巫女は打ち消してみせた。
「来ないのですか?ならこちらから参ります」
彼女は刀に手をかけると、瞬時にフル嬢へと距離を詰めた。
「させるか!」
僕はそれを妨げるように、フル嬢への道を塞ぎ、剣を交えた。
「上出来よリヒト。前衛は任せたわ」
「ああ、後衛は任せるよ」
遠距離系の魔術が得意なフル嬢には後衛を任せて、前衛を僕が担当する。理に適った考えだ。
剣戟が響く。見慣れない剣筋を何とか見切りながら防戦に徹する。巫女はフル嬢の魔術を交わしながら僕を攻める。二人掛かりでもこちらが圧倒されている。
「刀ってそう使うんだね。段々分かってきたよ」
「そうですか。では、これはどうでしょうか」
「……なっ?!」
巫女は素早く剣を返すと僕の脇腹を切り裂いた。
「リヒト!?」
「大丈夫!」
危険を感じて後退したのは正解だった。傷は浅く、まだ十分に戦える。
「それよりフル嬢」
「分かってるわよ。こっちの準備はもう終わったわ」
「そうか」
僕は再び剣を構える。防戦に徹していては勝てない。今度は自分から攻める。
「うおおおおぉぉぉ!!!」
何度も剣を振り下ろすが、攻撃は全てかわされてしまう。
「はぁ……威勢はいいですが粗が目立ちすぎです。学園の生徒なんてこんなものですか」
相手はつまらなそうな表情を浮かべながら攻撃をかわしていく。
「これで、どうだ!!」
振り下ろした渾身の一撃を、軽く受け止められてしまった。
「……これで本気ですか?」
「ああ、本気さ!!術式起動!!」
「なっ?!」
予め剣に仕込んであった術式を起動させる。これは、入学試験でも使った術式。つまり剣の破壊だ。
「……くっ!」
相手の刀が半分残して砕け散る。その隙を僕は見逃さない。一気に攻勢に出る。
「どうだ!!」
「……甘いです」
それでも相手は体を素早く動かして攻撃を全て見切る。
「これも全部かわすのか……」
「まさかこれで終わりですか?」
「どうだろうね」
それでも僕は攻撃を辞めない。巫女が距離を取ろうと後退する。
「今だ!術式発動!!」
「なっ?!」
巫女の足元に魔法陣が浮かび上がる。これは相手の動きを封じる魔法陣だ。
「こんなもの……!!」
当然上位の魔術師ならすぐに解除してしまうのだろう。しかし、隙さえ作ればそれで十分だ。
「フルーリナ!」
「分かってるわ!土の精霊よ、お願い!」
再び巫女の足元に魔法陣が浮かび上がる。そして地面から鋭い土の槍が隆起する。地面からだけではない。空からも土の槍が降る。こうなれば、もう逃げ場はない。ましてや、巫女は今動きを封じている。やったか?!
「結界術式、起動」
しかし巫女はそっと呟いただけで、結界を展開する。結界は迫ってくる槍の先を全て折った。
「うそだろ……?!」
「流石黒崎家ね……」
そのまま巫女は何も無かったかのように拘束を解き、僕たちを睨みつけた。
「なるほど。手加減は不要のようですね」
折れた刀を握ったまま、僕に擦り寄る。じりじりと距離を詰められる。そして、一気に詰め寄られる。
「させないわ!ファイヤアロー!」
フル嬢が火の矢を放つ。それを、この巫女は黒い手袋で受け止めた。なるほど、その手袋は耐火性なのか。……なんて感心してる場合じゃない。巫女は折れた刀を短剣のようにして攻撃する。しかし短剣の相手はもう慣れたものだ。さっきより見切りやすい。
「もう一本の刀を抜いたらどうだ?」
「いいえ、これで充分です。拘束結界起動」
「なっ?!」
僕の足元にも魔法陣が敷かれていた。いつの間に敷いたのだろう。いや、この巫女は今この瞬間構築したのだ。
「ぐっ……」
身の危険を感じ拘束から逃れようとするが、結界は複雑で逃れられない。
「まずは一人ですね」
そして巫女は折れた刀を振りかざして、そのまま僕の肩に突き刺した。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「リヒト!!」
フルーリナの叫びが聞こえる。肩を貫かれ、激痛が走る。幸い左肩をやられた程度だったが、それでもこ
れ以上の戦闘は不可能だろう。
痛みを堪えながら拘束を解こうともがいているうちに、巫女の視線はフルーリナへと向いていた。
「……言っておくけど、一人でも戦えるわよ」
フルーリナは剣を構える。
「いえ、貴女はもう詰みですよ」
「……?!」
巫女は姿を消すと、急にフルーリナの目の前に現れる。そしてフルーリナの首を絞め、持ち上げる。段々とフルーリナの首筋が黒く染まっているのが見える。
「息……苦しぃ……これ……呪い?!」
「殺して差し上げてもいいですが、まぁ情報収集も私のお仕事です。大した期待はしていませんが、知っている事は吐いてもらいますよ」
フルーリナは苦悶の表情を浮かべている。僕は未だに拘束されたまま、肩の激痛に耐えていた。このままでは、フルーリナは……
剣戟が続く。マコトの剣と敵の剣がぶつかり合う。もう何合交えただろうか、未だに敵は余裕を見せている。
「くっ……!」
マコトが体勢を崩す。
「もらい!」
チャンスとばかりに敵は剣を振り下ろす。
「させない!」
「チッ……!!」
敵は私の銃弾を避けようと攻撃を中止する。私は攻撃を防ぐように銃を撃っていた。マコトが剣で敵を相手取り、私が銃で援護する。私たちのコンビネーションを以ってして、何とかこの自動人形と渡り合えている。
「嬢ちゃんも中々やるじゃねぇか!ほらよ!!」
「イヴ!!」
どこに隠し持っていたのか、敵は複数の投げナイフを私に向かって投擲する。不意の攻撃だったが、私は見切り全て避ける。
「……私は大丈夫だから、マコトも気をつけて」
「……だってよ、余所見してるんじゃないよ!!」
しまった!今のは私に向けた攻撃でなく、あくまでマコトの視線をそらすものだった!
「マコト!!」
敵の剣はマコトの胴体を真っ直ぐに突き刺した。
「……ん?」
「お前こそ、どこを見ている」
しかし剣を突き刺したはずのマコトの身体からは血の一滴も溢れない。
「幻術か?!」
マコトの身体は霧のように消え失せ、マコトはいつのまにか背後を取っていた。
「甘いね!」
「……なっ?!」
敵は肘から鋭い針を出してマコトの剣を防いだ。そうだ、相手は全身機械仕掛けの自動人形だった。
「こいつ……全身凶器かよ」
剣を防がれたマコトは驚いている。でもマコトのお陰でスキはできた。相手が機械だというのなら、とにかく全身を破壊するまで。
「Set,Kano!」
私は魔力を込めて銃を連射する。
「うぐっ?!」
私の銃撃は、相手の至る所に命中した。相手は膝をつく。……しかしすぐに立ち直った。銃弾は全て身体を貫くには至っていなかった。
「硬すぎるだろ……」
マコトも驚いているようだ。私はそれ以上に驚いている。今のは私に出来る最大限の攻撃だった。自動人形はゆっくりと私たちに視線を戻す。その表現からは先程とは違い恐ろしさすら感じる。
「ふーん、そろそろ手加減はいらないか」
「術式起動、第一制限解除」
「お前まさか……?!」
マコトの声が震えだす。私は自分の体の震えを感じていた。
「今まで魔術行使もなしに戦ってたのか?!」
「目標、補足」
その目は私だけを睨む。私は急いで引き金を引く。
「……?!」
しかし相手はひらりとかわし、私の目前へと迫る。先ほどとは段違いの、強化された動きで剣を突き刺す。
「イヴ!!」
突然体が吹き飛ばされる。何が起きたのか、起き上がるとそれはすぐにわかった。
「マコト!!」
相手の剣は、私ではなくマコトを切り裂いていた。
首が痛い。息が苦しい。目の前の巫女は私の首を絞め上げる。
「止めろ」
巫女の背後から急に響いた低く冷静な声が、肌を震わせる。
「……おや」
巫女は驚いたように私の首にかけた手を緩める。
「強い強制の言霊を感じます。でも、そんなものが私に効くと思いましたか?」
「フルーリナに手を出すな」
その声の正体はリヒトだった。普段とは違う、周囲を威圧する低く冷徹な声。リヒトは肩に刺さった剣を抜き、巫女に近づいていく。
「ああ、貴方が緑髮の……なるほど」
巫女は私を手放し、地面へと落とす。
「ゲホッ……ゲホッ……」
ようやく解放された私は咳き込む。リヒトは銃を構える。巫女もまたリヒトに対して呪符を取り出した。
「そこまでだ。よく戦った」
「侵入者?!」
突然第三者の声が響く。直後、銃撃――爆撃と呼んだ方が正しいのかもしれない――が巫女に降り注ぐ。巫女は煙に包まれる。
「……驚きましたね」
煙の中から再び巫女の姿が見える。結界を張っているようで、外傷はない。
「結界か、厄介だな」
今の銃撃を行った魔術師が姿を現す。一人ではないわね。4人ほどいる。大型の魔術銃を携える隊員は、全員全身黒ずくめのスーツに黒いヘルメットで顔を隠している。秩序派の兵士の中で、これほど特徴的で象徴的な部隊は他にいない。
「α部隊……ですか」
α部隊。皇帝直属の精鋭部隊として知られる、秩序派にとって最強の部隊。全身黒ずくめのスーツに黒いヘルメットがトレードマークとされている。そんな部隊がどうしてこんなところに?!
「……第二撃発射!!」
隊員たちは巫女を囲み銃で巫女を撃つ。もはや蜂の巣ね。威力もイヴの銃撃よりも格段に上。
「……なるほど、やりますね」
巫女には外傷があった。軽い外傷だけど、あの無敵とも思える結界を破った証拠ね。
「お前は我々によって包囲されている。おとなしく投降しろ、女」
リーダー格と思われる男が呼びかける。
「投降なんてしませんよ。まだ切り札すら出していませんから」
「そうか、だがそれはこちらもだ。これ以上は容赦しないぞ」
「そうですか……では」
巫女はもう一方の刀へと手をかける。その刀の鞘は紅に染まっている。特別な刀なのね。巫女がそれに手をかけた瞬間、私の背筋に寒気が走った。あれは、“抜くこと”すら危険なシロモノね。
「封印解除。是豊穣と繁栄を約束せし紅の剣。朱き大凰よ、大路へと続く羅生の門より出でよ。
赤剣朱雀……抜刀!」
鯉口が切られただけで、鞘から炎が噴き出す。そしてその紅の刀身を晒すとともに、辺り一帯は煉獄の炎に包まれた。あまりの灼熱に、視界が歪む。炎が落ち着くと巫女の姿は消え去っていた。
「……逃げられたか」
隊員たちは辺りを見回すも、見当たらない。また幻術で隠れている……というわけでもないようね。
「まぁいい。無事か、君たち」
「ええ、なんとか」
リヒトは他の隊員たちから治療を施されていた。他のクラスメイトも隊員たちが診ていた。
「君は大丈夫か、お嬢さん」
リーダー格の男が座り込んでいた私に手を差し出した。私は、その手を取る気にはなれなかった。
「余計なお世話よ」
「そうか、すまない」
その男は私が自力でなんとか立ち上がるのを見届けると、またどこかへと行ってしまった。
「大丈夫かい?フルーリナ」
リヒトが私に声をかける。彼は刺された肩をかばいながら歩いていた。
「ええ、なんとかね。それよりもあなたよ!大丈夫?!」
「うん、すごく痛いけどね。少なくとも本部までは歩いて帰れるよ」
「そう……無理しないでよね」
「ありがとう、フルーリナ。それより、イヴたちは何もなければいいけど……」
「マコト!!」
マコトは腹部を切り裂かれ、その場へとうずくまる。敵はマコトを見下ろしながら何やら呟いていた。
「おかしいな。本当なら真っ二つになってるはずなんだが、まさかお前……」
「マコトから離れろ!!」
「おっと!」
私は銃撃しながらマコトへと駆け寄る。敵は私の銃弾をかわし、私たちから距離を取る。
「マコト、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
私は敵を警戒しながら包帯と霊薬を渡す。
「ふーん、体を張ってお姫様を守ってやるなんてねぇ。やるじゃないか、アンタみたいな男は嫌いじゃないよ」
「よくもマコトを!!」
私は怒りとともにあの自動人形を睨み付ける。
「そう睨むなって。アンタもこいつと一緒にあの世に送ってやるからよ!!」
敵は再び武器を構える。私はマコトを守りながら戦わなければいけない。マズイ。圧倒的にこちらに不利だ。おそらくすぐにやられる……!!
「……ん?」
相手は何かに気づいたようだ。これは、乗り物の音か。段々と大きくなってくる。こちらに向かってきているんだ。音はすぐそこまで近づいてきている。これは、バイクだ。
「イヴ!マコト!」
バイクに乗った男が銃を発射する。銃弾はすべてはじき返されるが、私たちを敵から庇うように男はバイクを止めた。
「ジナン先生!!」
「イヴ、マコトの治療をしてくれ」
「はい!」
ジナン先生が敵をけん制してくれるおかげで、私はようやくマコトの傷の様子を見ることが出来た。自力である程度は治療したようだが、包帯の巻き方が甘い。
「……ありがとうイヴ」
「これで大丈夫」
かなり出血していた。大丈夫……そう信じたい。
ジナン先生は敵と向き合い銃を構える。
「解放派の兵士に告げる。まもなくここには増援が来る。命が惜しければ撤退するんだ」
「命が惜しければ……ねぇ。人形のアタシにそれを言うかい?」
「そうでなくても、これ以上お前たちの任務を果たすことはできない」
「ふーん。まぁあんたみたいな優男が一人増えたところで、3人殺すぐらいならできそうだけどな」
「それは出来ない。僕が全力で止めて見せる」
ジナン先生は真剣な眼差しでそう言い放った。
「それに、マコトにここまでの傷を負わせたこと、後で後悔するぞ」
「ふーん。やっぱそういうことかい。なぁ、イヴとかいったか?」
彼女は急に私を見た。私は銃を向けて威嚇する。
「そう警戒すんなって。アンタとは交渉してやるだけだ」
「交渉……?何を望む気だ?」
このような状況で交渉とは、敵は何を考えているのだろう。
「なぁ、アンタ解放派の仲間にならないかい?今なら歓迎してやるよ」
「ふざけるな……そんなことして何になる?」
「ふーん。ならうちに来るなら男二人は見逃してやるよ」
「なっ?!」
二人は驚いたように彼女を見つめた後、何も言わずに私を見つめた。誘いに乗れば、彼らを確実に助けられるかもしれない。しかしそんな約束を果たして本当に守る気があるのだろうか。
「疑ってるのかい?ならこの誓約書にサインしてもいいぜ?」
彼女は羊皮紙を取り出し、さらさらと誓約書を書き上げる。魔術による契約は絶対だ。たとえ破ろうとしても、術者の魂は拘束され、契約に抗うことはできない。それならば二人の命は保証される。だが、それは同時に解放派への服従を意味する。ならば、答えは一つだ。
「ふざけるな!解放派に寝返るなんて絶対にあり得ない!!」
「へぇ、どうしてだい?」
「私は仲間とともに共に戦ってきた。マコトやジナン先生、リヒトやフルーリナだってそうだ!みんな私を信じてくれている!共に秩序派のために戦っている!私は自分の命惜しさに仲間を裏切るなんてしない!!私は、大切な人たちを裏切ることだけはできない!!」
――こころからの叫びだった。マコトや先生がそれを望んだとしても、私にはできない。だからこそ
「ふーん、ぷっ、なんだよそれ。あっはっはっ!!!!あはははは!!!!」
敵がそれを笑い飛ばしたことに、どうしようもない怒りを覚えた。
「あっはっはっはっはっ!!!あーお腹痛い」
「なぜ笑う!!」
「……イヴ」
憤慨する私の手を取り、ジナン先生は優しい目で私を見つめた。
「あいつは強い。冷静になれ。好きなだけ笑わせておけばいい」
悔しかったが、そう言われて少しだけ冷静になった。
「あー……久しぶりにこんなに笑ったわ~」
敵は笑涙を拭きながら私たちを見つめる。
「アンタのその滑稽さに免じて今日のところは退いてやるよ」
「なんだと……!!」
「……イヴ!!」
挑発に乗った私を、ジナン先生は引き留める。そしてそのまま敵は去っていった。
「先生……!!」
「悔しいのは分かる。でも今はマコトの治療が最優先だ」
「あっ……」
すっかり忘れていた。挑発されて気が回らなかった。そうだ、マコトは手当てをしたとはいえ危ない状態だ。本当なら治療を優先するべきだった。
「ごめんなさい、私……」
「いいんだ。僕だって悔しいよ。マコトは僕が運ぶ。悪いけどイヴは本部まで歩いてきてくれるかな?」
「……はい」
冷静になった私は、罪悪感に苛まれる。ごめん、マコト。どうか無事でいて……!!