第一話 曙のような出逢い
第一話
曙のような出逢い
目を開けると、閃光に包まれた白い“無”が在った。
目を閉じると、暗黒に包まれた黒い“無”が在った。
私が――“私”の意味も分からぬままに――横たわっていると、誰かがこの空間に入ってくる。
「目を覚ましたか?」
それが何を意味するかも分からないまま、ただ目の前の影を見つめる。
「君の宇宙は今日誕生した」
「世界と生とは一つである」
「君は君の世界である」
「おそらく言っている意味が分からないだろう。これがコトバだということすら」
「今の君の世界はただナンセンスだ」
「だからこそ君の心は綺麗な白紙だ」
「いつか君もこの意味も理解できるようになるだろう」
「君の世界に祝福あれ」
目を閉じると、再び闇へと引きずり込まれた。
――雨が降り注ぐ。
――土の匂いを硝煙の匂いが覆い隠す。
――ここは驚くほどに静かで、小さな物音がしたかと思えば、
――すぐにけたたましく銃声が響く。
――そして硝煙の匂いを血の匂いが覆い隠す。
――手にした銃の熱を感じながら、私は黒い空を見上げていた。
剣戟が響く。銃声が響く。俺は手にした木の剣を見つめる。
「次の受験者!」
「……」
「あれ?おーい!」
「……」
「クロイツくーん?マコト・クロイツくーん?」
マコト、という名前を聞いてハッと我に返る。マコト・クロイツ。それが俺の名前だ。
「あっ……はい」
「いたいた!よかった~もしかして君緊張してるね?」
若そうな教師がこちらに向かって来る。金髪で男なのに髪が長い。見たところナンパでいけすかない奴だ。
「いや、そういうわけじゃ……」
「大丈夫だって。この試験は試合といっても、負けたら失格になるわけじゃない。あくまで君がちゃんと
戦えるかどうかを審査するのが目的だ。精一杯頑張って戦えばまず合格になるはずさ」
パンと背中を叩かれる。勇気づけのつもりだろう。そんな必要などないのだが。
「……ありがとうございます」
一応礼だけは言っておく。
「さっ、そこに立って」
試合場に立つ。相手はすでに準備しているようだ。お互いに開始線まで歩み寄る。
「ははっ!もうビビってんのか?」
初戦の相手は高慢なやつのようだ。俺は試合開始まで息を整える。審判が立ち、合図をする。
「両者用意!始め!」
試合の開始だ。俺は構えた足に力を込めて瞬時に距離を詰める。
「一瞬でカタをつけてやるよ!炎の精霊よ……ぐぁああ?!」
そして相手の詠唱を待たずに、剣で思いっきり殴り飛ばした。
ライヒハート魔術士官学校。それは魔術師にとっての教育機関であるとともに、研究機関をも兼ねたこの国の権威ある学校である。今はその入学試験だ。どうやら学科試験はパスできたらしい。そして学科試験をパスした者には実戦形式での試験が課される。
結局2回戦目も魔術を使わずに勝ってしまった。今度の相手は数秒持ちこたえたが、さっきより小柄だったのでよく飛んだ。
「次も勝てばSランクってところか?」
この学校はランクごとに組分けされている。優秀な者は当然Sランクのクラスに在籍することになる。俺のような新入生はこの入学試験の成績によってランクが決まるのだ。
「やぁキミ!」
突然肩を叩かれる。振り返ると、緑髪の青年がいた。背は俺より少し高いか。
「キミだよね!魔術を使わないで剣で相手を倒してたのって!」
「……そうだが」
「やっぱり!すごいなぁ!」
こいつは純粋な目で俺を見つめてきた。
「ボクの名前はリヒト・キュンツェル。リヒトって呼んでくれるとうれしいな。ねぇ、キミの名前を教えてよ」
「……マコト。マコト・クロイツだ」
「マコトだね!よろしく!マコト!」
彼は俺の手を強く握って握手を求めてきた。俺も渋々応じる。
「よろしく、リヒト」
「キミとは友達になれそうだ!もし同じクラスになったらよろしくね!」
「ああ、なれるといいな」
「あっ!3回戦目の相手決まったみたいだよ!」
リヒトは俺の手を引っ張り、掲示板まで案内してくれた。掲示板に群がる受験者をかき分けよく見えるところまでたどり着く。俺の名前は早くも見つかった。そして、俺の対戦相手は――
「ボクの対戦相手は……マコト・クロイツかぁ。マコト!次はボクが相手みたいだね!」
魔術と一口に言っても、魔女術、錬金術、数秘術、ルーン魔術、占星術など多岐に渡る。そして魔術師は誰しもが自らの得意とする魔術系統を持ち、自らが得意とする戦術を持つ。そのため魔術師の扱う武器も多岐に渡り、剣、槍、銃などを武器として扱う者もいるし、純粋に魔術のみで戦う者もいる。
リヒトの手にしている武器は剣だ。試合用としての切れない木の剣だが、全力で振り回せば危険な代物だ。奴も2連勝中のようだからそれなりの実力者であることは確かだ。
試合場に入り、開始線を踏む。双方剣を構える。
「よろしく、マコトくん」
「ああ、よろしく」
リヒトの構えは、しっかりと剣術を学んだ人間のものだ。先ほどまでの相手とは違う。
「用意!始め!」
開始の合図とともに俺は切りかかる。しかし初撃は防がれた。ならば攻撃を繰り返す。しかし奴はすべての攻撃を防いだ。
「あはは、そう来るとは予想してたけどまさか本当に来るとはね」
こいつはまだ笑う余裕すらあるらしい。
「ところで、ボクにも魔術を使ってくれないのかい?」
「お前だってまだ使ってないじゃないか」
「やだなぁ。キミ、気づいてないんだ」
「どういう……」
今度は向こうが攻撃を仕掛けてきた。凄まじい連撃だが、見切れないほどじゃない。攻撃を受け止めながら、反撃の機会を探す。この恐らく連撃が止むときがチャンスだ。そこを一気に畳みかける。
「これでどうだ!」
奴の鋭い一撃が、俺の首へとせまる。これを受け止めた時が反撃のチャンスだ。俺がその一撃を受け止めようとしたその時だった。
「……!!」
俺の剣は半分ほど残して砕け散った。
「まずい!!」
剣が砕け散った以上、受け止めることはできない。咄嗟に体を逸らして剣を回避する。
「おお!これも躱すんだ!」
すぐさま距離を取り体勢を立て直す。
「その剣……魔術装飾されているな」
「あったりー!ちなみに木の剣だけど気を付けて!魔術で鉄より硬くしてるからね。うっかり切っちゃうかもよ」
「その魔術、ルーン……じゃないな。カバラあたりか?」
「そこまで分かるんだ!詳しいんだね」
「なるほど。お前が得意なのは数秘術か」
「そういうこと。それじゃ、キミの魔術も見せてほしいな。そんな半分に砕けた剣じゃ、戦えないでしょ?」
「さて、どうだろうな」
俺は再び突撃する。
「そんな剣でまだ戦う気かい?リーチはもうこっちの方が有利なんだよ」
その通りだ。長い剣と半分に折れた剣なら、長い剣の方が強いのは明らかだ。リーチというのは戦いでの優位を大きく左右するものだ。
しかし、俺にはこれが一番しっくりくるのだ。
「Set, uruz!」
「……!!ルーンによる身体強化か?!」
そう、正解だ。一瞬で距離を詰め、奴の懐に入る。そしてそのままこの短くなった剣を振りかざす。しばらく剣戟が続く。しかし、先ほどとは違い奴の動きには隙が多い。
「キミ、本当は短剣の方が得意なんだろう」
「そういうお前は短剣とはあまり戦ったことがないようだな」
リヒトの剣が手から離れ、はじけ飛ぶ。すかさず俺は剣を首元に突き付ける――チェックメイトだ。
「やられたなぁ、キミの剣も魔術装飾が施されているなんて」
リヒトは両手を上げて降伏を示しながら俺の剣を見た。
「気づいたか」
「あぁ、しかも“折れたら短剣の形になるように”装飾されてるなんてね。まさかこちらの戦略を利用されるとは、大したもんだよ君は」
「そういうお前も、なかなかの剣術だったよ」
事実俺も剣術の腕前には相当な自信があった。それでも渡り合ってきたのだから、かなりの腕前だ。
「ありがとう。でも、仮にも魔術師なんだから魔術で評価してほしいかな」
試合が終わり休憩していると、何やら試合場の方が騒がしい。様子を見に行こうとすると、ちょうど人ごみの中にリヒトを見つけた。
「リヒト、何かあるのか?」
「あれ、マコトは知らないのかい?」
リヒトは驚いたように俺を見つめた。
「何があるんだ?」
「今年の入学試験の首席を決めるトーナメントだよ。3連勝した生徒は参加できるんだ。ボクはキミに負けてしまったから出られなかったけどね」
「なるほどな……あれ?俺は3連勝したよな?なんで呼ばれてない?」
「あぁ、そういうこと……」
リヒトは急に目を逸らす。
「どういうことだ?」
「うん……出場資格は試験で3連勝することと、学科試験でSクラス相当の成績を収めることなんだ。つまり……」
「分かった、言わなくていい。言わなくていいぞ」
「そっか。丁度もうすぐ決勝が始まるはずだよ。見に行こうよ」
「そうだな」
試合場の前は観客で溢れていて、俺達は人ごみをかき分けてどうにかまともに観戦できる位置まで来た。
「もう始まってるじゃないか?!」
「そうだな」
「試合はどうなってる?!」
試合場には二人の女子生徒が立っていた。一人は銀色の長髪を持った色白で長身の女。そしてもう一人は小柄で青い短髪の少女だった。銀髪の方には木の人形が2体付いている。
「銀髪の方は人形使いか」
そして青髪の方は手に二丁の拳銃が握られていた。
「拳銃なんてものも使えるのか」
「まぁ、試合用のゴム弾だけどね」
なるほど。それならせいぜいボールが当たる程度の衝撃で済むはずだ。そのほうが木の剣なんかよりもずっと安全かもしれない。
銀髪の女が人形を操作して攻撃を仕掛ける。人形の腕は真っすぐ青髪の少女の足許を捉え――そして青髪の少女はそれを跳躍して躱した。そして跳躍と同時に銃を構え、引き金を引く。
「Set, kano!」
詠唱とともに、二丁の拳銃を連射する。銃弾は木の人形を貫通し、銃弾の雨は人形を粉々に砕いた。
「……ゴム弾だよな」
「ゴム弾のはずなんだけどなあ」
どうやら拳銃に魔術装飾を施しているらしい。あれは、俺の知っているルーン文字だ。
「くっ……」
人形をつぶされた女は動揺を見せているようだ。無理もない。人形使いにとっての最大の武器がつぶされたのだ。
「いいぞ!イヴ!!」
「イヴ……?」
「イヴ・ヴァイネント。拳銃の方の彼女の名前だよ」
「知り合いだったのか?」
「同じ学校の出身でね。彼女はもともと成績優秀で魔術戦も強かったからよく知っているよ」
「ふーん」
イヴと呼ばれた青髪の少女はリロードを済ませると相手に向かって近づいていく。人形使いの最後の人形がそれを阻もうとする。
「Set, uruz!」
彼女は高く跳躍した。人形の頭上を通り、飛び越えていく。
「ここで決める気か。でもあれじゃあ魔術攻撃に抵抗できない」
「ま、それを考えない彼女ではないよ」
リヒトは自慢げに言った。
「フレイムアロー!!」
人形使いは空中の彼女を魔術で狙い撃つ。多数の炎の矢が彼女に向かっていく。
「Set, eihwaz!」
しかし彼女は体を回転させながら、炎の矢の一つ一つを正確に狙い銃撃ですべて撃ち落とした。矢を撃ち
落とすなど、飛んでいる鳥を撃ち落とすよりも難しい。それを彼女は軽々とやってのけた。
「マジかよ」
「マジなんだよ」
驚く俺を見て、リヒトはなぜが満足げだ。
「……!!」
銀髪の彼女が詠唱を始めるよりも早く、イヴの拳銃は彼女の額に当たっていた。
「勝負あり、だね。今年の主席はイヴだ!!」
ガッツポーズをしたのは、なぜかリヒトの方だった。
そうして、入学試験は無事終了し、俺は入学式を迎えた。お偉いさんのスピーチなどは全て聞き流していたから、よく覚えていない。首席だったというイヴがスピーチをしていたのだけはよく覚えている。
結局俺はSクラスになった。リヒトもどうやらSクラスに入れたらしい。入学式の後、Sクラスは教室
に入り顔合わせをすることになった。教室に入るなり、リヒトは俺の隣に座ってきた。
「やあ!一緒のクラスになれたね!」
「そうだな」
「あっ、先生が来たみたいだ」
ドアが開き、金髪の若い教師が入ってくる。
「このクラスの担任のジナン・エーヴァルトといいます。みんなよろしく!」
俺らの担任は、どうやらこの教師のようだ。どこかで見たことがある気がするが、どこだったか。
「それじゃあ順番に自己紹介をしてもらおうか!えっと、あっキミから!」
そういって指されたのは、俺だった。
「なんで俺?」
「ほら、入学試験の時に話したでしょう?」
「いや、話してませんが」
「もう忘れたのかい?試合前に勇気づけてあげたじゃないか」
ああ、あの時のか。余計なお世話だったが。
「じゃあさっそく自己紹介してよ」
俺は立ち上がり、
「はい、マコト・クロイツです。よろしく」
そしてすぐに座った。
「……え?それだけ??得意魔術は?好きな食べ物とかは?」
教師は目を丸くしている。
「はぁ、得意魔術は……ルーン魔術。好きな食べ物は特に無い」
「う、うん、そっか~ルーンが得意なんだぁ~」
教師はなぜかぎこちなく笑っていた。
「ほら、先生困ってるじゃないか」
リヒトが耳打ちしてくる。
「なんでだ?」
「なんでって、キミ……」
「え、えっと~じゃあ今度は隣の君!」
「はい!リヒト・キュンツェルです!得意魔術は錬金術!好きな食べ物はバウムクーヘンです!この学園ではみんなと仲良くなることが目標です!皆さんよろしくお願いします!」
「はい!リヒトくんありがとう!じゃあどんどん自己紹介してくれるかな?」
教師はリヒトの自己紹介になぜか拍手を送っていた。
「なんでリヒトには拍手してるんだ?」
「キミ、きっと人付き合いとか苦手だろう」
「よくわかったな。そんな魔術があるのか?」
「魔術でなくても分かるよ……うん」
その後自己紹介は淡々と行われていく。
藍色の目をした女子生徒が、その長い銀髪を華麗になびかせながら立つ。
「ごきげんよう。フルーリナ・リーデルよ。得意魔術は錬金術。好きな食べ物はチーズフォンデュよ。よろしくね」
雪のような白い肌に、輝く銀髪。スレンダーな体つきに、整った顔。その美しさに加え彼女はどこか高貴な雰囲気を醸し出していた。
「彼女、あの時のか」
リヒトが急に呟いた。
「あの時?」
「キミも顔を見て思い出しただろう?」
「いや、全く」
「おいおい、首席決定戦でのイヴの対戦相手だよ。よく見たらあんなに美人だったのか」
「ああ……よく覚えてるな」
「キミが忘れっぽいだけだよ」
「……そうなのか?」
「とにかく、今のところ実力はこのクラスのナンバー2ってことだよ」
「ナンバー2か……」
「ってあれ?彼女こっち見てない?」
確かに彼女はこちらを見ている
「……見てるな」
「え?もしかして僕のことが気になってる?これはワンチャンあるのかな?!」
なにがワンチャンなのか分からないが、彼女は確かに“俺を”見ていた。
「イヴは……最後か」
リヒトがイヴと呼んでいた少女が立ち上がる。橙色の目で、人形のような小柄な少女だ。青色の短髪が揺れる。
「……イヴ・ヴァイネント。得意魔術はルーン魔術。好きな食べ物は特に無いです。よろしく」
彼女は表情一つ変えないままに自己紹介をすませると、すぐに座った。
「はい、じゃあ今日はここまで!明日から早速授業だから準備しておくように!」
自己紹介も終え、HRが終わると放課となった。
「おーい!イヴ!」
リヒトは離れた席にいたイヴを呼ぶ。
「……リヒト」
イヴはこちらに近づいてきた。
「首席おめでとう!すごかったよ!スピーチもよかった」
「……ありがとう」
彼女は相変わらず無表情のままリヒトと話していた。決して仲が悪いわけではなく、むしろかなり親密な関係のようだ。
「……ところで」
「ああ、彼かい?彼はマコト・クロイツ。彼もルーン魔術を使うんだって」
「そうなんだ」
相変わらず表情が変わらないので何を考えているか分からないが、俺をまじまじと見つめてきた。興味を持たれたのか。
「私はイヴ・ヴァイント。イヴって呼んでくれていい。よろしく、クロイツ君」
彼女は俺に手を差し出して来た。
「……俺もマコトでいい。よろしく、イヴ」
俺も、彼女の手を取り握手を交わす。
「うん、よろしく。マコト」
握手をすると、彼女はすぐにどこかへと行ってしまった。
「……クールなんだな」
「キミみたいだね」
「……そうか??」
この学校は全寮制で、生徒は皆寮に住む。部屋はすべて個室になっている。部屋に戻る前に、リヒトか
ら夕食に誘われたので一緒に食堂で食事をした。夕食後はリヒトと別れて自分の部屋へと向かう。
部屋に戻ると、ベッドへと倒れこむ。今日一日は忙しかったからか、疲れがどっと出てきた。
「イヴ・ヴァイネントか……」
ふと彼女の姿が脳裏に浮かんだ。どうにも気になってしょうがない。入学試験で見た圧倒的な強さ。教室で言葉を交わした時に感じたミステリアスな雰囲気。それらが混ざり合って俺の目の前に浮かぶ。
「なんだか……みたいだったな」
俺は呟きとも言えない小さな声で囁くと、そのまま眠りに落ちていった。
目を覚ますと、日はとっくに沈み、日付も変わっていた。
「寝てたのか……」
普段より早く寝てしまったからか、不思議と目は冴えていた。再び寝ようにもなかなか寝付けない。
「……すこし散歩でもするか」
門は閉まっているため寮の外には出れないが、中ならば大丈夫だろう。
廊下の明かりは最低限ついていた。薄暗いが、全く見えないわけじゃない。皆寝静まっているようで、個室からは何も聞こえない。静かな廊下をただ一人歩く。
「……??」
何か物音がした気がした。誰か起きているのだろうか。行くあてもないので、音のする方へ歩き出す。
長い廊下をひたすら進んでいく。近づくにつれて、音は大きくなっていく。段々とこれが何の音かも分かるようになってきた。これは――銃声だ。
バン、バン、バン、と断続的に銃声が聞こえる。そして俺は銃声の聞こえる方向へと歩いていく。暫く歩くと、明かりのついた部屋が見えてきた。
「ここは、射撃場?」
自主練習をしたい生徒のために、寮内でもこのような施設があるとはリヒトから聞いていた。さっきから聞こえる銃声はここからだろう。窓から中をのぞき込むと、そこにいたのは、イヴ・ヴァイネントだった。
そっとドアを開ける。イヴは突然のドアの音に驚いたようで、体をビクリとさせた。
「……マコト?!」
イヴの表情は――相変わらず分かりづらいが――確かに驚いた顔だった。こいつ、こういう顔もするのか。
「悪い、驚かせて」
「こんな時間にどうしたの?」
「眠れなくて散歩してた。えっと、イヴは自主練か?」
「うん。いつもの日課」
「そっか」
どうやらお互い寡黙なので、思うように会話が続かない。こんなときだけはリヒトがいてほしい。
「そういえばリヒトとは知り合いだったな」
「うん。前も同じ学校」
「少し話さないか?リヒトについても聞きたい」
このまま立っていても落ち着かないので、近くの椅子を指さす。
「いいよ。私も貴方のこと、少し気になってた」
「……そうか」
俺は気まずさを紛らわすように、椅子を持ってきて彼女を座らせた後、自分も座る。
「リヒトは前の学校だとどんなやつだったんだ?」
「今と変わらないよ。前の学校でもクラスの人気者でリーダーみたいな感じだった。多分、この学校でも同じようになると思う」
「そうだな」
確かにリヒトのコミュ力はかなり高い。それにどこか憎めないやつだ。いい奴そうだからそれなりに信頼に足る奴なのだろう。
「でも、珍しい」
「珍しい?」
「リヒトがずっとマコトと一緒にいるの。あまり特定の誰かとずっと一緒にいるようなことは少なかったから」
広くて浅い付き合い……ってことか。
「それは入学したばかりだからだろ。そのうち他の奴らとも喋るようになる」
「そうかな。でも、マコトのこと気にいってるみたいだった」
「……俺のどこが気に入ったんだ?」
正直気に入られても困る。奴は俺の何を見ているんだ?
「分からない。でも、普段と違う雰囲気だった」
イヴも分からないようで、困った表情をしている――ように見えた。
「ふーん……」
彼女が何を考えているのかイマイチ分からない。
「でも、彼はいい人だよ」
「それは分かってる」
「うん、私をいつも気にかけてくれる」
「ふーん……」
「私、人付き合いが苦手だから、いつも彼に助けてもらってる。勉強も得意だし」
「勉強ができるのはイヴもだろう?」
「ううん、私なんてまだまだ。勉強に関してはリヒトがいつも一番だった。私はいつも二番手」
二番手でも十分にすごいじゃないか。と思ってしまうのは俺の勉強が苦手な証拠か。
「すごいんだな。あいつ」
「うん。凄くて、優しい人」
そういえばリヒトも彼女に対してはかなり賞賛していた。お互いさまということか。
「そうか」
彼女が彼にどういう感情を向けているのか。それが気になったが、今は聞かないことにした。
それから、暫く二人で話し込んだ。前の学校の事やお互いの魔術についてなど。気がつけばかなり時間が立っていた。
「……こんな時間。もう寝ないと」
「え?うわっ、もうこんな時間か」
俺達は慌てて部屋に戻ろうとする。廊下を抜けて、男子寮と女子寮の分かれ目までやってきた。
「……マコト」
イヴは俺に振りかえると、
「また明日」
そう言って俺に笑いかけた――ように見えた。
自室へと戻る彼女を、俺は呆然として立ちすくみながら見ていた。彼女はいつも無表情で思考が読めない。しかし、あれは笑顔だった――はずだ。
「あいつ、あんな顔もするのか」
それからしばらく、脳裏に彼女の顔が焼き付いて離れなかった。
再び眠りへと落ちていく。
――これが、長い戦いの始まりだった。