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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
ローゼン・サーガ
9/26

サーガ09

 一行が訪れた村は、村にしては大きく、都市と同じくらいの大きさであった。ここなら、旅に必要な物や宿屋がいくつかあるに違いない。

 村の中は少し騒がしいように思えた。大勢の人々が駆け回って大声を出している。

 いったい何があったのかと耳を澄ませると、ひとりの男がこう叫び回っているのが聴こえた。

「また、魔導士が〈混沌〉になったぞ!」

 キースは自分の耳を疑った。魔導士が〈混沌〉になる――そんな話聞いたことがない。そもそも人間が〈混沌〉になるなどあり得ない話だ。

 事の真相を確かめようとキースは人々の向かう方向に走って行った。その後を他の者も慌てて追いかけた。

 キースたちが向かう方向には大勢の魔導士と思われる人々も向かっていた。村にしては魔導士の数が多い。

 道端で魔導士たちが円陣を組み、何かを取り囲み、魔導の力によって何かをしようとしていた。それを見たキースは自分の目を疑ってしまった。

 円陣を組んだ魔導士たちの隙間から見える、宙に浮いた闇よりも黒い拳大の塊。その塊から発せられる気は、まさしく〈混沌〉であった。だが、まさかこんな道のど真ん中で〈混沌〉が発生するはずがなかった。

 魔導士たちの円陣にキースは入れてもらい、〈混沌〉を間じかで見た。疑いようのない事実だった――そこには〈混沌〉があった。

 他の魔導士たちがしているようにキースも魔導力で〈混沌〉を封じ込めようとした。

 〈混沌〉は魔導士たちに反発するように鼓動を打ち、一回り大きくなった。その〈混沌〉力に押されて魔導士たちの表情は苦しいものに変わる。

 〈混沌〉から触手のようなものが一本伸び、キースの横にいた魔導士の身体に巻きつくと、そのまま触手を戻して魔導士を吸収してしまった。魔導士を吸収した〈混沌〉はまた一回り大きくなった。

 驚愕した。キースは驚愕してしまった。〈混沌〉から触手が伸び、人を喰らうなど聞いたことがない、これは本当に〈混沌〉なのか。この〈混沌〉は生きているのではないかとキースの頭は混乱した。

 〈混沌〉は再び触手を伸ばした。次に狙われたのはキースだった。

 触手の先がキースの眼前まで迫った。だが、キースは動くことができなかった。

 自分も〈混沌〉に呑み込まれるとキースが思った瞬間。〈混沌〉の触手が本体にゆっくりと戻っていった。そして、〈混沌〉は魔導士たちの力によって筒状の魔導壁に囲まれ封印された。

 生気を失い地面に膝をついたキースの肩を誰かが叩いた。

「危なかったな、もう少しでおまえも〈混沌〉になるところだった」

「ああ、もう駄目だと思った」

 キースの見上げた先には金髪の魔導士が立っていた。

「俺の名はゼクス、おまえは?」

 差し出されたゼクスの手を借りてキースは立ち上がった。

「私の名はキース。メミスという都から来た」

 自己紹介をしたキースは掴んでいた手でそのまま握手をした。

「メミスなら聞いたことがあるぞ、このアムストバーグから遥か南に位置する大国の名だな。その国には強力な魔導を使うキースという魔導士がいると聞いたが、もしやおまえのことか?」

 キースは苦笑した。外国まで噂が一人歩きしているとは思ってもなかった。

「ああ、そのキースとは私のことだろう。だが、本物の私はただの役立たずの腰抜け魔導士だがな……」

「いや、おまえからは強力な魔導の波動を感じるぞ。噂もあながち嘘ではないだろう。そうだ、おまえも俺たちの仲間に入らないか?」

「仲間?」

「詳しい話は酒場でしよう。そこのやつらもキースの連れだろ? おまえたちもついて来いよ」

 ゼクスはキースの肩に腕を回して、半ば強引にキースを酒場に連れて行った。ローゼンは酒場と聞いて少し重たい表情をしたが、シビウは上機嫌になった。

 酒場の前まで来るとまだ昼間だというのに酒の臭いが店の外まで匂って来ていた。

 店内は活気と酔っ払いで満ちていて、ゼクスが入っていくとその活気はより一層高まった。

「みんな飲んでるか!」

 ゼクスが大声を上げると歓声があがった。ゼクスはここの常連客でみんなからの信望も厚いのだ。

 少し場違いなローゼンと、ものすごく場違いなフユを見て客たちは嫌な顔をしたが、ゼクスが自分の連れだというと、何事もなかったように客たちはまた酒を飲みはじめた。

 テーブルについたゼクスは早速ビールを頼み、シビウもビールを注文した。

 ゼクスは不思議そうな顔をした。

「何だ、他の奴らは飲まないのか?」

 キースはビールを飲んだことがなく、精霊と妖精は問題外であった。

「私はビールとやらを飲んだことがないのだが?」

「あんなうめえ飲み物を飲んだことがないのかよ」

 ビールを飲んだことの人間がいるなんてゼクスには驚きだった。

「じゃあ飲んでみろよ。おーい、ビールをじゃんじゃん持ってきてくれ!」

 ゼクスが声をかけるとテーブルいっぱいにビールジョッキが並べられた。そして、ローゼンとフユ以外の者はジョッキを手に取り乾杯をした。

 はじめて飲むビールはキースの口には合わなかった。だが、周りの空気に押されて一気に飲み干した。

 苦しい顔をするキースの横では、ゼクスとシビウが次から次へとジョッキを空にしていた。二人ともとてもいい飲みっぷりで、実にうまそうに見えるが、キースは最初の一杯で満足し、この後は決してジョッキに手をつけなかった。

 誰かが話をはじめなければ、二人の酒好きはずっとビールを飲んでいそうだったので、キースは話の本題を話しはじめた。

「先ほど私に仲間に入らないかと聞いたが、それはどのような仲間だ?」

「おう、そうだったな、その話のことなんてすっかり忘れてたぜ。仲間ってのはな、さっきみたいに〈混沌〉を封じ込める魔導士たちの団体のことだ。この村では魔導士が〈混沌〉になる奇病が流行っていてな。そのために世界各地から大勢の魔導士が集まって来て〈混沌〉を封じ込めてるってわけよ」

 キースとローゼンは今の話を聞いて驚かぬいられなかった。だが、ローゼンは酒に臭いで参ってしまって話を聞いているので精一杯だった。

「私は〈混沌〉については詳しくまでは知らない。それでも一般人よりは知っているつもりだった。だが、魔導士が〈混沌〉になるなどはじめて聞いた話だ。それにさっき私が見た〈混沌〉は触手で魔導士を喰らっていた。あれは本当に〈混沌〉なのか?」

「ああ、俺もこの村に来るまで信じられなかったがな、この目で魔導士が〈混沌〉になるのを見ちまってな、信じないわけにはいかなくなった」

 〈混沌〉という物質がキースには理解できなくなっていた。そもそも物質と言っていいものなのか、それすらわからない。もし、〈混沌〉が意思を持った生命体であったならば、それは世界がひっくり返るほどの大事だ。根本から〈混沌〉について考え直さなければならない。

「あの〈混沌〉は何故、普通の〈混沌〉とは違うのだ? あれはまるで生きているようだった」

「さぁあな、俺にもわからねえな。でもよ、あの〈混沌〉は意志を持ってるって主張する〈混沌〉崇拝教団がいてな、そいつらなら何か知っているかもしれないが、危険なオカルト教団でな、自らが〈混沌〉になりたいなんて莫迦な考えを持った奴らさ」

「自らが〈混沌〉になりたい? もしかしたら、その教団がこの村で流行っている奇病と何か関係があるのではないか?」

「ああ、俺たちもそう考えてな、崇拝信者どもを捕まえてるんだが、下っ端ばかりで肝心なことは何もわかっていない。どうにかして教団のトップを捕まえるか、もしくはアジトがわかればな」

「仲間にはなれないが、できる限りで協力しよう。私たちは世界に広がる〈混沌〉を食い止めるために、〈混沌〉について調べているのだ」

「おお、そうかい! じゃあ、実はな――」

 ゼクスは酒臭い口をキースの耳元に近づけて囁いた。

「今晩、〈混沌〉崇拝教団の密会が行われるらしい。そこで、その密会を襲撃するんだが、おまえたちにも手伝って欲しい」

 自信に満ち溢れた表情をしてキースはうなずいた。

「協力しよう」

「そうか、それは助かる。なら、夜になったら向かいに行くが、宿は決まったのか?」

「いや」

「だったら、この店の二階の宿屋に泊まってくれ、俺が口利きしとけばただで泊めて貰えるからよ。俺はいろいろと準備があるから帰るけど、酒代は俺が払っとくから好きなだけ飲んでいきな」

「何から何まで済まないな。だが、酒はもう十分のようだ」

 呆れた顔をしたキースの視線の先には、飲み過ぎで酔いに酔いっているシビウと、一滴も飲んでいないのに蒼白い顔をしたローゼンがいた。そんな二人を見てゼクスは笑いながら帰っていった。

 残されたキースは酔った二人の処理に困った。

 いい感じに酔っ払ったシビウはローゼンの肩に腕を回して絡み、絡まれているローゼンは今にも吐きそうな顔をしていた。その状況など気にせず、フユは遠い目をしていて何を考えているのか表情からは全く読み取れない。

 シビウはまだ酒を飲むつもりなのか、ビールジョッキを高く掲げて奇怪な言葉を発した。

「ひょ〜ひ、しゃへほってほ〜ひ」

 呂律が回らず、何を言っているのか全くわからない。

 ため息をついたキースはシビウとローゼンを立たせて、二人に肩を貸しながら二階の宿に向かった。その間、キースはシビウにだいぶ絡まれたが口にキスをされるのだけは防いだ。シビウは酒を飲むと人に絡むクセがあるらしい。

 部屋に着いたキースはシビウとローゼンをベッドに寝かせると一息ついた。そして、精神的に疲れたようすでキースは近くにあった椅子に腰をかけた。

「私も少し酔いが回っているようだ」

 誰かの気配に気づきキースがそこに視線を向けると、水の入ったコップを二つ持ったフユが佇んでいた。だが、フユはコップをキースに差し出すだけで何もしゃべらない。

 水を飲めということなのだろうと解釈してキースはコップを受け取った。

「――済まない」

 コップをキースに渡したフユはローゼンのもとへ向かって行った。それを見た後、キースはすぐにテーブルに突っ伏してしまった。

 水を飲んだローゼンは活力を取り戻した。水は精霊の命の源であり、その重要性は人間が水を必要するのよりも重要である。

 目をつぶったローゼンの身体から白い靄が出た。水を飲むことによって身体の中を浄化し、体内に蓄積されていたアルコールを一瞬にして体外に排出したのだ。

 テーブルに突っ伏してしまっているキースが心配になり、ローゼンはようすを見に行ったが、キースは静かな寝息を立てている。

 安らかな顔をして眠っているキースを見て、ローゼンは微笑を浮かべたのだが、横に無表情な顔をして自分の顔を覗き込んでいるフユに気づいて、慌てて顔を真っ赤にした。

「あの、何でしょうか?」

「――ローゼンはキースのことを愛してるの、人間のように?」

「人間のように?」

 フユの問う『人間のように』とは、人間の男女が愛し合う行為と同じ感情を抱いているのか? という質問である。しかし、精霊の『愛』と人間の『愛』は異なるものである。フユはそれを理解しながら、あえてローゼンに質問をしたのだ。

 不思議な質問をされてしまったローゼンは困ってしまった。精霊であるローゼンには人間の男女が愛し合うという感情が理解できない。だが、ローゼンはキースに不思議な感情を抱いていることに気が付いた、

 ローゼンがキースに抱く不思議な感情。今まで感じたことのない感情。その感情が何であるかローゼンには理解でなかった。

「フユさんは何故そのような質問をなさるのですか?」

「ローゼンって人間みたいに見えるから」

「わたくしが人間にですか!?」

 思わぬことを言われてしまってローゼンは大そう驚いてしまった。

 フユはもう話すことがないのか黙り込み、どこかに消えてしまった。残されたローゼンはもやもやした気持ちを胸に抱えながら、窓の外を気晴らしに眺めることにした。

 窓の外では人々がまばらに歩いているのが見えた。その中にローゼンはある人物を発見した。

「あっ!?」

 ローゼンはサファイアを発見した。それもサファイアはゼクスと話しているではないか!?

 何故二人が話しているのか? 二人は知り合いなのか? サファイアと一緒にいるはずのメルリルはどうしたのだろうか? 頭の中にいくつかの疑問が浮かんだが、解決されることはなかった。

 やがてサファイアとゼクスはローゼンの視界から消えてしまった。二人が見えなくなり、声をかけるべきだったと思ったが、後でゼクスに会った時に聞けば済むことだと考え直し、ローゼンは再び窓の外をぼーっと眺めることにした。

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