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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
ローゼン・サーガ
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サーガ08

 目を開けるとそこにはローゼンの顔があった。

「お目覚めになられましたか?」

 ゆっくりと起き上がったキースは髪の毛をかき上げ、深い息をついた。

「――不甲斐ないな。私はどれくらい眠っていたのだ?」

「朝までです。東の空に太陽が昇り、まだ数時しか経っていません」

「そうか……」

 キースは何かに気が付き、ローゼンの顔を見た。

「ローゼンは、もしかして私のことを看ていてくれたのか――いや、そんなはずはないな」

「一晩中看ておりました。それがわたくしの使命ですから」

 ローゼンは一晩中キースがいつ起きてもいいように彼の顔を見つめていた。それを聞いたキースはローゼンから顔を逸らせた。

「そうか、ありがとう。心配をかけてしまった。すぐにでも旅に出よう、シビウは何処にいる?」

「朝食を食べ終えて、外の探索に行ったようです。キース様は朝食をどうなさいますか?」

「いや、腹が空いていないので平気だ。シビウが戻ってきたらすぐに里を出よう」

 飲み物を飲みながらキースとローゼンはシビウの帰りを待つことにした。そして、しばらくして玄関のドアが開かれた。

 ローゼンはすぐに玄関に向かったのだが、そこにいたのはシビウではなく、小さな少女であった。

 ローゼンのことを上目遣いで見る少女は小さな声で呟いた。

「ローゼンたちを守るために来たの」

「あの、どういうことでしょうか?」

「長様に言われてローゼンたちと旅をしろっていわれたの」

「はあ、あの、お名前は?」

「――フユ、〈四季使い〉の妖精」

 二人が話しているとフユの後ろからシビウが現れた。

「誰だい、このチビは?」

 チビと言われたフユは鋭い目つきでシビウを睨んだ。だが、何も言わない。

 シビウは少しばかり腹にきたが、子供相手に怒鳴るのも大人気ないので、吐き出すようにこう言った。

「愛想悪いねこのチビは」

 フユは聞き取れるか聞き取れないか、そのくらいの声でぼやいた。

「――このおばさん嫌い」

「今何て言った!? おばさん? あたしの何処がおばさんだって言うんだい!」

 フユはシビウの顔を見て、見下すように鼻で笑った。それを見たシビウはついに怒りを爆発させた。

「腹が立つガキだねえ、少し絞めてやろうか!」

 今にも手を出しそうなシビウの腕をローゼンはすぐさま押さえた。

「まあまあ、シビウさん、怒らないでください。この子はフユさんと言って、わたくしたちの旅に同行してくださるそうです」

「こんなチビガキがあたしたちと一緒に!? あたしはごめんだよ」

 大きな声をシビウが出していたので、何事かとキースがここにやって来た。

「どうしたのだ? ん、この子は?」

「このチビガキがあたしたちと旅するんだとさ」

 そっぽを向いてしまっているシビウは、このフユが自分たちの旅についてくることが反対らしい。

 フユはしゃべるのが苦手なのか、面倒くさいのか、黙ってしまって全くしゃべろうとしない。慌ててローゼンが変わりに話をする。

「この方はフユさんと言って、妖精の〈四季使い〉だそうです」

「なるほど、〈四季使い〉の妖精ならば私たちの力になってくれるだろう」

 〈四季使い〉の使う魔導は俗に四季魔導と呼ばれ、自然のエネルギーを使って魔導を使い、キースたち魔導士が使う魔導とは根本から違っている。人間の魔導士が使う魔導は特別な〈血〉を受け継ぐことが最低限の条件で、神や精霊の力を借りて魔導を使うのだと言われている。〈四季使い〉の使う魔導は人間は決して使うことができないとされ、使える者は精霊や妖精だけだという。

 ローゼンの言葉でシビウはこのフユが〈四季使い〉だと知らされたが、それでも実力に関しては半信半疑だった。

「〈四季使い〉ねえ、こんなチビガキが? まあ、妖精は見た目じゃないからね」

 そう、妖精も精霊も人間とは年の取り方が違う。フユもこう見えてもローゼンより年上なのだ。

 フユがキースのことを見つめて呟いた。

「旅の用意はできているから、フユについて来て」

 フユは周りの者たちの準備ができていようがいまいが関係ない素振りで玄関の外に出て行ってしまった。

 キースたちの荷物は馬車ごと崖から落ちてしまい、旅支度などする必要がないのでキースたちはすぐに後を追うことができた。

 フユの足は地上から一〇ティート(約一二センチ)ほど浮いている。つまりフユは上空を飛びながら移動しているのだ。

 ふあふあと空を飛びながら先を急ぐフユの後ろを三人は早歩きで追った。

 フユはどこに行こうとしているのか、ローゼンにはだいたいの察しがついていた。きっと〈旅水〉に向かっているに違いない。

 ローゼンの予想は的中した。

 辺りには幾つもの水溜りが存在していた。その数はざっと一〇〇を越えるだろう。この水溜りこそが〈旅水〉なのだ。

 この〈旅水〉をはじめて見るものはただの水溜りだと思うだろう。シビウもそう思った。

「何だい、この水溜りは?」

「シビウさん、これは水溜りではありません」

 ローゼンはわかりやすく説明をはじめた。

「これは〈旅水〉と言って、精霊や妖精が使う移動手段なのです。この水に飛び込むことによって、決まった場所に行くことができます」

 辺りを見回しフユは何かを探すように歩き出して、ある〈旅水〉の前で足を止めた。

「ここが一番〈アムドアの大穴〉に近い」

 不安そうにキースは〈旅水〉を覗き込んだ。こんな水溜りが移動手段だなどどはとても信じられなかった。現に水には自分の顔が映るだけで、普通の水のように見える。

「これで本当に人が移動できるのか?」

 不審の目でキースに見つめられてしまったローゼンは首を縦には振れなかった。

「わたくしは使ったことがないので、何とも言えません」

 それを聞いたシビウは手を上げてため息をついた。

「飛び込んだら、ずぶ濡れになるだけなんてごめんだよ」

「――ついて来て」

 躊躇することなくフユは〈旅水〉の中に飛び込んだ。

 水しぶきを上がり〈旅水〉はフユを呑み込んだ。――しばらく待つがフユは戻ってこない。水面は静かに波打つだけだ。

 軽い柔軟体操をしたシビウは〈旅水〉の中に飛び込む、キースもそれに続いて飛び込んだ。

 ひとり残さされたしまったローゼンであったが、意を決して〈旅水〉の中に飛び込んだ。

 水しぶきが上がりローゼンは〈旅水〉に呑み込まれた。

 〈旅水〉の中は暖かく、本物の水の中のように視界が歪んでいた。しかし、衣服などは全く濡れていない。

 気が付くとローゼンは森に囲まれた湖の近くに立っていた。近くにはすでに〈旅水〉を抜けたキースたちがいて、シビウはフユを怒鳴りつけていた。

「一方通行ってどういうことだい!?」

「ラルソウムには帰れないってこと。〈旅水〉の出口は普通の湖なの」

「あたしたちは金も食料も用意してないじゃないか!」

 てっきりシビウはラルソウムに簡単に戻れるものだと思っていた。それなのに一方通行とは困ってしまった。

 困ったのはシビウだけではない。キースと一方通行だということを忘れていたローゼンもだ。金もなしにどうやって旅をしろというのだろうか?

 怒りを爆発させそうなシビウにフユは手を差し出した。その手のひらの上には多くの宝石が乗せられていた。

「まだあるから大丈夫」

 フユはもう一方の手も差し出した。やはり、その手の上にも宝石が乗せられていた。

「これで当分は大丈夫だよ」

 宝石をしまうとフユ黙り込んだ。もう、しゃべることはないということだ。

 旅の資金の心配はなくなったが、資金を使うには里か村を探さねばならない。つまり、人を見つけないことには何もはじまらない。

 キースは辺りを見回した。

「どっちに行けば人里があるのか?」

 フユは無言で遠くを指差した。何が向こうにあるのかを言わないが、キースは人里か何かがるのだと解釈した。

「よし、向こうに行こう。夜になる前までには人里に到着したいからな」

 先頭を切って歩き出したキースの横にローゼンがすぐに駆け寄った。

「フユさんがわたくしたちを〈アムドアの大穴〉に案内しようとしているということは、長様は〈アムドアの大穴〉に何かがあると判断したからでしょう。しかし、〈アムドアの大穴〉はその力が巨大過ぎて誰も調査できずにいるのです」

「私たちはその大役を任されたということだろう」

 小規模な〈混沌〉ならばキース見たことがあったが、半径一五デティート(約一八キロメートル)もの〈混沌〉など想像もできない。そのことを考えただけで背筋がぞっとする思いだ。

 フユが突然猛スピードで地面の上を滑るようにして飛び、手のひらから氷の刃を草陰に打ち込んだ。

 氷の刃が放たれた草陰からは野獣の雄叫びが聞こえた。そして、次の瞬間には大勢のゴブリンと呼ばれる怪物たちがフユを取り囲んでいた。

 ゴブリンは人間のような形をしているが、知能は低く、その身体は緑色をしており、毛の一本も生えていなかった。

 ゴブリンの数は全部で六匹だ。腕をだらりと地面に垂らし、舌なめずりをしていた。

 シビウはフユを助けようと剣の柄に手をかけたが、この戦い、シビウの手を借りるまでもなかった。

 鼻で笑ったフユが両腕を横に大きく広げると、地面がフユを中心として円状に凍りつき、地面から突き出た氷の刃がゴブリンの身体を一斉に貫いた。叫び声をあげるゴブリンにフユの冷酷なまでの攻撃が続く。

 氷の刃に身体を貫かれ動けなくなっているゴブリンの身体に次から次へと氷の刃が突き刺さっていく。幾本もの氷の刃が突き出たゴブリンの身体はまるで剣山のようある。

 血まみれになった肉塊を見てフユは満足そうな笑みを浮かべた。

 シビウにも怪物を切り刻む趣味があるが、ここまで冷酷ではない。シビウはフユに底知れぬ恐怖を感じた。

 いたいけな少女の容姿を持ったこの妖精は氷のような冷たさを心に持っていた。

 ゴブリンの屍骸を見てローゼンは吐き気を催してしまった。

「うっ……ちょっと気分が悪くなってしまったのですが」

 キースもローゼンにつられて気分を悪くしてしまったが我慢して、ローゼンの身体を支えるようにして足早にこの場を立ち去ろうとした。

「大丈夫か? すぐに別の場所に移動しよう」

 目を潤ませてローゼンはうなずいた。キースも少し顔の色が引いている。

「情けないねえあんなたち」

 二人を見てシビウはそう言ったが、彼女も惨いゴブリンの屍骸からは少し目を逸らせたくなる。

 この場で平然とした顔をしているいのはフユだけで、彼女は何事もなかったように前をさっさと進んでいた。

 ゴブリンと出会った後は何事もなく、森をすぐに抜けることができた。視界の先には草原が広がり、その先には村が見えた。

 どうにか日が高いうちに村に辿り着けそうだ。そこで泊めて貰える場所と食料の調達をしなくてはいけない。

 村に向かうキースたちの歩くペースを速まっていた。

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