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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
ローゼン・サーガ
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サーガ07

 そして、一瞬にして意識を取り戻した二人がいた場所は先ほどの大広間とは全く異なる空間であった。

《ここは幻実空間という場所だ。ここでお主たちの魔動力を試す》

 無限に広がる空間には、地面があるのみで他のものは一切なかった。

《さあ、かかって参れ!》

 ヴァギュイールの姿が若く雄々しい荘厳な男の姿へと変化した。紅い髪を持ち、勇ましく二本の剣を構えるその姿はまさに〈紅獅子の君〉の名に相応しい姿だった。

 真の姿を見せたヴァギュイールを前に二人の魔導士は身体を動かすことができなかった。

《来ぬのなら、わしから行くぞ!》

 疾風の如く地面を駆けるヴァギュイールは舞いながら二本の剣を華麗に使い、二人の魔導士を同時に切り裂こうとした。

 キースは瞬時に魔導力で壁を構築し防御したが、メルリルは腕を軽く切られた。切られた腕からは少し血が滲んでいる。

「この傷本物だわ!?」

《その傷はこの空間では本物でも、現実に残してきた身体は一切傷ついていない》

 メルリルはほっと胸を撫で下ろしたが、ヴァギュイールは言葉を続けた。

《だが、ここで受けた痛みは本物。程度を越せば本当に死ぬこともあるだろう》

「そんなの冗談じゃないわ!」

《ならばわしを殺す気でかかって参れ!》

 再び剣を振りかぶるヴァギュイールの腹にメルリルは炎の玉を打ち込んでやった。と思いきや、なんとヴァギュイールは剣で炎を切り裂いた。

《わしの二対の魔剣は全てを切り裂く……むっ?》

 ヴァギュイールの背後からはキースの放った風の刃が襲いかかって来ていた。しかし、それをも魔剣は軽々と切り裂き、ヴァギュイールはキースの放ったような風の刃を剣を横に素早く振ることによって作り出し、二人の魔導士に向かって放った。

 二人の魔導士は防御壁を構築して風の刃を防ぐのではなく、それよりも強力な魔導力を放出した。

 火炎と風がうまく混ざり合い、ヴァギュイールの身体を激しく包み込んだ。

 渦巻く火柱の中心から爆風が巻き起こる。ヴァギュイールが大きく二対の剣を振るったのだ。

 炎は掻き消され、その中から〈紅獅子の君〉が疾走して来て、まずはメルリルに狙いを定めた。

 向かって来るヴァギュイールにメルリルは魔導を放つが、紙一重でヴァギュイールは高く飛翔し、メルリルの後ろに回ると彼女の背中を下から上へと切り裂き、すぐに次の行動に移った。

 キースは向かってくるヴァギュイールに魔導を何発も撃ち放つが、ことごとく二対の剣で切り裂かれる。

 自分の間の前まで差し迫るヴァギュイールにキースが右手を向けて魔導を放とうとした、その時だった。

「うあぁっ!」

 キースの左腕が切り落とされ地面に転がった。

《勝負あったな》

「まだだ!」

 キースは残った右手に命を落とすかもしれないほどの魔導力を集め、その手をヴァギュイールの腹に押し付けて魔導を放った。

 丸くしたヴァギュイールの腹には大きな風穴が大きな口を空けていた。

《老いたとはいえ、このような深手を負わされるとは……》

「これはお返しよ!」

 魔導力で構築した光り輝く剣で、メルリルはヴァギュイールの肩から腰までを真っ二つに切り裂いた。

 滑り落ちるようにヴァギュイールの上半身は地面に落ち、彼は嬉しそうな声で笑い声をあげた。

「ははははっ、うむ。見事だ二人の魔導士よ。二人の偉大なる魔導士にわしの命を託そうではないか!」

 世界は暗闇に包まれ、キースとメルリルはもとの大広間に戻って来た。

 二人の魔導士の受けた傷は、ヴァギュイールの言ったように全く残っていなかった。しかし、まだ、身体には少し痛みが残っているような気がする。

 キースは身体を起こしてゆっくりと立ち上がったのだが、先ほどの戦闘で力を使い果たしてしまったために昏倒してしまった。

 すぐさまシビウがキース抱きかかえる。

「おい、キース! いったい何があったんだ?」

 シビウにはキースに何が起きたのか全く理解できなかった。何故ならば、キースが一度目に倒れてからすぐに立ち上がり、また倒れてしまったのだから。つまり、キースたちがあの空間にいた時間は現実の世界では一秒も経っていないということだ。

《キースの供の者よ、彼をローゼンの自宅まで連れて行ってくれ。メルリルは里で少し休みをとり、すぐにでもサファイアと共に旅立って欲しい。そして、ローゼンはここに残るのだ」

「わたくし……ですか?」

 まさかひとり自分がここに残されるなんて思ってみなかった。どんな話があるのだろうと少し緊張する。

 ヴァギュイールとローゼンを残し、他のものは皆部屋を退室していった。

「わたくしにどのようなご用件があるのでしょうか?」

《この里に住む精霊たち――いや、全世界に住む精霊たちは取り乱すことまでないが、あの〈夢〉が消えたことに大きな衝撃を受けている。今では精霊たちは人間の見るような夢しか見れなくなってしまった。昔はそうだったのだ――精霊は人間の見るような夢しか見ていなかった。〈姫〉が眠りについた時、全精霊の夢は〈姫〉の見る〈夢〉に直結されるようになったのだ》

「何故そのような話をわたくしになさるのですか?」

《あの〈夢〉が崩壊する時、何人もの精霊があの〈夢〉の中にいた。全員夢が崩壊した時に強制的に目覚めさせられてしまったのだが、わしもそのひとりだ。つまり、わしもあの時に〈夢〉の世界にいたということだ。わしの言いたいことがわかるか?》

「いいえ、長様は何をおっしゃりたいのですか?」

 ヴァギュイールは随分と回りくどい言い方をしているように思える。それは彼自身もあの時に見たことに確信を持てないからだ。

《わしはお主があるお方と話しているのを遠くから見た。あのお方のお顔を知っている精霊は今ではわしを含めて三人しかいない。長い年月の間、見ることのなかったあのお方のお顔――あの顔は、お主が話をしていたお方は誰だ? わしはあのお方を知っている、だが確信が持てぬのだ。わしあの〈夢〉にあの方にお会いできるのではないかと何度も行った、しかし、一度もお会いすることができなかった。何故だ、何故お主があのお方と話をしていたのだ、何を話していたのだ!》

 この里の精霊には今まで見せたことのないほどに、老いたヴァジュイールは取り乱し、激しい剣幕に押されてローゼンは怯えを感じた。

「わたくしが、わたくしが〈夢〉の世界でお会いしたお方は、自らを〈精霊の君〉とお名乗りになられました」

 老いた精霊の目から涙が流れた。

《そうか、やはりそうであったか、あのお方は〈姫〉であったのだな。お主に〈姫〉は何をお話になられたのだ? 何故〈夢〉の世界は消えたのだ?》

「〈精霊の君〉はお目覚めになられました。そして、わたくしに『――私を探しなさい。そして、逢いに来なさい』と仰られました」

《〈姫〉は何故お主にそのようなことを言ったのだ?》

「わたくしにもわからないのです。わたくしは、これから何をすればよいのでしょうか?」

《お主はキースと供に〈姫〉を探すのだ》

「ですけれど、何処を探していいのか、わたくしには……」

 ローゼンの胸は背負ってしまった重みで押しつぶされてしまいそうだった。

 何故……自分のような精霊が……? ローゼンはこの場で泣いてしまいたくなった。だが、彼女はぐっとそれを堪えた。

 ヴァギュイールはローゼンの表情を読み取って、やさしく言葉を投げかけた。それも自らの口を使い老いた声でしゃべったのだ。

「もっと己に自信を持つのだ」

「長様!?」

 ヴァギュイールの老いた声を聞いた者は誰もしなかった。今ローゼンが聞くまでは――。

「ローゼンよ、お主はこの里でもサファイアに次ぐ優秀な精霊だ。このラルソウムの里は最も巨大な精霊の里、ここに住む多くの精霊は皆優秀だ。その中でもサファイアとローゼンは秀でた存在である。お主は〈精霊の君〉に選ばれた存在なのだぞ」

「わかりました。わたくしにお任せください。必ずや〈精霊の君〉を探し出します。ですけれど、わたくしはどうやって〈精霊の君〉を探せばいいのかわかりません」

《お主に何故〈姫〉が〈夢〉の世界をお創りになられたのか、その後にわしら四貴精霊に何があったのかを話してやろう》

「お願いいたします」

《〈姫〉はわしら四貴精霊がこの世界に存在する以前から世界に存在していた。〈姫〉が何者であるのか、実はわしも知らないのだ。〈姫〉はもしかしたら精霊ではないのかもしれん」

「長様はどうしてそのようなことをお思いになられるのですか?」

《〈姫〉はわしが知る限り、老いることがないのだ。そして、他の精霊にはできぬことを〈姫〉はできた。そのひとつに〈夢〉世界の創造がある。〈夢〉ができる以前は、消滅した精霊の魂は無に還ってしまっていた。〈姫〉は他の精霊がコスモスのように魂までもが無に還らぬように〈夢〉を創り、無に還ってしまうはずの精霊の魂を〈夢〉に留まらせるようにしたのだ。あの〈夢〉を見えれば消滅してしまった精霊に逢えるかもしれない。それがあの〈夢〉が創られた理由なのだ》

「ですが、〈妖精の君〉はお目覚めになられました。何故でしょうか?」

《わしにもそれはわからないのだ。眠りについた〈姫〉は〈黒無相の君〉ケーオスと共に姿を消してしまった。わしと〈蒼魔の君〉ソーサイアに何も言わずにだ。だが、ソーサイアは何を知っていた、いや、気づいた節がある。結局蚊帳の外にいたのはわしだったのだ。ソーサイアは姿を消してしまった〈姫〉とケーオスを追って旅に出た。残されたわしも〈姫〉を探したのだが見つからず、この地に精霊の里を作り落ち着くことにしたのだ。ローゼンよ、お主はケーオスかソーサイアを探すのだ。そうすれば〈姫〉に辿り着くことができるだろう》

「……わかりました。わたくしにお任せください」

《わしは少し疲れた。少し休ませてくれ……》

 ローゼンはヴァギュイールに一礼して部屋を後にした。

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