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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
ローゼン・サーガ
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サーガ06

 峠を越えて一行がラルソウムの里に辿り着いたのは、冷たい風の吹く夜であった。

 遠くから眺める里は色とりどりの光で鮮やかに輝き、精霊の里らしい靄のかかったような幻想的な雰囲気に包まれていた。

 里の中は自然との共存を実現のものとしていた。この里の建物などは全て生きているのだ。

 例えば、木でできている大きな家がある。床も壁も木でできている。そして、この家の概観は大樹そのものだった。

 この里にある建物のほとんどが大樹そのものなのだ。一見、気を刳り貫いたようなこの家だが、来は全く傷つけられていない。木は精霊たちの力によって、普通の大樹がそのような形に変化『してくれた』のだ。

 この里では自然の植物や石ころまでが、精霊の『呼びかけ』によって、独自の進化を遂げているのだ。

 里の中に入ったキースとシビウは、まず、ローゼンの家に案内された。その道すがら、キースとシビウは大勢の精霊たちと出会い、歓迎の言葉を受けた。

 この里の精霊たちは夜だというに皆活気に満ちている。その理由の一つに、精霊は基本的には眠らないということがある。このために夜にでも家にこもることなく、外に大勢の精霊たちがおり、里は昼のような『明るさ』を持っていた。

 この里は夜になると、ランプのような花が輝きはじめる。この花から伸びた茎は地面まで伸びていて、そこから貰うエネルギーによって輝くことのできる特別な種類の花だった。

 精霊の里には人間の世界では見ることのできない植物が数多く存在する。

 ティーポットのような形をした花を精霊たちはティワラーと呼んでいる。このティワラーはその種類によって、いろいろな飲み物が出せる花なのだ。

 ローゼンの家に着いたキースとシビウはティワラーによって注がれた甘い香りのする飲み物でもてなされていた。

 持て成すと言っても、精霊は水分以外の食べ物を摂取しないので、お菓子などが出されることはない。しかし、今回は違った。

「クッキーのお味はどうですか? 長様に呼ばれてここに集まった人間たちを持て成すために、特別に人間の世界から取り寄せたものです」

「クッキーなんて食べたのはじめてだよ。なかなかうまいもんだけど、あたしは肉の方がいいねえ」

 シビウの言葉にローゼンは少し困ったような顔をしてしまった。

「申し訳ありません。肉はないのです」

「肉が無いってどういうことだい?」

「精霊は動物などを殺すことが禁じられていて、その死体や料理を見るのも嫌なのです。ですから、肉は人間の世界から取り寄せてません」

 シビウは残念そうな顔をすると、最後の一個となったクッキーを口の中に放り込んだ。ちなみに出されたクッキーは全てシビウがひとりで平らげた。

 キースは出された飲み物にも口をつけておらず、ローゼンが不安そうな顔をした。

「お口に合いませんでしたか?」

「いや、そうではないのだ。精霊の里に着いたというのに、長にはまだ会わせてもらえないのか、と思ってな」

「もうじき、使いの者が来ると思います」

 そうローゼンが説明して、しばらく経った頃、長に仕える精霊が家を訪ねて来た。その精霊はローゼンを見るなり、いきなり飛びついてきた。

「よく戻って来たなローゼン。俺はおまえなんかが人間の世界に行って帰って来られるか心配だったのだぞ」

 この精霊の声質や容姿は人間の女性のようであったが、『中身』は人間で言うと男に近かった。

「サファイア様、わたくしはそんなにも頼りにならないのでしょうか?」

「いやいや、ローゼンの実力はこの里のものならば誰でも知っている。ただ、ローゼンは俺の娘のような存在だからな、心配だったのだ」

 このサファイアはローゼンのことを娘のようだと言ったが、サファイアの見た目はローゼンと差ほど変わりない若さに見える。だが、サファイアはローゼンの二倍以上もの時を『今の記憶』で過ごしている。

 サファイアはキースとシビウをまじまじと観察するように見つめた。

「そちらの男がキース殿だな、そちらの女は護衛のものか? まあ、とにかく二人ともよくぞ参られた。俺の名前はサファイアと言う」

「あたしの名前はシビウだよ、覚えておきな」

「うむ、なかなか頼もしい人間の女だな。今度お手合わせをしたいものだな」

「あたしだったら、いつでも相手になってあげるよ」

 この二人は互いに好戦的であるが、精霊のほとんどは争いごとを好まない。このルビーはその点では異端と言える。

 キースはサファイアが無駄話をして、自分たちを早く長のもとへ案内しないことに、少し苛立ちを覚えていた。

 自分を守っていた神殿を飛び出して、旅をしてここまで来たのはサファイアの話を聞きに来たかったわけではない。そう思うキースは自分の功績に自分で満足して、安心できるように早く長との面会を果たしたかった。キースは自分の不安や自信のなさを早く消し去りたいのだ。

「早くこの里の長に会わせてもらいたいのだが?」

「そうであった、長様にも早く連れて来るように言われていたのだったな」

 キースに急かされたサファイアだが、言葉ではこう言っているものの急ごうとする素振りは見せていない。むしろ、この場に何時間でもいそうな雰囲気だった。

 再度キースはサファイアを急かした。

「早く連れてくるように言われているなら、早く私たちを長のもとへ案内してもらいたいのだが?」

「では、ゆっくりしゃべりながら案内しよう」

 少し苛立っているキースには、わざと言っているとしか思えない発言であったが、サファイアにそんなつもりはない。人間は気にしていることに対して、敏感になってしまうものだ。


 この里の長によって呼び集められた人間は数多くいるのだが、今この里にいる人間は三人だけだった。その理由は、まだ里に来ていないか、もしくはすでに世界崩壊について調べるために旅立ってしまっているかだ。

 長の家の大広間に三人の人間は呼び集められた。キースとシビウ、そして女の魔導士だった。

 目をつぶり椅子にもたれかかる長は、枯れ木のような身体をしていた。きっと、人間が二〇〇年や三〇〇年生きるとこのようになるのだろう。だが、精霊の見た目の老いは人間に比べて遅い。つまり、この精霊は数えきれない程の時を生きてきたに違いない。

 身体を全く動かすことのできない老いた長は、目をつぶったままここいる者たちの脳に直接話しかけてきた。

《選ばれし二人の魔導士よ、よくぞ参ってれた。心から礼を言うぞ》

 見た目からは想像もできぬ、若く雄々しくも気高い声だった。脳に直接声を送ることによって、送信者はその声を自由に変えられるのだ。

《わしの名はヴァギュイザール。この里の長にして、四貴精霊しきせいれいのひとり》

 四貴精霊とは、この世界の精霊や魔導士ならば誰でも知っている名である。しかし、人間の間ではただの伝説上の精霊だと思われている。

 四貴精霊ヴァギュイザールの名を聞いたキースは驚きと興奮の波が同時に押し寄せた。そして、もうひとりの目尻の上がった女魔導士は、つい声を張り上げてしまった。

「何ですって!? この枯れ木みたいなじじいが、あの美しくて気高い戦士〈紅獅子べにじしの君〉!」

 女魔導士の発言にローゼンは目を丸くして、サファイアは蒼い顔をした。〈紅獅子の君〉にこんな暴言を吐いたのは、この魔導士がはじめてだった。

 暴言を言われたヴァギュイザールは怒るようすはなかった。

《枯れ木か……おもしろいことを言う人間だ。遥か古に起こった精霊戦争の時に〈紅獅子の君〉と呼ばれるようになったが、今ではこの通りメルリル殿が申したように『枯れ木』だ》

 かつて古の伝説の時代、〈姫〉と呼ばれる精霊に〈王〉と呼ばれる精霊が争いを仕掛けた時、精霊の多くが〈姫〉側と〈王〉側のどちらかに分かれ精霊同士の大戦争を起こした。その戦争を精霊戦争と呼び、その際、〈姫〉側には精霊の実力者であった四人の精霊が味方に付き、その者たちはいつしか四貴精霊と呼ばれるようになった。そして、〈姫〉側を支持した四貴精霊は見事〈姫〉側を勝利に導いた。

 精霊戦争で功績を収めたヴァギュイザールは、その豪快華麗な剣技が気高い獅子に見えたことから〈紅獅子の君〉の異名を持つようになった。

 キースは小さい頃に読んだ絵本に出てきた四貴精霊のひとり、〈蒼魔そうまの君〉の異名を持つ魔導を極めたされるソーサイアに憧れを持っていたことがあった。キースはそのことから他の四貴精霊の所在が気になった。

「他の四貴精霊はどこにいるのでしょうか?」

《精霊戦争後、四貴精霊は〈姫〉と共に永い時を過ごすはずだった。しかし、〈白光びゃっこうの君〉コスモスがこの世界から消滅してしまった時に、〈姫〉は嘆き哀しまれ〈眠り姫〉となられた。その後、多くのことがあってな、〈姫〉も〈黒無相こくむそうの君〉も〈蒼魔の君〉も何処に行ってしまったのか、わしにもわからん》

 この話を聞いたキースは少し残念そうな顔をした。もし、ソーサイアに出逢うことができれば、自分も魔導を極めることができるのではないかと思っていたからだ。

《だが、今はそのことよりも、世界が何故崩壊しようとしているのかを調べて欲しいのだ。二人がここに参ったということは、その命を引き受けてくれるということに相違ないな?》

 キースは深くうなずき決意を示し、メルリルは高飛車な声をあげた。

「この宇宙一の魔導士であるわたくしが調査をすれば、世界崩壊の謎のひとつやふたつ、簡単に解き明かしてあげますわ」

《なかなか頼もしい人間の女だ。気に入ったぞメルリル》

「こんなじじいに気に入られてもねぇ」

 暴言を吐くメルリルの旅の同行者であるサファイアが、ついに頭にきたらしく大声で怒鳴った。

「メルリル、少し言葉を慎みたまえ! 君をここまで連れてきた俺の面目が丸つぶれになるではないか」

《まあ、よい、サファイアそう怒鳴るではない。わしは威勢のよい者が好きだ》

「……申しわけございません」

 サファイアはヴァギュイザールの御前で大声を出してしまったことを深く反省した。

《だがな、威勢だけでは困るのだ。ここに二人の魔導士を呼んだのもそのため。二人にはわしと力試しをしてもらいたい》

 先ほどまで威勢のよかったメルイルは一歩後退った。じじいとは口では言っているが、ヴァギュイザールから発せられる力に少し押されていたのだ。

 〈紅獅子の君〉と呼ばれる精霊をしっかりと見据えたキースは相手の申し出を臆することなく受けた。自らのプライドを保つためには一歩も退くわけにはいかなかった。

「申し出を受けましょう。しかし、私は何をすればよいのでしょうか?」

《その問いに答える前に、メルリル殿の返事も聞かねばならない》

「わ、わたくしを試せるものなら、お試しになられたら?」

《では、案内しよう》

 今まで身動き一つしなかったヴァギュイザールの目が大きく見開かれた。

 酷い眩暈に襲われたキースとメルイルは床に膝と手をつき、そのまま意識を失った。

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