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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
ローゼン・サーガ
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サーガ05

 太陽が東の地平線に顔出し、シビウが馬車の中に戻ると、すでにキースとローゼンは起きていた。しかも、二人とも暗い表情をしている。

 シビウは暗い表情をしている二人が気になりはしたが、放って置いてマーカスを叩き起こすことにした。

 マーカスは大の字になって大いびきをかいて寝ている。叩き起こし甲斐のある大そうな眠りっぷりだ。

 仔悪魔の笑みを浮かべたシビウの足が、マーカスの腹に強烈な一撃を加えた。大いびきは一瞬にして止まり、マーカスは目を剥いた。

「この野郎シビウ、てめぇ何しやがる!」

 飛び起きたマーカスはシビウの胸倉を掴んで彼女の身体を持ち上げた。だが、シビウに脛を蹴られて思わず手を放してしまった。

「痛てえだろうが!」

「あたしはねえ、一晩中神経使って見張りして疲れてるんだよ。もう寝るから、後のことは頼んだよ」

 シビウは横になるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。

 マーカスは身体を伸ばしながら歩き、食料の入れてある箱からパンを一切れ取り出すと。それを口に加えながら馬車の運転席へ向かって行った。

 馬車はラルソウムへの道を急いだ。車内ではキースとローゼンが何もしゃべらずに考え事をしている。

 キースが突然立ち上がりローゼンの横に座った。

「何かあったのか?」

 キースが口を開いたのは『あの時』以来だった。彼は昨晩の夕食の最中も一言もしゃべってはいなかった。

「いえ、少し考え事をしていただけです」

 ローゼンにしてみれば、今キースに言われた言葉を自分がキースに言うべきだったと思った。だが、それには少し勇気が足らなかった。

「そうか、それならいいが。共に旅をする仲だ、何かあるのならば私に言ってくれ、少しくらいなら役に立てるかもしれん」

 キースはここにいる誰かの役に少しでも立てたらと思っていた。昨日、シビウに役立たずと罵声され、どうにか汚名を返上しようと必死なのだ。

 不安そうな顔をしたローゼンは少しの間キースの顔を見つめ、次に顔をわざと床に向けてしゃべりはじめた。

「わたくしはキース様と共に、世界崩壊の謎を探るという大役を仰せつかってしまいました。ですけれど、わたくしにそんな大役が勤まるかどうか、不安で堪りません」

「私もそうだ。メミスでは神官長と持てはやされていたが、実際の私はシビウに腰抜けの役立たずだと言われてしまった。神殿で暮らしていた頃は、外の世界に憧れたものだが、私はあの中でしか生きられない人間だったのだよ」

「そんなことはありません! キース様はラルソウムの長に選ばれた存在です。長がお選びになった方なのですから、自信をお持ちください」

「ならば、君も長に選ばれた者として自身を持ちたまえ。君がその長を信じて自分に自信を持てるのならば、私もその長を信じ自分に自身を持とう」

 他人が信じられぬものを自分が信じることはできない。これはキースが自分自身の判断だけでは自信を持てず、他人に依存してしまうという深層心理の表れでもあった。だが、動機はともかくとして、自信を持つきっかけを作ろうとしたのは、彼としては前進した考えであった。

 ローゼンはキースの言葉によって、自分に自信を持たなくてはいけないのだと強く心に刻んだ。

「わたくしは自分に自信を持つます。ですから、キース様もご自身にもっと自信を持ってください」

 キースは大きくうなずいた。

 この後、キースとローゼンはだいぶ打ち解けて長話をしていると、寝ていたシビウが起きてきた。

「さあて、そろそろ交代かしらねえ」

 大きなあくびをしながらシビウは運転席に顔を出した。

「どうだい、今はどの辺りかい?」

「もうすぐ峠なんだがな、その峠を越えると妖精の里までは一日でつくんだが、迂回すると四日はかかるな」

 マーカスはわざわざ迂回すると言う提案をした。それは馬車では峠を越えられないということではない。峠は馬車が余裕で通れる楽な道だ。

「何でわざわざ迂回なんてするんだい? 馬車を降りないと越えられないのかい?」

「いや、そうじゃねえんだ。その峠の途中にはここ数年、竜が棲みつくようになったらしいんだ」

「竜かい、そいつはちと厄介だねえ。それで竜の種類は何だい?」

「地竜の一種で、巨大な蜥蜴に似ているらしいが、俺もこの目で見たわけじゃねえからな」

 この世界にいる竜は大きく分ると三種類に分けることができる。蜥蜴や蛇を大きくしたような地竜。その地竜に大きな翼を生やしたような空竜。そして、水の中に住む地竜のような竜を水竜と区別している。

 マーカスはいったん馬車を止めて峠を越えていくべきか他のものと相談することにした。

 相談の結果三人は峠を越えていくと言い、ひとりだけがその意見に反対した。

「わたくしは反対です。竜はこの世界で最も凶暴な生物なのですよ」

 ローゼンの意見にすぐさまシビウは反論する。

「竜と言ってもねえ、その種類はピンからキリまで、一メティート(約一・二メートル)の小物から三〇メティート(約三六メートル)の大物、善と悪に、人間より頭のいいやつから本能だけで生きてるやつとか、例を上げれば切りがないね。峠に棲んでる竜をこの目で見ない限りは何とも言えないねえ」

「ですけれど、凶暴な竜だったらどうするんですか? 見つかってしまったら逃げられるかどうかわかりませんよ!」

「そんときゃあ、あたしの剣でぶっ殺してやるよ」

「わたくしには皆さんを無事にラルソウムまでご案内する役目があるのです。安全な道があるのに危険な道を選ぶ必要などないと思います」

 今のローゼンは前のローゼンとは何かが違っていた。三人に反対されようとも、自分の役目を果たさなければならない。自分に自信を持たなければならない。

 互いに目を絶対に逸らさないローゼンとシビウの間にマーカスが割って入った。

「まあまあ、ローゼンの意見もわからなくもねえが、この旅は急ぎの旅なんだろ? だったら、こんなとこでぐずぐず言ってねえで峠を越えようや」

「私もできる限り急いでラルソウムに向かうべきだと思う。世界はいつ崩壊してしまうのかわからないのだろう?」

 ローゼンはこの言葉を聞いて、あの〈夢〉の世界が崩壊する映像が脳裏を過ぎった。この世界もああなってしまうのか、と考えたローゼンはついに首を縦に振った。

「わかりました、峠を越えましょう」

 そうは言ったもののローゼンの表情は重い。

 マーカスがローゼンの肩を軽く叩いた。

「心配すんなって、俺とシビウが命に代えてもあんたとキースの命は守ってやるよ」

 そう言ってマーカスは大口を開けて豪快に笑い、ローゼンも微笑んだ。だが、ローゼンはまだ不安だった。そして、キースもまた不安を抱えていた。

 キースは自分が死ぬ前に世界が崩壊するとは思っていなかった。自分が死んだ後に長い年月をかけて世界は崩壊する――と考えている。自分が生きているうちに崩壊するには、崩壊の兆しは緩やかに思えたからだ。

 長い年月の間に魔導士の数が減り、不毛の土地が増え、混沌が世界各地で発生している。全ては一〇〇〇年以上もの歳月をかけて進行してきたものだが、明日世界が崩壊しないとは限らないし、明日はまだ大丈夫かもしれない。結局のところ何もわからない。

 だからこそ、先の未来に起こるであろうとキースが考えている世界崩壊より、目先にいる竜の方が心配だった。

 確かにキースは峠に通ることに賛成をした。だが、それは悩んだ末の結果であって、シビウやマーカスのように即決で出した答えではなかった。

 峠に近づくにつれてキースの不安は高まっていく。そして、峠を登りはじめた時には、激しく揺れる車内に合わせてキースの心臓も激しく揺れていた。

 ガタン! と馬車が激しく揺れて止まった。馬たちは前足を上げて甲高く鳴いた。

 馬たちは人間よりも早くに気づき、恐怖して暴れまわった。

 手綱を持つシビウは必死になって馬たちを制御しようとするが、どうにもならない。

「どうしたんだい!?」

 馬車が止まったことによって、はじめて不自然な揺れに気が付いた。

 シビウは馬車から降りて剣を抜き、他の者たちも慌てて馬車から降りて来た。

 地面が揺れて、ついにそれは咆哮をあげながら姿を現した。

 蜥蜴に似たその全長は六メティート(約七・二メートル)、鋭い歯と爪を持ち、その頭には四本の角、身体にも背骨の両脇に並ぶようにして尻尾まで角が生えている。竜としての大きさは中型だが、それでも人間が相手にするには辛いものがある。

 竜を目にした馬たちは正気を失い、無我夢中で走り出し、暴走を始めてしまった。

 急いでマーカスは馬たちを止めようとしたが、馬車を引く馬たちを人間ひとりが止められるわけもなかった。

 馬車は谷底へ転落した。地面に落ちた馬車は粉々に砕け一行は旅の足を失ってしまった。だが、今はそんな心配よりも間の前にいる竜をどうにかしなけらばならない。

 シビウはダンシング・ソードを鞭のようにして地面をひと叩きすると、竜に向かって走り出した。マーカスも斧を構えてそれに続く。

 高く飛び上がったシビウは上空から剣を振るった。が、竜の固い鱗の前にロックスネイクをも切り刻んだダンシング・ソードの刃がびくともしない。

 唖然としながら地面に着地したシビウの背中に、塵でも払うような竜の尻尾が当たった。

「ぐっ……!」

 シビウの身体は竜の一撃をもろに受けて大きく吹き飛ばされた。それを庇うようにマーカスが受け止めた。

「大丈夫かシビウ!」

「ああ、あんたが受け取ってくれなくても華麗に着地してたよ」

「減らず口が叩けるようなら平気だな」

 地響きをあげながら竜は咆哮を上げシビウとマーカスに突進してくる。二人はそれを軽々避けて、二人揃って絶妙なコンビネーションで竜の鱗に刃を立てた。

 大きな斧が固い鱗にぶち当たり、斧を伝って振動がマーカスの身体の芯まで届いた。しかし、彼の剛力でも竜の鱗についたのはかすり傷程度だった。シビウもまた同じ程度である。

 苦戦を強いられシビウは舌打ちをした。

「ったく、何て固い鱗なんだい!」

「地面に接してる柔らかい腹の肉に攻撃ができればな」

 打つ手がないと言った二人にキースは大声で叫んだ。

「二人とも早く退け!」

 シビウとマーカスがキースの方を振り向くと、彼の身体は淡い光に包まれ、足元から風を受けているように法衣や髪が激しく揺れていた。

 キースが何かをしようとしていることに気が付いたシビウとマーカスは、すぐさま竜から遠く離れた。

 次の瞬間、キースの身体から激風が巻き起こり、それは渦を巻いて地面を削りながら竜に向かって行った。

 竜の巨体が生き物のように動く激風によって持ち上げられた。そして、そのまま地面に叩きつけられた。

 ものすごい地響きが鳴り響き、固い地面は四方に砕け、竜は仰向けに倒れて足や尻尾をばたつかせている。

 これぞチャンスと思い、シビウとマーカスは同時に竜の腹を切り裂いていた。

 マーカスの斧は竜の内臓まで達し、傷口から出た大量の血しぶきが彼を真っ赤に染めた。そして、シビウは竜の腹を切ると同時に目も切り裂いてやった。

 竜は悲痛な咆哮を上げて激しく暴れ周り、仰向けになっていた身体を起こしてマーカスに突進してきた。

 突然のことでマーカスは避ける余裕なく、竜の頭から突き出た角を力いっぱい両手で掴んでいた。

 巨大な竜の身体は巨漢であるはずのマーカスの身体を小さく見せる。その巨大な竜の力の押されてマーカスの身体はものすごい速さで後ろに軽々と押されていく。

 シビウが悲痛な叫びをあげた。

「マーカス後ろ!」

「……っな!?」

 マーカスが気が付いた時には、彼の片方の足はすでに崖から落ちていた。そして、目の見えない竜と共に谷底へと消えていった。

 この場にいた者は全員言葉を失った。その中で一番泣き叫びたいのはシビウであったが、あまりの出来事に叫ぶことも泣くこともできなかった。

 長い間、誰もが沈黙し、その場を動くことができなかった。

 シビウやマーカスの職業には死が付き纏うのは当然だった。しかし、シビウにはマーカスが死んだことが信じられない。信じられるわけがない。

 父以外で愛した男性、父とは違う意味で愛した男性はシビウにとってマーカスしかいなかった。今の自分があるのは彼のお陰であるし、誰よりも頼りになる男性だった。その人が死んだ。

 けれど、シビウは女性として、人間として強かった。

「先を急ごう。死んだ人間は生き返りゃあしないんだ」

 この言葉自分に言い聞かせるものだった。

 シビウは誰よりも先を急いだ。誰よりも早くこの場を離れた。

 キースとローゼンはシビウの後ろ姿を見て、彼女が泣いているのがわかった。しかし、二人はシビウに声をかけることは決してできなかった。

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