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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
外伝
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外伝「英雄の証(10)」

 レザービトゥルドの骨は川に流され葬られ、これで全てが終わったと誰もが心から喜んだ。これからはもう四〇年に一度来ていた怪物に脅えることはない。

 この度の戦いで生き残ったラーザァーはアレク独りであった。

 レザービトゥルドと戦いのあったその日の晩、アレクは神殿に呼ばれ巫女に労われた。

 アレクが神殿にいる頃、都中は復興作業に追われ、壊れた建物の修復作業が行われていた。

 都の至る所はレザービトゥルドによって破壊され、その瓦礫の片隅でザッハークは身を潜めて隠れていた。

 レザービトゥルドが暴れまわっている騒ぎの最中、ザッハークは牢屋からまんまと逃げ出していたのだ。

 ザッハークの頭の中に禍々しい声が響いた。

「この身体は貰受ける」

 頭の中に言葉が響いた次の瞬間、ザッハークの腹が大きく波打った。腹の中に何かがいる。

 ザッハークの身体の中に入り込んでいた蟲に『何か』の魂が乗り移ったのだ。

 虚ろな目をしたザッハークは揺ら揺らと歩き出し神殿に向かった。

 レザービトゥルドを倒して浮かれる都市の警備は手薄だった。それは神殿も同じでザッハークは軽々と神殿の中に忍び込むことができた。

 巫女は目の前で跪きムーミストの弓を自分に返したアレクの遥か後方に邪気を放つ者を見た。

「……レザービトゥルドかえ?」

 小さく呟いた巫女の声を聞いて、横にキルスはローゼンを解き放った。

 輝くローゼンはアレクの横をすり抜けて飛び、後ろにいたザッハークの身体を燃え上がらせた。

 炎の中でザッハークは笑い、炎はやがて闇色に変わっていった。

「ははははっ!」

 ザッハークの皮膚が剥げ落ち、中から硬い鱗が現れた。そして、大きく開かれた口はそのまま引き裂かれ、その中から蛇の顔を飛び出すと共にザッハークの頭部は四散した。

 レザービトゥルドはその身体を滅ばされてもなお、魂だけは滅びず、ザッハークの体内に乗り移っていたのだ。

 この場にいた魔導士たちや神官たちはレザービトゥルドを取り囲み、いっせいに魔導を放った。

 魔導士たちの身体から光り輝く帯状の魔導が発射され、レザービトゥルドの身体に見事命中した。だが、レザービトゥルドはそんなものなどものともせずに長く伸びた頭で近くにいた魔導士に喰らいつき丸呑みにしてしまった。

 ここにいる魔導士たちは一度目のレザービトゥルドとの戦いで傷つき、とても二度の戦いには耐えられそうもなかった。

 レザービトゥルドは手から稲妻を魔導で出し、巫女に向けて撃ち放った。巫女と神官長を殺害すること、それがこのメミスを滅亡させる方法であった。

 黒い稲妻が巫女に当たる瞬間、それを庇うようにキルスが身を犠牲にして稲妻を身体に受けた。巫女と神官長、どちらかが生き残ればいい、そして神官長の本来の役目は双子の巫女を守ることであった。

 強い魔導力を持つキルスには魔導に対する耐性がある。それでも今の稲妻はキルスの身体に重症を負わせた。

 巫女の手からムーミストの弓がアレクに投げられた。

「レザービトゥルド仕留めよアレク!」

 アレクはムーミストの弓を受け取ろうとしたが、ザッハークの手が蛇の身体のように伸びてムーミスの弓を奪い去った。

「この弓を使わせてなるものか!」

 ローゼンの身体から光の玉が幾つも放出され、それは生きているように動き回り、レザービトゥルドに向かっていく。

 ムーミストの弓を奪ったレザービトゥルドに当たった光の玉は、爆発を引き起こし辺りに硝煙が立ち込めた。

 よろめいたレザービトゥルドの身体にローゼンが抱きつき、動きを完全に封じようとした。だが、レザービトゥルドの激しい抵抗に遭いローゼンは振り払われそうになった。

 長く伸びた首を大きく振り回し、レザービトゥルドの頭は神殿の壁や柱を次々と壊していった。

 暴れまわるレザービトゥルドの手からムーミストの弓が地面に落ちた。

 言うことを聞かぬ身体に鞭を打って、キルスもまたレザービトゥルドの身体に飛びかかった。

 キルスとローゼンの身体から激しい魔導力が発せられレザービトゥルドの身体を完全に封じた。

 これがレザービトゥルドを倒す最後のチャンスであった。

 アレクが地面に転がっていたムーミストの弓を拾い上げ、レザービトゥルドに向けて構えた。

 アレクの身体から生命力と魔導力が奪われ矢が創り出された。

「今度こそ私は撃たねばならない!」

 輝く矢がレザービトゥルドの身体を貫いた。

 咆哮をあげたレザービトゥルドの身体に皹が入り、そこから目も開けられぬほどの激しい光が漏れ、魔導力を失しなったレザービトゥルドは石のようになると、やがて粉々に砕け塵と化し消滅してしまった。

 滅びたレザービトゥルドと共にキルスの身体も光の中に溶けていった。

 キルスが死ぬということ、それはローゼンの死も意味している。

 光が治まり、砕けたレザービトゥルドの身体から煙のようなものが立ち上った。

「我は死なぬ!」

 黒い煙は巫女に向かって飛び掛った。だが、黒い煙の攻撃は突如空間から滲み出すよう現れたある者が張った魔導壁によって阻まれた。

 その魔導壁を張った者はアレクの指輪から現れた。

「そこまでだレザービトゥルドよ」

 巫女と黒い煙の間に立っていたのはシルハンドであった。

 黒い煙が叫び声をあげる。

「シルハンド、なぜ我の邪魔をする!? 裏切る気かっ!」

「おまえの手助けはしてやったが、仲間になったつもりはない」

 シルハンドの手から白い炎が放たれ黒い煙を跡形もなく消し去った。

 アレクは唖然としてしまった。シルハンドがなぜ?

「シルハンド……どういうことだ説明しろ! 今の会話はどういうことだ!」

 目を丸くして大声を出すアレクの瞳をシルハンドの闇色の瞳が見つめた。

「俺は魔導の真理を知りたいだけさ。だから、ソーサイアに協力し、キルスとローゼンを殺し、そして、レザービトゥルドを使って神々の戦争に火を点けてやった」

「ソーサイアだと!?」

 アレクはシルハンドに詰め寄ろうとしたが身体が動かない!?

「おまえの動きは封じた。おまえだけではない、ここにいる全ての人間は俺によって動きを封じられた」

 シルハンドはアレクに近づき、彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 突然のことにアレクは言葉を失ってしまった。

 静かに唇を放したシルハンドは微笑んだ。

「俺がやった指輪をこれからも大切にしろよ。さらばだアレク」

「シルハンド!」

 アレクは叫びながら指にはめていた指輪をシルハンドに投げつけた。その指輪はシルハンドの手によって掴まれ、少し哀しそうな顔をしたシルハンドの身体は空間と溶け合い消えた。その途端、この場にいた者たちの身体が自由に動くようになった。

 アレクは全身の力が抜け、地面に膝を付き放心状態に陥ってしまった。


 アレクは異端審問会によってシルハンドの関係が取りざたされたが、レザービトゥルドを倒した功績が称えられ、神殿内で起きたことは一切他言無用と口止めされた。

 神殿内で事件が起きたことはなかったことにされ、神官長はその前の戦いで命を落としたことになった。

 アレクは戦いによって多くもものを失った。そして、父もレザービトゥルドに殺されたことを聞かされた。

 アレクは母と二人になってしまった。

 あくる日、レザービトゥルドを倒したアレクはその功績を称えられ、民衆の前でスピーチをすることになった。

 このスピーチをする前にアレクは母に大事な話をした。母はそれに快く応じた。母はその時、笑みを浮かべたが、これから起こるであろうこと考えると、その笑みは気丈であった。

 アレクは決めていたことがあった。多くの人々の前でこれだけを言いたかった。

「私は皆さんに嘘をついて今まで生きてきた。レザービトゥルドを倒した今、私のするべき仕事は終わった。今ここに真実を言おう『私は女である』!」

 どんな罪でも受け入れようと思った。アレクは祭り上げられる自分が人々を欺いていることに抵抗を感じたのだ。

 集まった人々にどよめきが起こる。

 アレクは深く息をついて言葉を続けた。

「どのような罰でも受けよう!」

 肩の荷が下りると共に、またこれによって多く者に迷惑を駆けることになると思った。母と自分は都を追われることになるだろう。最悪の場合は公死刑になるかもしれない。しかし、嘘をつくことに疲れていた。

 母には悪いことをしたと思う。けれど、母は笑ってくれた。

 再び集まった人々にどよめきが起こる。声高らかに宣言したアレクに民衆は歓声をあげた。

 レザービトゥルドを倒したのは女であった。そのことを人々は認めたのだ。性別などに関係なくその功績は称えられ、後にアレクはこの国に正式に認められた女の魔導士となった。

 そして、月日は流れ、メミスの都から有望な女魔導士が数多く生まれ、多くの人々を救われたのだという。

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