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ローゼン・サーガ  作者: 秋月瑛
外伝
17/26

外伝「英雄の証(1)」

 神聖なる白い神殿内で、巫女が凛とした声を放った。

 ――来る。


 広大な大地の上を滑るように巨鳥が飛翔する。眼下に広がる農地では、果樹栽培でブドウやオリーブが盛んに作られ、羊の放牧が白い雲模様を大地に描いている。どこまでも豊かな大地が広がっている。

 鳥の目から見る地平線の先に、聳え立つ高い防壁が現れる。強固な防壁に守られた都市国家メミスだ。

 壁に囲まれた都市の中心には小高い丘があり、その頂には神殿がある。この場所が城塞であり、この都市を守護する月の女神ムーミストからの信託を授かる場所である。

 国は巫女が神から授かる信託によって物事を決めるが、実際に国を動かしているのは十三人からなる神官と呼ばれる地位の者たちだ。

 その神官を父に持つアレクは今日も自宅の庭で魔導の訓練をしていた。

 今年で十六歳となるアレクは、アルフェラッツ家の第一子として生まれ、小さい頃から父に神官になることを義務付けられて育てられてきた。今日もそのために魔導の腕を磨いているのだ。

 庭の端に立ててある的をアレクは睨みつけた。アレクの気合はいつも以上だった。その理由は、あれが来る時期だからだ。

 法衣を身に纏ったアレクの天高く上げた掌の上で紅蓮の炎が渦巻いた。

「喰らえっ!」

 アレクの手から放たれた炎の塊は轟々と空気を巻き込みながら的に命中した。

 掌に炎の玉を出して的に投げつける。今では百発百中だが、昔は的を外してアレクは父によく叩かれたものだ。アレクにとって父は偉大であると共に畏怖の表徴でもある。今でも父は苦手だった。

 魔導の種類にもよるが、炎の玉をひとつ出しただけでアレクは肩で息をしていた。魔導は強力な力を持つが、それゆえのリスクが伴うのだ。

 燃え上がり灰となった的をアレクが見ていると、この場に何者かが手を叩きながら現れた。

「さすがは将来有望な魔導士だ」

「おお、シルハインドか!」

 アレクの前に現れたのはシルハインドだった。白銀の髪を持つ彼はアレクと同い年で、アレクが最も信頼している親友でもある。

 法衣を纏っているシルハインドはアレクと同じく魔導士だ。

「アレクと顔を合わせるのは一ヶ月ぶりになるか?」

「ああ、だいたいそのくらいだな。ところで探しに出た魔導具は見つかったのか?」

 シルハインドはひと月ほど前にある魔導具を探して旅に出たのだ。そして、昨晩遅くこのメミスに帰って来て、朝一で手に入れた魔導具をアレクに見せに来たのだ。

 胸にぶら下がるペンダントを見せつけながらシルハインドは自慢げに話しはじめた。

「これを見ろ、これがその魔導具だ」

 シルハインドの胸で蒼く妖々と輝く宝玉。これがシルハインドの探し出した魔導具だ。

 不思議な輝きを放つ宝玉にアレクは目を奪われた。

「これがソーサイアの魔導具か、なるほど不思議な力が伝わってくる」

「この魔導具は俺の魔導力を高めてくれるが、本当にソーサイアが創った魔導具なのかはわからない。そもそもソーサイアという者が本当にいるかも怪しいな」

 ソーサイアとは四貴精霊のひとりに数えられ、古の時代に起きた精霊同士の戦争で活躍した精霊だ。この精霊は魔導を極めたと云われ、深い敬意を表して〈蒼魔の君〉と呼ばれ、絵本にも出てくる有名な伝説上の精霊である。

 魔導力を増幅させたシルハンドは、右手に魔導を集中させて、黒い稲妻のような剣をつくり出した。

「アレク、久しぶりに剣の腕を競ってみないか?」

「おもしろい、その魔導具の力が本物か見極めてやろう」

 アレクは手に魔導を集中させ閃光のような剣をつくり出した。

 魔導剣による決闘。魔導剣とは魔導でつくり出した剣のことで、黒い稲妻を剣にしたものや、普通の剣の形をしているものなど多種多様の種類がある。

 剣を構えた二人は互いを見据えながら間合いを取った。

 足を地面に滑らせながら歩いていたシルハインドが急に地面を蹴り上げた。

「うおぉー!」

「くっ!」

 噛み合った剣を挟んで二人は互いのことを睨みつけた。

 不適な笑みを浮かべたアレクの姿がシルハインドの視界から消えた。

 次の瞬間、シルハインドは回し蹴りを喰らって、足をすくわれて転んでしまった

「シルハインドよ、勝負あったようだ」

「……参った」

 地面に尻を付いたシルハンドの首にはアレクの剣が突きつけられていた。

「俺の負けは負けだが、おまえはもっと正面から攻めてくる奴だと思っていたぞ」

「どんな戦法を使おうと私は他の者に負けるわけにはいかないのでな」

「神官になるためか……おまえも大変だな」

 アレクは剣の決闘と言われれば、剣のみで戦うような者であった。だが、それでは神官にはなれないのだ。アレクは他の者を蹴落としても上へ行かなければならない。

 例え神官を父に持っていたとしても、アレクが神官になれるとは限らない。神官になるには厳しい条件が必要なのだ。

 神官になるためにはまず魔導士になる必要がある。そして、魔導士になるためにも厳しい条件があるのだ。

 このメミスでは魔導士になれるのは貴族の男だけである。そして、もうひとつの重要な条件に『エイース』を所有していなければならないというのがある。

 エイースとは人間が極めて稀に持って生まれてくる特別な〈血〉のことである。この特別な〈血〉を持っていなければいくら努力をしようと魔導士にはなれない。

 アレクは幸運な不運か魔導士の素質を持って生まれた。だが、魔導士や神官になるためのハンデを負っている。それでもアレクは父の職を継いで神官になるために魔導士となった。しかし、アレクは誰にも言えないアレクの両親とごく一部の人間しか知らない大きな秘密を持っていたのだ。

 魔導剣を消したアレクがシルハンドに手を差し伸べた。アレクに手を借りて立ったシルハンドは笑みを浮かべ、アレクもそれに誘われて微笑んだ。だが、次の瞬間にアレクの笑みは凍りついた。

 シルハンドは突然アレクの手を引き寄せて、アレクの身体を強く抱きしめた。アレクは少しの間、惚けてしまったが、我に返りシルハンドの身体を突き飛ばした。

 ――いけない。

 アレクの脳裏にいつかのシルハンドの顔が浮かぶ。

 その日のシルハンドはいつにも増して真剣な顔だった。あの日、アレクはシルハンドのある言葉を言われた。それは嬉しくもあり、アレクの苦悩を増やすものでもあった。

 シルハインドは一息ついてアレクの顔をまじまじ見つめて呟いた。

「男として育てられていなければ俺の嫁にしたかった」

「戯言を抜かすな!」

「だが、いつまでも隠し通すわけにもいかないだろう」

「私は生涯男性を演じ続けなければならない」

 そう、アレクはアルフェラッツ家の『長女』として生まれたのだ。

 アレクの母はアレクを生んだ後に子供の産めない身体になり、アレクの父は別に女に子供を産ませて男の子供を産ませようとも考えたが、『アクエ』を所有する者が生まれてくるとは限らない。

 アレクの父は悩んだ挙げ句、愛する妻と自分との間に生まれたアクエを所有する我が子を『長男』として育てることにした。神官という職務はどんなことをしても手に入れたいものなのだ。

「アレクが女として育てられたならば、おまえの母上のような美しい女性に育ったと思うのだがな」

「私は男だ。戯言をこれ以上抜かすようならば承知しないぞ」

「いやいや、おまえは美男子として女たちに噂されているようだが、やはり真実を知っている俺からすれば女の顔にしか見えない」

 いつの日からか、アレクは自分を見るシルハンドの目が変わってしまったことに気づいていた。だが、アレクはアルフェラッツ家の『長男』だ。シルハンドに対する態度もそうでなければならない。

 今年でアレクは十六歳になるが、それまでの間、父から剣術や魔法を叩き込まれ男装をさせられ完全に男として育てられた。

 男として育てられたアレクには女性としての自覚もある。そうでなくては女性としての自分を隠すことはできない。

 だが、思春期になった頃から私は女性への憧れを強く抱くようになってしまった。その最も大きい要因は私の母にあった。

 男として育てられるアレクを見て不憫に思ったのか、母は、ある時、父に隠れて私に女装をさせたのだ。それからというもアレクは度々母によって女装させられ、そのたびに女性への憧れを抱くようになっていた。そして、最近のシルハンドの態度。

 魔導士であるアレクは普段から厚手の法衣で身を包んでいたので、女性の体系を隠すことにはそれほど困ることはなかった。だが、それでも女性であることがばれぬように、できる限り人とは会わないようにしていた。

 アレクは父が望むように人生を歩んできた。だが、ふと思う――自分は富と名誉を手に入れるための道具なのか……。自問の日々が続き、エイースを持って生まれなければよかったと思うことがある。

「アレク、俺はおまえのことを……」

「それ以上申すな……」

 シルハンドの気持ちが胸に突き刺さる。

 幼き頃から人生を共にしてきた友人。果たして今も友人なのか。そのことがアレクの苦悩を増やしていた。

 押し黙るアレクをただ見つめるシルハンド。時間にしては短いものであっても、二人に取って――特にアレクにとっては苦しく長い時間に思えた。その場を壊してくれたのは法衣を着たひとり男だった。

「神殿からの遣いで参った。久しぶりだシルハンド、そしてアレク」

 この男のことはアレクもシルハンドもよく知っている。同じ師のもとで学んだ兄弟弟子――ザヴォラムだった。

 ザヴォラムは軽くお辞儀をしたが、アレクを見る目つきは鋭い。いつもそうだ。

 明るい顔をしたシルハンドがザヴォラムの肩に腕を回した。

「元気にしてたか? 俺はもちろん元気だったがな」

「貴公は相変わらずだな。魔導士としての威厳に欠ける」

「それは魔導士の恥さらしと言うことか?」

「そう聞こえたのならば、そう捉えるがいい」

 少し苦笑するザヴォラムに対して、シルハンドは大きな口を開けて笑った。

 この二人の輪にアレクは入ることができなかった。

 アレクとザヴォラムは互いのことを昔からよく知っている。シルハンドという共通の友もいる。だが、アレクとザヴォラムの間には溝がある。そのことはザヴォラムがアレクの『秘密』を知らないということもあるだろうが、それよりも、ザヴォラムがアレクを近づけまいとする雰囲気を漂わせていた。

 アレクを無視しているわけではないが、シルハンドは久しぶりの友人との話に華を咲かせた。

「この魔導具を見てくれないか、なかなかの代物だと思うのだが?」

 胸に輝くペンダントを見せ付けるシルハンドに対して、ザヴォラムの口調は淡々としていた。

「不思議な光を放つ魔導具だな。まるで、これ自体が生き物のようだ」

「もっと驚くとかしないのかおまえは?」

「神殿で雑務をしていると、たまにこのような魔導具を見かけることがある。それに神殿の地下にある宝物庫を拝見させて頂いた時、世にも珍しい魔導具の数々を見ることができた」

「この魔導具は俺の物だ。眺めるだけのお宝ではない。その点では俺の勝ちだな」

「意味がわからんな、その勝負は」

 首を傾げるザヴォラムだが、シルハンドにとっては満足だった。相手が世にも珍しい魔導具を見たと言うなら、自分は世にも珍しい魔導具を持っていると言う。ただの負けず嫌いの子供のようだ。

 ザヴォラムは気を取り直して、アレクに視線を向け、シルハンドにも視線を向けた。

「はじめに言ったが、私はシルハンドと雑談をしに来たのでなく、神殿の遣いとして参った。アレク、シルハンド両名を巫女様がお呼びだ、午の刻までに神殿に集まるように」

 踵を返してザヴォラムは二人に背を向けて歩き出そうとした。それにシルハンドが声をかけた。

「もう、行くのか。俺はしゃべり足らんぞ」

「他の者のところにも行かねばならんのでな。それに、貴公の話は後で十分に聞く時間があるから心配するな」

 ザヴォラムは後ろを振り返った。しかし、見たのはシルハンドの顔ではなく、アレクの顔であった。

 不適に笑ったザヴォラムは何も言わず、風のように去って行った。

 アレクの心にザヴォラムの笑みが焼きついた。不安の影が過ぎる。

 この時期に国の中枢である神殿から遣いの者が来て、しかも巫女がお呼びなれば、あれしかないとシルハインドは思った。

「おそらくあれに選ばれたのだろうな」

「そうだな、私たちはラーザァーに選ばれたのだろう」

「だとすると、死にさえしなければ神官になれるのは確実だろうな」

「ああ、そうだな……」

 ラーザァーとはメミスの都に四〇年に一度攻めて来る怪物たちと戦うために選抜される魔導士たちの総称だ。

「俺は一度自宅に戻って支度をする。では神殿でまた会おう」

「ああ、神殿で会おう」

 片手を上げるアレクを尻目にシルハンドが去っていく。

 アレクは不安だった。この日が訪れるであろうことを予感はしていた。しかし、このままで本当にいいのか……。

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