プロローグその2
公立トッカーナ学園の歴史は古くトッカーナ公国建国まで遡る。
当時はまだ西の大国イヌエルト王国の一部に過ぎなかったこの地をある年凶作が襲った。
しかし『穀物がなければ雑草を食べればいい(ただし平民に限る)』という言葉を残した暗君名高い当時の王はそんなことには意も介さず重税を課し、トッカーナの者達は反乱をおこす。
最終的には反乱軍が勝利しトッカーナ公国を興すがその反乱の最中、現大公家トッカーナ、文の宰相家ミアビ、武の宰相家カセール、この三家を除く貴族達はその戦争から逃げ出し、初代大公は戦後彼等が戻ってくることを許しはしなかった。
結果生まれた文官武官その他諸々の人手不足を補うために創られたのが公立トッカーナ学園であり、トッカーナの名産は人材といわれる今では公国で最も重要な施設とされている。
そんな学園の料理科。凶作に対する対策とも、料理に関する凄いユニークスキル持ちがいたからとも、宰相の宰の字が料理人を意味するからともいわれるが実際のところなんであるのかわからない不思議学科。
基本料理人達はそれぞれの秘伝のレシピを代々密かに伝えていくもの、そもそも料理のスペシャリスト(見習い)を育成してどこでどう使うの?
そんなわけで現在在籍者数0人である。
そんな料理科を希望しただけなのにヒルニューエさんに学園長室まで連れていかれました。
前期入試の面接は勉学に対する意欲があるか、犯罪歴は無いか、危険思想は無いかを確認するだけと聞いていたのに… おかしいです。
「学園長、料理科の希望者を連れて参りました。」
ヒルニューエさんが重厚そうな扉を軽くノックして声をかける。
「うむ。入りたまえ。」
扉を隔てていると言うのにその威厳ある声に背筋がピンとなる。
学園長はトッカーナ公国どころかイヌエルト王国黎明期、まだ人と魔が争っていた時代に勇者一行の魔法使いとして魔王を倒した神話に片足突っ込んでいるような御方だ。
「し、シツレイシマス。」
なんか片言になるし右手と右足が一緒に出るし、とにかくがっちがちになりながらレオナルドは学園長室へと入っていった。
毛の長い柔らかな絨毯、ふかふかの椅子、派手さはないが高級そうな調度品、恰幅のよい学園長。一般的に長寿のエルフではあるがそれでも永すぎる4桁の年齢のはずなのにそんな風には全く見えない。
「して、レオナルド。何故この料理科を希望する?」
学園長の声が腹に響く。
どうしよう。あまり話すべきでは無いと思うけどここは正直に話すべきか…
レオナルドは腹をくくった。
「学園長、実は僕、じゃなくて私は『食神様の恩恵』と言うユニークスキルを持っています。」
「知っている。ユニークスキル持ちが現れた時、過去に例が無いかを調べるのが学園の仕事だからな。
まぁどんなスキルかはわからなかったが。」
「いえ、実はどんなスキルかは知っているんです。」
ユニークスキルには報告義務があるがしゃべっていいものかわからなかったのでレオナルドは家族にも教えていない。
「義務違反か… まぁユニークスキルには危険なものも多く持っているだけで犯罪者扱いされることもあるからな。今回は目を瞑ろう。」
「ありがとうございます。
その、使い方とか効果がわかったときは、えっと…昔ダンジョンの崩落に巻き込まれた事がありまして。」
「聞いておる。『強運のレオ』の話だな。つまりドラゴンを倒したのが『食神様の恩恵』と言うことか?」
「あっいえ、それは本当にただの偶然で。
その後その…食べ物がなかったので1週間ほどドラゴンを食べまして…」
モンスターを食べる事は地上にいられなくなりダンジョンに隠れ住むはみ出し者のやる恥ずべき事だ。だからこの事は家族にしか話してないし周りも気を使って触れないでくれていた。
「ドラゴンを食ったじゃと!?(幼女声)」
ん? 学園長からさっきまでと明らかに違う幼女の声がした?
レオナルドが不思議に思う間もなく恰幅のよい学園長のお腹が観音開きの戸のようにぱかっと開いて幼女が飛び出してくる。
「どうじゃった?ドラゴンは。どんな味じゃ?旨かったか?美味しかったか!?」
眼を爛々と輝かせてレオナルドに詰め寄る幼女。
困惑して幼女の脱け殻となった学園長を見る。さっきまでの活力溢れる姿が幻だったのかお腹に操縦席のある機巧人形があるだけだ。
「のうのう、何を呆けておる。いったいドラゴンはどんな味じゃったのじゃ?」
えっと…てことはこっちの幼女が学園長本体ってこと?
「おーしーえーてー、たーもーれー!」
今も理解が混乱の最中にありされるがままとなっているレオナルドをガクガク揺らしており、しゃべり方はあれだがホント幼女にしか見えない。
「って、話す!話すから、ちょっとやめて!首痛い‼」
「はっ! すまぬ、わらわとしたことが我を忘れておった。
こほん。してどんな味じゃったのじゃ?」
すっごいワクワクしている幼女さん。
「なんか期待させちゃってるところ申し訳ないけど、仕方がなく食べただけだし、調味料も調理器具もなかったしであんまり美味しかった覚えはないかな?」
「そうか、まぁそうじゃな…」
すっごいしゅんとしちゃった幼女さん。
とりあえず気になることを聞いてみよう。
「えっと…ところで貴女が学園長ってことで良いのですか?」
「ん、んん? …はぅあ!?」
よじよじ機巧学園長のお腹に戻る幼女さん。
パタン
あっ閉まった。
「何かあったかね?(威厳ある声)」
「って今更誤魔化せるとでも!?」
「…まぁ、無理じゃな。(幼女声)」
のそのそお腹から出てくる幼女さん。
「ばれてしまったのでは仕方がないの。わらわがこの学園の長、ルリララ・ルララルラじゃ。」
「えっと…ひょっとして僕は何かまずいこと知っちゃいましたか?」
なんか自爆に巻き込まれた感じだけどとにかく世界的重要人物の秘密を知ってしまった。口封じに消されるとか…ない、よね?
「ん? ああ、別にこのなりじゃと威厳と背丈が足らんから着ておるだけじゃ。」
背丈といわれ学園長を見る。これから伸びる(予定)のレオナルドより低く胸くらいの高さしかない。
これだと集会の時とか教壇が邪魔して生徒からは見えないな。
「何か失礼なことを考えておらぬか。」
「! いえ滅相もございません。」
ジト目で心を読んでくる幼女さん。
「まぁよい。
とにかく別に隠してもおらんが公開してもおらん。のでこの事は口外せぬよう頼むぞ。」
「は、はい。わかりました学園長。」
「ルリララじゃ。」
「え?」
「ゆうたじゃろ? 公開しておらんと。このなりの時はルリララと呼べ。」
「えっと、ルリララさん?」
「そなたは斯様な小娘をさん付けで呼ぶのかえ?」
確かにそうだな。
「じゃあ…ルリララちゃん?」
「これでも齢千を超える婆じゃ。それはむず痒くて気持ちが悪い。
ルリララでよい。あとしゃべり方も砕けたものでよいぞ。」
「わかった、ルリララ。」
「うむ、それでよい。
…はて? わらわらはなんの話をしとったのじゃったかな?」
妙に満足げなルリララはあごに手を当てて小首をかしげる。
「えっと… 『食神様の恩恵』の説明だったかな?
まぁ見てもらった方が早いしちょっとやってみるね。」
そういうと左腕の袖を捲りルリララに見やすいように少し掲げる。
「『竜爪』発動。」
レオナルドの左手はメキメキ変化し、ものの数秒で鋼鉄をも切り裂くドラゴンのそれとなる。
「食べたモンスターの能力を自分の物として自由に使える能力。これが『食神様の恩恵』だよ。」
ルリララは目を丸くして口をぱくぱくさせている。
きっと機巧学園長からルリララが出てきたとき自分もこんな顔していたんだろうな。
「な、なな、ななな、なんじゃそれは!? ずっるい‼ 他には? 他には何ができるんじゃ?」
「えっと今のところはドラゴンの能力だけで、『竜鱗』『竜翼』『竜息』かな。」
「なんじゃ? 他のモンスターは食うておらんのか?」
「うーん、それがこの料理科を希望した理由なんだけど… 結構な量を食べないと能力を覚えられないんだけど、基本モンスターってあんまり美味しくないんだ。
だから僕はもっと強くなるために、色んなモンスターを美味しく食べるために、そのためにここで料理が勉強したいんだ。」
戦闘能力だけじゃない。モンスターの中にはフェニックスやユニコーンのように高い治癒能力を持つもの、アメフラシやヒデリガミのように天候を操るもの、ダイタラボッチのように地形すら変えてしまうものもいる。そういった能力を手にいれたら僕はきっと騎士や宮廷魔法使いになるよりもずっと多くの人の役にたてる。
「ぷっ、くくっ、ふははははっ。モンスターを美味しく食べるじゃと?」
ルリララは本当に愉しそうに笑った。
「おかしな事だと思いますか?」
自分でもこんな能力を持っていなかったらそう思うだろう。
「いやいや。魔王を倒すために菜っ葉に塩を振るくらいしか料理のないエルフの里を出てから様々な食文化に触れて感動し、この料理科を設立したがよもやモンスターを調理しようとする者が現れようとは。
レオナルド! 公立トッカーナ学園は、学園長ルリララ・ルララルラは、そなたの入学を心より歓迎するぞ。」
「っありがとうございます!」
この部屋に連れてこられたときはどうなるかと思ったが、単純にすごく嬉しい。
「それにしてもモンスター料理。いったいどんな味なのか…ふふっ。胸が踊るのぉ。」
ボソッと聞こえたルリララの言葉に「踊るどころかルリララの胸はただの絶壁じゃん。」と思ったのはレオナルドだけの秘密である。
エアリエルはヒロインではなかった。
まぁ空気(エアー)化することがあり得るから名前とってますし
続きはこれから書きます。