一話
俺の目の前に一人の女性がいた。
その人は病気でも患っているのか、右手で心臓を抑えてた。
見るからに苦しそうだった。
辛そうだった。
だから俺は…その人に近づいて背中に手を当てた。
「大丈夫ですか?」
そう尋ねた。
手で背中を優しく摩ってみる。
これで良くなるとは思わない。
こんなの所詮気休め程度だ。
ところが先程と打って変わって女性は元気を取り戻していた。
「ありがとう」
彼女は感謝の言葉を述べた。
俺はその女性の顔を見た。
それは真っ黒に塗り潰されたかの様に何も無かった。
ーーー
ーー
ー
「…あ」
教室で目が覚めた。
いつの間にか眠っていた様だ。
辺りを見渡すと…誰もいない。
俺一人の様だ。
「…はぁ」
随分と懐かしい夢を見た。
小学生の時に出会った女性。
名前は知らない。
俺は何故かあの人の事が気になる。
不思議な魅力があるっていうか…。
とにかく頭から離れないのだ。
なのに顔が思い出せない。
頑張って思い出そうとすると直ぐフワッと頭から消える。
まぁ、かなり前の記憶だしな。
当時俺もまだ子供だし、記憶なんて…そんなもんだろう。
「どうしているんだろうなぁ…」
あの人とはあの日以来会っていない。
狭い田舎町だからまた会えるかなーと思ったがあれから六年が過ぎた。
多分だけど他所から来たかもな。
まぁ、会ってどうするかって話になるんだけど…。
あれ、何か大事な事を忘れている様な気がする。
…そういえば明日俺を含む三年生達の卒業式だったな。
「…卒業か」
大半の奴らは卒業後は都会の大学に進学すると言った。
他の奴ら進学せず田舎に残って家業を手伝うと言った。
俺は…どうするかな。
今までの様に適当に生きるのもいいけどそれじゃあ何か物足りない気がするんだよなぁ。
――ガララ。
「あ、いたいた!」
俺が一人で将来について考え事をしていると引き戸を開けられた。
現れたのは一人の女生徒だった。
名前は…何だっけ?
見覚えあるしクラスメイトなのは間違いない。
だけど思い出せない。
顔はなんとなく覚えてるけど名前が出て来ない。
…ていうかどんだけど忘れしてるんだ俺は。
「ほら、早く行こ!」
俺の手首を掴んでそのまま教室から引っ張り出される。
あ、鞄…はまぁいいか。
後で取りに来よ。
「ところでさ…俺達どこに行くんだ?」
「…」
質問してみたが無視された。
うーんこの子誰だっけ。
明日卒業なのに今更誰って聞けないよな。
聞いたら気まずくなるね絶対。
あ、そういえば俺…女の子に手掴まれてる。
よくよく思い出してみれば女の子と触れるなんて久しぶりな気がする。
あれ、何か涙出てきた。