過去。または(黒)歴史
誰の黒歴史か。もちろん不憫な彼です。
それは、りっちゃんの一言がきっかけ。
「あんた達、どういう出会いから付き合うことになったわけ?」
え、あんな黒歴史を語れと?
「「「語れ」」」
笑顔での威圧半端ねぇー。
語りますよ、語ればいいんでしょー。ぶちぶち。
しぃちゃんとの出会いは小学四年生。
女王と下僕ーー当時はナイト気取りだったーーのおかげで父の転職。引っ越し転校とわずか数ヵ月でことは動いた。父は研究職という立場らしく、何個か特許なるものも個人で取得していたようで、金のなる木的ヘッドハンティングだった模様。
そして母の出産があり、静留君ーーしぃ君との出会いがあった。そのまま間中家にお泊まりとかもう、いろいろあったねー。と父と笑い、眠った次の日。
ピンポーン
朝からしぃ君の突撃があるなんて、誰が思うだろう。いや思わない。
寝ぼけたまま、玄関でしぃちゃんを見た私を、しぃ君も首をかしげて見た。
「おはよう。ご飯は?」
支度はバッチリと黒いランドセル背負い、手にはタッパを持った彼は朝から輝いてましたよ、ええ。
「おじさんは? おかず作ってもらったから食べよう。遅刻するぞ」
それからしぃ君は、うちの母が退院するまでオカンのように朝から晩まで私達の面倒をみたのだった。
「はよー! まな、か?」
勢いよくしぃ君に話しかけた男子が、きょとんとした顔をした。まわりの生徒達も似たような表情だ。気持ちはわかるよ諸君! 私が一番不思議だからな!
しぃ君の左手は私の右手をつかんでる。つないでる? おてて繋いでランランランってやつ。なぜだ!?
「おま、どしたん?」
そうだもっと聞いてくれ! 名も知らぬ彼よ! 私は学校までの道のりで聞き続けて疲れたよ。
「おはよう。なにが?」
それでも通常運転なしぃ君。驚くとか、大声出すとかしなさそうだけど、ほんとに小学四年生?
「いや、それ」
指さされたのはつないでる手で。
「? 真桜、こいつ城田。覚えなくてもいいよ」
「わかった」
「どっち!? 覚えてくれるの、くれないのどっち!?」
「「うるさい」」
耳ふさげないんだから、大声出さないでよ。
「ひど! お前ら似た者同士でひど! てか、真桜って誰!? 俺知らないけど!?」
「お前は名前で呼ぶな、小堺さんと呼べ。いや、呼ぶな、減る」
「せまっ! 心せますぎだよ間中!! 一体どうしちゃったんだよ! 休みの間になにがあったわけ?」
漫才みたいだなー。と他人事のように見てたら、叫んでる彼が私を見た。
「……なんだ、転校生じゃん。間中友達になったのか?」
一気にトーンダウンした彼の視線は、ちょっとバカにしたみたいな目だった、見下してるみたいな。子供って正直者だからなぁ。いや、私も子供だよ!
「てか、間中が面倒見てやることないじゃん。ほっとけよ、こんなの」
転校生は珍しいから、と最初はあれこれ話しかけてきた子達も、うなずくだけの私に興味をなくし離れていった。彼もその一人。
せっかく声をかけてやったのに、と怒ったように言ってたのが聞こえた。
正直、頼んでないと思った。なのにしてやった、みたいな上からの発言に余計話す気がなくなったのは誰にも内緒だ。今は言っちゃいけない気がする。しぃ君には特に。
「城田。お前がそのつもりなら、俺はお前と話すのをやめる。じゃあな。真桜、行こう」
低い、怒ってるような声は初めて聞いた。それは彼も同じだったのか、ぽかんとした。
しぃ君に手を引かれて歩き出す。
「……あ、え、おいちょっ、間中!?」
しぃ君は振り向かなかった。
「……いいの?」
「なにが」
あ、普通のトーンだ。でも手はつないだままだよ? なんでかな、不思議だね!
「友達じゃないの?」
「……ああ。クラス同じだけど、それは真桜もそうだろ?」
うん、クラスメイトだね。話したことないけど。
「自分の都合で話しかけといて、返事がないからって怒って無視するのは違うと思う。だから、土曜真桜の家に行ったんだ」
見てたのか、あれ。まぁ、騒がしかったしなぁ。
「まあ、それどころじゃなかったけど」
「お世話になりました」
「いや、無事でよかったよ。名前決まったのか?」
「真輝っていうの!」
「弟いいなー、うち妹だからな」
「妹もいいなぁ」
「うるさいぞ?」
「かわいいじゃん!」
「やるよ」
「いや、いらないし!」
ぎゃあぎゃあやりあいながら教室に入ると、一瞬で静かになった。なにかあった?
「おはよう」
「おは、よ?」
「「「「……おはよう」」」」
しぃ君、しぃ君だけが通常運転だよ? 周り遠巻きになってるよ? 気にしないの? ならないの?
しぃ君は首をかしげて私に言った。
「どうかした?」
そもそも眼中になかった!!
「間中君おはよー、小堺さんもおはよー」
「おはよう」
「おはよう?」
そんなしぃ君以上にマイペースな女の子がこっちにきた。小柄な子だ。
「小堺さんしゃべれるんだねー」
ん? 私しゃべるよ? 興味ない人とはしゃべらないだけで。
「真桜は人見知りだから」
なんと!? 人見知りだったのか!
「そうなんだー、じゃあ慣れたらあたしともしゃべれるかなー?」
「た、多分」
「あたし鎌田ちなー、よろしくー」
「……よろしく?」
このマイペース鎌田さんが、この先も長く友達になるなんて、この時は思いもしなかった。
鎌田さんは私の読書の邪魔をしなかった。私が読んでる間は、自分も違うことをしてる。きりのいいとこで顔を上げるとこっちに気づいて、しゃべれるかなー? と聞いてくる。
あなた背中に目がついてるの? と聞きそうになった。マジで。
「やりたいことはやればいいのー。だからしゃべれる時にしゃべればいいんだよー」
誰に聞かせるためなのか、彼女の声は教室内に響く。うん、みんなチラチラこっち見てるしね。
「……鎌田さんは」
「ちな」
「へ?」
「ちな、の方が嬉しいなー」
えーと、呼び捨てもどうよ。いやでもキラキラした瞳で期待感半端なく待ってるよ。かわいいね! 違う! 違わないけど!
「……んーと。ちぃちゃん、で……どうだろう?」
悩んだ末の妥協案。なんか前にもこんなこと……うん、しぃ君でやったね。
「うん、じゃあたしも真桜ちゃんって呼ぶねー」
お、許可がおりたみたいだ。
そうしてちぃちゃんと友達に……友達? 友達!! なんと何年ぶりかの友達!! ちぃちゃんすげぇ!
「真桜ちゃんは口じゃなくて、顔がおしゃべりなんだねー?」
ん? 顔がおしゃべり?
「うん、なんとなくわかったー」
「え? ちぃちゃん?」
「間中君がねー、ずっと見てたのー。真桜ちゃん気づかなかったけどー」
見てた? しぃ君が?
「みんな気づかなかったけどー、わかりやすかったー」
「ちぃちゃん、すまんが私にもわかるように」
「言わなくていいぞ、鎌田」
のし、と私の頭に腕をのせてしぃ君が言う。縮むわ! 椅子と一体化するから!
「ねー?」
いや、ねー? とかやられてもわかんないし。
「わかんなくていい。今は」
「今は?」
「そう、今は」
「そうだねー、今はやめといた方がいいねー」
「ちょ、なぜに二人だけで理解してるかな!?」
「真桜ちゃん、お客さまー」
「へ?」
なんかものすごく話そらされた感一杯なんだけど。気にしたら敗けなの? てか、客ってだれさ。
「……誰だっけ」
私の言葉に噛みついてきたのは本人だ。
「誰ってクラスメイトだろうが! それくらい覚えとけよ!」
「いや、しぃ君が覚えなくてもいいって言ったし」
「間中の言葉は絶対なんだ!? てかしぃ君って誰だよ! ……間中か!?」
やかましいな。突っ込み体質なんだな、きっと。
「なんの用だよ」
しぃ君威圧はやめようよ。あなた小学生でしょうが。
「いや、その……」
「はっきりした方がいいよー」
「っ! 間中、この前は悪かった!」
ああ、この前しぃ君に絶交宣言されてしょげてた人。
「俺じゃないだろ」
冷た! ブリザード寒いってば! まだ秋だから、早いから!
「~~~~~~~悪かった!!」
がばり、と頭をさげられた。なぜに改心したかな。別にどうでもいいけど。
「……いいよ、別に」
「真桜ちゃん、どうでもいいっていうのはわかるけどー、なんで謝られてるかわかってるー?」
「…………なんだっけ」
「……あれだけ悩んだ俺は一体なんだったんだ」
あれか、orzってやつだな。がっくし!
「悪いねぇ、興味ないことは覚えないんだわ」
成績は悪くはないんだよ? 上の下なだけで。ちなみにしぃ君は上の上である。なんか理不尽。
「まぁ、だから私のことは気にせずに学校生活を楽しみなよ」
「そこは気にしようよー」
「いや、城田を気にすることはない。てか、そんな優しい言葉をかけてやることもないぞ」
「せまっ! 間中やっぱ心せますぎっ、俺そこまでなんかしたか!?」
「真桜を意図的にシカトしただろう」
「……悪かったよ」
「気にして欲しくてしたのに、本人には通じなかったんだねー」
「そりゃかわいそうに」
「お前が言うな!」
「お前言うな」
仲良しだなぁ。ところでさ。
「で、結局誰?」
私の言葉は彼の心をかなり抉ったらしい。
「わかってたけどっ! わかってたけど、あんまりじゃね!?」
そしてさらにしぃ君とちぃちゃんに叩き落とされたというね。
「「自業自得」」
そんな不憫な彼だがちぃちゃん共々腐れ縁継続中である。
城田は親切心からの声かけでした。しかし真桜には通じず。優しい俺アピールに失敗(笑)誰にかって? 不憫だわー。