番外編 再会。または新たな希望 1
駄犬のお話。そして安定の次話に続く(笑)
やり直そう。
全てをリセットして。
高1の2学期。文化祭が終わって俺、佐伯颯真は転校することになった。転校先はもともとの志望校。北川の一件が片づいて、俺はようやく決心した。
新たな始まりは一人で迎えた。
文化祭明けの振り替え休日。元々届けは出してあったので、手続きは終わっていた。荷物を片づけて、学院を出た俺を正門で待っていたのは、憎いと思っていた男。
「間中」
真桜の幼馴染みで恋人。俺みたいにバカなことして真桜を手放すような愚かな真似はしない男。悔しいがいい男だ。
「あいさつもなしで行くつもりか」
いや、あれだけのことしといて、爽やかにあいさつとかなくね?
「少なくとも、ひとりいるだろ」
「ひとり?」
間中の視線の先は正門。誰もいな……いや、いるな。てか、間中がいるならいるか。
「ま……小堺」
慌てて言い直す。今の俺に名前を呼ぶ資格はないだろう。ひとつに結んだ髪を揺らして振り向いた真桜は、ちょっと不服そうだ。
「……こういう時こそ隠密スキルじゃないの?」
隠密スキル? なんだそれは。
「あれだけ女王から華麗に逃げてたくせに」
「まぁ、もう逃げる必要もないだろうけどな」
このふたりに遠慮という言葉はあるんだろうか。ないかもしれないな。……俺限定で。
「ああ。うん。まぁ、……元気で。颯真」
確かに聞こえた、俺の名前。
ぽそりと呟いた真桜は視線がどこかに飛んでいたが、これは照れ隠しだ。隣では、しょうがないからこれだけは許してやるみたいな顔した間中が、真桜の頭を撫でていた。
もう、俺の居場所じゃない真桜の隣。それでも、見送ってくれるその姿は許してくれていると思っていいのだろうか。名前を呼んでくれたのは、幼馴染みだった昔を否定してはいないと、そう信じてもいいのか。
「……ああ。ふたりも元気で」
ありがとう。その言葉は心の中だけにしておいた。天の邪鬼なとこもあるからな、真桜。
今はこれでいい。いつか、また会えたら、その時はちゃんと謝罪を。そのためには、俺にはしなきゃいけないことがあるから。
転校して最初にしたのは、この学校にいるだろう元親友を探すことだった。探して、その場で謝った。頭を下げて許しを乞う。どれだけ自分が愚かだったのか、あんなにしてくれた忠告を無視したのか。謝るだけでは足りないかもしれないけど、しないよりマシだし気持ちの問題だ。
「……しゃあねぇなあ。てか、遅いよお前」
優しい親友は許してくれた。呆れただけかもしれないが。けど嬉しかった。やり直す一歩をようやく踏み出したような気がして。
高校生活は穏やかにすぎていった。告白もされたことはあるが、勉強についていくのでそれどころじゃなかったし、そんな気分になれないこともあり、断り続けた。
そして大学生になった俺は、あまりに早すぎる再会に膝を折りそうになった。
「よりによって同じ大学かよ……!」
「こっちのセリフだバカ」
なんの因果か間中と同じ大学だった。迂闊か? 俺が迂闊なのか!?
幸い学科は違った。
けど、新たに友達になったのは自称間中の親友だった。
「自称じゃねぇし!」
「真桜に名前覚えられてないんだろ?」
「うぐっ」
そう、自称間中の親友の城田は、真桜に名前を覚えてもらえない、あの不憫君である。この前、大学に遊びに来ていた真桜がそう呼んでいたので間違いない。相変わらず名前を覚えるのは苦手みたいだ。本の内容は忘れないのにな。
「ちなが俺を忘れなきゃ、もうそれでいい」
ぽそりと落ちる呟きには悲壮感があふれてる。
なにせこの城田、ステルス並の性能で存在感が消えるのだ。あれ、今までいたよね? なレベルで。しかも無意識。なんとも哀れな奴である。
「……あ、俺より哀れな奴等のお出ましだぜ」
言われて視線を向けると、四人の男子が入ってきたとこだった。ちなみにここは学食だ。
入ってきたのは、俺が聖ガーディア学院にいたころ、有栖の取り巻きになっていた生徒会役員達だった。いや、元がつくか。あれからリコールされたはずだし。てか、でかい図体でちっさくなってもうっとうしいだけだな。
「まぁ、確かに哀れだけど。自業自得なとこもあるだろ」
「それな」
有栖の一件で、お叱りを受け生徒会役員を解任されたものの、学院には残った奴等は、次はないとの執行猶予をもらって学業に励んでいたはずだった。
はずだった。もうお分かりだろうか。そう、奴等はまたやらかしたのである。
大学に入ってしばらくした頃、家族や婚約者達、その友人達からの無言の圧力に精神的に窶れていた奴等は、女神に出逢ったらしい。
優しく話を聞いて慰めてくれたその女神に、奴等はコロリと落ちた。そしてやらかした。
結果、婚約者から婚約を破棄され(慰謝料はとてつもない金額になったらしい)家族からは放逐された。つまり、大学までは学費を払う、生活費もしかり。ただし、卒業と共に絶縁。家名を名乗ること許さず。と。
仏の顔も三度まで。奴等は学習機能が壊れているらしい。
そんなわけで、コネ就職も叶わない奴等は現在崖っぷちというわけだ。同情はしない。
「奴等3年だろ? 就職大丈夫なんかね?」
「大手は諦めた方が早いだろうな。堅実にいくしかないだろ」
「できんの? ボンボンだろ」
そりゃ、前までは上から見下ろしてたろうけど、学院でのあれで見下ろされたわけだし、でも懲りないからやらかしたわけで。ううむ。
「そもそも、なんでその女神とやらに落ちたんだ?」
「あれ、佐伯知らんの? 有名じゃん、女神」
「有名?」
「そ。俺らと同じ1年で、奨学生で片親で苦労してて、なのに明るく優しく健気でかわいい悪魔」
「悪魔?」
小悪魔とかじゃなく? 悪魔とな?
「そ、悪魔。明るくて~とかみんな演技だったらしいぞ。金持ちのボンボン捕まえて玉の輿に乗りたかったんだと」
「ある意味清々しいほどの悪女だな」
「な。てか、自分の手腕だけでやらかしたなら悪女で終わったかもな。最悪なのは奴等の婚約者を悪者にしようとしたこと。自作自演で冤罪で名誉毀損で四人から訴えられて慰謝料で大変で、どっかのエロ親父の愛人になって借金返そうとして、近づいたのがその婚約者の父親で、さらに泥沼」
「うわぁ。てか城田、どこからそんな話仕入れてくるんだ?」
「ちな。噂の中から真実だけ拾ってくるんだ、あいつ」
すごい才能だな、それ。城田の彼女が仕入れた話なら本当なんだろう。悪女で悪魔な女神ねぇ。あいつらなんでそんな変なのに引っかかったんだか。
彼女と待ち合わせの城田と別れて、レポートのために図書館に向かってる時だった。中庭を突っ切ろうとして、手前の建物の影に人がいるのが見えた。てか、今誰か女の子が連れ込まれなかったか?
気になって近づくと、声が聞こえてきた。
「離してよ! 人待ってるって言ってるでしょ!?」
「まぁまぁ、そんなウソつかなくてもいいからさぁ」
「そーそー、俺らと遊ぼうよー」
「人の話聞きなさいよ! 頭悪いわね!」
確かに。こんなとこでナンパなんてバカだとアピールしてるようなものだろうに。
助けようと一歩踏み出した時だった。
「これ、正当防衛だから」
声と共に鈍い音。
どうやら蹴りこんだらしい、腹を押さえてうずくまる男と支える男。蹴った勢いで後ろに転がった女の子。
「っ、この!」
あ、ヤバいな。
男達から女の子を引き離そうと彼女の前に立つと、男の腕をつかんでひねりあげた。痛みに呻く男と怯む男。
「瑠花ちゃん!」
そこに、小学生の男子が走ってくる。小学生!? なんでこんなとこに。
「真輝!」
あ、知り合いか。
「ダメじゃないか、離れちゃ」
「だってこいつら、おとなしそうな子ふたりがかりで連れ込もうとしてたのよ? 真輝待ってたら間に合わなかったんだもん」
「なるほど。静兄呼ぶ?」
「てか、来るんでしょ?」
「まぁ、来てるけどな」
なぜお前がここにいる、間中。
あれ、俺またやっちゃった感じ?
いわゆる当て馬。
……マジかよ。
あれやこれや駄犬に語らせた方が早かろうと。そしたら終わるわけなかったです。はい。