番外編 主役。または崖っぷちで踏みとどまった電波 2
まさか終わらないだと……!
間中晴さんは真桜さんの婚約者(乙女ゲームでは隠しキャラでした)である、間中静留さんのイトコでした。がふっ(吐血)。さらに、あたしがトチ狂ってストーカーしたあたりでご迷惑をおかけした刑事さんだそうで。ごふっ(吐血)。
もちろん、土下座して謝りました。……したつもりだったのですが、膝をつくまえに気づいたら晴さん(間中さんがふたりでややこしいからとのこと。真桜さんの婚約者さまを名前呼びになどできません! ガクブル)の腕の中でしたけど。なぜに?
「は、はっ晴さ!?」
「ダメだよ、こんなとこでそんなことしちゃ。ケガしちゃうよ?」
あわあわと挙動不審なあたしを抱え込んだ晴さんは楽しそうです。
「……ずいぶん雰囲気変わったのね」
「りっちゃん」
「それにー、こぅちゃん? 呼びしてるしー」
「ちぃちゃん」
真中君におんぶおばけされてる真桜さんを、横からスレンダー美女とふんわりかわいらしい美少女がはさんでます。眼福です。
「あ、あの。真桜さんにはこの3年、主にメールでお世話になったんです。あたしのバカなとことか考えなしのとことかを叱ってもらったりとかして。おかげで卒業できて、大学に入ることもできたんです。真桜さんのメールには、よくおふたりのことが書いてありました。楽しそうで、うらやましくなりました。あたしも友達欲しいって、本気で思ったんです。だから、ありがとうございます」
3人にお礼を言うと、そろってキョトンとしました。かわいいです。ふたりに見つめられた真桜さんは、視線をそらしました。
「いや、私におもしろい話のネタとかないからね? 周りに転がってるのとか拾わないと本の話になっちゃうしさぁ」
楽しかったですよ? ちぃちゃんことちなさんに振り回されてるワンコ不憫さんとか、ドS属性年上彼氏に溺愛されてるツンデレになりきれないりっちゃんこと六花さんのお話とか、もうごちそうさまです! ってくらい。
「「真桜」ちゃん」
「いや、楽しかったよ? 書いてる私も」
それはなによりですね!
立ち話もなんなので、カフェに来ました。晴さんは非番だそうで一緒です。てか隣です? 手を離してくれないのは……危ないからですか? そうなんですか?
「で? 彼女はどうだった?」
オープンテラスの端の席に座るなり、真桜さんに言われました。メールも電話も気づいた気配はなかったのに、やっぱ気づいてましたか。
「どうしてわかったんですか?」
真桜さんにも誰にも言わなかったのになぜわかったんでしょう。
「なんとなく?」
「うちのは本能で生きてるから」
「ケモノかよ。てか、しぃちゃんじゃあるまい、し?」
「ケモノだな。もちろん俺が」
「ごめんなさいもう言いません聞かなかったことにしてくださいむしろ忘れるべし!!」
「無理」
「ぅああああぁ!!」
……楽しそうですね。無意識に晴さんを見ました。にっこり微笑まれました。なにあの色気! 昼間っからフェロモン駄だ漏れですと!? さすがイトコですね! 言っていいとこと言っちゃダメなとこがそっくりです!
「あれはほっといていいわ。女王に会いに行ったの?」
六花さんのスルースキルは見習いたいと思います。あたしまで思考のループにのまれるとこでした。
「会ったというか、見に行ったというか」
おせっかいにもその後が知りたかったのです。あたしが言うのもなんですけど、悪役令嬢役の彼女はある意味ざまぁされましたけど、後味ものすごく悪かったそうですし。
ざまぁ方法は一番ましなルートでしたけど、ゲームでは狂った叔父に拉致されて凌辱孕ませエンド(R指定のある乙女ゲームでした。母は知らずに買った模様。もちろん黙秘を貫きました! 全ルートクリアしたなんて言えなかったし!)なんてものもあったので、気にはなっていたんですよね。
山奥から下山(笑えるけど、あれはまさにこの形容が正しいかと)したあたしは、その勢いのまま突撃をかけました。
洋風な庭付きのオシャレな一軒家。ちょっと通りすがりを装って見た庭には、おっきな茶色い犬と戯れる少女の姿がありました。
犬と美少女なにそれ萌えー、な風景に満足して帰ろうとしたあたしは、バウンという鳴き声と真っ暗になった視界を最後にブラックアウトしたのです。
「犬と庭って、子供か」
「いやー、精神的には子供なんでしょー?」
「つかこぅちゃん、それってさ」
「……て、てへ?」
「エンカウント率高くない?」
ごもっともです。
気づいたら寝心地のいいソファーに寝てました。後頭部がズキズキします。
「大丈夫?」
柔らかい声かした方を見ると、ダンディーなおじ様がいました。無造作に伸ばした長髪の奥にある瞳は心配そうです。
「おきたの!?」
「バウッ」
「ぅぐっ!?」
かわいらしい声と犬の鳴き声と鳩尾にかかる体重。思わず変な声が漏れました。
「有栖、その位置はお姉さんが苦しいよ。ナイトも」
「パパ! お姉さんはもうだいじょうぶ?」
「頭を打ってるからね、注意しないと。でも有栖? その前にしなくちゃいけないことは?」
はた目には美少女とパトロンです。萌えー、です! ですが見覚えある美少女であることをふまえるに、なんということでしょう、あたし北川家にお邪魔している模様です!
「あ。お姉さんごめんなさい!」
「バウッ」
「あ、はい。大丈夫です」
「本当に? 目眩とか気持ち悪いとかない?」
「はい」
どうやら、おっきな犬にのしかかられて倒れたみたいです。
「有栖。お客様にお茶を淹れてさしあげるのはどうかな?」
「っ、うん! まっててね!」
パタパタと犬と走ってく美少女。てかあの大きさで室内飼いとか、すごいですね。
「ごめんね、悪いけどつき合ってやって? なにせお客様こないからお茶ふるまう機会がないんだ」
「あ、はい。こちらこそお邪魔してます」
「ふは、小堺嬢に聞いてた通りだね。神楽坂好実さん?」
わぁお、お見通しですか。
「来るかも、とは聞いてたんだよ。今日の今日とは思わなかったけど」
「すみません。勢いがないと無理でして」
「謝罪はいらないよ。まだこっちが償ってるとこだからね。小堺嬢も様子を見たいとは言ってくれていたんだ。ただ、彼女では有栖がどうなるかわからなくてね。小堺嬢もそこを心配してくれたのか、メールのやりとりだけなんだけど。そしたら、さっきひとり様子を見に行く子がいるかも、とメールをもらってね」
真桜さんエスパーですか。てか、自分にあんなことした人のその後まで心配するとか、どんだけお人好しなんでしょう。
「正直、人と会わせるのは怖かったんだ。また戻ってしまったら、と。でも、ふたりきりなのも限界でね。犬を飼ってみたりもしたんだけど」
その言葉に、さっきの彼女達の姿を思い出しました。無邪気に遊び、笑っていた彼女。
「楽しそうでしたね、彼女」
「え?」
「あたしの前住んでいたアパートには子供がたくさんいたんですけど、みんな彼女みたいな笑顔でしたよ」
子供が子供である時にしかできない表情は、させようとしてできるものじゃないと思います。自分で見て触れて感じてみたことだけが経験として蓄積する子供は、その中で正しさや間違いに気づくものですから。
「あたしがそんなえらそうに言える立場じゃないんですけどね」
てへ、と笑ってごまかしたあたしに、北川さんは力を抜いてふにゃ、と笑った。それはどこか晴れやかでもありました。
「小堺嬢が君なら大丈夫と言ったわけがわかったよ」
北川父は自分で選んだこととはいえ、人ひとりの人生抱え込んで疲れてたのかもしれません。女王が良い方に進んでも罪悪感は消えないのでしょう。それを知ってるわけじゃないけど、真桜さんの采配は正しかったと思いたい。