番外編 主役。または崖っぷちで踏みとどまった電波 1
お久しぶりです……。そして続く(笑)オイ!
電波組夢子ちゃん2号です。
春もうららな4月。
無事大学生になったあたしは、意気揚々と……ではなく、少しうつむいて歩いていました。
ほら、なんてったって黒歴史……あああああ!! 今思い出すだに穴ほって埋まりたい!!
……失礼。高校生の時のあの1ヶ月は、正気じゃなかったとしかいいようがないのですよ。
あたしが初めてそれを自覚したのは、母が倒れた時だったのです。
あ、あたしヒロインだわ、と。
救急車で運ばれた母は治療も間に合わず亡くなり、混乱した記憶を抱えたあたしは、近所の方に支えられて母の葬儀を行いました。
そこに現れた父親に引き取られれことになったあたりで、ようやく現実と記憶が一致したのです。
この世界はあたしがヒロインの乙女ゲームでした。タイトルは「愛の庭で君に捧ぐ」というもので、今までの流れはゲームの通りでした。
前世のあたしは、多分中学生で終わってます。記憶がないので、間違いないでしょう。治る見込みのない病気で長期入院中の、薄幸の平凡少女でした。ええ、平凡少女でした。大事なことなので2回言いました。
病気で学校に行けなかったあたしには、病室で退屈しのぎにする読書とかゲームが全てでした。その中に、この世界を舞台にした乙女ゲームはありました。
聖ガーディア学院の生徒会役員とのドキドキなやりとり、隠れキャラのクリア後に発生する溺愛イベント。イケメンと美少女のうっとりするようなキラキラスチル。
だから、聖ガーディア学院に行かないと、と思いました。あそこに行けばあたしは愛されるから。今まで経験したことのないものがあそこにはあるから。ものすごく父にねだりました。あそこが、ゲームの舞台だから。あたしが行かなきゃ始まらないから。
最初は渋られたけど、結局2学期から転入できました。
ああ、やっと始まるんだわ! ドキドキしながら攻略対象を探したあたしが見たのは、女王さまと呼ばれている女子の取り巻き、ううん。下僕と化した生徒会役員達でした。
正直ドン引きしました。なにあれ、と。なんで悪役令嬢役の彼女が女王さまになんてなっているの? なんで隠れキャラ限定悪役の彼女が傍観者になんてなっているの?
わからなくて、あたしはゲーム通りに動こうとしました。まぁ、結果は押して知るべしですけど。
あの時、傍観者な彼女の一言がなかったら、あたしはいまだに山奥に隔離されてたことでしょう。
うまくいかなくて、だけどゲームの通りにしなくちゃと思い込んで、カラカラと空回りしてたあたしに、傍観者の彼女、真桜さんは言ったのです。「ほんとにここはゲームの世界なの?」と。
もうほんと、目からウロコでした。同じじゃなくていいんだと、あたしはあたしでいいんだと、初めて思えたのです。
そをなわけであたし、神楽坂好実、今は早坂好実として生活しています。神楽坂はいわゆるお金持ちの方々にはすぐにわかってしまう名前なので。
転校する前に、真桜さんに謝罪してスマホのアドレスを交換することに成功しました。「筆無精だよ?」という彼女でしたが、山奥の女子高に隔離されたあたしが辛くて辛くてどうしようもない時に送ったメールには必ず返事をくれました。簡単な返事に救われたことを彼女は知りません。
おかげで、大学は戻ってこれました。真桜さんは進学しなかったそうですが、婚約者とお友達は進学したそうで(しかもあたしと同じ大学でした)今日は紹介してくれることになりました。
待ち合わせ場所は中庭の噴水前です。時間に遅れないように急いではいるのですが、広いんですよ、うちの大学! 迷子になるわ! ってくらいです。
「うきゃっ!?」
「おっと」
うつむいて急ぎ足だったあたしは、前を見てなくてドンッとなにかにぶつかりました。しまった、木にでもあたっちゃった? と思ってたら、どうやら人だったらしく、よろけたあたしを支えてくれました。なんと、とってもいい人ですね!
「大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます」
「気をつけて。前見て歩かないと危ないよ?」
優しく言って、あたしの顔をあげさせた人は、大学生よりも年上に見えました。さっぱりした髪型に優しく細められた目は、ちゃんと上を向いて前を見て生きているのでしょう。
真っ直ぐな方のようです。
「はい。すみませんでした」
「どういたしまして。でさ、中庭に行きたいんだけどどう行けばいいかな?」
なんと、行き先は同じでした。
目的地は同じだったので、一緒に行くことになりました。間中晴さん(職業は公務員だそうです)は、広くて迷っちゃった、と照れながら笑ったのですが、その笑顔に撃ち抜かれた方が多数存在すると思われます。行動派の方々が後ろに列をなしてますから。
イケメン。というより笑顔が素敵な優しい人という認識があたしが持った感想です。
「あー、ごめんね? 久しぶりでわかんなくなって」
「わかります。広いですよね」
「まぁ、学科多いしね」
そう言って笑う間中さんは、懐かしそうに周りを見てました。目がハートになってるお姉さま方は見えないんでしょうか。うん、見えないんですね。
「好実さんは学科どこ?」
「一応教育学部に。でも司書の資格をとろうかと思っていて」
前世含めて昔から読書は好きでした。好きなものを仕事にするのはどうかとも思ったのですが、続けられるものにしたいとも考えてしまったので。
父とも話し合ったのですが、神楽坂の駒や政略には使わないかわりに、神楽坂を名乗らないことになったので(親子の縁は切れてませんよ? むしろ援助は増えました)自由に選べることになったのです。
「保母さんとか似合いそうだね」
「あたしに子供の指導はむずかしいです。自分のことさえままならないのに」
ままならないから、あんなことになったわけで。ようやく自分として生活できるようになった身としては、先を見れる余裕はないのです。
「子供嫌い?」
「大好きです! アパートはちっちゃな子が多くていつも遊んでもらってたんです! あのぷにぷにな手とかほっぺとかもう離したくないくらい、で」
「そっか、よかった。……どうかした?」
よかった? ん? ああ、教育学部なのに、ってことですね。こてん、と首をかしげた間中さんはカッコいいのにかわいいです。なにそれ詐欺ですね!
「あ、いえ。あの頃はこんな今を考えもしなかったなって」
むしろ中2なの? と白い目で見てたでしょうね。……あああああ!! あの頃の自分死ね! 皆さんすみません!!
「反省できてるなら大丈夫だよ。間違いを繰り返さないだろう?」
「……そうでしょうか」
「そんなものだよ。誰だって黒歴史のひとつやふたつやみっつくらいあるからね」
「そんなにいりません……!」
いけない、人生相談になりかけてます。てか、優しすぎますよ間中さん。
「ん?」
「間中さんは優しすぎます」
「えー、そう? 下心だよ?」
「そんなことないで、しょ……下心?」
にっこり笑ってますが、下心とはなんでしょう。
「おーい、こぅちゃーん」
ようやく中庭が見えたあたりで、あたしを呼ぶ声がしました。
美男美女集団がこっちを見てます。その中のひとりが手をふってました。あれは。
「真桜さん!」
あたしの数少ない友人の小堺真桜さんです。
思わず走り出そうとして、初めて気づきました。どうして間中さんと手をつないでいるのでしょう? てか、いつの間に?
「こぅちゃん、晴さんと来たの?」
「え? 間中さんとお知り合いですか?」
「え?」
えええぇ!?
根は普通。平凡凡。落ち着いてちゃんと周りを見た彼女はもう間違わないだろうし、幸せになったらいいんじゃね? 主にしぃちゃんにこきつかわれてる晴さんが(笑)